第1話 入学式
目覚ましの音が部屋中に響き渡る朝。
時刻は7時30分。
勇士は憂鬱そうな顔で目覚ましを止め、まだ眠気が覚めないままゆっくりと起き
上がり、カーテンを開く。
「うわっ、眩し」
カーテンを開いた瞬間、朝日が射し込み思わず声がでてしまう。
いつまでも部屋でぼーっとしていても仕方ないので、勇士は気だるそうに二階を
降り、食卓に向かう。
「おはよう!」
リビングの扉を開くと、勇士とは対称的に母親が元気よく挨拶をする。
「んー……」
勇士が挨拶とは言えない挨拶で母親に返す。
「おいおい、なんだその挨拶は」
新聞を読みながら朝食を食べる父親が勇士に呆れ顔でツッコむ。
「本当に勇士は朝に弱いんだから。」
「んー……」
それでも朝の弱い勇士は適当な返事をして食卓に着く。これには母親も父親も顔
を見合わせ苦笑いをする。
「勇士は今日から高校生ね!」
「んー……」
「高校からは色んな中学の子が来るから楽しみね!」
「んー……」
母親の言葉に朝食を食べながら勇士はまた同じ返事を繰り返す。
「本当に大丈夫か?」
さすがに同じ返事を繰り返す我が子を心配する父親。
勇士は返事をすることすら面倒くさくなったのか、構わず朝食を口に運ぶ。
「反抗期ね~」
「反抗期だな」
父と母が生温かい眼差しで我が子を見つめる。勇士はもはや完全スルーだ。
「ごちそうさま……」
勇士は朝食を食べ終えるとすぐさま自室に戻り学校へ向かう身支度をする。
眠気の覚めた勇士は素早く身支度を終え玄関に向かう。
「忘れ物はない?」
「ない。いってきます。」
素っ気ない返事を母親にしてドアを開き勇士は学校へと向かった。
「どうしてこんなに冷たくなっちゃたのかしらね~」
最近は眠気が覚めないのみ限らず、両親に対して反抗期気味な勇士に思わず独り
言を呟いてしまう母であった。
桜並木が咲き誇る道を徒歩で通学する勇士。
勇士が今日から通う宝星高校までは10分程で到着するであろう通学路。
美しい桜並木に目を奪われていた勇士が、不意に声をかけられる。
「おはよう!勇士!」
声をかけてきたのは長く綺麗な黒髪ストレートヘアーが特徴的な幼馴染の西園寺
葵だった。
「おはよう……」
「どうしたの?まだ眠いの?」
低い声で返事をする勇士に葵が心配そうに勇士の顔を覗き込む。
「朝から母さんが鬱陶しくて」
「もう!勇士のお母さん、すごく優しいんだから邪険に扱ったら可哀想じゃない!
」
葵が両手を腰にあて、頬を膨らましながら勇士を叱りつけた。
「高校生にもなった息子の忘れ物の心配なんてするか?」
「ハァー……いつからこんな子になっちゃったのかしらねぇー」
「お前は俺のお母さんか!」
頬に手をあて、母親のような素振りを見せる葵に勇士が鋭くツッコミを入れる。
「とにかく、お母さんのことは大事にしなさいよね!」
葵は勇士の顔面、数センチの距離までぐっと近づき強く言った。
一瞬ドキッとした勇士だったが、それを悟らせないため葵とは反対方向に顔を向
け適当に返事をした。
「それにしても、私たちも高校生か~」
「そうだな」
「時の流れは早いもんだね~」
どこか遠くを見ながら葵は呟いた。
葵と勇士は、幼稚園から今までずっと一緒なのでお互い、改めて付き合いの長さ
に感慨深さを感じていた。
「あのさ……勇士は高校では部活するの?」
「部活は……する……バスケ部に入る……」
葵の質問に勇士は、物憂げな様子で答えた。
「そっか……やっぱりバスケ大好きなんだね!」
明るく笑顔で言ったが、その表情は少し複雑そうでもあった。
「私、バスケ部のマネージャーやろっかな!」
「お前、もう選手としてプレイしないのか?」
葵と勇士は、小学校2年生の時からバスケットボールクラブに入り、中学3年生
まで共にバスケ部に所属していた。
「うーん、バスケは好きだけど高校のバスケ部は強豪校だし私、才能ないしな~」
小学校の頃はレギュラーでプレイしていたが、二人の通っていた中学の女子バス
ケ部は強豪校で、葵はベンチメンバーにも選ばれてなかった。
「そっか、勿体無いな……」
「なに~、勇士はバスケしてる私の方が好きなの~」
小悪魔のような表情で、葵が勇士をからかう。
「ハァ!? 別にそんなんじゃねーし!」
少し顔を紅潮させた勇士が強く言った。予想通りの反応に葵はクスリと笑みがこ
ぼれる。
二人でふざけながら歩いていると突然、曲がり角から女の子が走り出してきた。
「ワオ!!!」
「おおっ!!!」
もう少しで勇士と女の子がぶつかる寸前だったが、咄嗟に二人とも反対方向に避
け、ぶつかることを免れた。
「大丈夫!勇士!」
心配する葵だったが、「大丈夫、大丈夫」と勇士がすぐに返した。
すると、走ってきた女の子が慌てて勇士たちの元へやって来た。
「ソーリー、ちょっと急いでいて……申し訳ないデス……」
勇士たちに近づいて来た女の子は、自分たちと同じ制服を着ていて、金髪ロング
ヘアーの白く透き通った肌で、綺麗な青い瞳をしていて、喋り方といい明らかに日
本人ではなかった。
「いつか、けじめはつけさせてもらいマス!」
金髪の少女は勇士の手をギュッと握りながら明るく言った。
突然、美少女に手を握られた勇士の顔が一瞬で赤くなる
「いや、別に……」
「バーイ!」
金髪の少女は、勇士の返事を言い切る前に嵐のように走り去っていた。
突然の出来事で、勇士は呆然と少女の後ろ姿を見つめていた。
「さっきの人、外国人だよな?」
頭の中がゴチャゴチャの中、言葉に出してなんとか脳内を整理しようとする勇士
。
そして、その状況を見ていた葵が口を開く。
「ふーん、勇士って外国人の女の子が好きなんだ」
冷ややかな目で勇士を見ながら葵がつまらなそうに言った。
「はぁ!? なんで、そうなるんだよ!?」
「金髪美少女に手、握られて顔真っ赤にしてたじゃない」
「いきなりだったから、ビックリしただけだって!」
「ふーん、どうだか」
突然現れた金髪の少女のせいで、二人は喧嘩をしながら学校へ向かって行った。
そんなことをしていると、あっという間に学校にたどり着いた。
玄関には大人数の新一年生の生徒が集まっていて、皆、玄関に張り出されている
クラス分けの用紙を確認している。
勇士と葵も先ほどまでの喧嘩を引きずっており、不機嫌そうな顔をしながら自分
のクラスを確認する。
「俺は3組か……」
「私は4組ね、よかった、外国人マニアの変態君と同じクラスじゃなくて」
「あぁ!? 誰が変態だゴラァ!?」
玄関前で再熱して、しばらくその喧嘩は続く。
「もう、変態君と話してても時間の無駄だし、私は教室に向かうわ、じゃあね、精
々、友達もできず一人寂しい学校生活でも送りなさい」
「こっちもこんなヒステリックおばさんに構うのはごめんだ! あと、変態って呼
ぶな!」
葵は勇士の言葉を無視しながら、手をヒラヒラ振り自分の教室へと向かっていっ
た。
怒りが収まらないまま、勇士も自分の教室へと向かった。
教室にたどり着くと勇士は、すぐさま自分の座席を確認する。座席は、一番左側
の一番後ろの席だ。
教室にはすでに、多数の生徒が居て、恐らく同じ中学の知り合い同士で談笑する
者、知り合いが居ないのか一人、自分の席に座る者、様々な生徒が教室に存在して
いる。
勇士も見た感じ知り合いがいないので、自分の席に座る。
勇士が一人で椅子に座っていると、周りの生徒が何やら教室に入ってきた生徒の
噂話をしている。
「おい、あいつ身長めちゃくちゃでかくね?」
「本当だ、でけー!」
勇士もその噂話されている人物の方を見てみる。
するとそこには、身長190センチ以上もあるガタイの良い大男が教室へと入っ
て来た。
「あいつ、もしかして……」
その大男に勇士は見覚えがあった。
教室に入って来た大男は、宮部亮。静岡の下北中学校のバスケ部員で、全国大会
にも出場するほどの選手だ。
勇士たちの世代では、3大ビックマンの一人と言われていた。
(スポーツ推薦で来たのかな?)
勇士の通う宝星高校のバスケ部は去年、東京都でベスト4に入るほどの強豪校だ
った。
そのため、全国から有望な選手をスポーツ推薦で獲得してきたのだろうと、勇士
は考察した。
(でもなんで宝星に来たんだろ? もっといい高校からも推薦されるはずだよな?
)
そんなことを考えていると聞き覚えのある声が話かけてきた。
「おっす、勇士!」
話しかけてきたのは、葵と同じく幼馴染で、短い黒髪のボーイッシュな見た目を
している市川茜だった。
「おっす、茜も同じクラスだったのか?」
「おいおい、幼馴染のクラスくらい確認しとけよな」
そう言って茜は勇士を小突いて話を続けた。
「葵は確か4組だったよな?」
「さぁ、そんな人は知りませんが?」
葵の名前が出た途端、仏頂面になり他人のふりをする勇士。
「朝からなんかあったのか?」
「別にー」
茜からの質問に適当に返事する勇士。それを見た茜は「何かあったんだな」と察
した。
「まぁ、痴話喧嘩はほどほどにな?」
「そんなんじゃねーよ!」
茜のからかいに本気で返す勇士。そんな勇士を見て茜は思わずニヤニヤしてしま
う。
しばらくそんなやり取りをしていると、また噂話が聞こえてきた。
「すげー、金髪美少女だ!」
「本当だ、おっぱいでけー!」
金髪美少女と聞き覚えのあるワードにすぐさま反応してしまう勇士。
その噂をしている生徒たちが見ている方向を見ると、そこには先ほど通学路で勇
士とぶつかりそうになった金髪の少女が教室に入って来た。
勇士が金髪の少女の方を眺めていると、向こうもこちらに気づき目が合うと、勇
士の方へ近づいて来た。
「アナタは、先ほどぶつかりそうになった青年デスね! 先ほどは申し訳なかった
デス・・・・・」
そう言いながら金髪の美少女は丁寧にお辞儀をする。
「いや、ぶつからなかったし大丈夫だよ、そちらこそ急いでたみたいだけど大丈夫
だったの?」
「ハイ、時間を少し勘違いしていたみたいで、本当は急がなくても大丈夫でした。
でも、学校の場所も勘違いしていてダッシュここまでやってきまシタ!」
よく見ると確かに、金髪の美少女の額からは汗が数滴流れていて、勇士は少し色っ
ぽいと感じる。
しかし、さっきの葵の「変態!」の言葉が脳内を過り、首をブンブンと振り邪念
を消し去ろうとした。
「おっと、申し遅れまシタ、私はジェニファー・ホワイトと申す者デス、末永くよ
ろしくお願いしマス!」
一番最初に会ったときに感じていたが、ジェニファーの日本語が所々怪しいが、
あえて指摘せずに勇士も自分の名前を名乗った。
「えっと、俺は笠原勇士、よろしく」
「ユーシ? かっこいい名前デス、サムライのような名前デス! 同じクラスです
し、これから手と手を取り合って仲良くするデス!」
ジェニファーはまた、勇士の手を握ってウィンクをしながら元気よく言った。
先ほど同様、急なスキンシップにウィンク付きで何の恥じらいもなくグイグイく
るジェニファーに、勇士の顔が紅潮していくのがわかる。
そして、周りの視線が矢のように勇士に突き刺ささる。
「バーイ!」
そう言ってジェニファーは自分の席に戻っていった。
噂話をしていた生徒が自分のことを話しているのが聞こえてくる。
「アイツ、あの美少女に手、握られてたぞ」
「うらやま死刑! 100回死ね!!」
自分の意図していない状況でお腹の調子が悪くなってくる勇士。
すると、今度は側にいた茜が口を開いた。
「ふーん、あんな金髪美少女とお知り合いで、勇士君羨ましー」
茜がさっきの葵のような冷ややかな目で、棒読み気味で勇士に言った。
「たまたま通学路でぶつかりそうになっただけで、別に変な関係ではないって!」
「変な関係って何? どうせいやらしいことでも考えてんでしょ、この変態!」
「変態って、お前も葵みたいなこと言いやがって!」
勇士も反論しようとするが、茜はさっさと自分の席へと戻ってしまう。
なぜ女の子は、勝手な想像で決めつけすぐに自分を変態呼ばわりしていくのか?
大体なぜそんなことですぐに怒るのか、勇士にはその理由が全くといっていいほ
どわらなかった。
学校のチャイムが鳴り教室に担任の先生がやってきてSHRが始まった。
先生がこれからの入学式の説明をしているが勇士の頭には、他のことが過り話が
頭に入ってこなかった。
そして、担任先生の話が終わり入学式が行われる体育館への移動となった。
生徒はそれぞれバラバラに向かい、勇士も本来なら知り合いの茜と共に体育館に
向かう所だが、一人で体育館に向かう勇士だった。
登場人物
笠原勇士
学年1年生 ポジションSG 身長180㎝ 体重72㎏
性格は、真面目で努力家、朝はめっぽう弱い。
3ポイントシュートが得意なシュータータイプの選手で、ディフェンスも得意。
バスケに関して素晴らしい才能を持っているが、大きな弱点もある。
西連寺葵
学年1年生 身長164㎝
勇士の幼馴染で、幼稚園からずっと勇士と茜と一緒にいる。
美人で、昔から男子からモテることが多かった。
性格は、真面目な優等生であるが、たまに抜けているところもあり、勇士をから
かうのが趣味。
市川茜
学年1年生 身長171㎝
葵と同じく勇士の幼馴染。
小学校のころからバスケを始め、今では全国区の選手。
身長の高さと、髪の毛の短さから、よく、男の子と間違えられることが多い。
性格は、男らしく大雑把で、容姿と相まってか、同性から告白されることもあ
る。
ジェニファー・ホワイト
学年1年生 身長170㎝
最近、日本に引っ越してきた外国人。
性格は、明るく元気で、いつもふざけているようにみえる女の子。
綺麗な顔立ちと抜群のスタイルで、街を歩くと視線を独り占めする容姿をして
いる。