第7話 消えない過去
第3Qからの宝星は、猪本監督の指示通りディフェンスを徹底し
た。
凛里のペイントエリアへの侵入を徹底的に潰し、シュートを得意としない選手に
シュートを打たせていかせた。
二桁あった点差も第3Q終了時では、55ー61まで迫っていた。
第4Q、残り6分20秒、ついに65-65の同点に追いつき、輝集高校が堪らず
タイムアウトを取る。
波に乗っている宝星ベンチは、活気に溢れている。
「すごいデス! このまま逆転ウィナーでいけマス!」
「気が早いって、ジェニファーちゃん!」
うきうきとした様子で会話する攻とジェニファー。
「そうだぞ、ここからが大事だ」
盛り上がる中、真面目な顔で注意する弓弦。
「もっと気楽にいこうや!」
そう言って泰山は弓弦の肩を無理やり組む。
「盛り上がるのはいいが、小野の言う通りここからが大事だ」
監督の言葉で全員、真剣な表情に戻る。
猪本監督が残り時間の方針について口を開く
「ディフェンスはそのままでも問題はない、オフェンスだが、笠原の3ポイントを
中心にオフェンスを組み立てていけ」
「えっ!?」
突然の監督の言葉に驚愕する勇士。
構わず猪本監督が続ける。
「エースが下がってるとはいえ、相手は全国ベスト8の相手だ、3ポイントで差を
つけて試合を決定づけろ」
監督の言葉に静まる宝星ベンチ。
少ししてから弓弦が口を開く。
「よし……監督の指示通りいこう、いいな?」
「しゃーねーな、いい所は勇士に譲ってやるよ」
そう言ってレギュラーメンバーが立ち上がり勇士もベンチから立ち上がる。
勇士の足取りは少し重そうだ。
「大丈夫? 勇士?」
「あぁ……」
心配そうな表情の葵に、元気のない返事をする勇士。
「ユーシ、ファイトデス!」
ジェニファーの励ましに後ろ姿で手をヒラヒラさせてコートに立つ勇士。
タイムアウト終了のブザーが鳴る。
宝星のオフェンス、弓弦がトップから右ウィングにいる勇士にドリブルで近づき
、※ハンドパスでボールを渡し、そのまま勇士のディフェンスにスクリーンをかけ
る。
ディフェンスが対応に遅れた隙に勇士が3ポイントを放つが、※リムの左側で弾
かれ西日にリバウンドを取られる。
勇士の頭の中では悪いイメージばかりが浮かんでくる。
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ハンドパス……手渡しでのパス。
リム……ゴールリングのふちの部分。
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勇士がマークしている利吉が左ウィングで1対1を仕掛けてくる。
ここまで、利吉からほとんど得点を許していない勇士だが、利吉の単純なフェイ
クに引っ掛かりファウルをしてしまう。
「クソッ!」
思わず声を上げて苛立ちを発散させる勇士。
「落ち着け、まだフリースローを与えただけだ」
「はい……」
感情のコントロールができていない勇士をなだめる弓弦。
利吉は、きっちりと与えられたフリースロー2本を決める。
味方にスクリーンをかけてもらってフリーになった勇士がもう一度3ポイントを
放つが、今度はエアボールとなり※アウトオブバウンズになる。
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アウトオブバウンズ……ボールがコートの外に出ること。
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クラッチタイムの時間帯も、勇士はシュートを放つが1本も決まらず、何とか他
の選手がカバーをして残り10秒、72-74で輝集2点リード。
弓弦が勇士へパスを出す。
勇士のマークマンの利吉は、調子の悪くなった勇士に対してあえて距離を空け3
ポイントシュートを打たせようと仕向ける。
心がほとんど折れかけている勇士はパスコースを探すが、他の味方は激しいディ
フェンスにあい、パスを出せない。
勇士の頭の中には、中学校最後の大会の光景が蘇り、心臓の鼓動が早くなり、若
干、体が震えている。
「どうした? シュート、打ってこいよ」
挑発してくる利吉に、決心をして、残り6秒の時点で、3ポイントを放つ勇士。
利吉も一応ブロックに飛ぶが利吉の頭上を通り越して、ボールはゴールリングに
向かう。
だが、ボールはゴールリング手前でエアボールとなりそのまま試合終了のブザー
が鳴る。
勇士はゴールリングを見つめ、呆然と立ち尽くす。
両チーム礼をして午前の練習試合は終了となる。
「すいません……」
「まぁ、気にすんなや、調子の悪い時ぐらい誰でもある!」
申し訳なさそうに謝る勇士を攻が明るく励ます。
「練習試合なんだ、あんまり引きずるなよ」
「そうだよ、この経験を次に活かせればいいよ!」
「そうだぜ! 昼飯食って元気だそうや!」
他の先輩たちも勇士を励ますが、勇士の心の奥に抱える闇は簡単には晴れない。
「お昼にしよ! 勇士!」
「あぁ・・・・・」
葵に誘われ勇士はお昼ご飯を食べる準備をする。
宝星のバスケ部員は全員、輝集高校の中庭で昼食をとっている。
部員たちが先ほどの練習試合について話している中、まだ浮かない表情をしなが
らお昼ご飯を食べる勇士に、明るく別の話題で話しかける葵とジェニファーと奏。
全員お昼を食べ終わった頃に輝集のエース、零が宝星バスケ部の元へやって来た。
「どうも、午前中は練習試合ありがとうございました! 怪我明けじゃなかったら
もっと出たかったんですけどね」
「お前がもっと出てたら点差詰められなかっただろうから、出なくてよかったぞ」
攻の嫌味な態度に苦笑いする零。
「怪我はもう大丈夫なのか?」
「はい! おかげさまで!」
弓弦の質問に満面の笑みで答える零は、余程バスケがしたかったのだろうと察せ
られる。
「それにしても宮部君は随分久しぶりだね!」
「どうもー」
零が親しげに亮に話しかける。
「なんだ? 二人は知り合いなのか?」
「えぇ、中学の全国大会で対戦したことがあります、うちの慎と宮部君
のマッチアップは見応えがあったなー」
柊慎、中学時代の亮と同じく3大ビックマンの一人で、零と同じ中学でプレーし
ていた選手だ。
「まさか東京の高校に進学してたなんて知らなかったよ、どうして宝星高校に進学
したの?」
元気のなかった勇士だったが、零の質問は勇士も聞いてみたかったことなので聞
き耳立てる。
「東京に行きたかったからー」
「えっ!?」
「俺の住んでた所は、すごい田舎で都会に住んでみたかったからかなー」
意外な答えに零も勇士も拍子抜けした表情をする。
「決め方適当すぎだろ!」
「適当じゃないですよー」
泰山も亮の進学理由に思わずツッコミを入れる。
「はは、やっぱり宮部君は癖が強いな……それと、笠原君だっけ? すごい良いシ
ューターが東京に居るって、千葉でも噂で聞いてたよ!」
「えっ!? あ、ありがとうございます」
急に話を振られたじろいでしまう勇士。
「まぁな、うちの新しい主力だからな!」
何故か本人でもない攻が誇らしげに胸を張る。
「みたいですね、あのシュート力は全国でも中々居ませんからね!」
「ど、どうも」
好意的な零に戸惑う勇士。
「次のインターハイ、楽しみにしてます!」
「インターハイじゃ絶対勝つ! いや、その前に午後の試合に勝つ!」
泰山が勢いよく零に宣戦布告をする。
「もちろん僕たちも負けませんよ! それじゃあ僕はこの辺で」
零は爽やかな笑顔で宝星バスケ部の前から立ち去った。
「よし、俺たちも午後に向けて準備するぞ」
弓弦の言葉で宝星バスケ部は、午後にも行われる練習試合の準備に入る。
午後からの練習試合は、お互い控えメンバー中心での試合となった。
宝星は亮が24得点、13リバウンドの※ダブルダブルの大活躍だったが、午前
の試合から、オフェンスを修正した輝集が終始リードし結果、75-86で輝集高校が
午後も勝利した。
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ダブルダブル……得点、アシスト、リバウンド、スティール、ブロックの内、二つ
の項目で二桁の数字を記録すること。
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両校、整列して監督とキャプテン同士挨拶が行われる。
「本日はありがとうございました! 素晴らしいチームを作られましたね!」
「こちらこそ、インターハイ予選前に貴重な経験ができました!」
猪本監督と鮫島監督が握手を交わす。
「インターハイで待ってます!」
「必ず!」
弓弦と零も堅く握手を交わす。
これで宝星高校と輝集高校の練習試合が終了となる。
輝集高校との練習試合が終了後、すぐに宝星バスケ部はバスへ乗り込み東京へと
戻って来た。
「今日はお疲れ、あと3週間後にはインターハイ予選が始まる。今日の経験を活か
し必ず東京予選を勝ち抜くぞ!」
「はい!」
「それじゃあ、今日は解散」
「お疲れさまでした!」
監督の挨拶が終わり部員たちが帰宅していく中、奏は1人その場に残っていた。
最後までその場に残り続けている奏に猪本監督が話しかける。
「どうした? 帰らないのか?」
「帰る前に監督に1つ聞きたいことがあります」
真剣な面持ちで奏が猪本監督に質問をする。
「振り分け戦の時と今日の練習試合でも、わざと勇士にクラッチタイムでシュート
を打たせるように仕向けてますよね?」
奏の言葉に猪本監督は黙って聞いている。
「勇士がそういう場面に弱いのは知っていますよね? どうしてそんなことをする
んですか?」
普段、冷静な奏が、声を少し荒げて監督に詰め寄る。
黙って聞いていた猪本監督が静かに口を開く。
「笠原のシュート力はクラッチの場面で必ず必要になってくる、公式戦でも使える
か試したんだ」
「勇士、すごく苦しそうにプレーしてましたよ。僕は仲間の苦しんでる姿は見たく
ないんです!」
きっぱりと言い切った奏だが猪本監督は表情をピクリとも変えず言葉を返す。
「お前の言い分はわかった。だが、人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ
?」
「えっ!?」
予想外の返しに驚く奏に猪本監督がさらに言葉を続ける。
「お前の仲間想いのアンセルフィッシュな姿勢は素晴らしい、しかし、過剰なほど
味方にボールを回し、自分はシュートをほとんど打たない姿勢を見ていると、自分
がないように見える」
「っ!!」
図星を突かれたような表情を浮かべる奏に対して、猪本監督は、全てを見透かし
ているようだった。
「この話はもう終わりだ、お前も早く帰れよ」
「あっ! 監督!」
猪本監督は奏の呼びかけに対して振り返りもせずその場を立ち去った。
1人取り残された奏は、頭の中で様々な思いが渦巻いていた。
「自分が無いか……」
独り言を呟くと奏は、ようやく学校を後にした。




