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結火の部屋  作者: ミツラ
1/5

立花

 立花里穂三十一才、東京の機械メーカーで働いている。地方から大学進学で上京し、そのまま就職して十年目を迎えていた。営業企画課に所属し、主任として営業ツールの作成や、展示会への出品などを手掛けており、部下が二人いる。


 立花の席の後ろに座る、課長の飯田が声をかける。

「立花さん、来月から営業が使う新製品の提案書だけどどうなっている」

「それなら、営業の田村課長に渡してOKを貰いました。」

「あのままで変更は無し?」

「若干指摘があったので修正しましたが」

「それなら、事前に見せて欲しかったな、ちょっと印刷してきてくれる」

 立花は、プリンターのところへ資料を取りに行く。

 営業企画課長の飯田は、43才のバツ一だ。小男で身なりはきちっとしている。

 飯田は、資料をめくって確認する。

「やっぱりそうだ、新製品のアピールポイントが抜けている。今回の仕組みは複雑で、説明が難しいからこうなると思ってたんだよな。これ、アホな頭でもきちんと説明できるように直してくれないか」

「しかし、明日の朝には渡さないといけないのですが」

「今回の新製品の開発にいくらかかっているか分かっているのか、他社と差別化するのに重要なポイントが抜けていたんじゃ意味がない」

「すでに営業にOKを貰ってますので、勝手に変更するともめると思いますが」

「明日、朝一に私が確認して、田村さんには私から話をするよ」

(あーあ、残業が続いていたから今日は早く帰ろうと思っていたのに)


 立花は、残業して資料を修正するが、難しい事を簡単に説明する資料というのはなかなか難しい。時刻は9時になろうとしていた。

(もう9時か、残業時間が60時間を超えるとうるさいからなあ、仕方がないこっそり持ち帰るか)

 自宅へ仕事を持ち帰ることは禁止されていたが、仕方がない。

 自宅は会社から30分ほどで着く。一部屋だが十畳ほどの広さがある。部屋は片付いておらず、白い小さな座卓の上は、朝使った化粧品が散らばっている。流しには朝食の皿がそのまま放置されていた。

 テーブルの上の物を寄せて、ノートパソコンを置く。

 汗をかいていたので、まずシャワーを浴びようと思ったが、シャワーの後にはビールと決まっている。飲むと仕事できなくなるので、楽しみは後に取っておいて、先に仕事を片づけることにした。

 コンビニのおにぎりを食べながらパソコンに集中している。11時を過ぎようとしている頃スマホが鳴った、課長からだ。

(なんで今頃、資料、明日でなくてもいいと言ってくれるのかな)

「もしもし、立花です」

「おう、今どこだ、みんなで飲んでるんだが、今から来ないか、斉藤と高橋もいるぞ」

「先輩が来ないと盛り上がりませんよ」

 斉藤の大きな声が聞こえる。

(あんたのせいで、今仕事してるのに、いい気なもんだ)

 ムカつく気持ちを押さえて誘いを断った。


 翌日、案の定、飯田課長と、田村課長がもめている。

 田村が、飯田に、

「勝手に変えられると困るよ、部長にもOK貰ってたのに」

「いやだから、他社との優位性をアピールしなかったら、意味がないでしょ、営業マンが戦える最強のツールを作るのが我々の仕事、少しは商品を理解してくれなきゃ」

「あんたたちは営業の現場が分かってない」

 しばらくやり取りが続いていたが、田村が折れて帰って行った。


 立花は、高橋に声をかける。高橋は入社三年目の女性だ。

「高橋さん、上海への出品の件だけど、カタログの準備どうなってる」

「波華さんへ翻訳を頼んでいるんですが、まだ、メールが返ってきません」

 波華とは、中国での販売代理店で、日本語のカタログを中国語に翻訳することを依頼していた。

「じゃあ、来場企業のリストは」

「それも波華さんへ頼んでいたのですが、まだ返事がありません」

 立花はイライラして聞く、

「展示会は、いつか分かってる。あと二週間しかないのよ、なんで今まで放っておいたの」

「先方にはメールで催促したんですが、返事がなくて」

「自分の手に負えないなら、すぐに報告すべきでしょ」

 立花は、高橋の隣に座っている斉藤の方を見る。やりとりを聞いていた斉藤と目が合う。

「斉藤君、フォローお願い」斉藤は6年目の男性社員だ。

 斉藤は、高橋の方を横目で見ながら、

「了解です、私にお任せください」

 雰囲気を和らげようと明るく答えるが、高橋は、小さい声で、

「すいません」

 と答えると、焦点の定まらない目で、パソコンの画面に向かった。


 やり取りを見ていた、飯田課長が声をかける。

「立花さん、ちょっといいかな」

「はい」

 立花は、飯田課長の方を振り返って返事をする。

 二人は会議室に入って、飯田課長が話しかける。

「立花さん、少し言い方がきつくないか、高橋さんだいぶ落ち込んでたぞ」

「普通に注意しただけですが、そう見えませんでしたか」

「今の時代、パワハラ、セクハラなどうるさいからな、うつ病などになると上司は弱い」

 立花は少しイラついて、

「課長こそ、セクハラに注意した方がいいんじゃないですか、肩とか、髪とか触ってくると噂になってますよ」

 飯田は動揺して、

「え、そんなことしてないけど、誰が言ってた」

「誰かは言えないですね、それより、課長からも高橋さんへ、責任を持って仕事に取り組むよう指導してください」

「わ、分かった」


 その日は残業を一時間ほどで終えて、久しぶりに早く家に帰った。最近は、帰って寝るだけとなっていたので今日は、溜まった洗濯や片付けをしている。そんなとき、母から電話があった。

「里穂ちゃん、今年のお盆はどうするの」

「今忙しいので、今年は無理かな」

「そう」

 母が残念そうに答える。

 休みが取れない訳ではないので、一日、二日なら帰れるが、あまり気が進まない。


 里穂は、去年のお盆を思い出していた。

 実家に帰ると、母が、里穂に尋ねた。

「里穂ちゃん、今つきあっている人がいるんでしょ、今度紹介して頂戴よ」

「うん」

 里穂は付き合って二年の彼氏がいるが、お互い忙しく、付き合い始めは毎週会っていたのに、今では月一、二回になっている。年齢の事もあり、結婚を意識していたが、正直、家事でさえまともにできていない生活で、うまくいくとは思えなかった。

 二才離れた弟が地元の会社に就職して、二十五歳の時に社内恋愛でデキ婚し、今年二人目が生まれた。そんな事もあって、結婚へのプレッシャーをかけてくる。

「いつ、会わせてくれるの」

「分かった、相談して連絡する」


 実家には縁側があって、小さな庭があり、その先には田んぼが広がっている。庭には、柿や、柚子などの果樹植えられており、イチジクも葉を茂らせて、茶色く膨らんできた実はそろそろ食べられそうだ。

 里穂は縁側に座って昼間からビールを飲んでいる。

(夏の暑い日の飲むビールはたまらんな、極楽極楽)

 ビールのつまみに、庭の隅に植えてあるプチトマトを、もいできて食べている。

 玄関の方で話し声がする。

「ただいま」

 弟が返ってきた、里穂はあわててビールを飲み干すと、空き缶を縁側の下に隠す。

 どたどたと走る音がして子供が入ってくる。男の子は里穂を見つけると驚いて立ち止った。

 里穂が話しかける。

「翔也君ね」

 男の子は小さく頷くと戻って行った。どうやら覚えていないらしい。

 弟の和也と嫁の美香が入ってきた。

 美香は赤ん坊を抱いている。翔也は和也の後ろに隠れている。

「姉さん帰ってたのか、この子とも初対面だな」

 和也が、美香の抱く子供の方を見やりながら聞く。

「どう、抱いてみる?」

 和也は美香から赤ん坊を受け取り、里穂に渡そうとして近づくが、

「いいよ、いいよ」

 里穂は、赤ん坊がそれほど好きではなかった。

「あ、昼間からビール飲んでたな」

 匂いで気付かれた。

 里穂は、首を振って否定している。

 美香がフォローする。

「お姉さん、東京でキャリアウーマンやってらっしゃるんですもの、実家に帰った時ぐらいビールぐらい飲んでもいいじゃないですか」

「そうよね、お盆だから特別OKということで」

「でもうらやましいわ、今授乳中なんで禁酒しているんです。こんな日のビールは美味しいでしょうね」

 美香が、授乳中でさらに豊満になった胸を揺らしながら答えた。


「里穂、何してるの手伝いなさい」

 母が里穂を呼びにきた。美香も立ち上がろうとするが、

「美香さんはいいのよ、赤ちゃんがいるから」

「お姉さん御免なさい」

 美香は里穂に向かってそう言ったが、当然といった口調に少しもやっとした。

 親戚も集まって大人数なので、食事の準備も後片付けも大変だ。実家に帰っても家事に追われて、のんびりする暇はなかった。


 今日は大学時代からの友人、美咲と焼鳥屋に来ている。

 二人はカウンターに座って注文する。

「生ビール二つと、鳥皮十本」

「はいよ、塩でいいね」

 煙の向こうで、おやじが笑いながら答える。

 ここの鳥皮は、炭火でよく焙られて小さくなっているので、一気に串の半分を口に入れる。パリパリと噛むと芳ばしい香りの油が口中に広がり、それを生ビールで流し込む。

「うーん、いつものこの味、たまらんなー」

「おっさんか」

 二人は他愛のない話で盛り上がる。大学時代からの友人で親しくしているのは、美咲だけだ。彼女には、気安くいろんな話ができる。

 ビールを三杯お代わりした頃、美咲が、

「私、おっさんやめようと思うの」

 ほろ酔いの里穂が聞き返す。

「なんでー、私たちこの時のために生きているんでしょう」

「結婚することにしたのよ」

「え、マジで」

「マジで」

 さっきまでの盛り上がりが急に冷めたが、里穂が聞く。

「ぽっぽやと」

「そう」

 美咲は、鉄道会社に勤めている三才年上の彼氏がいた。駅員ではないが、無口で暗い感じから陰でぽっぽやと呼んでいた。

「今年でもう三十二でしょう。こんなお気楽な生活は卒業するのよ」

 美咲は、自分に言い聞かせるように言った。

「確かに、おっさんが二人じゃ結婚できないからねえ」

「そうそう」

「それじゃあ前祝いだー、おっちゃんビールおかわりー」

 再び、盛り上がりを取り戻し楽しく飲んで分かれた。


 里穂は帰り道一人になってから、いろんな考えが浮かんできた。

(みんな結婚したな、子供が欲しいならそろそろタイムリミットになる。でも相手がいない)

 付き合っていた彼氏は、去年別れて今は一人だ。

(もし、結婚したとしても今の仕事が出来るのだろうか、帰って寝るだけで家事なんか全然できる余裕がない。かといって、専業主婦はやりたくない。夫の給料で食べさせてもらうなんて従属するようで嫌だ)

 最寄り駅で降りて、アパートに向かって歩く。

(結局、もう結婚しなくていいやという結論になるんだよな)

 駅を出てしばらく行くとアパートやマンションばかりになるが、四階建ての雑居ビルに見慣れない看板を見つけた。『結火の部屋』

(以前はなかったな、なんかのパクリか、胡散臭いな)

 スピリチュアルカウンセリング 料金一万円と書いてある。

(ボッタクリか、高い!)

 しかし、なぜか気になる。

(ちょっと覗いてみるか)

 酔っ払って気が大きくなっていたので、階段を上がり二階にある部屋へ向かった。

 結火の部屋と書いてある部屋の扉を開けてみると、カウンターがあり、奥の部屋と仕切られていた。カウンターの上には何もなく、パンプレットや、掲示物も無く誰もいない。これは、まだ営業していないのかと思い出て行こうとしたとき、横のカーテンが開いて女の人が出てきた。

 その人は黒髪を一つにまとめ、浅黄色の無地の着物を着ている。はっきりとした目鼻立ちだが、古風な雰囲気を持つ美人であった。吸い込まれるような真っ黒な瞳からは聡明さが伝わってくる。

「どうぞ、こちらへ」

 あまりにきちんとしているので、酔っ払っているのが恥ずかしくなり、

「あ、いいんです、すいません」

 と言って、里穂は部屋を出ようとした。

「どうぞ」

 女の人が、もう一度そう言うと、里穂は振り返って目を合わせたが、その瞬間逆らえなくなって、

「はい」と答えて、中に入ってしまった。

 部屋の中は、中央に置かれた机と向かい合わせに椅子があるだけで、他には何もなくがらんとしている。

 二人は向かい合わせに座ると、女の人が話し始めた。

「私は結火と申します。今から、あなたの人生の目的を思い出してもらいます」

 里穂は動揺して、

「え、え、すいません、意味が分からないんですが」

「どういう場所に生れてどういう人生を歩もうかと、あなた自身が計画を立てた上であなたは生まれました。その時の計画を思い出すのです」

 そう言うと結火は、里穂に目を閉じるように言い、里穂の手を両手で包むように握った。


 隣の部屋の柱時計の音に目を覚ます。ボーン、ボーン、ボーン、三回鳴る。ああまだ、一時間寝ていられる。

 うつらうつらしているうちに、柱時計が四回鳴る。もう起きなくては。

 セツは、横に寝ている夫を起こさないようにそっと障子をあけて部屋を出ていく。大正六年三月、セツがこの家に嫁いで一カ月が経とうとしていた。

 真っ暗な中、土間に下りてまず米をとぐ。もう三月だというのに水は切れるように冷たく、すぐに手が赤くなる。この家では毎朝二升六合の米を炊くので、一番最初に取り掛かるのが、飯炊きだ。

 竈に火を入れると、後はそんなに急がなくても大丈夫だ。味噌汁と、煮しめ、ぬか漬け、梅干しなどがあればいい。

 五時になると、家族の者が目を覚ます。夫、独身である夫の弟、舅、姑、舅の母もまだ健在だ。五時半に食事をとり、六時になると男三人は田畑へ出かけていく。セツと姑は家に残って、洗濯や掃除などの家事を行うが、農繁期には駆り出される。

 九時になるとおやつを、一二時になると昼食を届けに、田んぼの傍のよく茂ったトネリコの木の所に運ぶ。枝を大きく広げているので、五,六人が座っても十分な日蔭がある。

 漬物を漬けたり、買い物をしたりしているうちにあっという間に夕食の準備から夕食となり、後片付けや繕いものをしているうちに、時間が過ぎてもうみんな寝ている。

 最後に布団に入ると、夫がのしかかってくる。もう疲れ果てているので、されるがままに終わるのを待っている。

 翌年、長男清きよしが、その二年後次男茂しげる、さらにその三年後長女の千恵ちえが生まれた。


 昭和一六年大東亜戦争がはじまると、翌、昭和一七年には長男清が出征し、翌年には次男茂も出征した。


 時は過ぎて、昭和四五年八月、大阪では、万博が開催されており、高度成長期に酔いしれて誰もが明るい未来を夢見ていた。

「暑い、暑い」

 扇子をバタバタと仰ぎながら、四人部屋の病室に千恵が入ってくる。荷物をベッドの傍のパイプ椅子の上に置くと、白い木枠の塗料がところどころ剥がれた窓を全開にする。うるさい蝉の声が一層大きくなる。

 物音に気付いたセツが、横向きに寝たまま目をあけた。

「母さん、暑くないの」

「そうだねえ」

「お昼ごはん全部食べた」

「あまり食べたくないんだよ」

「暑いから無理もないよ、母さんの好きだった桃を買ってきたから」

 皮をむいて、小さく切り分ける。セツの体を起して食べさせるが二切れほどしか食べなかった。

 千恵は子供のころ、母が寝ている姿を見たことがなかった。誰よりも先に起きて、最後に寝る。いつもたくさん食べて元気に笑っていたのに。ふっくらとして温かかったあの手は干からびてミイラのようになっている。

 家族のためだけに生きて、頑張ってきたのに、兄二人は戦地から帰ってこなかった。千恵は昔のことを思い出すと、涙がこぼれそうになってきたので、窓のほうを向いてごまかす。窓の外では、川の傍に植えられた柳の木が風でなびいていており、その周りをたくさんのトンボが飛んでいた。

 数日後、セツは死んだ。


(あ、お母さん?)

 セツの前に、若いころの母が立っていた。にこにこしながら近づいてくる。

「セツ、よく頑張ったね」

「え、なぜここに」

 セツは、母とともに、自分も若返っていることに気づく。

「あなたを迎えに来たのよ」

 セツは、自分が死んだことを理解した。

「死んだことが分かったようね、ここで一週間ほどいると準備が整うのでその時迎えに来るわ」

 そう言って、セツの母は去って行った。

 セツは周りを見回す。家や、ビル、道路など特に地上と変わらないが、全然知らない場所だ。ただ違うのは、夜がないということ。常に同じ明るさなので時間の経過が分からない。


 地上の時間で、一週間ほどが経過したころ白い服の女性が現れ、セツに声をかける。

「準備ができたので、ついてきなさい」

 セツは、見覚えがあるようなのだが、誰だか思い出せない。

「あの、あなたはどちらさまでしょう、母が迎えに来ると申しておりましたが」

「私は、あなたの守護霊です。あなたが地上に生まれる前から一緒でしたが、思い出さないかな」

 守護霊は、優しく微笑みながら語りかける。セツはまだはっきりと思い出せない。

「まあ、そのうち思い出すでしょう」

 セツは守護霊について別の場所に来た。

 二人は、草原の間の道の上に立っている。道は下って小川に架かる橋を渡りその先まで続いており、小川の向こう側には、線路と道路が並行していて車が走っている。記憶にはないがよくある田舎の風景だ。

「ここが、霊界の第一界です。あなたの人生はここからスタートしました。苦労ばかりの大変な人生でしたが、おかげで魂が磨かれ霊性が大きく向上しました。おめでとう、あなたの霊性は第二界に達しました。これから、第二界に行くのでついてきなさい」

 守護霊は、セツの手をとると上空に舞い上がった。すぐに別の世界に着いたが、この世界も特に変わらないように思える。

 そのとき、今まで味わったことのない幸福感が体の中から湧き出してきて、思わず座り込んでしまった。

 少し落ち着いてから、セツが聞く。

「これは、一体」

 守護霊がにこにこして答える。

「これが頑張ってきた報酬です。霊界は、地球を中心に第一界から順番に上空へ広がっており、上にいくほど神に近付くため、神の愛を多く受けることができます」

「地上で苦労したことが報われるんですね」

 セツは、歓喜に満ちた顔で守護霊に話す。

「しばらく、この報酬を味わったらよいでしょう、何か用があったら呼びなさい」

 そう言って、守護霊は去って行った。

 ここでは、肉体がないので食事する必要もなければ、寝る必要もない。病気もないし疲労もない。そのような状態で、ただただ幸福感に満たされていた。

 しかし、それも時間が経つにつれ慣れてきて、物足りなく感じてきた。その時守護霊が現れた。

「そろそろ、向上心が芽生えてきたようですね」

「はい、第三界へ行けばもっと大きな幸福が得られるのでしょうか」

「あなたが想像するより大きいと思う」

「では、向上に取り組みたいと思いますが、やはり地上に生まれるのでしょうか」

「ここでも、向上のための修行はできますが、地上のほうが大きく向上できる可能性があります。ここでは、肉体がないので苦痛を味わうことはないが、地上だと、生きるために多くの苦痛を味わわなくてはならない。悩み、努力することで魂は大きく磨かれるのです」

「分かりました、ここでは十分休息ができましたので、もう一度地上で切磋琢磨してきます」

 守護霊はにこにこして、

「分かった、じゃあどういう人生にするか検討しよう。生まれた環境で思った通りの人生を歩める可能性が高まる。前回の人生では、献身的に尽くすことは十分学んだと思う。今度は主体的に人生を切り開くというのはどうかな」

「確かにそうですね、自分の意思で何かをやったことが少ないように思います。今度は自分のやりたいことを全うする人生にしたいと思います」

「それならば、男として生まれた方が良いと思う。まだまだ、女には制約があるから」

「それにはすごく抵抗があります。私が良い男性に巡り合わなかったせいかもしれませんが、粗野で下等生物のような気がするのです」

「ハハハハ、下等生物はひどいね、確かに男の方が、欠点が多いと思う。なのになぜ男の方が、社会的地位が高い人が多いと思う?」

「意志が強いとかですか」

「理由は一つではないと思うが、一番は、欠点が多いゆえにたくさん努力するからだと思う。同じように、金持ちの家庭に生まれると、努力を怠って意味のない人生を送るものも多くいる。多少恵まれない環境に生まれた方が大きく成長する可能性がある」

 セツは、いろいろ考えてみたがよく分からなくなったので、

「じゃあ、普通の家庭で、女性でお願いします」

「分かった。それから、一つ注意しておいて欲しいのは、自分のやりたいことをやるのは良いが、なるべく世の中に大きく貢献できる内容を選ぶこと、自分のためだけの人生を送ると成長にはつながらないから」


 結火が手を離すと、里穂は眼をあけた。一気に蘇った膨大な記憶に戸惑った。しばらく、考えていたが、ふと気になったことがあり結火に聞く。

「今私が見た内容、全部見えたんですか」

 結火はにっこり笑って頷く。

「えー、恥ずかしい、プライバシーの侵害じゃないですか」

「誰にも喋りませんよ。それより、前世はいい人生だったじゃないですか」

「正直、今の人生は、前と比べて全然だめですね、あれ以上のことができるのかなあ」

「今は何をしておられますか」

「機械メーカーに勤めて、営業をやってます」

「前世では、家族に対してとても献身的に尽くされました。今の環境ではそれは無理でしょう。しかし、あなたが会社の機械を売ることで、社員の生活を支えていますし、その機械を購入した会社も同様でしょう。さらにその機械でできた製品も世の中に貢献していれば、広く薄くではありますが世の中の役に立ってます。より多くの人に貢献するという観点で仕事に取り組んだらいかがでしょうか」

「ありがとうございます。生きる目的が明確になった気がします」

 里穂は笑って立ち上がり、一万円を置いて出て行こうとして振り返り、

「それと、専業主婦が嫌な理由がはっきりとわかりました」

 それだけ言うと、里穂は部屋を出て行った。


 スピリチュアリズムを皆さんに知っていただきたいと思いこの小説を書きました。

 スピリチュアリズムにご興味がある方は、下記サイトをご覧ください。

聖霊の声

https://xseireinokoe.blogspot.com


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