Tense ―緊迫―
今回は短め、しかも主人公二人とも出ません。
序章は前回で終わりましたが、今回も実質的に序章かもしれないです。
パカラッパカラッと蹄の音を立てて、馬車が揺れる。馬車の主人……ベノウーム王国の西側の街 ニヘルムを収めているハルス伯爵は、王都エンドーラの城へと向かっていた。
先日起こったある一件について、王から直々に召集されたのだ。本来ならば彼が王都へ呼ばれることなどそうそう無いのだが、それほど状況は切迫しているのだろうか。
そう考えるハルス伯爵の乗る馬車は、エンドーラの街を抜けて城門の前で止まる。そして固く閉ざされていた大きな扉がゆっくりと開かれた。
服を整えながら馬車を降りると、城に仕えるメイドに案内された。いくつかの階段を登り、廊下を歩いたところで一つの部屋の前に立った。
扉が開かれると、ハルス伯爵はその中へ入った。部屋の壁には豪華な装飾が施されており、中心には長いテーブルが置かれている。いくつかの空席があるものの、既に数名の貴族らがそこに座っていた。
「やあ、悪いねハルス伯爵。こんな時に呼び出してしまって」
「いえ、とんでもございません。陛下の召集とあれば当然のこと……おっと、どうやら私が最後のようですな」
ハルス伯爵は自身に声をかけてきた人物に深く頭を下げると、指定された席へと座る。ハルス伯爵は、まず周囲に座っている人物へと視線を動かした。
王都の付近の街 ラーライムを収めるラインハイム侯爵
東の街 アイラットを始めとした街や村を収めるヴィルム伯爵
南の街 ローイルを収めるデスレ子爵
そのほかにも何名か座っていた。皆、このベノウーム王国において重要な役割を持つ貴族――権力者たちばかりだ。
そしてハルス伯爵は、さきほど自分へ声をかけたテーブルの一番端に座る人物へ視線を向ける。
ブロンドの髪を肩まで伸ばし、整った顔立ちは国中の女性を虜にする……身体から自信をみなぎらせている若き国王、アレオス王である。
先王たる父が病によってこの世を去って数ヶ月経ったが、王となった初日から変わらぬ彼の風格は、とても年齢にそぐわないものだった。
「さて、今日君たちにこの場に集まってもらったのは――いや、既に耳に入れているだろう? まあ一応、改めて言っておくけれど」
王にしてはやけに親しげに、そして尊大に話すとアレオス王は本題を切り出そうとする。
しかし、その言葉を遮るように、ヴィルム伯爵が自身のメガネを押し上げながら口を開く。
「僭越ながら陛下よ、一つよろしいでしょうか?」
「うん? ああ、ヴィルム伯爵か。なにかな?」
アレオス王から発言の許可をもらうと、ヴィルム伯爵はまるで汚らわしいものでも見るかのように、自身の視界の端に映っていた人物を睨んだ。
「ここは陛下の父上、先王まで続いた由緒ある神聖な部屋。それにも関わらず、この場に土足で踏み込むような輩を呼ぶのは如何なものかと……」
「あ? おいおいヴィルム伯爵さんよぉ、そいつぁオレのことかよ?」
ヴィルム伯爵の視線を受けた人物は、余裕を持ちながらこの場にそぐわない喋り方で口を開く。
二メートル弱の大きな身体に褐色に近い肌、派手な金髪の人物……グレイ・ウォーカー・サービス代表のグレイは不敵に笑っていた。
「オレは大将から直々に呼び出されたんだ。文句があるんなら、まず大将に直接言ってもらおうじゃねえか」
「貴様……! 貧民街出身のネズミごときが陛下の威光を盾にするなど――」
「やめないかヴィルム伯爵、グレイ君の言う通りだとも。この大陸でグレイ・ウォーカー・サービスは各国や集落を繋ぐ、非常に強力なパイプラインなんだ。そんな彼を無下にするわけにはいかないだろう?」
「それは……」
声を荒げて叫ぶヴィルム伯爵をたしなめると、アレオス王は優雅にブロンドの髪をさらっとかきあげる。
「今回の情報を持ってきたのは他でもないグレイ君だ。それに……君も彼には随分と世話になってるようじゃないか?」
「なっ……!? い、いえそのようなことは断じて……」
「ああ、オレもヴィルム伯爵から仕事は受けてねえよ。ヴィルム伯爵の領での仕事と言えば、カエル面のオッサンくらいだな」
ニヤニヤと笑うグレイの言葉を受けて冷や汗が流れ始めるヴィルム伯爵、そんな彼に助け船でも出すかのようにアレオス王は手を叩いた。
「話が逸れたね。今日私が君たちを呼んだのは……そう、フロハ村の一件だ」
本格的に話題を切り出したアレオス王の言葉の前に、その場にいた全員に緊迫した空気が走る。
「例の荒ぶる神……堕ちた神々の出現が観測された。そうだねハルス伯爵?」
「はい。今回現れた神と、それに伴う被害はニヘルムでも確認されました。街の外の森の木々は倒壊、川の水は途絶え、動物たちも死骸となって発見されています。フロハ村は近々、我がベノウーム王国に合併される予定でしたが、それよりも早く問題が起こってしまったと……」
アレオスに話題を振られたハルス伯爵は、自身の領地であるニヘルム近辺での様子を話した。
「やはり被害は深刻だね。まあ前回出現が確認されたレイバス王国よりかはマシだろうね。あっちは被害地域一帯は人が住めるものじゃなくなった様だし」
「陛下。やはり今回も彼が……」
手を上げながら、恐る恐る尋ねるデスレ子爵にアレオス王は頷く。
「そう、今回も彼――魔王の息子が確認されたようだよ」
「なんと……!」
「やはり魔王の跡を継ごうと!」
ざわめき始めた貴族たちの前で、アレオス王はため息混じりで話を続ける。
「王の話は最後まで聞きたまえ。たしかに彼は確認されたが、今回もまた神と戦っていたようだよ。仮にも神を相手に勝利するとはね……流石魔王の息子、さながら小さな英雄と言ったところかな?」
「しかし陛下、彼奴が何時こちらへ牙を剥くか分かりませぬ。となると、やはりギルドに討伐隊を」
「そうです陛下、不安材料は直ぐにでも取り除くべきです。その為の先王が設立に協力したギルドです!」
腕を組みながら静かに意見するラインハイム侯爵と、彼に賛同する声を、アレオス王は一蹴する。
「たしかに、彼がこちらの敵になるか分かったものではないね。では代わりの対策案はあるかな?」
「は……?」
「だから、仮に彼を討伐したあと、堕ちた神々をどうやって鎮めるかだよ」
その言葉の前に、ラインハイム侯爵と彼に賛同していた何人かが黙り込んだ。
今までこの大陸に堕ちた神が現れたことはあったが、どの国も神々相手にまともに立ち向かえるものは誰一人として居なかった。
現に、今回のフロハ村に出現した神との戦いでは、ギルドの勇者たちが全滅している。その中には新米だけでなく、歴戦の勇士までいたのだ。
その上で全滅したのだから当然、生半可な実力では太刀打ちできないだろう。
「結局、彼のことは見逃すしかないだろうね。私としても少しばかり不服だが、背に腹は変えられないさ。『敵の敵は味方』とは、よく言ったものだよ」
目を伏せて肩をすくめるアレオス王、しかしその顔には薄くではあるが、笑顔が浮かんだままだった。魔王の息子への対処など、彼の中では最初から決まっていたかのように……。
次の話投稿前に、今までの話を流れはそのままに書き換えるかもしれないです。