Scream ―悲鳴―
実はこの作品まだプロローグ部分です。
次回でやっとプロローグが終わって、そこから本編が始まります。本編と一緒に本格的に世界観や設定、キャラについての掘り下げを書いていきます。
また、入れるタイミングがなかったのでストーリーの途中で魔力関連の解説を挟んでいます。場合によっては後日場所を変更するかもしれません。
空に堕ちた神の鳴き声が響き渡る。
「戦えるものは前へ! 男は手近な武器を取れ、勇者たちの援護に徹するんだ!!」
民宿の目の前で自警団の人が叫ぶ中、私とマオはそのすぐ横を通り抜けた。村の崖の前では年老いた男性や若い女性――老若男女問わず、数十人ほどの勇者が集まっていた。数が少ないって言ってたけどこれだけ居れば……。
けれどそんな彼らの口から出たのは、勇ましい雄叫びでもそれぞれの勇者たちへの指示でもなく、戸惑いと困惑ばかりだった。
「お、おい……なんだよありゃ!?」
「魔獣じゃないの?」
「あんなデケェ魔獣、見たことも聞いたことねぇぞ!?」
口々に言う勇者たちの視線の先――フロハ村の崖の方の空には『堕ちた神々』の一体、ネガ・ゼファロスの姿があった。
「やっぱり来たか……!」
空を見上げながら叫ぶマオは背中の聖剣に手をかけた。
しかしマオが行動するよりも早く、崖の前に集結していた勇者たちが一斉に動き出した。
「音速水波ッ!」
「鋭風牙ォ!」
「電光撃!」
恐らく魔法の詠唱って言うものを唱えながら、勇者たちが一斉に攻撃する。
けどその攻撃はゼファロスに届かない。
よく見ると、ゼファロスの周囲に緑の風のようなものが渦巻いている。彼らが放った魔法のほとんどがその風によって弾かれる。
高水圧の蒼い刃は嵐によって一瞬で乾き、鋭い槍のように放たれた緑の風はより強大な暴風に正面から潰された。
眩い光と共に放たれた雷撃はそれらをすり抜けゼファロスに命中するも、その皮膚にはかすり傷一つ与えることができなかった。
「放てぇっ!」
自警団の1人――服装の違いから見て隊長格だろうか? その人の叫びと共に10人近くの兵士が先端に火を付けた矢を放つも、それもまた風の壁によって明後日の方向へと弾かれてしまった。
「クソッ! ……ラガルド隊は退避だ! 村の女子供を連れて麓へ避難しろ!」
「待ってくれ隊長! それならあんたの方が……!」
向こうの方で言い争う自警団を置き去りに、勇者たちの魔法は続く。そんな中、魔法の弾幕の中に混じって空を飛ぶマオの姿が見えた。
「マオ……!」
「あのガキ、1人でやろうってのか!?」
「なんて無茶な……えぇい、天翔!」
ゼファロスへと飛ぶマオを追って、何人かの勇者たちが緑の風を足に纏わせて同じように空を翔ける……マオの『飛行』スキルと違って魔力を使っていたから、例の魔法で再現したようなものかな?
自分を追って同じように飛んできた勇者たち数人に気付いたマオは、今までで見た中で1番焦っているのが見て取れた。一旦動きを止めると、付いて来た勇者たちを制止して叫ぶ。
「なっ――!? どうして来たんですか!? 危険です、離れて!」
「お前こそ何言ってんだ! ペーペーのガキ1人で何が――」
「アレは神なんです! 信じられないかもしれませんけど……普通じゃ太刀打ち出来っこ無いんです!」
「か、神? あなた一体何を……?」
マオの目の前まで飛んできて無茶した彼に文句を言う男性と女性の勇者だったが、その言葉はゼファロスの鳴き声でかき消された。
オアアアアァァッ!
ゼファロスは一際高い声を上げると、その巨大な翼を羽ばたかせる。一回煽ると、その翼から相応の大きさを持った羽が緑の風を纏いながらフロハ村へと幾重にも発射された。
あ、これやばいんじゃ……!
「くっ――『疾走』ッ!」
マオは何かを叫ぶと強く空を蹴って加速し――次の瞬間、こちらへと飛んできた羽が全て切り裂かれて消滅した。
腕で顔を覆っていた私は恐る恐ると言ったように周囲を見回し、そこで自分や村がまだ被害を受けてないことに気づいた。
「え!? 何が起こったの!?」
「おい、今のは一体……!?」
「まさか自動迎撃……いや疾走スキル持ちか!?」
「疾走スキルって、あの超加速の!? けどあれは総騎士団長の……」
勇者たちの話を聞いて私は薄々気づいた。きっと今、マオが模倣したスキルのどれか1つを使って撃墜してくれた……んだと思う!
「うおおおォ!」
こちらに迫っていた羽をマオが撃墜している間に、空を飛んでいた勇者の1人がゼファロスへと突撃する。両手の直剣を握り締め、風の壁を避けて果敢に切り込む……しかし、その攻撃は防ぐかのように折り畳まれたゼファロス自身の翼にわずかに刺さる程度だった。
終始フロハ村へ――時折マオへ向けられていたゼファロスの視線が、自分のもとに真っ先にやって来たその勇者を捉える。
「うおっ!?」
「…………ッ! 危な――」
攻撃を警戒して慌てる勇者へ手を伸ばして叫びながら、マオは勇者の元へ加速した――
ブンッ!
音を付けるならば、そんな軽い音。自身についたホコリでも払うかのようなそんな動き。
あっさりとしたゼファロスの翼の動きのあと、緑の風と共にさきほどの勇者が、いまだに降り注ぐ魔法の弾幕をすり抜けてフロハ村に突っ込む。
ドオオォォォン!!
フロハ村に建てられていた大きな風車の柱へと突っ込んだ勇者は、大きな破壊音と共に叩きつけられた。
柱には人1人がすっぽり収まりそうな大きなクレーターが生まれ、その中から柱を伝って赤い液体が止めどなく流れていた。
「――――!」
声をあげられなかった私の目の前で、クレーターより上の部分の風車が徐々に軋み始めたあと、大きな音と共に地面へと崩れ落ちた。その途中、クレーターから真っ赤に染まった直剣が一緒に落ちた。
ガアアァァン!
「大風車が……。くっ、避難を急がせろ!」
さきほど隊長格の人と口論していた部隊長らしき人が大声で部下に指示を飛ばした。
部下の人が村にわずかに残っていた女性や子供たちを避難させていると、私の元にもそのうちの1人が来ていた。
「君、立てるかい?」
「え、えぇ……。」
「なら良かった。山の麓まで少し距離があるから急いで!」
自警団の人に急かされるように言われた私は、一度マオの方へと振り返るとその後ろ姿を見つめた。
(……大丈夫、だよね?)
たった1日一緒に居ただけなのに、どうして彼に魅せられるんだろう。そんなことを考える余裕もなく、私は自警団や村人たちの後に続いて走り出した。
♦︎
村人の多くが退避したフロハ村には勇者たちと自警団、そしてマオが残っていた。
(なんとかこの人たちも避難させないと……!)
『堕ちた神々』は、超高純度の魔力によって形成された聖剣で無ければその魂を解放されない。
そのことを伝えようと、マオは集まっている勇者たちへと叫ぶ。
「聞いてください! アレは魔獣ではなく神なんです! 特殊な方法でないと――」
しかし、そんな彼の心からの叫びは彼らには届かなかった。
「何馬鹿なこと言ってる! あんな化け物が神なわけないだろ!」
「強いと言っても実体があるんだから、全員でかかれば倒せるわ!」
「ていうか小僧! テメー1人で手柄を取りたいだけじゃねぇのか!? そうはいかねぇぞ!」
意に介さないもの、心配するもの、疑って手柄を取ろうと積極的になるもの――誰もマオの話に乗らなかった。
「やっぱり僕なんかが話してもダメなのか……!?」
しかし、これ以上彼らに時間をかけてしまう訳にもいかない。そう判断したマオは速攻でゼファロスを攻略するため再び空を加速する。
さきほどの『疾走』スキルは動きこそ速くなるものの思考までは付いていかない。撃ち落とすのなら兎も角、ゼファロスの風の壁や真空波を素早く避け続けるには不向きだった。
加速しながら聖剣に赤い光を纏わせて炎の剣を形成すると、マオはゼファロスの目前へたどり着いた。その胴体へと聖剣を振り下ろそうとしたマオだったが、後方から貰った一撃でバランスを崩してゼファロスの下に落ちかけた。
「なっ!?」
「邪魔だ! 射線に入ってくんな!」
振り返ると地上から降り注いでいた魔法の1発が命中したようだ。マオは強力な魔法に対する耐性を付与する模倣スキル『退魔』を持っていたため大したダメージを受けなかった。
しかしマオがゼファロスの真下でバランスを崩しているとき、ゼファロスの翼が大きく広げられた。翼に魔力が溜まると大きく煽り、そこから真空波と魔力を纏った羽の両方が一斉に発射される。
フロハ村へと真っ直ぐ飛んだ羽が地面に突き刺さる。そしてその一部は先にいた勇者たちの身体を容易く貫通した。一瞬で命を散らした勇者たちの身体が羽によって地面にぬい付けられる。
羽から少し遅れて、真空波がフロハ村に建てられた建物を破壊する。そして羽と同じように先にいた勇者の身体が何分割にも切断され、付近に血飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちる。崖の手前に当たった数発はそこを繋げてヒビを入れると、数人の勇者や自警団を崖の下へと叩き落とした。
「うわああああぁぁぉ――――」
「――ッ……オェッ……!」
「こ……こんな化け物どうやって倒せってんだよ……!」
「これ以上構う必要なんてない……逃げるぞ!」
血で出来た水たまりの上で、辺りに転がる肉片のそばで、怒声や悲鳴が響き渡る。数十人は居たであろう勇者や自警団は、すでに半数以上が散っていった。
軽い気持ちで訪れた平和な村に、突如現れた巨大な化け物相手に訳も分からないうちに大勢の命が奪われた。
恐怖、そして困惑――――残った者たちに浮かんだ感情はそれだけだった。先の一撃で村は完全に崩壊したが避難の時間稼ぎは充分できたはず。ならばここに踏みとどまる必要はない……勇者は当然の、自警団は無力感に打ちひしがれながらの判断だった。
――だが不運にも、気まぐれな神がそれを許さない。
ゼファロスは翼を更に広げてから煽ると、巨大な黒い魔力で出来た竜巻を生み出す。竜巻から伸びた風が空を覆って辺りを暗くする。
ゼファロスの周囲を飛んでいた他の勇者たちは突然目の前に現れた巨大な竜巻を回避しきれず、その多くがー飲まれて行った。
「こ……こんなことが……。」
「た、助け――――」
ブオオォォォォオ!!
「今度は一体なんなんだよ!?」
「あ、嵐だ……!」
周囲の勇者たちを巻き込みながら迫り来る巨大な竜巻を目の当たりにして、勇者たちの間に衝撃が走る。今までも羽や真空波によって壊滅的な被害を受けていた。しかし目の前の巨大な竜巻はその比ではない。
当たればまず命はない、更にこの山も容赦なく崩れ去るだろう……そんな一撃がまっすぐこちらへ迫り来る。
地上の勇者たちはその事実を――今までのは戯れ程度でしかなかったという現実を思い知らされた。
「そ、そんな……あんな災害そのもの相手にどうやって立ち向かえってんだ!?」
「諦めんな! 何のために勇者になった!?」
「無茶言うな! クソッ! こんなことなら勇者なんかなるんじゃ……!」
「もう無理だ、俺は逃げるぞ!」
勇者たちの悲痛な叫びが崩壊しかけた山に木霊する。
地上へと本格的な攻撃を開始していたゼファロス……しかしほんの少しだけ、自身の真下の超高純度の魔力を感じ取るのが遅れた。
直後、一筋の赤いきらめきがゼファロスの胴体から垂れ下がっている巨大な脚に走った。その赤いきらめき――マオは通り過ぎた脚へと振り返った。
わずかな間を置いてから、光に沿ってゼファロスの左脚が切断された。切り落とされたされた脚の断面からはどす黒い血が噴き出した。左足もまた黒血を撒き散らしながら山の麓へと落下していった。
ギェエエエエアアアアァァ!!?
空の上でのたうち回るようにもがき始めるゼファロス、この機を逃さずマオは聖剣へ送る魔法……この剣にとっての魔力を火属性から土属性へと変えた。
聖剣から発せられる光が赤から茶へと変色した。するとその刀身もまた、黄色い魔力を纏い始める。
「ハアッ!!」
ゼファロス目掛けて聖剣を振るうと、その刀身が纏っていた黄色い魔力が散弾のように細かく大量に飛んで行った。
ゼファロスは再び巨大な翼を羽ばたかせ、風の刃を生み出すと目の前へと迫る魔力を撃ち落そうと試みた。
しかしゼファロスの風の刃が撃ち落そうとぶつかるよりも早く、黄色に光っていた魔力が、少しずつ魔力を伴った土に変質し始めた。
魔力の土の殆どが風の刃を食らって切断されたが、二手に分かれてそのままゼファロスの翼へと命中した。
翼に付着した土は見る見るうちに固まっていく。固まった魔力の土の影響で、ゼファロスの翼の動きが急速に低下し始めた。
聖剣は水晶の中に魔力を封じているため、魔法と同じ扱いであり、その刀身に魔法の効果を付与したりスキルを発動することもできる。
しかし、この聖剣の更に特殊な点は『封じられた基本属性魔法に対応する魔力を注ぎ込むことでその力を大きく解放する』ことだ。
通常、魔力だけを纏わせても所有者の身体強化や、魔法に対して効果を発揮するのみで
攻撃に転用することは滅多にない。魔力そのものと魔法をぶつければ、魔法が勝つだろう。
これは魔法自体が『魔力を自身の体内で練成してから放つ』ためだ。
そんな中、この聖剣は内に封じられた魔力と、注いだ魔力が共鳴し合って大いなる力を発揮できる。逆に言えば魔力を注ぎさえすれば、魔法を上回る効果を発揮できる。
つまり、『同じ量の燃料を使う場合、人間の体内のエンジンを使うよりも、聖剣のエンジンを使った方が遥かに効率が良い』と言うことだ。
『人間の体内を介して作り上げた魔力で生まれた結果』が魔法であり、
『聖剣を介して、或いはゼファロスのように神の権能を媒体にして生まれた結果』は魔力のままである……
それがこの2つの違いだ。
魔力の土によってゼファロスの翼の動きが鈍くなるのを確認もせずに、マオは聖剣に注ぎ込む魔力を再び火属性へと切り替えた。中心の丸い箇所から赤い光が漏れると同時に、マオは刀身に宿った炎を2回連続で衝撃波のようにして放った。
2つの斬撃はそれぞれ左右の翼に命中した。
すると高熱によって翼に付着していた土が乾燥していき更に、そして急速に硬化していく。
翼による風のコントロールで巨体を支えていたゼファロスは、石の翼を伸ばしたまま地上へと落下して行った。
グエエエァァァ……!
ゼファロスが地上目掛けて落下していく中、マオは地上の勇者たちへ迫っていた嵐の前へと立ちはだかった。
プロローグは主にシオン目線なので、本編開始になってから細かい説明を入れようと思っているのですが、内容が勝手に盛り上がって読者の皆さんが置いてけぼりになってる気が……