Negative ―厄災―
昨日は諸事情でバタバタした結果、投稿前に寝てしまいました。
この作品主人公は勧善懲悪物の主人公みたいなキャラだし、やっぱりダークのタグは要らなかったかもしれません。場合によっては消すかも……
フロハ村からかなり離れた上空――夜空の下に1つの巨大な影が飛んでいた。翼は最低限にしか動かしていなかったが、その巨体は一向に落ちる気配が無かった。その巨影は目の前に迫った山を避けることもせずに、質量を伴った飛行だけで山頂付近を破壊した。
そんな巨影の元にこれまた1つの小さな影が接近していた。
その影の主――マオは、自身の持つ『スキルの再現』で過去に獲得していた『飛行』を使って巨影から見て右側に並行して飛んでいた。
巨影は一目見ただけでも鳥であると認識できた。翡翠色の巨体に見合ったサイズを誇り先端に鉤爪が備わっている翼、フロハ村全体の数分の1はあろうかという頭部と巨大な一本角、丸みを帯びつつ鋭く尖ったクチバシ、羽が密集して細長伸びて出来た3本の尻尾……
(これがネガ・ゼファロス――フロハ村の言う社様か……!)
目の前の巨影――『ネガ・ゼファロス』なる存在を前にしてマオは背負っていた皮と布を巻きつけた鞘から聖剣を引き抜くと、ゼファロスの頭部へと加速した。
意思があるのかさえ不透明なゼファロスだったが自身の視界の端に映ったマオに気付くと、その巨大なクチバシをわずかに開いた。その動きを見たマオが飛行と同じように模倣していた『防音』を発動するのと、クチバシを完全に開いて音波攻撃もかくやな鳴き声を轟かせるのは同時だった。
グエエエェェアアア!!
甲高い鳴き声が夜空に響き渡る。『防音』によって体――特に鼓膜などへのダメージこそ無かったものの、マオの体を文字通り震わせる。
「くっ……! スキル込みでも完全には防ぎきれないか! 流石は神だ!」
顔をしかめながらそう言うと、マオは両手で握りしめていた聖剣を構えてすぐ横にまで迫ったゼファロスの瞳に横薙ぎで斬りつけようと試みた。
しかしその一撃は素早く閉じられたシャッターのような瞼によって弾かれた。聖剣は鋼であろうと容赦なく斬り裂ける切れ味を持つ……ただし、それは魔力を伴わない場合だ。
通常の剣であれば、切りつける相手が魔法による防御ではなく魔力を伴って防御、或いは鎧や鱗そのものにまとっていようと特殊な効果がない限りは物理でのみしか止められない。
しかしこの聖剣の場合、その魔力の大きさによって効果が薄くなってしまう。これは聖剣の中身――性質が魔力そのもので出来ているいるからだ。
魔法同士のぶつかり合いは魔力の大きさや質、各魔法間の性質によって勝敗が決まる。魔力の少ない火属性魔法は魔力の多い火属性魔法に打ち消される。逆に魔力が大きくても相性の悪い水、土属性魔法には余程の差がない限りは打ち消されてしまう。
つまり水晶という外殻の中に魔力を封じ込めている聖剣は、(水晶による質量があるため一概に言えないが)物理的な攻撃としてではなく、魔法による攻撃と同じように働くのだ。
通常ならば多少の魔力を伴っていようと容赦なく斬り裂くことが出来る聖剣だが、相手は文字通りの神……そのまま斬りつけた程度では歯が立たないだろう。
「やっぱり解放しなきゃ無理か……!」
そう呟くとマオは聖剣の中心の円形部分に手を添えた。すると円の中に並んで星のように象られたダイヤのうち、1番上の紋様が赤い光を放ち始める。そしてそれに合わせるように、細長い刀身から炎が噴き上がった。
炎は聖剣の刀身の数倍の長さまで激しく燃え続けた。マオは炎を帯びて火属性魔法と同質の魔力で作り出された、火力とリーチに特化した形態となった聖剣を再び構え直した。
超高純度の魔力の塊となった聖剣を前に流石に脅威を感じたのか、ゼファロスはマオから離れるように左へ大きく旋回した。
「逃すか……!」
その後を追うようにスキルで加速しながらゼファロスへと突っ込むマオ。そんな彼の目の前で、ゼファロスはその場で回転するように翼を大きく動かして背後のマオへと振り返った。
ただ振り向いただけ……。しかしその翼から巨大な薄緑色の風――風属性魔法と同質の魔力を含んだ真空波が刃となって周囲、そしてマオへと放たれた。
「……ッ!」
マオはすぐに聖剣を下から上へと斬り上げるようにして真空波を縦に真っ二つに
切断した。炎と風がぶつかり合い、マオの両サイドをさきほどよりも激しく燃える真空波の残滓が通り過ぎて行った。
それを確認することもなくマオは再び加速しながら
ゼファロスへと正面から飛び込んだ。
グエエエオオオォォ!!
再び巨大な鳴き声を上げながら、ゼファロスは大きく翼を羽ばたかせる。その羽ばたきとともにゼファロスと同じかそれ以上の大きさを持った、巨大な黒い竜巻が発生した。竜巻は下の方へ伸びながらまっすぐマオの方へと移動を始めた。
地上に到達したのだろう、竜巻の中を下から上へと木々や岩、逃げ遅れたと思われる動物やワイバーンと同じような魔獣たちが、空へと打ち上げられていた。
さきほどと同じように火属性の攻撃を行なっても切断はできず、逆に炎を纏った嵐になるのは想像に難くなかった。仮に切断出来たとしても地上が焼き払われるだろう。そう判断したマオは横に大きく横に回避した。
そのマオの動きを読んでいたのか、或いは最初からそうするつもりだったのか、ゼファロスは回避するマオへ続けざまに黒い竜巻を放ち続ける。
「キリがない……なら……!」
連続で向かってくる竜巻を前にしたマオが右手を自身の胸に当てると、そこから緑の光が放たれた。風属性魔法の1つ『暴風壁』を発動し、自身に周りに展開した。
その名の通り強力な風の壁を発生させるその魔法は、本来ならば長い詠唱を行うことで発動出来る上級魔法。事実、長年修行を積んだ才ある魔法使いたちですら数秒は詠唱にかかるものだ。しかしマオはそれを上回る父譲りの才能と、一定以下の魔法の詠唱を行わず発動出来る模倣スキル『詠唱破棄』によって無詠唱で瞬時に発動できた。
暴風の壁に包まれたまま、マオは迫り来る幾多もの竜巻に真っ直ぐ突っ込んで突入した。地上を簡単に抉る強烈な風と、中から飛んでくる打ち上げられたものを弾き飛ばしながらマオは竜巻を突っ切って行く。
竜巻を抜けたマオは、両手で聖剣を構え直してゼファロスへ突撃しようとした――しかし、そんなマオの目の前にゼファロスの姿は影も形もなかった。さらにあれだけ激しく吹き荒んでいた竜巻も、途端に勢いが失われていた。
「消滅した……いや逃げたのか?」
空へ打ち上げられた木々や魔獣たちが地上へと落下していく中、マオは困惑したまま聖剣の魔力を解除して背負っていた鞘へと納めた。
♦︎
マオが空へと飛んで行ってすでに10分は経った。フロハ村に残っていた私は民宿を抜けて外に出ていた。強い風が吹く中、私はスカートを抑えながら夜空――マオと社様が向かった先を見上げていた。
最初は静かだったフロハ村も、数分前に響いた鳴き声で皆が慌ただしく起き始めていた。
「マオ、大丈夫かな……」
ポツリとそう呟いた私は1度村の方へと視線を向けた。鳴き声が聞こえ始めた時は徐々に灯りがつき始めていただけの村も、今ではどこもかしこも灯りがともっていた。村の中に立っていた大きな風車がものすごい速さで回っていた。
「一体何だったんだよ今の?」
「知るわけねぇだろ!」
「魔獣なら狩りに行くべきじゃねえか?」
「ハハ、そりゃいい! で、どこにいるんだよそいつは?」
旅人――村長さんの言葉を借りればギルドってところの勇者たちの話し声が聞こえた。いやあの人達だけじゃない。不安に思う人、倒そうと考える人、未だ呑気に捉えてる人……。村のあちこちからそんな声が聞こえていた。
人ってやっぱり個性があるな。なんてことを思っていると、風車の動きがゆっくりになっていった。気づけば村に吹いていた強い風がも弱まっていた。
それからしばらくすると、夜空に瞬く星々の中に灰色のコートを羽織っていたマオが混ざっていた。マオはゆっくりと空を飛ぶと、あまり目立たない村の隅に着陸した。
私はマオの方へ走って近寄った。私はに気付いたマオは片手を上げながら歩いてきた。
「おかえりマオ……えっとその……倒しちゃったの、社様?」
「ううん、逃げられた。」
「そっか……良かった、のかな?」
神さまだと言うのに戦いに行ったマオのことを心配しつつ、私は思ったことを言った。この村のある山の神を倒そうなんて流石にどうかと思った私がそう口を開くと、マオは少し険しい顔をしていた。
「いや良くないよ、絶対に倒さなきゃいけないんだ。それにアレはまた現れる……必ずね。」
この1日で初めて見るマオの顔を見て、私は少し驚いた。神を倒す――冗談でもなく本気でそう言うマオにどこか恐怖に似たものを感じつつ私はマオにまずやるべきことを促した。
「何はともあれ……今日はもう寝ない? 説明は明日でも良いからさ。」
「……うん、そうだね。ありがとう。」
さきほどまで険しい顔を浮かべていたマオは少し面を食らったような顔をしたあと、また微笑みながら返事をした。
村の中では兵士……と言うよりは自警団のような人達数人が剣や弓を持って村の小さな塀の前へと向かって行った。それと逆に人々は少しずつ家や私たちの泊まっていたのと同じような民宿に戻って行った。私たちも同じように民宿の中へと戻った……。
♦︎
不思議と――いやあまり眠っていなかったからかぐっすりと眠った私は翌日、約束通りマオから話を聞いた。アレは結局なんだったのか、どうしてマオがそんなもの……神と戦うのかを。
「前に言ったけど、魔法の中でも光属性魔法は神が作り出した。でも厳密に言えば作った訳では無いんだ。」
魔法は世界と自然が最初に作り出し、その後に神が作ったのが光属性魔法……正確に言うと神そのものが変質した結果生まれたのが光属性魔法。
かつてこの世界に住んでいた神々は今では一部を除いて世界そのものに溶け込んで、自然や概念になっている。そうして世界と神が一つになり、その影響で人々が目覚めた新しい魔力――それが光属性魔法だった。
故に光属性魔法は最初からあった天然自然の基本属性魔法とは違うものとして、特殊属性魔法へと分類された……。そうマオは説明してくれた。
「こうして光属性魔法が出来たのに対して、人々や世界から望まれないまま発生したものもある……それが闇属性魔法なんだ。」
闇属性魔法は光属性魔法と同じくこの世界に最初から存在しない魔法だった。観測されたのは今から16年前……つい最近になってからだった。
「どうして最近になって見られるようになったの?」
「16年前って言うのはね……魔界から魔王がこの世界に侵略を開始した時期なんだ。」
魔王が魔界とこの世界を繋いだ際、魔界特有の瘴気が流れ込んでいった。最初はまだ大きな影響は無かった……けどその状況は4年間に渡って続いていった。すると世界中でごく稀に闇属性魔法に目覚める者が現れ始めた。
しかもその当時、闇属性魔法を使っていたのは魔王と軍の魔物の中でも強力な力を持つ配下たち――魔族と呼ばれる存在だけだった。
「魔物と魔獣って何が違うの?」
「ワイバーンみたいなこの世界特有の生物たちが魔獣で、魔界からやって来たり逃げてきた……つまり魔界由来の生物が魔物だよ。魔物は魔獣と違って人間を襲う理由を特に持ち得ないんだ。だからかつてこのフロハ村で起こったようなことは、奴らにとっては日常茶飯事なんだ。」
そんな魔界由来の力が世界に浸食して発生するようになった闇属性魔法だが、その発生元たる瘴気が世界に与える影響はそれだけにとどまらなかった。
瘴気は世界に蝕むと、この世界の自然や概念と溶け込んでいた神々にも影響を及ぼしていった。悪意や破壊衝動といった負の面を瘴気の影響で与え続けられた一部の神は変質してしまった。
肉体を自身の内の魔力と闇属性魔法の瘴気によって作り出し、狂わされた本能のまま自らの権能を振りかざす災害……厄災と化したもの。それがあの社様を始めとした神々の末路……マオはそう説明してくれた。
「師匠はそうなった神々を『禍々しき厄災』って呼んでる。……ギルドや他の所では『堕ちた神々』って呼んでるらしいけど。」
『禍々しき厄災』『堕ちた神々』……マオが直面しているのは、私が想像するよりもずっと一緒難しいことなんだ……。
「けど、あの社様は人を襲わなかったよね? なら別に無理に倒そうとしなくても良いんじゃ?」
「そう言うわけには行かないんだ。神がああなっているだけで世界中のパワーバランスが乱れてしまう……それは何も世界の魔力だけじゃない、国の問題にもなるんだ。」
昨日私が聞いたベノウーム王国を始めとした国や集落の一部にも、今回の禍々しき厄災の影響が出る地域や集落があるらしく、無視するわけには行かない。最悪、隙を見せたところを他国に侵略される可能性だってある……それがマオの主張だった。
「現に昨日だけでも山の麓はかなりの被害が出てる。それに社様……ゼファロスは元々気ままな神らしくて、今回フロハ村に被害が出なかったのは偶然かもしれない。」
「そういうものなの?」
「負の面を強く与えられて変質してるとは言っても、その神や生命の根っこの部分……本質までは変わらないってことだよ。」
そういうものなんだ……そう考えているとマオは神を倒すことを問題なくできる理由を話してくれた。
「堕ちていると言っても元々世界と1つになっていた神。よほど強力な魔法やスキルで肉体を消滅させて殺しても、しばらくすれば復活してしまう。けど僕の持つ聖剣でなら神を浸食した瘴気を払うことが出来る……つまり瘴気の肉体から解放して元に戻すには、この聖剣で神を一度殺すしかないんだ。」
神を救う。そのために神を殺す……勇気を胸に、そんな使命を帯びたマオに私は最後の質問をした。さっきまでの話を聞いて、どうしてもわからないことがあったから。
「それはわかったけど、どうしてマオがそんなことをするの? 初代勇者っていう師匠さんじゃダメなの?」
私の質問を受けて、マオはまた暗い顔をした。きっと言いにくいことなんだと思う。けど私はそれでも理由が聞きたかった。どうしてマオがそうしなければならないのか……闇属性魔法の影響で神は堕ちたというけど、それとマオが闇属性魔法を使えることに何か関係があったりするのかな……
そう考えていた私の前で、マオは決意を固めたように口を開いた。
「僕はね――――」
そう言ってマオが喋り始めようとした時だった。
グエエエェェェアアア!!
まだ日が昇り始めたばかりの空に、夜中に聞こえたあの鳴き声が響き渡った……。
ルビと当て字を考えるの難しい……ルビの影響で中途半端に次の文章に流れてしまわないように調整するのもっと難しい……