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ある案山子の夢

作者: クルトン

                     ある案山子の夢


ステージ1

 ある田舎町でのお話。そこには小さな小高い山が町の中心にありました。山の麓には

小道が走っていてそこを少し歩いた所にやはり小さな公園がありました。

春には淡い紅色の桜の花が満開になり町の人たちのお花見で賑わいました。そこでは皆、新しい門出を祝うかの様に喜びに満ち溢れていました。

夏には強い日差しに緑が映え、小道を散歩する親子連れが楽しそうに話をしていました。子供のいたずらにお父さんが怒るもありましたがそこには優しい笑顔がみられました。カップルの楽しそうな顔にも光が差し輝いていました。

秋には紅葉が真っ赤に染まり人々を楽しませてくれました。この1年が無事に終わりに近づき、家族で平安に過ごせた事を町の人たちは感謝しました。

冬になり雪が積もり人の気配は少なくなりました。一面の白色が、もの悲しさを増しましたが、やがて来る春をじっと待つかの様でした。哀しみは喜びへの準備期間なのでしょう。

 ところで、その流れるような小道から続く公園の入り口に若いカップルの案山子が仲良く並んで立っていました。町の誰かがつくったのでしょう、とても素敵な案山子でした。ちょうど人ぐらいの大きさがあり男の子は薄い青色の着物を着ていてブルーの瞳、ショートの金髪をしていました。女の子は濃い赤色の着物でオレンジ色の瞳、ロングの茶髪でした。胸には二人ともNのイニシャルが施されていました。

二人の真っ赤な唇が情熱を示し、白い手袋がその純潔さを表している様でした。二人は手を握り合っていました。その案山子の前をいつも幸せそうなカップルや小さな子供連れの家族が通り過ぎて行きました。

 「可愛らしい案山子ね。」

 「素敵だね。僕たちも彼らのようにずっと

仲良くしていこうね。」そんな声が聞こえる様でした。

 ある時、女の子の案山子は目の前を通り過ぎる人間たちを見て、自分も心(感情)が欲しいと思いました。

 「神様。私にも人間のような心を下さい。

それはどんなにすばらしい事なのでしょう。私は案山子なので感情がありません。どうかお願いします。」

 男の子の案山子は傍らにじっと立っているだけでした。


ステージ2

 今年の春、大学に合格し上京した夏子は、田舎から都会に出てきたばかりであった。朝

、大学に行くまでに地下鉄に乗りバスで通わねばならなかった。田舎では自転車通学をしていた夏子は通学でさえしんどく感じた。

 「どうして都会はこんなに人が多く皆、急いでいるのかしら。」

 都会の喧騒に、慣れない夏子は大学の授業に遅刻をする毎日であった。

 元来のんびり屋の夏子は大学でもなかなか友達ができなかったが、サークルでマリア(真理愛)という友人ができた。マリアは現代風のとても活発な娘で古風な夏子とは性格的に反対であったがそれが互いに惹きあった。

 都会でのマリアとのおしゃべりやショッピングはとても楽しく、勉強など手につかない日々が流れた。サークルで一年先輩の少しかっこいい男子が夏子に付き合ってくれと言ってきた。夏子は初めての恋愛についてマリアに相談したらマリアは慣れているらしく、勝手にしたらと笑った。

 彼と付き合い始めて夏子は輝く様な太陽の強い日差しの中、めくるめく青春の日々が流れて行くのを感じた。

 しかしその彼がある時、浮気をした。夏子はショックと怒りで震え、マリアにその事を打ち明けた。涙は出なかった。

 「いい経験したじゃない。また新しい彼氏をつくればいいのよ。」と言って彼女はさばさばした返事をした。

 夏子はその彼と別れ、勉強に打ち込んだ。夏子の夏は終わった。

 まじめに勉強して大学を卒業した夏子はその甲斐があって無事堅実な会社に就職できた。マリアとのたまに電話する友達関係はその後も続いた。

 ある時夏子が仕事でミスをして上司に怒られて落ち込んでいた時、慰めてくれたのが年上の先輩社員の信男であった。信男は夏子に好意を示し夏子もまじめで勤勉な信男に少なからず魅かれた。以前の恋愛で保守的になっていた夏子は普通の家庭に憧れていた。この人なら大丈夫と夏子は思った。  

 何年か信男と付き合った後、夏子は寿退社をした。皆、祝ってくれ特に結婚式ではマリアが喜んでくれた。

 結婚後、信男との生活はささやかではあるが順調に流れた。男の子が生まれ,こころと名付けた。ローンではあるがマイホームも購入できた。信男の帰りを待ち子供の世話をする単調な毎日であったが夏子はこの静かな幸せを確かに感じていた。

 秋の木漏れ日が窓から差し込む台所で晩御飯の準備をしていた夏子は5歳になる息子のこころが居ないのに気が付いた。その時玄関の方で車の急ブレーキの音が聞こえた。

「大変だ。男の子が轢かれた。」夏子が飛び出すとそこには血だらけのこころが横たわっていて車の運転手が茫然と立っていた。近所の人たちがすぐに救急車を呼んでくれた。夏子は救急車でこころと一緒に近所の市民病院に向かった。夏子は顔面から血の気が引くのを感じ言葉が出なかった。

 病院でこころが集中治療を受けている時、夏子は我に返り信男に電話した。

 「こころ・・・こころが車に・・・。」

 「どうしたんだ、夏子。しっかりするんだ。

今からすぐに病院に行くから。頑張るんだぞ。」

 信男は病院にすぐに駆けつけた。こころの手術中ずっと、夏子の傍らで手を握っていた。

 長い手術の後、医者が手術室の向こうから現れた。 

 「できる限りの治療は施しましたが助ける事ができませんでした。残念です。」

 夏子はその医者の言葉がどこか遠くから聞こえるように感じた。立っているのがやっとだった。病室の小さな台の上で横たわっているこころに被せられた純白のシーツを夏子は恐る恐る捲った。物言わぬこころの死に顔を見て夏子は感情が迸った。

「神様。私を人形にして下さい。心や感情は要りません。どうかお願いします。」 

 するとどうした事か。目の前に横たわっていたこころの姿はなくそこには藁でできた小さな子供の人形が横たわっていた。


ステージ3

 ある老女とその孫娘が居ました。孫娘はマリアという名前でした。二人は近くの公園によく散歩に出かけました。その公園の入り口には男女のカップルの案山子が立っていましたが長い年月で雨風にさらされ汚れてしまっていました。

 「マリア。あの案山子を綺麗にしてやりましょうよ。」

 「うん。そうね。おばあちゃん、良い事を言うわね。」

 二人は雑巾を持って案山子の所に行きました。

 「おばあちゃん。この女の子の案山子、赤い眼のまわりが雨で汚れていてまるで泣いているみたいよ。何だか可哀そう。」

 「そうね。案山子でも悲しい思いをして泣く事があるのかもしれないわね。マリア、綺麗に拭いてあげなさい。」

 「今度来た時には小さな子供の人形をつくってきてあげようかしら。」


                            (2748文字)


 2つ目の投稿になりますがよろしくお願いします。



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