第5話
ミーンミーンとセミが鳴く。
正に真夏の風物詩。
お母さんの買い物の手伝いを終わって家に帰ってきたら、由依の奴、部屋に寝そべって漫画を読んでいた。
「ちょっと!由依!いいかげんにしてよ!」
「んー?なにが?」
「何がって、由依ずっと遊んでばかりでしょ!優くんの事、どうなったの!」
「そんな今は何も出来ないわよ。」
「何も出来ないって...。」
「貴女こそ落ち着きなさい、今はその時じゃないわ。」とゆっくり立ち上がりベットの上に座った。
「ねえ、由依?」
「何?」
「どうして私を選んだの?」
「...そうね。厳密に言えば、貴女の可能性にかけてみたかったから。」
「可能性?」
「...そう、可能性、だって貴方、風上優矢に一度も選ばれてないでしょ?」
「うぐ!」
「フフ...でも、あながち冗談じゃないのよ。風上優矢は少なくとも12月3日までに誰かのルートに入る。まあ、結ばれるかどうかは別として。」
「...。」
「ちょっと、黙り込まないでよ。亜季、貴女やりにくいわね...。」
「そんなこと言われても。」
「...まあ、いいわ、今までの例をあげると、誰かと良い関係になった瞬間から強制力が働いていると想定してもいいわね。で、何かしらの形で風上優矢は死にいたる。
一度目の犯人は加山という男子生徒。友人からの立場も失って、学校も退学。逆上して風上優矢を刺した。」
「...犯人、加山くんだったんだ。」
「あくまでそれは一度目の話ね。二度目では、貴女は臆病になって、何も出来ずにいた。貴女がした事と言えば、沙希と風上優矢が付き合わないように誘導した。おかげで風上優矢と沙希が付き合うことは間逃れた。けれど、クラス担任の吉川先生と風上優矢が急接近するイベントが何回かあった。
結ばれてはいないけど、12月3日に吉川先生の暴力彼氏に刺されて殺される。
三度目は...、三度目は貴女ひどかったわね。」
「うっ。」
「三度目の貴女はひたすらみんなの邪魔をした。そのため、風上優矢はうんざりして、貴女から距離をとるようにした。その瞬間、風上優矢と貴女は別れたという噂が広がって、見知らぬ後輩の女子生徒の急接近。名前は確か...青島透子だったかしら。逆上した貴女は見物だったわね。」
「...あれは反省してる。もうやめてくれない?」
「...まあ、貴女を苛めてもしかたないわね。風上優矢は女子生徒を選ばなかったけど、12月3日その女子生徒、青島透子に刺されて死んだ。
そのあと貴女は冷静さを取り戻し、四度目。
貴女は沙希も、吉川先生も、ましてや栗山という男子生徒も上手く丸め込んだと思う。貴女の知らない水面下では、風上優矢は貴女に惹かれていた。でも、貴女は臆病は変わらなかった。
貴女は風上優矢と距離をとった。貴女は沙希に優矢をゆずった。
でも貴女の心が追い付かなかった。
貴女は12月3日まで部屋に引きこもった。
その間に貴女を思う優矢と、沙希の仲が悪くなり別れた。
その12月3日、廃墟の倉庫の一部が崩れて風上優矢は死んだ。
そして最後の5度目、貴女は自然にみんなを丸め込んだ。
その間、必至に不透明な犯人を探していたわね。
その間に風上優矢と浩平の妹、優芽の距離は縮まっていた。
付き合いはしなかったけど、12月3日 優芽のストーカーに風上優矢は刺されて死んだ。ただ、そのストーカーっていうのが誰だかわからないんだけどね。
そして6度目,ここが終着地点。"世界"は調整するために辻褄合わせに入ってる。でも私達はある程度、12月3日までのさまざまな道筋を知っている。世界がどのように動くか一度、見計らったほうがいいと思うの。その世界の動きを阻止するように貴女が動けばいいと思うわ。」
「阻止って...。ようは二人の恋仲を邪魔するってこと?」
「フフ、そういう事になるかもしれないわね。でも、貴女だって、心の奥底では風上優矢と結ばれたい、そう思ってるんじゃないの?」
「そ!そんなこと!わ、私はただ...。優くんが生きてさえいればいいって...。」
「ふう、とんだ負け犬根性ね、私は貴女の可能性にかけてるんだからちょっとは自信を持ちなさい。少なくとも私は全力で貴女の応援するわ。」
「お、応援って...!」
「悪いけどせめて、10月ぐらいまでには覚悟を決めておいて。じゃないと本当に風上優矢は死んでしまうわ。」
「う、うん...。」
「さてと、色々話したら疲れたわ。私、そろそろ寝るから夜になったら起こしてね!見たい番組あるの!」と告げたまま、クローゼットへ入っていった。
私は一人残され考え込む。
私、優くんの事、助けらればいいって、それだけ考えてた。
...心の奥底では全然ちがった。矛盾している。
だから、私は覚悟を決めないといけない。
他の誰かと優くんが付き合うと、強制力が働き、優くんは死ぬ。
優くんを救うための可能性の一つとして、優くんと、つ、付き合うんだ!
だ、だから、これは仕方ない事だよね!
う、うん、そうだ!
私は優くんと結ばれたい。
なんか変な汗がダラダラ流れてきた。
な、夏だからね。暑いからしかたないよね!
は、ははは!
すると由依がクローゼットをあけ、
「ちょっと亜季、ブツブツうるさいわよ。」と一言つげ、パタンと扉をしめる。
き、聞かれていたんだ...。
さらに変な汗がダラダラ流れた。
●●●
授業も終わり放課後のこと。
「ちょっと、優ー、夏祭りの件優芽ちゃんに伝えてくれるー?」なんて沙希のやつ、夏バテで机から動かず、手をヒラヒラさせて俺に伝えてきた。
「はー?お前がいけよ!」
「やーよ。だって私、あの娘、ちょっと苦手なんだもん。」
「なんだぁ、じゃあ親しくなるチャンスじゃねーか?」
「やー、無理。と、いうか頼む!御願い!優いってきて!あとでアイス奢るから!」
「ったくわーったよ!ハーゲンダッツのバニラね!」
「え?ガリガリくん、だめ?」
「あー!もう!ガリガリくんでいいよ!」
「ほんとー!ありがとー!」
ったく、なんつー女だ!と、ポケットに手を突っ込み、ダラダラと1年の廊下へ向かった。
その時、1年の女子とスレ違いさま会話が聞こえる。
髪金髪に染めてそこにエクステ編み込んだギャル軍団だった。
ギャハハ!とでかい声で騒ぎ立てる。
もう少し静かにできないものかねぇ、なんてオッサンみたいな事、考えていると、あいつら、会話の内容が優芽のものに変わった。
「つーかさあ!あいつ!優芽?人の事、バカにして!あいつなんなの?」
「あれはねーわ!つーかあのキャラ作ってる感じ?がクソむかつく!」
「あー、わかる。あれねー。いい歳してさー、よくやってこれたよねー。」
「あいつ、頭いいからってさぁ、クラスのみんなバカにしてんだよ!」
「わかる!今回のはいい気味だわ!ぎゃはは!」
...なんだよ。なんか嫌な胸騒ぎをかんじた。
急いで、優芽の教室に向かった。
ガラッと扉を開くと、夕暮れの中、優芽が一人教室にいた。
机の上に鞄を追いたまま動きの止まった放心状態の優芽がいた。
よく見ると鞄の中身、全部水浸し、人為的な悪意をそのまま受け取った行為だった。
俺に気付くと優芽のやつ。
「か、風上優矢!な、何みてんだよ!何でもないからな!」
とあわてて鞄を隠した。
「...別に何もいってねーよ。」と少し近づくと優芽の机に彫刻刀で掘られたバカという文字が見えた。
...なんだよ。これ。前からやられてんのかよ。
「...。」俺は何も言えなくなった。
「...じゃあ、私、帰るから。」と俺を無視して立ち上がる。
「...ああ。」と一言告げると直ぐ様振り返り
「あ、亜季センパイに絶対このこと言うなよ!」と指さしながらいうわけ。
「わーってるよ!つーか、早く帰れよ!」めんどくせーな。
するとまた振り返り
「な、なんだ!その態度は!ってか、風上優矢!わ、私に用事があって来たんじゃないのか!」と横暴な態度をとる。
「あー?まー、そうだけどよ、また今度にするわ。」
「は?なんでだよ。」
「いや、別に...。」
とか言いながら、びしょ濡れの鞄に目がいってしまった。
そしてそのあと、彫刻刀で掘られた文字に目がいく。
他にも色々修復されているが、ボロボロの机をみて、胸が痛くなった。
そんな俺に羞恥心を覚えたのか
「お、おまえ!何か勘違いしてないか!」
「は?何が?」
「お、おまえ!私がいじめられてるとか思っているんだろ!全然そんなことないからな!む、むしろ!私がいじめてやってんだ!その仕返しに...。」
だから!誰も聞いてねーよ!
「さあ?だから知らねーって、お前が強キャラなのとかマジ興味ねーから!早く帰れよ!」
すると無言で、びちょぬれの鞄をドン!と床に投げつけた!
...お、おお!なんだよ。ちょっとびっくりしたじゃねーかよ!
そしてプルプル振るえていた。
次はなんだよ!あー、めんどくせーな。俺が勝手に帰っちゃうぞ!
と、教室をでるとガシッと俺の肩を掴む。
お?今度は何だ?いつもの蹴りでも飛んでくんのか?と身を構えると優芽ちゃんのやつ、
「か、風上優矢〰!」と震えた声で言い出しブワッと溜まっていた涙が溢れだした。
お、おお...。まじかよ。
「ゆうやぁ!ゆうやぁ!うわあぁぁん!」とまるで子供みたいに泣き出した。
こいつ、子供みたいなやつだと思っていたけど、ここまでとは...。
でも俺はそこまで薄情じゃない。...と思う。
まるで道に親とはぐれた子供みたいな優芽ちゃんを放っては置けない。
...まあ、こういうときぐらい胸をかしてやるか。
キョロキョロ辺りを見渡し誰もいない事を確認すると、この小動物をガシッ!と両腕で抱き締めてやった。
「...まあ!なんつーの?何があったか知らねーけど!泣きたいときは思いっきり泣け?その方がいいって!」
すると、その一言がダムを崩壊させたのか
「わあああん!もうやだぁ!私、何もしてないのにぃ!みんな、私の事、バカにするぅ!」と必要以上に大泣きした。
俺は何も何もしない。ただ、話を聞いてやる。それだけでいいはずだ。
その時だった。
ガラリと誰かがはいってきた!
「おぉい!みんな帰ったかぁ!」
げっ!鈴木じゃねーかよ!しかもこんな姿見られたら...。
当然すぐにばれた。
「くぉらぁ!風上ぃ!一年のクラスにやってきて何やってんだ!」
「え!いや!これには深い訳が!」
「言い訳してんじゃねぇ!貴様、さてはヤラシイ事でもしてたな!ちょっと来い!」と俺の耳を引っ張り連れていこうとする。
慌てて、優芽が
「せ、先生!これは違うの!まって!」なんて鈴木の服を掴み、説得するも
「優芽ぇ、怖かっただろう。もー大丈夫だ!この馬鹿、きっちり絞ってやる!」なんて聞く耳もたない。
あー、もう、鈴木のやつ。うまく俺を退学に持ち込もうとしてんじゃねーのか!
こういうときに、吉川先生でも通りかかってくれたらいいんだけどな。
...そんなに都合よくいかねーか。
その時だった。
「先生、この人はただ、話を聞いてあげてただけですよ。」と通り掛かった女子生徒が助け船を出してくれた。
「でもしかしなぁ。ちゃんと話を聞かない訳には...。」
するとこの女子生徒、鈴木が俺の耳を掴んでいるのを見て
「先生、これ体罰の域をこえてますよね?暴力だと思います。先生だからって何やっても許されるんですか?」
「え?あ!ああ!」と息継ぎ、鈴木は俺の耳から手を離し
「風上!今度見つけたらただじゃすまないからな!」と捨て台詞をはき、何処かへいってしまった。
「ふいー、ほんと危なかった。」と色々嫌な汗を拭き取ると優芽のやつ腰に手をあて、
「フン、こんなやつ、鈴木先生に連れて行かれたらよかったんだ!」なんてふんぞり替える。
「ほー!その舐めた事、抜かすのはこの口か?」と頬っぺたをムニーと伸ばすと
「いたいいたい!風上優矢!やめろー!」なんてほざきやがる。
すると後ろから
「あ、あのぉ?」と先程俺を助けてくれた女子生徒が声をかけてきた。
あ、やべぇ、すっかり忘れてた!
振り替えるとそこには、この世のものとは思えない透き通ったストレートロングの美少女がいた。
げ!さっきの女子生徒、こんなにレベル高かったのかよ!
するとムッとした優芽が俺の太股を蹴ってきた!
いってーな!このやろー!ってそんな事してる場合じゃなかった!
優芽を無視して、ポンポンと太股に付いた埃を払うと
「さっきはありがとな!ほんと、助かったわ!」と一言つげると
妖艶な笑みを浮かべ
「いいえ、当然の事をしたまでです。」と返してきた。
そして
「あの、よかったら貴方のお名前教えて頂けますか?」なんて聞いてきた。
え?何?脈あり?
なんてデレーとしながら
「お、おお!俺の名前は風上優矢!で君は?」なんてあわよくば仲良くなれるかも?なんて、下心丸出しで聞くと
「私の名前は青島桐子。よろしく。」と透き通る声で返してきた。
その時、何故かザワッと当たりが凍り付いた。
そして名前を聞いた瞬間歯車が動き出した。
そんな気がした。
第6話に続く