青柳君は半魚人です
__可愛いは正義。
恐らくこの世界の大多数に賛同してもらえるだろう言葉である。
かくいう私も中学生になった頃に『可愛い』物に惚れた。とにかく自分が可愛いと思ったものをひたすら集め続ける日々だった。
それが何の間違いか、可愛い少年少女にも「萌える!!」と叫んでしまうようになり、高校2年生になった今も変わらないどころか悪化する始末。
麗しい男子のギャップ萌え最高。
ちょっとそれらしい場面を見つけては「わぁあぁぁ!」と悶えてしまう。
そんなことをしていると、最近では顔を合わせるたび母親に悲しそうにため息を吐かれるようになってしまった。
そんな私は今、とんでもない危機に直面していた。部屋の時計の針は午後8時を指している。
「スマホ、忘れてきた......!」
なんという失態。数時間前の自分を呪いたい気分だ。うおぉぉ、と花の女子高生にあるまじき声をあげて学校用の鞄を叩く。
私にとってスマートフォンというのは、なくてはならない代物である。
どのぐらい必要かというと、スマホと一日の食事を引き換えにされたら迷わずスマホをとるくらいには必要だ。
「......こうなったら」
取りに行くしか、ない。
幸いにも学校は家から10分もかからないくらいの距離にある。さっと取ってさっと帰ればきっとバレない。たぶん。
そうと決まれば早く行かないと。
夜着の上に適当にパーカーを羽織り、足音を立てないように玄関まで行く。
母と父はテレビを観ている。少しだけなら外に出ても気付かれないだろう。
「いってきまーす」
小声で言い残し、外へ出た。
夜の学校というのはどうにもこちらの恐怖感を煽ってくるものがある。
誰もいない校舎は昼とは違う顔を見せる。禍々しい雰囲気、とでもいうのだろうか。何か出そう、とはこのことである。
さては小さい頃から学校の怪談を聞かされ続けたのが原因か。
それに時期も悪い。
今は夏。夏といえば怪談。その上今私が向かっているのは学校で、しかもプールの女子更衣室だ。何か出ないわけがない。
何故だ、何故なんだ! なんでよりにもよってそこに忘れてきたんだよ、私!! 気付けよ!!
家を出てきた時の行動力はどこへやら、もうすっかり足が竦んでいる。
「生きて帰れるかな......?」
けれどもここまで来たんだ。行くしかないだろう。手ぶらで帰るわけにはいかない。
学校の周りを取り囲む塀を登り、プールの側まで侵入する。女子更衣室も鍵が壊れているため簡単に入ることができるだろう。
セキュリティ的にはよろしくないが、今の私的にはとてもありがたい。
更衣室の扉のドアノブに手をかけて引けば、扉はキィ、と音を立てて開く。そろそろ改築すべきなんじゃないだろうか。今切実にそう思う。
電気を付け、その眩しさに一瞬目が眩む。闇に慣れすぎていたようで痛いくらいだ。しかしこれで少し安心した。明るい中で出てくる幽霊なんてあまり聞かないからだろうか。
「えーっと、スマホスマホ......あ、あった!」
棚の上に置かれていたスマホを手に取り、一応傷や汚れが無いか確認する。
何も無かったことに安堵の息を吐き、さぁ早く帰ろう、と足を一歩踏み出したその時。
__パシャッ
そんな水の跳ねる音がした。
思わず動きを止め、音がした方向に目をやる。その先にはプールがあるのだが、そんなところで一体誰が何をしているというのだろう。
自分と同じく学校に忍び込んでプールで遊んでいるとか?
「いや、ないない」
笑って自分の意見を否定したものの、ならばなぜ? と考えてしまう。
こういう時の人間特有の好奇心というのは本当に恨めしい。
たとえばホラー映画。物音がしたから、と不気味な建物に入っていく主人公に「なんで行くんだよっ!! 馬鹿なの!?」と突っ込んでしまう自分だけれどその主人公の気持ちが今は分かる。
心の中では行きたくないと思っていても、足が勝手に進んでしまうのである。胸が早鐘を打つようにドキドキしているが、もはやそれが恐怖からなのか期待からなのか分からない。
いや、待てよ?
もしやこれは俗に言う出会いフラグというやつなんじゃないだろうか。
夜の学校、忍び込んだ主人公、そしてそこで出会う同級生の彼。無断でプールに入って遊んでいた彼に「秘密を知られたからには仕方ない」と口止めされ、以来学校でも気になってしまう。
そんなフラグか? ついに彼氏なしイコール年齢の私にも時代が来たのか?
そうとなれば俄然興味が湧いてきた。ちょっと、ほんの少し覗くだけ。さすがに出ていくまでの勇気はないので見たらすぐに帰ろう。幽霊である可能性もなくはないのだから。
友人には幽霊なんているわけないでしょ、と呆れ顔をされるが、幽霊がいると信じている人の世界には幽霊はいて、いないと信じている人の世界にはいない。ただそれだけの話だ、と私は思っている。つまり私の世界に幽霊はいるのである。
更衣室からプールへ続く扉を開けてそろそろと奥へ進む。
その間も、パシャパシャという水音は聞こえたままだ。
もうすぐプールが見えるくらいの距離にまで近づいた頃、不意にその音が止んだ。
恐る恐る顔を覗かせてみると、プールサイドに人らしき物体が横たわっているのが見えた。少し様子を見てみたけれどそれは一向に動く気配がない。
......どうしよう。
でも本当に生きている人間だった場合、何かの発作とかを起こしているのかもしれない。そんな可能性がある限り、このまま帰るなんてことはできなかった。
大きく深呼吸をして、その物体に近づいた。
「......人間......じゃ、ない?」
月明かりに照らされたその物体は、人間の形をしていた。けれどそれは明らかに人間ではなかった。
恐らく私と同じ年くらいだろう。それは少年の顔をしていた。けれどその肌は半透明の鱗の様なものに覆われており、パーカーのフードからちらりと見えた彼の耳はまるで魚のエラのような形をしている。
これはいわゆる半魚人、というものではないだろうか。
服を着たままプールに入っていたらしい。彼が身につけているパーカーとズボンはびしょ濡れだった。
しかし、一番気になるのはそこではない。
どこか彼の顔に、見覚えがあるのである。さらに近づいて顔を確認しようとしたその矢先、不意に彼が目を開けた。
瞼の隙間から淡青色の瞳が覗く。
その目がこちらを向いて、私を視界に入れた。
驚きで動けなかった私は彼と目が合った途端、金縛りがとけたような感覚になった。はっと気がついて急いでその場から逃げよう、と足を踏み出そうとした。
「っ!?」すぐ足元の水たまりに足を滑らせ、それはかなわなかったが。
自分の体が傾いていく様を、まるでスローモーションのように見ていた。
前に倒れようとしたその瞬間、誰かの手がお腹に回されてグッと持ち上げられた。
体勢を整えるとその手はすぐに離されたが。
とりあえずお礼を言おう、と後ろを振り向く。その先にいたのはさっきの少年だった。
「坂下さん」
「__え?」
彼の声は落ち着いていて、川のせせらぎを思わせるような澄んだ響きがある。
そんな声に自分の名前を呼ばれ、思わず聞き返してしまった。
彼はどうして私の名前を知っている?
困惑していると、彼は「あれ」と首を傾げた。
「坂下 葵さん、ですよね?」
「__あ」
そこでやっと、彼の正体に気が付いた。
「もしかして......青柳君?」
「やっぱり、坂下さんか......」
彼はそう言い、はぁ、とため息を吐いて額に手を当てた。
その様子を見ながらさらに混乱し始めた頭をどうにか働かせて状況の整理をする。
彼はどうやら私のクラスメイトである、青柳 澪君だったらしい。
青柳君はクラスの中では大人しい方で気遣いもでき、その整った容姿から女子に鑑賞物扱いを受けている人物である。
正体を知って、まず何より私を襲ったのはどうしようもない怒りだった。
「出会いフラグかと思って見てみたらほんとに同級生がいて、その人の秘密知ったと思ったらまさかの半魚人でしたとか萌え要素の欠片もない!! もっとこうさ、他にもあったでしょ。同じ半分人間でも狸とか狐ならもふれたのになぜ鱗!!」
「あ、あの、坂下さん......あまり大声出されると困ります」
「しかも普段タメ口なのに素が敬語とか! ギャップ萌えはそうじゃないんだよ! 逆でしょ普通!!」
散々恐怖心を煽られた後の安堵に、もはや口が止まらない。青柳君が止めようとしたが、さらに怒りが込み上げてきて余計に熱が入ってしまった。
うわあぁぁと悔しがっていると、もう一度静かに「坂下さん」と名前を呼ばれて顔を上げた。
「なに、萌えない青柳君」
「燃えないゴミみたいに言うのは止めてくれないかな。......とりあえず、誰にも言わないでくださいね?」
誰かに話すつもりはなかったのだけれど、と思いつつ頷けば彼はまだ心配なのか念を押してきた。
そんなに信用ならないか、私は。
「本当に、言わないでくださいよ? もし口外でもされたら僕は学校ごと貴女を消さないといけなくなりますから」
「怖いな青柳君」
分かっているのかな、と眉を寄せる青柳君に「大丈夫、言わない」と言ってあげる。
「なんでわざわざ地雷要素しかない青柳君の話を他人にするの? 絶対しない。するわけない」
「......まぁ、安心......なのか?」
首を傾げる青柳君に頷く。もう一度言おう。そんなに信用ならないか。
まぁ、良いけど。と一つため息を吐いて、ふと気になって時間を確認した。
「やば! もう8時40分だ」
さすがに帰らないと。無断で外出したのがバレたらスマホ一週間禁止令とか出されるかもしれない。それは困る。
「じゃ、また明日ね」
「あ、ちょっ!」
青柳君に手を振りそう言い残してから走る。
なんだか呼び止める声が聞こえた気がするが、今は急いでいるので勘弁して欲しい。
行きと同じ道を使って家まで帰る。予定よりも長く学校にいてしまったため、少し走った。
「ただいまぁ......」と小さな声で言いながら家の中に入り、鍵を閉めてテレビの音がするのを確認してから部屋に戻る。
パタン、と扉を閉めてからその場に座り込んだ。
「つっかれたー」
大きく息を吐いて体の力を抜く。
今日はもう何かする気力など残っていない。
よっこいせ、と体を起こしそのままベットにダイブする。疲労からか、意識はすぐに遠のいていった。
次の日、いつもと同じように学校に登校した私は、自分の席に着いてから青柳君の席を見た。
彼はまだ来ていない。
一日経って、もしやあれは夢だったんじゃないだろうか、とふと思った。
お腹に手が回されたあの感覚ははっきりと覚えているし、夢ではないだろうと分かってはいるのだけれど。
それでも昨日の出来事はにわかには信じ難いものだったのである。
尚も彼の席を眺め続けていると、青柳君が登校してきた。教室の扉の近くにいた男子が彼に挨拶をする。
「おはよー、青柳」
「おはよう」
青柳君は爽やかに答えて自分の席に座った。
それまでの動作をつい目で追ってしまう。端から見たらとっても危ない気がする。別にストーカーとかそんなんじゃないですからね?
心の中で誰かに向けて言い訳をしていると、不意に声をかけられた。
「おはよう、葵」
「あ、ちーちゃんおはよう」
声をかけてきたのは早川 千草。私の友人である。珍しい下の名前の持ち主である彼女は『千草』と呼ばれることを嫌っているので、私は親しみを込めて彼女をちーちゃん、と呼んでいる。
そんなちーちゃんは身長が170cmと高く、顔立ちが中性的なためかよく男の子に間違われてしまう。
バレンタインには朝の時点でチョコが机の中から溢れかえるくらい詰められる。寧ろ嫌がらせだな。
女子からの告白も多く、大体の男子は思いを寄せている女子を彼女にとられてしまう。気の毒で仕方がない。
「なんでそんなに青柳のこと見てたの? ああいうのがタイプだっけ?」
「いや全然これっぽっちもない!!」
「なんか恨みこもってないか」
思わず即答してしまった私にちーちゃんが苦笑する。
「じゃあ、なんで見てたわけ?」
怖いぞ、と言われたので心外な、と返す。
私が彼を目で追ってしまうのは昨夜あんな秘密を知ってしまったからであって、いわば不可抗力なのだ。
全て彼女に説明してあげたいのはやまやまなのだけれど、青柳君の秘密を彼女に言ってしまったら学校ごと消されてしまう。
仕方が無いので適当に誤魔化すことにした。
「いや、青柳君ってなんか魚に似てるなって」
「......はぁ?」
「__おい、どうした!? 大丈夫か、青柳!!」
私の言葉にちーちゃんが怪訝そうな表情を浮かべると同時に、焦ったような男子の声が聞こえた。
驚いて声がした方向を見るとそこにはゲッホゲホ、とむせ返る青柳君と、心配げにその背を撫でる男子がいた。
どうしたんだ青柳君。
しばらくして落ち着いたらしい青柳君は「ごめん、大丈夫」とそばにいた男子に笑いかけてから私の方を見た。
心の準備を全くしていなかったため、思わず固まってしまう。
そんな私をよそに、彼は目線を教室の外に滑らせてから立ち上がり教室から出た。
出る間際にもう一度こっちを見たということは、着いてこいと言っているのだろうか。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
おー、と手を振るちーちゃんに見送られながら青柳君を追って廊下に出る。
あれ、見当たらないな、と辺りを見回してみる。視界の端で青柳君のものと思わしき黒髪が揺れたのでそちらに行ってみると、彼は階段の隅にいた。
「どうしたの? 青柳君」
「どうしたもこうしたも......朝からすごく視線を感じるわ、魚に似てるとか言ってるわで全く気が気じゃないですよ」
はあぁぁ、と深いため息を吐いてその場にしゃがみ込む青柳君。
「ちーちゃんに不審がられたから、とりあえず適当に誤魔化そうと思ったんだけど......」
「誤魔化し方が適当すぎる!」
彼が頭を抱える。
さすがにあの言葉はまずかったか。「いやー、ごめんね」と軽く謝った私に再度深いため息を吐いた彼はバッと立ち上がり「とにかく」と真正面から目を合わせてきた。
普段はやっぱり黒色なんだ、とどうでもいいことが頭をよぎる。
「こっちを見ない! 僕の話をしない! 関わらない!」
「は、はい」
すごい剣幕に圧倒されて思わず敬語で答えてしまった。
言いたいことは言い切ったらしい。「じゃ、よろしくね」と青柳君は学校での彼に戻り、そう言い残してその場を去った。
「というか次体育じゃん」
一時間目から体育とかないわー、とぼやきながら急ぎ足で教室に戻れば、水着と体操服袋を手にしたちーちゃんが待っていてくれていた。
「さすが! 惚れるぜ!!」
「いいから早く行け」
なぜ水泳という授業があるのだろう。
それは小学生の頃からずっと不思議に思っていることだった。
なぜ普通に遊ぶだけではいけないのだろうか。水泳の授業をしたところで海で溺れないようになるわけでもないし、そもそも泳げない人にはそれ以前の話である。
「あー、暑いー。日焼けするー」
じりじりと肌を焼くように照りつけてくる太陽を恨めしげに睨みつける。
もちろんそんなことをしたところで日差しが和らぐわけではないし、雲が出ていたら出ていたでプールから上がった後に寒くなるのだ。
そうなったらまた雲を睨みつけるのだろう。のくわけがないと分かっていながら。
本格的に泳ぎ始める前の自由時間中、ふと青柳君が気になってその姿を探してみた。
「......いない?」
泳いだりして遊んでいる男子達の中に彼の姿はない。
ぐるりと頭だけ回して彼を探す。
彼は見学者用のスペースにいた。
そういえば、以前から彼は水泳を見学していたような気がする。昨日まで青柳 澪というクラスメイトに興味など微塵もなかったせいかよく覚えていないけど。
もしかしたら、水に触れると自然に半魚人の姿になってしまうのかもしれない。
他の理由が何かあるのかもしれないけれど、これが一番しっくりくる気がする。
そんな時、仲の良い男子達と笑いあっていた青柳君にとある男子が「暑いだろー?」と水をかけた。
もちろん彼に悪気などない。単純に親切心からきた行動である。
青柳君が焦ったような表情を浮かべる。私の仮説は正しかったのかもしれない。しかしそうだとすれば、この状況は少しまずいのではないか?
太陽の光が反射した青柳君の肌は、明らかに水とは違う何かで覆われ始めていた。
深く考える暇などなかった。
とりあえずこのままではいけないことは分かっていたので、急いで水から上がってプールサイドに置いていたバスタオルを手に取る。
そしてそれを思いっきり青柳君に投げつけた。
被せた、では語弊がある。
投げつけた、のだ。文字通り。こっちだって焦っていたのだ。そのくらい許して欲しい。
青柳君を含め、その周辺にいた男子達が皆驚いたように私に目を向けた。
「青柳君、すごくしんどそうだよ。保健室行った方がいいんじゃない?」
私の言葉に男子達が青柳君を心配し始める。
彼はそれに苦笑いすると「ちょっと体調悪いかも」と言って立ち上がった。
「先生には言っとくね」
青柳君は私に一つ頷き、早足でその場を去っていった。
やはり相当危ない状況だったらしい。
この時間帯は保健室の先生はまだいないため、あそこなら安全だろう。彼もそれは分かっているだろうから、大人しく保健室に向かうに違いない。
先生に青柳君の件を話して授業に戻る。授業中泳いでいる間は必死すぎて彼のことを考える暇などなかった。
授業を終えてプールサイドに上がった私はふと気がつく。
「バスタオル持っていかれた!!」
一連の流れを見ていたのか、そばに寄ってきたちーちゃんが私の肩にポンと手を置き、口を開いた。
「小さいタオルならあるぞ」
「是非とも貸して頂きたい」
「うむ」
ちーちゃんの厚意により、なんとか着替えを済ませ、ちーちゃんと二人で廊下を歩く。
ようやくそこで青柳君のことを思い出し、足を止めた。
ちーちゃんが「どうした?」と声をかけてくれる。そんな彼女に手を上げて言う。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「さっきも行ってなかったか? お前は某高校生探偵かよ」
そう突っ込みを入れつつ「早く行ってこい」と言ってくれるちーちゃんは本当に素晴らしい。
「先帰っといていいからねー」
「はいはい」
どこか呆れたような彼女の返事を聞いてから、少し急いで保健室に向かう。
幸いにもプールから近い場所に保健室は位置している。
一分とかからずたどり着いて、扉に手をかけゆっくりと引く。
「......青柳君、いる?」
私の声に、部屋の奥にあるカーテンが揺れた。
きちんと扉を閉めてからそこへ近づく。
「開けるよ?」
カーテンを開けたそこには、私のバスタオルを被ったままベッドに腰掛ける青柳君がいた。下を向いているため、彼の表情を伺うことはできない。
いや待って。なんで私のバスタオル被ったままなの?
それはとても気になるけれどまぁ、今はそれより。
「大丈夫なの?」
「......僕、貴女に自分の体質の話したことないと思うんですけど」
「あ、やっぱり水に触れたら変化しちゃうんだ」
私の仮説はどうやら合っていたらしい。
さすが私、と一人頷いていると彼は俯いていた顔を上げた。
「なんで助けたんですか」
「え?」
「......結構、冷たくしたつもりだったんですけど」
「そうかなぁ?」
昨日から今日にかけての青柳君を思い出してみるが、別にそんなに冷たくされたと思うところはない。
首を傾げる私に彼は質問の答えを待っているようで、じっとこちらを見つめてくる。
昨日も思ったけれど、姿が変わったあとの彼の淡青色の瞳はとても綺麗だ。まるで、淡く色付けされたガラス玉のようである。
「うーん......秘密知っちゃったのに見て見ぬフリとかできないし」
私の答えに「......そうですか」と言った彼は不意に立ち上がった。
それから何か言いにくそうに口ごもっていたが、やがて意を決したらしい。
「__ありがとう、ございました」
と言った。
残念ながら目を見て言うことはできなかったようだ。
しかしバスタオルの隙間から覗いた彼の耳は僅かに赤くなっていた。
もしや、照れているのだろうか。
可愛いところもあるんじゃないか、とこみ上げてくる笑いを噛み殺す。それに気づいた青柳君は少しムッとすると私に歩み寄ってきた。
その手はバスタオルの端を持っていることから見るに、どうやらそれを私に返してくれるようだ。
しかし、バスタオルを受け取ろうと差し出した手を無視した彼は、私の頭にバスタオルを被せると顔を近づけ__そのまま私の頬に口付けた。
「!?」
青柳君はすぐに離れ、柔らかい感触に思わず手で頬を押さえた私を置いて何も言わずに保健室を出ていってしまった。
一人残された私はしばらくその場に立ち尽くす。
やがて、混乱していた頭が正常に機能し始める。「な、な......!」そうして、ふつふつとこみ上げてきた怒りを込めて叫んだ。
「やっぱり可愛くない!!!」