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天馬行空

ハレの背中に乗っていると…ハレは現在、絵に描いたような雲の姿で、テルは、うつ伏せに寝っ転がり、頬杖をついて、膝を時折パタパタさせながら、ハレの進行方向から、顔を出して、眼下の様子を眺めていた。

見た目は雲とはいえ、広さは、二畳分もあった。

ジロウはハレにおっかなびっくり乗り、真ん中あたりで握りしめられない雲を握りしめていた。

テルはしっとりふんわりした寝心地を堪能している。

ジロウに方向感覚はなかったが、現在、東から西に進んでいた。

ハレの上は、不安定というほどではないが、鉄板の上のような、展望台のような安定感はない。

トランポリンの上のような、弾力があった。

手すりもないのだから、テルのように身を乗り出していれば、うっかり落ちることもあるだろう。

それでも、1時間も乗っていれば、慣れてくるもので、ジロウはじわりじわりと外の景色見たさに、端へ寄った。

ジロウが、進行方向右側の端まで来ると、ハレは雲を少し変形させ、手すりの形にした。

「ありがとう。」

ジロウがハレを撫でると、ハレは嬉しそうな雰囲気を醸し出した。ハレは現在、雲なので、顔はない。

テルも、ハレを撫でた。

緑の多い土地が広がっていて、当然ビルのような建物は一切なかった。

時折、簡素な家が集まった集落がある程度だった。

ふと、ジロウは森に道が1本あることに気づいた。

「ねえ、テルさん。森の中に道がある?」

「うん、あるよ。」

テルの言葉と同時に、ハレは降下しはじめた。

点々とした集落から隠れるように石畳の道が現れた。

ハレは幌のついた荷馬車の形に変化し、ジロとテルは御者の位置になり、小さくガラガラと音を立てた。

道幅は割と広く、片側二車線程度の広さがあり、間も無く向かいから一台の馬車がやってきて、軽く会釈して去っていった。

そう。馬が会釈した。ハレも会釈したが、ジロウは馬の会釈には気づかなかった。

森は静かで、人の声どころか、鳥の声も聞こえなかった。

「道は他にもあるんですか?」

「真都の他に4つの大きな都市があって、そこを繋いでるだけ。」

「道が少ないのに、人も歩いてないんですね。」

「この道を使えるのは、許可をもらった馬車のみ。ほら、あの先に見えるのが、馬車亭。」

道沿いに、石段が3段ついただけの、簡素なものがあった。

電車のホームだけある無人駅をより、簡素で、ベンチも雨よけもなければ、そもそもバスの時刻表のようなものもなかった。

「時刻表とかは?」

「ないよ。人や物の移動は制限されているの。厳しくはないけど、脱走防止程度。」

「脱走?」

「そりゃ、どこで生活してても、逃げたくなる人はいるでしょ。」

「まあ、そうですね。」

ジロウは言葉を濁した。

どこにいても逃げ出したい人はいる。

ジロウは、自分もまた、この国から逃げ出したくなることがあるのだろうかと思った。

また、道がそれほど少なけれ逆に脱走し放題じゃないかとも思った。

道を辿っていけば、どこかしらの都会に出れるのだから。

「道は隠されていて、庄屋の家からしか出ることができないし、関所もあって、まあ省略するけど、だいたいアウト。山賊もいるし。」

「山賊?」

「逃げて捕まらない人は、だいたい山賊になってる。」

「逃げてるじゃん。」

「うーん、そこもおいおい説明で。そもそも核が埋め込まれてるから、位置情報もバッチリ。」

テルは髪の毛のひと束を右手人差し指でくるくると回して遊んだ。

ジロウも、テルから明確な説明を聞くのは無理だと判断し、一番必要なことのみを聞いた。

「じゃあ、この馬車も襲われますか?」

「襲われるね。」

テルは恐ろしい言葉をさらりと吐き、ジロウはびくりと体を強張らせた。

「でも、義賊だから問題ないよ。」

義賊とは平たく言えば、金持ちから金品を貧乏人に与える人のことだが、それでも襲われるとは、何事だろうか。そもそも、我々は、悪代官でもなんでもないとジロウは焦った。

「さっきの馬車も襲われるんですか?」

「そうだね。まあ、儀式みたいなもんよ。」

さらに物騒。

「神通力があるなら、人や品物を移動したりできないんですか?」

「できるよ。でも、出来るのは、5段以上の人が目安で、国の仕事についている人が多いし、一般的ではないかな。商売にしてる人もいるけど、高くて、簡単に手が出るものじゃないね。」

神通力…魔力のようなものがあるといっても、それほど簡単なことではないのだと、自分の両手をまじまじと見た。

「まあ、正当な取引の品物であれば、時間はかかるけど、基本的には相手にきちんと渡るよ。関所を通るの厄介だから、そろそろ上がろうかね。」

テルの言葉を合図に、ハレは、馬の姿のまま、空に舞い上がった。

その姿は、華麗で、美しかった。

ジロウにとっての想像上のペガサスをのものだった。

舞い上がりながら、2畳ほどの雲に戻った。

ジロウには、ふと疑問が湧き上がった。

「馬車の数少なくないですか?」

瞬間移動のようなものが一般的でないならば、もっと馬車の行き来は多くてもいいはずだった。

ジロウたちが、馬車道を走っている1時間程度の間に1台すれ違っただけ。

「さっきの馬車は、真都から、東都へ5日かけて行く馬車で、早朝に1台出るだけ。もちろん、旅芸者さんとか他にも色々いるけど、まあそれほど通らないよ。」

「物の移動が少ないんですね。」

「そうでもないよ。」

そう言いながら、テルは背中の帯に手を回して、撫でるようにトランプよりもひと回り程度大きい、手のひらサイズのカードを取り出し、起き上がった。

カードには絵が描かれていた。昨日の昼間、ジロウが食べた、おむすびの入っていた笹包が二つと、後は竹筒が二つの絵だった。

「ジロが最初に覚えなければならないこと。」

カードを、右手の人差し指と中指の間に挟んで、手首で人回転させると、カードが消え、手のひらに笹包が二つ、竹で作られた水筒が2つ現れた。

「この世界では、神通力を持つ人は、今みたいに、『券』を使って、全てやり取りするの。お弁当もね。」

テルは、笹包と竹筒を1つずつジロに渡した。

「まあ、正式名称は『券』なんだけど、『カード』って呼ぶ人の方が多いかな。」

再び、テルは背中の帯から、何も描かれていない、真っ白なカードを取り出し、ジロウのスーツケースの横に行くと、右手に手形を持ち、スーツケースにかざし、左手を拝むように顔の前に差し出すと、スーツケースは消え、写真のように手形の中に、スーツケースが写り込んでいた。

テルはジロウに券を渡した。

さらに、もう1枚カードを出し、同様にジロウのリュックも券に取り込み、渡した。

「この国の大人は一般的に、荷物を持ってないか、この券を入れる小さな鞄や袋しか持っていないの。もうすぐ着くからお昼ご飯食べよう。」

遠くに、拓けた土地に、長く続く城壁のようなものが見えた。

ジロウが最初に見た、庄屋のような、しっかりとした家々が立ち並んでいる。

「ご飯が美味しい。」

ただの塩握りだが、お米や塩の味が、きちんとして美味しかった。

添えられた沢庵も、大根の味がちゃんとした。

水も甘くて、竹の香りがふわりとした。

ジロウは、この国に来てから、食べ物の素材の味というものを感じていた。

ハレは、一直線に街を目指し、街を通り過ぎた。

街は碁盤目状で、綺麗に並んでおり、街の中心部には、真っ白な大きな城があり、城の周りには大きな湖、湖には橋が一本かかっていた。

「ジロウが住む予定だったところだよ。」

ジロウは言葉にならなかった。

規模が想像以上だった。

修学旅行で見た、姫路城に似ているが、それよりも大きい城だった。

「あと、この湖、姫が最初に来たとき、一撃で開けた穴だよ。」

テルは「今日は晴れて良かったね」程度の軽さで、さらりと言った。

ジロウは、一瞬意味が飲み込めなかった。

しかし、姫とテルの昨日の夕方の、やり取りを思い出し「いやいやいや、そんな軽い話しじゃねえやん」と、姫の想像以上の恐ろしさを感じた。

絶対に逆らえない。

絶対に戦わない。

ハレはそのまま、城も通過し、森が深くなっているところで、高度を落とした。

平家だけれども、お城と同じくらいの敷地に、迷路のように、廊下が伸びているお屋敷があった。

お屋敷の門の前で膝丈くらいの高さで止まり、テルとジロウは降りた。

降りたところを見計らったかのように、門が開いた。

門が開くと、弓矢や槍を構えた、厳しい顔をした人々が立っていた。

人々は一様に同じ形の服を着ており、和服の趣を残した洋装をしていた。

森の奥にも、同様の服を着て、テルとジロウに狙いを定め、武器を構えている人々がいた。

さらに、武器を構えた人の奥には、お札を構えている人もいる。

「やらかした。」

「や……やらかしたって。」

ジロウは、テルをかばうように前に出たかったが、足がすくんで動けなかった。

「どうなるんですか?」

「うーん。とりあえず、手をあげよう。降伏。」

テルが呑気に言っていると、遠くから「下がってちょうだい。」という声がだんだん近づき、人々は道を開けた。

しかし、狙いは、テルとジロウから外しはしなかった。

「サノー、助かった。」

「助かったじゃないよー。もう、真都中、大騒ぎよ。なんで、飛んで来ちゃったの。」

サノと呼ばれた、赤を基調にした派手な図柄の和服を着た、男性は、背後を振り返り、武器を構える人々に「彼女は大丈夫よ。通常業務に戻ってちょうだい。お城へもシンだったって報告しといて。」というと、構えていた武器を下ろし、行進するように、キビキビと移動し始めた。衣擦れの音だけが響いている。

「大丈夫なんでしょ?」

テルの方を向いたサノは、口元に笑みを浮かべて聞いた。

「大丈夫、大丈夫。」

「で、そちらの方は?」

「ジ………異界の人。学校に入れて欲しいんだけど。」

「要点って大切だと思うの。でも、意味がわからない。なんで異界の人を姉ちゃんが連れてくるのよ。」

「姉ちゃん?」

「うん、弟、サノ。サノ、ジ……異界の人。」

「初めまして、副校長よ。」

「ジ…。」

ジロウは「ジロウです」と名乗ろうとして、テルに口を塞がれた。

「サノ、タイム!」

テルはジロウを森の方へ引きずっていった。

森にいた人たちは、音もなく撤収していた。

「ジロ、よく聞いて。ここで名乗ったら、それがこの学校での名前になると思って、慎重に名前を考えてちょうだい。」

「え…別に、ジロでいいですよ。」

「アーサーとかじゃなくていいの?」

テルがジロウに顔を近づけて、たたみかけるように言う。

「なんでアーサー?」

ジロは、のけぞりながら聞いた。

「だって、ジロは勇者でしょ。勇者の名前がジロでいいのか、よく考えて。」

ジロウの両腕を掴んで、テルは揺すって言った。

勇者の名前がジロウで良いのかという問いは、なかなか失礼なだと思いつつ、ジロウは、アーサーという言葉に引っかかった。

「なんでテルさんは、アーサー王を知ってるの?っていうか、勇者の意味わかってんじゃん。」

「わからないけど、要は英雄ってことでしょ。だから、アーサーとか、ヘラクレスとかにしたいかなって。」

「アーサーとか、ヘラクレスとか、テルさん知ってるんですか?」

「知ってるっていうか…いるし。」

「いる?え?全然意味わからない。」

「いるよー。いっぱい。多分、学校に2人ずついるかなって感じ。」

「根本的な答えになってない。」

「この国は、大まかに、士農工商の4つに分かれてるんだけど、その『士』に当たる人たちには人気の名前だよ。」

ジロウは次々に疑問が湧いてきた。

魔力ではなく、神通力という、この平安時代のような日本に、アーサーとか、ヘラクレスとか、洋物の名前があって、さらに士農工商という江戸時代の身分まで登場した。

しかし、テルから答えを聞くのは無理だと判断した。

新たな疑問が浮かぶ気しかしない。

「とりあえず、ジロウでいいです。あ…ジロウはまずいんだっけ。ジロで。」

「よし、決まり。サノ、まとまったよ。」

テルはサノに近づきながら、改めて、ジロウを紹介した。

「では、ジロウの特技を見せるね。」

「は?」

ジロウとサノの目が点になったが、お構いなしにテルは「はい。」と両手を合わせて合掌すると一瞬のうちにテルは男の姿になった。

「さあジロウ!サノに見せておあげなさい!」

テルは、サノへ向けて、右手の人差し指と親指をピンと伸ばして、左手を腰にあて、ポーズを決めた。

「女の姿にするってことですか?見せてって言われても。どうやったのか。」

「えー、どうしたっけ。とりあえず両手をつないでみよう。」

テルに両手を差し出されて、ジロウは手を握った。

ジロウは血の気が引くような感じがした瞬間、テルは女の姿に戻った。

「どう!!」

テルは自慢げにサノを見た。

「嘘でしょ。」

サノは驚いて、ジロウの両手を掴んだ。

「すごいわ。どうなってるのかしら。異界の人だから?後でミッチーに聞いてみよう。」

「ね、すごいでしょ。ここに入学させて。」

「ねって言われても、秋の入学試験は5月下旬に終わったもの。」

「だから、サノに頼んでるの。お願い。」

「いいんじゃないでしょうか?」

草履の音がして、和服に腕を組んだ男性が姿を現した。

その姿を見て、ジロウは腰を抜かしそうになった。

なぜなら、あまりにも、よく知っている人物だったからだ。

「ふ…ふく。」

「そこまで。」

和服の男性が静かに止めた。

「君も私のことを知っているんですね。理由は後で説明しますが、まずは、私の名前を告げないでいただきたい。」

ジロウは口を押さえて、頷いた。

男性の落ち着いた声で、ジロウも落ち着き、息をゆっくり吐き出して言った。

「名前を告げてはいけないことは知っています。すみませんでした。」

「副校長の三十一谷人です。」

和服の男性は名乗った。

さんじゅういっこくじん…言いづらいとジロウは思ったが口には出さなかった。

「ただし、通常通りの試験を受けていただきましょう。サノ副校長いかがですか?」

「私は構わないわ。でも、問題や試験監督は?」

「そうですね。まだ日も高いですし、今から試験しましょう。問題は先日のものを。私の部屋を使って、監督には私がつきましょう。」

三十一谷人は、踵を返して、歩き始めた。

「じゃ、お姉ちゃんは、私の部屋で待ちましょうよ。あ、ねえ、久しぶりですもの、今日一緒に夕食はどう?」

「いいねー。」

三十一谷人の後ろを、サノとテルが歩き、ジロはさらにその後ろを歩いた。

姫は、試験の手配をと言っていたはずだけどと首を傾げながら。

三十一谷人の後ろを歩きながら、ジロウは試験の手配も、試験を受けるのも一緒かと思い直した。

サノとテルは10分以上前に「私たちの部屋はここだから。」と姿を消していた。

学校は、正門から入って、建物の左側中間にサノの副校長室、右中間に、三十一谷人の副校長室となっていた。

ちなみに、中央奥が校長室。

多くの生徒は学校寮で生活しており、サノの副校長室側奥の別棟にある。

まっすぐ続く廊下には、教室が並んでおり、すりガラスで中は見えないが、大人の男性や女性の声が時折漏れ聞こえて、授業が行われていることが分かった。

ジロウは、もっと学校内に入ることに抵抗を覚えるかと思っていたが、展開が展開なだけに、また木造茅葺、平屋の、学校というよりは、伝統的建築物のような建物に、あっさり入ってしまった。

むしろ、授業の雰囲気を感じて「そうか、学校だったか」と思った。

三十一谷人から聞けたことは、試験要項のみで、国語、算数、理科、社会、音楽と芸術を合わせたの5教科で、試験問題は全学年統一、各教科200点満点で、点数に応じて学年分けされている。

1教科の試験時間は100分、1問1点で180点以上で卒業となる。

それ以上については、「試験に関わることもありますから、筆記試験が終わるまで私語はしないでおきましょう」ということだった。

15分は歩いたところで、ようやく三十一谷人の副校長室についた。

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