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花嫁降臨

「ジロ、一度休まぬか?」

ジロウは、肩に乗せられたガッシリした手で我に返った。

「だ…大丈夫です。それより、妻って、花婿って何ですか!?」

「ジロの世界では言い方が違ったかねぇ?」

「違ってません。聞いてません。」

「聞いてません?そんなわけないやろぅ。姫の夫になることを了承して、この世界にきたのであろう?」

「ネットゲームの『姫のお相手』だから、遊び相手か何かだと思って。」

「あれー?そうか…困った。いやか?花婿。」

テルがジロウの顔を覗き込むように見た。

ジロウは、花婿という言葉が、失恋のような響きを持って耳に届き、自分は、新しい環境、ネットが整っている環境、、テルと一緒に居られる環境というこの三点か崩れかかっていることに、少なからず衝撃を受けていたのだが、口には出せなかった。

「わ…分かりません。」

ジロウは、テルから目をそらし、男の姿でも、可愛らしいと感じた。

そして、ジロウは、わずかな時間だけ見た、妻となるキリンの容姿を思い浮かべたが、うまく思い出せなかった。

ただ、ワイルド系の男性…のようだったなと思った。

『ようだった』と言葉を補ったが、本当は、男性だった思ったのだが、姫と呼ばれる以上、女性なのだろうというジロウの配慮だった。

人間顔じゃない。

人間顔じゃない。

人間顔じゃない…と、自分自身に言い聞かせたが、やはり視覚の情報しかない現状では、やはり人間見た目だなとも思い直した。

ジロウは、そういう割り切りの良さも持っていた。

さらに、ネット上でしか会話したことがないのに、なぜか男だと思い込んでいたことも思い出し、やはり男性的だとも思った。

「ウチの説明が足りなかったことは申し訳ないが、もうジロを元の世界へ戻すわけにはいかぬ。」

ジロウは凛と響いた鋭い声に、驚いたように顔をあげた。

「戻りたいか?」

テルは、ハの字眉毛で申し訳なさそうにジロウに聞いた。

そこには、先ほどの鋭い響きはなかった。

「いえ、戻る気が全くなかったことに、驚いたんです。」

ジロウは、そう言って、ジロウの太ももに、頭全体を預けている、ハレの頭を撫でた。

静かになると、どこか遠くで、はしゃぎ声や木々の擦れる音が優しく耳に届いた。

この世界はなぜか落ち着いた。

以前の世界では、ジロウは自宅にいる時でさえ、落ち着くということがなかった。

ネットゲームに集中し、周りのことを忘れることしか出来なかった。

そうして自分を保つことしか出来なかったのかもしれない。

テルは、弾けるような笑顔を見せて言った。

「よかった。花婿の件は、ひとまず置いて置いて、この世界のことを説明していこうと思う。」

ジロウは、深く息を吸い込んで「よろしくお願いします。」と、頭を下げた。

「うーん、ほんとは姫と二人で、この国のことも含めて、ゆっくり説明していこうと思ったんやけど。姫も問題が解決したら顔出すやろ。それまでは、私が説明するけど…私、説明が下手なんに。ごめんな。気になることは、なんでも聞いてな。」

「はい。」

「何から説明しよう。」

テルは立ち上がり上を見ながら「うーん」と考えこんだ。

「そうだ、ジロ、こっちに来て。」

そういってジロウに手を伸ばした。

ジロウは一瞬戸惑ったが、テルの手に右手を重ねた。

途端、何かに内臓を引っ張られるような、貧血のような、血の気の引く感覚のあと、大きく一度脈を打った。

「おぉ。」

「何?」

テルとジロウが同時に言葉を発した。

ジロウが握った手は、細く柔らかく華奢になって、伸びている腕も触らずとも分かる柔らかさをしていた。

そのまま視線を伸ばし、顔までたどり着き、浴衣からのぞく胸元で留まった後、慌てて視線を手に戻し、慌てて離した。

テルは女に戻っていた。

テルは両手をまじまじと眺め、日にすかし「おぉ。」と再び驚きとも感嘆ともつかない声を出した。

「ジロは、なんともないか?」

「はい、別に。ちょっとびっくりしただけです。」

面白そうにテルは目を細めて「ほう。」と呟いた。

ジロウはテルさんの顔を見て、胸元に視線が移動し、慌てて視線をそらし、再びテルの顔を見て…と、慌ただしく視線を動かしていた。

「テ…テルさんは、急に女に戻るんですか?」

ジロウは、自分の足元に視線を落ち着けて聞いた。

「いんや。初めて。」

首を振るテルさんも可愛い…ジロウはそう思いながら、心の中でガッツポーズをしていた。

「ま、いいや。とにかくこっちこっち。」

テルは本殿の正面に真っ直ぐ歩き、ジロウを手招きした。

テルの立っている所から数歩進むと崖になっており、眼下には三方を森に囲まれ、田畑を中心とした、小さな集落が広がっていた。

農作業に勤しむ人や、楽しそうに走り回る子どもたちが見えた。

「いい。」

ジロウのつぶやきを、テルは満足そうに聞いた。

家は手作り感ある小さな茅葺き屋根の家がポツンポツンと建っていた。

鳥居から道の続いている先には、一軒だけ檜皮葺のしっかりした家が建っていた。

ジロウは、景色を眺めながら、鎌倉時代前後を想像して、まぁ異世界よりも、タイムスリップ物かな。定番の時代といえば定番の時代だな…と推測していた。

「ジロ。」

「ん?」

ジロウが顔をあげると、優しい瞳でテルが見つめていた。

「ジロが、異世界である、大和国に来てくれたこと、嬉しく思うよ。それは、これから先もずっと変わらぬ。忘れんでな。」

ジロウの心に、懐かしいような、暖かい気持ちが広がって行くのを感じた。

誰かに認めてもらえる嬉しさ、母が注いでくれた愛情のような目に見えないものにジロウは満たされていた。

ここで生きてゆくことが少し楽しみに思えた。

「あれが、キリンさんの家ですか?」

ジロウは、姫と呼ばれるのだからと、一番大きな檜皮葺の家をさして聞いた。

「ジロ、その名前を呼んではならぬ。」

テルが厳しい声を出した。

ジロウは、その声を取り繕うかのように、早口でまくし立てた。

「あぁ、ハンドルネームですもんね。本名は…ダメでしたね。姫ですね。姫。覚えました。」

テルは困ったような顔をしながら頭をかいた。

「あの家は姫の家じゃないよ。それと、姫って呼ぶのは、うちだけなんに。」

テルの空気が和らいだことに安心しながら、ジロウは視線を泳がせたが、姫と呼べる人が住むような家はなかった。

言い換えるなら、ネット環境が整ってそうな家はなかった。

ジロウは、ちょっとがっかりもした。

あのワイルドな人は、姫ではなく、姫っぽい人なんだと思い、クラスの女子で、姫ってあだ名の人がいたなという考えに至ったからだ。

ジロウは、さらに考えた。

ジロウの視界で一番豪華に見える檜皮葺の家や他の家を見ながら、口元を手で覆って、テルの語気の強弱を思い返す。

「ジロ、急に強い声出してごめん。」

返事をしないジロウを覗き込むように、テルがジロウの腕を両手でキュッと握った。

ジロウは、引っ張られた方に視線を向けると、胸の谷間と口元が、視界の塞いだ。

「近っ。」

ジロウは跳ね退いた。

そして、テルの下唇右下にほくろがあることに気づいた。

さらに昨日のテルさんの唇の感触を再び生々しく思い出し、頭を激しく振った。

「ジロ、ジロ、落ち着け。」

テルが走り寄ろうとするのを、左手を突き出して制した。

「大丈夫です。」

ジロウは「フッ」と強く息を吐き出すと、テルに向き直った。

「キリ…じゃなかった、姫は周りの人には、何て呼ばれてますか?」

「うーん…帝とか、上様かの。」

「はい、きた。」

ジロウは顎あたりに出した人差し指で、宙をさした。

「何?」

「いえ、独り言です。っていうか、テルさんは、説明がなさすぎます。」

「そうか…。」

「そうだろう。」

テルとジロウの背後から、野太い声がした。

テルとジロウが振り返ると、ワイルド系の男性に見える人が和服のような洋服なような、アオザイに似たような服を着て、腕を組んで立っていた。

そして、それが、彼…じゃなかった、彼女の魅力を増しているとジロウは思った。

さらにひときわ目を引くのは、肩に乗った十匹以上はいると思われる鳥。

しかも首から両肩に向け、大きい方から小さい方へと整列している。

隙のないイケメンに、抜け感を演出していた。

「姫。」

「シンは、私の式神をどれだけ働かせれば気がすむのだ。」

「そんなに飛んで、心配性すぎやろ。」

「一つ一つ追求してやりたいが、それでは婿殿が話についていけない。」

ジロウは、ワイルド系のイケメンな彼…女は、性格までイケメンなのかと思った。

「ねぇ、姫、ちょっと姿変えてよ。」

「シンは少し黙っていろ。」

姫の腕を掴んで、揺すっているテルを見ながら、ジロウは、お似合いなカップルだなという感想を持った。

「時間が惜しい。中で座って話そう。」

そう言うと背を向けて神社の本殿へ向かって、歩いた。

ジロウが歩くと、ハレが戸惑ったようについてきた。

本殿の障子のようなガラス戸に手をかけ、後ろを振り返ると、ハレは階段すら登ってきていなかった。

「ハレ?」

ジロウがハレを迎えに戻ろうとすると、耳元で姫の声がした。

「君がハレだね。聞いいているよ。恐がる必要はない。ようこそ。」

姫の声と、吐息が耳元に残った。

右耳だけが熱い。

ハレが尻尾を下げたまま、ためらいながらも、室内に入ってきた。

ジロウは、ハレに気を取られていたが、室内は、朝だか昼だか分からないが、起きたときのままだったことに気がついた。

卑猥な感じがするが、それはそれで、なんだか良いと思った。

姫とテルの間に少し割って入れたような気がしたのだ。

しかし、ジロウは、そのままにしておくこともできず「すみません。」と、布団を掛布団ごと半分におって、隅に押した。

姫はドカッとあぐらをかいて座った。

向かいにテルが座り、ジロウに向かって、隣に座るよう、床をトントンと叩いた。

一人分程度開けてジロウはテルの横に座り、ジロウにぴったりくっついてハレが伏せた。

ジロウはハレをひと撫でした。

姫はかすかに目を細めた。

「それでは説明していこう。今は…。」

「すみません、ちょっと待ってください。メモ、させてください。」

ジロウは、縁側に置かれているリュックサックの中からメモ帳と筆箱を出し、急ぎ戻ってきた。

姫はジロウの準備ができたことを待って、話し始めた。

「今は二六七八年、六月二十三日。」

「え?六月二十三日?」

ジロウは驚いて顔を上げた。

ジロウがこの世界へ来る前も、そのくらいの日付だった。

「そう、同じだ。この世界で暮らす上で関係のないことだから忘れてもらって構わないが、婿殿のいた世界と、この世界は双子のようなものだと私は思っている。交わらないが並行的に存在している。ただ、世界が進む上で、取捨選択したものが違う。婿殿の地球は、科学技術を選択し、この世界は魔力、呪術や妖術、そういったものを選択したと私は考えている。」

「私は?」

「この手に関して、特にこれといった研究者はおらぬからな。」

姫は話しを切り上げ、言葉をつなげた。

「何が言いたかったかというと、暦、時間、四季もほぼ同じものだし、日本だと思ってもらって構わない。」

「太陽暦使ってるんですか?」

「あぁ…良くわかるな。閏月より閏年の方が勘定しやすいから、取り入れてある。ただ、この世界で暮らす三分の一の人間は、日付の感覚はそれほど持ってない。」

「三分の一?」

「あぁ、さらに言うと、その三分の一の人間は学校には行ってない。」

「三分の一は結構な数ですよ?」

「この世界は、身分制度がはっきりしている。後で説明しよう。なので、この件は一旦保留とする。この国の名前は大和国やまとのくに。婿殿の住んでる国と変わらぬ面積で、戸籍制度があり、約5千万の者が登録されておる。私は、この国を一応統治している。その婿としてテルを迎えに行かせたのだが…伝わっておらぬようで申し訳ない。ただ、もう返すわけにはいかない。」

姫は丁寧に頭を下げた。

ジロウは手振りで制して、「テルさんも言っていたけど、どう言うことですか?そんな行きは良い良い帰りは怖いみたいな。」と、おどけてみせた。

姫は顔を上げて説明した。

「次に、安全に婿殿を返すには、陰陽師の話だと、星の流れで40数年後になるのだ。無理矢理返そうとすると、婿殿の無事は保証できない。」

ジロウは納得したかのように何度か頷いた。

「大和国の統治者は…姫様だけですか?」

姫と呼ぶことに、ジロウは抵抗を感じたが、他に呼び名も見つからなかった。

「どう言う意味か?」

「戦争や、戦乱のようなもの、クーデターのようなものはありませんか?」

ジロウは、戦国タイムスリップは定番だが、生き残る力が自分にはあると、到底思えなかった。

「くーでたー?」

姫は顎に手を当てて、首を傾げた。

そんな姿も様になると思いながら、ジロウは説明した。

「あー下克上?テルさんを倒そうとする人。」

姫は頷きながら、「戦乱も、下克上も、ここ数百年何も起こっていない。」と答えた。

「姫の強さは桁外れだから、大丈夫だよ。」

テルが笑顔で口添えする。

見た目通り強いのか。

ジロウは、ため息交じりに「僕は何のために…。」と思ったが、それは口に出ていたらしい。

姫が目を細めて笑った。

「何のため?結婚に理由は必要かい?君と結婚したいと思った。それだけだよ。」

ジロウは、自分が男だということを忘れそうだった。

「さて、この国で一番大切なことを話そう。手を出して。」

「待って!私があげるの。」

姫は右眉だけ動かして、ため息をついた。

それを了承と判断した姫はジロウの方を向いた。

「ジロ、手を出して。」

テルは自分の懐に手を入れた。

無造作に手を入れるので、胸がこぼれ落ちそうで、ジロウの視線は釘付けになった。

そんな様子を、姫は目を細めて見ていた。

ジロウは視線はテルの胸元のまま、右手を恐る恐る差し出した。

テルはそんな様子はおかまい無しに、ジロウの左手首に、時計のような、ブレスレットのようなものをはめた。

しかも「似合うだろう。」と、自慢げに笑って見せた。

独特な曲線を描いた、黒く艶があるブレスレットで、手を返した所に宝石のような光はないけれども、小指の爪くらいの赤い石がついていた。

「これは?」

ジロウは、姫へ視線を向けた。

姫は座った姿勢のまま、ジロウににじり寄り「そのまま。」と、ブレスレットのようなものに触った。

ブレスレットの手の甲に近い部分だけ、青じろく光った。


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