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個人面接

県立南高等学校は、1学年6クラス。

文系理系に別れ、半分以上の生徒が専門学校もしくは私立大学に進学する、中の中もしくは、中の下といった、ごく普通の普通科高校。

その屋上に、5時間目の授業中にもかかわらず、ブレザーの制服を着た男が1人。

制服姿の男が米粒くらいに見える距離のところに、真っ青な空に不自然な、ぽっかりとした雲が1つ。

「あやつがジロか。」

雲から、艶のある女の声が空にすいこまれた。

ジロと言われた男、ワタナベジロウは、この高校と同じく、高校生の男子でランキングをつけるとしたら、中の中もしくは中の下といったところだろ。

背が高いわけでもなく、低いわけでもない。

太っているわけでも、ガリガリに痩せているわけでもない。

顔だって、かっこいいというわけでもなく、かといって不細工というほどでもない。

テストの成績だって、運動だって、全部そこそこ。

しばらく会わないと、顔が思い出せない、それがワタナベジロウ。

そんな平々凡々とした子が、授業中屋上にいる。

そう、察しの通り、彼はいじめにあっていた。

いじめの詳細も、いじめっ子も、この物語には関係ないので、省略。

しかし、ジロウとしては、人生の一大事であり、人生のどん底なわけで、高校2年の彼には、学生生活が1年以上残っていることが、たまらなく辛い。

今も、彼は「柵を越えて身を落とせば僕は楽になる」「夏休みまであと2ヶ月」そんな様々な思いを抱えながら学校の屋上で、涙を必死にこらえている。

「楽になるわけないこと、お主もわかっておろぅ。」

ジロウの上から艶のある声が降ってきた。

ぽっかり浮かんでいた雲はするするとジロウの頭上へ移動してきていた。

ビクッと体を強張らせて声がした方を向いたジロウは、さらにもう一度ビクッとした。

「き…きんとうん?」

「よく知っとるのぅ。」

筋斗雲の端から時代劇に出てきそうな、けれど声と同じように艶のある美しい女が顔を出した。

ジロウは、三度体を強張らせた。

シャンッと澄んだ鈴の音をさせながらひらりと美しい女が舞い降りてきた。

筋斗雲は、モコモコと姿を変えはじめ、犬とも猫ともつかない姿で、大きさは、ゴールデンレトリバーかハスキー犬のような大型犬ほどになった。

舞い降りた女は、巫女を派手にしたようなと表現すれば良いのか、花魁のような衣装とでも言えばよいのか、とにかく時代劇に出てきそうな服をだらしなく身につけている。

その着崩した服から、メリハリの効いた体が所々のぞいていた。

ジロウは思わず目を伏せる。

女は高下駄(下駄の歯が高いもの)をカツンカツンと鳴らして一歩一歩とジロウに近づき、ジロウを下から覗き込んだ。

微に甘い匂いもする。

女は高下駄を履いていることもあり、170センチ弱くらいのジロウの背より10センチ以上背が高かった。

「ジロ、傷が痛むのか?」

眉を少し寄せて、心配そうにジロウを見る女は、美しかった。

ジロウは彼女の肌の体温が伝わってくるような感覚を覚え「だ、大丈夫!」と大きな声で勢いよく答えた。

ジロウは顔を耳まで赤くしている。

「そうか、ならば、面接じゃ。」

「は?」

「ジロの趣味はゲームで間違いないか?」

「え、いや、あの。」

ジロウは状況についていけず後ずさりした。

そこで、ふと手の平を口に当てた。

ジロウの考える時の癖だった。

「どうして僕の名前や趣味を…。」

ジロウは初めて女の人の目を正面から見た。

「だから言うとるゃろ。面接ゃと。」

女は目を細めてめんどくさそうに答えた。

「答えになってないし。」

「ジロは、面接も知らんのんか?面接とは、人柄や能力などを直接会って合格か不合格か決めるもの。やから、先にある程度のことは調べておくもんゃ。」

「会話になってないし。」

「お主の好きな小説のジャンルじゃろう。」

「状況についていけない。」

屋上のドアが勢いよく開いた。

いかにも体育会系といった、ガッシリとした体つきの男が仁王立ちになっている。

生徒指導の体育科教師だった。

生徒からの人気はない。

体育科教師は派手な見た目の女の方へ目を留めた。

「何だその格好は。」

「ジロ、誰?」

ジロウはこの教師が苦手で、おどおどし、パニック寸前だった。

大きく喉を鳴らしたジロウは「姉です。」と蚊のなくような声で呟いた。

女は口元に薄く笑みをひいた。

女にポッ見とれているようにも見える体育科教師は視線をジロウに向けた。

「聞こえん!だいたいお前は授業中だろう!何年何組名前を言え!」

ジロウは一歩前に出て、しどろもどろになりながら喉から絞り出すように声を張り上げた。

「に、2年6組ワタナ…。」

ワタナベジロウと言いかけたところで、後ろから女の手でジロウは優しく口を塞がれた。

「名を言うてはならぬ。」

女が耳元で囁いた。

艶やかな声が耳元をくすぐると、ジロウは白目をむいて倒れそうになるのを、何とか踏ん張った。

「2年6組か!来い!。」

体育科教師はジロウに腕を伸ばしながら近づいてきた。

「渡さぬ。」

女は言うと同時に、ジロウの腰へ手を回し、手すりを飛び越えそのまま屋上から飛び降りた。

ジロウは真っ青な空を見たことを最後に記憶を失った。

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