お触りはご褒美です
風を切る音が直ぐ近くで聞こえる。
物凄い勢いで遠ざかった地上は既に遥か下に広がっている。
力強く羽ばたく両翼が風を裂き、景色は眺める暇もなく過ぎ去って行った。
けれど、風を切り裂いて飛ぶその背に居るというのに、自分の身に感じるのはそよ風程のモノしかないのが不思議だ。
『……』
「ふふ。速いでしょう?」
突っ込まれたローブの首もとから顔だけを出して心地よい風に当たりながらも不思議そうに首を傾げたウィードにルリアが微笑んだ。
「魔獣達は、とても力強く、速く空を飛ぶけれど、彼等自身にかかる風圧はほんの僅かしかないんです。彼等がその内に持つ魔力が関係しているって言われているけれど、詳しくは分かってないのが現状ですね」
ギルの背を優しく撫でて言ったルリアにギルが嬉しそうに声を上げた。
『……』
そんな一人と一匹の仲睦まじい様子を見ながら、ウィードはずっと握られている自分の右手を見下ろした。
フニフニ、フニフニと飽きる事なくやわやわと握られる肉球。
握っているのは勿論ルリアである。
ギルを撫でた手もいつの間にかウィードの左手を握って同じ様にフニフニとやっている。
『ゥワフ』
「んー? このくらいいいじゃないですか。全く関係ない事件に巻き込まれた私に対してのちょっとした報酬だと思って下さいよ」
不満気に声を上げたウィードにルリアも返す。
その間も肉球を握る手は休めない。
「まぁ、中身が人間なのがすっごく残念ですが、少なくとも今はサラウィルの子供の姿なんで、許容範囲です。てか、サラウィルの子供なんて珍しいんですからもうちょっと堪能させて下さい。なんならこのままサラウィルとして生きるのもありだと思うんですよね。それなら私が責任持って調教しますし」
『ギャウワ!!』
「えー? 嫌ですか? 私はその方がいいんですけど……そうですか。残念です」
フニフニ、フニフニと肉球を握る手は休めずに楽しそうに笑ったルリアにウィードは諦めた様に息をついた。
本気で嫌がれば止めるだろうが、ウィードとしてもルリアを巻き込んでしまった負い目がある。
この位の事が彼女にとって報酬となるのなら甘んじて受けようと決めた。
『……』
そう決めたのが軽く三時間程前の事だ。
『……』
フニフニと肉球を握っていた両手の内、右手は一時間程前からウィードの頭をワシャワシャと撫で回している。
左手は相変わらず肉球を握っており、フニフニワシャワシャと忙しなく動く手は果たして疲れないのかと、ウィードの思考は少々ズレた方面へと向かい始めていた。
『……ゥワフ』
「ん? 疲れましたか?」
小さく上げてみた抗議の声に気付いたルリアが手を止める。
それに安堵したウィードは小さく身震いして触られ続けて何となく違和感のある肉球と頭をスッキリさせた。
「後一時間程我慢して下さいね。そしたら今日の目的地が見えて来るので」
『ワキュッ!?』
そう言ったルリアが今度はウィードの脇へと手を入れて脇の下から横腹、腰にかけてを撫で始める。
驚いて声を上げたウィードなどお構いなしだ。
「ギルの飛行可能な時間も丁度一時間程なので、それに合わせて今日の移動は終わりです。あの山脈を越えて少し行った所に小さな村があるんで、今日はその村で宿をとって休みます。なので、後少し頑張って下さい」
『フゥゥ……』
自分が訴えたのはそんな事ではない、と言えたならどんなに良かったか。
まぁ、言った所で出てくるのは犬の声に似たなんとも可愛らしい鳴き声でしかないのだが。
本格的に諦めたウィードは目的地に着くまで眠る事に決めた。
というより、それくらいしかやることが無いのである。
『……』
サワサワと脇の下を行ったり来たりする手を感じながら、ウィードは静かに目を閉じたのだった。