出立
ルリアが半強制的に厄介事に首を突っ込まされた日より二日。
旅支度を終えたルリアは青く晴れ渡る空を見上げて深い深い溜息を吐き出した。
目の前にはササラを始めとした数人の第三護衛隊の隊員とサラウィルの子供の姿のウィードが居る。
「ルリアさん、準備は出来ましたか?」
「あー、はい。大丈夫です」
「では、こちらが路銀と数日分の食糧です。お金は足りなくなったら幾つかの町にある換金所の者にコレを見せてレオルド様の使いだと言って必要な金額を受け取って下さい」
そう言って渡されたのは二つの麻袋と鞘に王家の紋章が彫られている短剣であった。
「これって……」
「レオルド様よりお借りしました。コレがあれば、国内の何処の換金所であってもお金が受け取れます」
「王族って……」
何とも言えない顔で短剣を眺めるルリアに苦笑したササラが次に渡して来たのは、何とも不服そうな顔をしたサラウィルの子供だ。
「レオルド様は流石に見送りには来られなかったので、くれぐれも気をつけてと伝言を預かっております」
「そうですか」
ササラからウィードを半ば押し付けられる様にして受け取ったルリアが何とも言えない表情で頷いた。
「さて、じゃあそろそろ出発しますか……」
全くもって覇気もやる気も感じられない声音で言ったルリアが首から下げている小さな木製の笛を取り出して吹く。
甲高い音が辺りに鳴り響く。そして数秒の静寂の後に巨大な影がさした。
「な……!?」
『ギャワウ!?』
「やぁ、ギル」
舞い降りて来た巨大な生き物。
全身を硬い鱗で覆われ、立派な翼をその背に有したソレは、鱗と同じ赤銅色の瞳で一同を見渡した。
「な、なん……ど、ドラゴン!?」
「まさか! ドラゴンは架空の生物ですよ。彼は魔獣のドラクラク。ドラゴンはドラクラクをモデルに出来たんですよ」
『「……」』
笑って否定されたが、はっきり言って違いが分からない。
魔獣も架空の生物と大差ないと思うのだが……
いいじゃないか一緒で。
と言うのがササラ達の意見だった。
けれど騎獣士であるルリアにはそれらは全くの別物であるようで、ドラクラクとドラゴンの違いについて今までにない口数で説明してくれているが、残念ながらほぼ聞き流している。
「だから、ドラゴンとかペガサスとかは魔獣をモデルに……って、聞いてますか?」
「あ、あぁ、すみません。えっと、それで、あの、ウィード様はどうされたのですか?」
全く聞いていなかった。
けれどそんなことは問題ではない。
問題は、ドラクラクを見た時からその分かりやすい表情を絶望に染めてルリアの腕の中で耳を垂らして項垂れているウィードである。
「うん? あぁ、気にしなくていいと思いますよ。本能から来る当然の反応ですから」
「と言うと?」
「サラウィルはドラクラクからすると捕食対象なんで、怯えるのは当然です」
「本能……」
中身はこの国の中でも五本の指に入る実力を誇る護衛隊の隊長なのに、本能には逆らえないらしい。
何とも言えない表情をしたササラにウィードから鋭い視線が飛ぶ。
「まぁ、彼に乗って行くんで、どれだけ怯えようが関係ないんですけどね」
『ギャウ!?』
まぁ、だいたい予想出来てはいたが、実際言葉にされたことによりウィードが抱いていた淡い期待は潰えた。
思わず声を上げたウィードなどお構い無しにルリアは慣れた手つきでドラクラクの背に鞍をつける。
「安心してください。事前に彼には言い聞かせているんで、隊長さんを食べる事はないですよ」
『……』
「名前はギル。二歳の男の子です。子供の頃から私が世話をしているので、私が許可したモノ以外は口にしません」
ポンポンとその大きな頭を撫でるルリアにギルと紹介されたドラクラクが喉を鳴らしてすり寄る。
何とも微笑ましい光景なのだろうが、少女にすり寄っているその生物は顔だけで少女二人分はありそうなので見てる方からするとハラハラしてしまう。
「よし、準備完了」
そんな周りの心情など丸っと無視してギルの背に荷物を積み終えたルリアが自身が着ているローブの中にウィードを収めてギルの背へと乗った。
「では、騎獣達の世話をお願いします。家の中の物は好きに使って下さい」
「こちらの事は任せて下さい。ウィード様を頼みました」
「出来る限りの事はしますが、必ずしも解決出来るとは思わないで下さいね。最悪、魔女すら見つけられずに終わるかもしれないんで」
「ええ。そこら辺は心得ています」
「ならいいです。行こう、ギル」
ルリアの言葉に低く、何処までも響く鳴き声で応えてギルが飛び立つ。
力強い羽ばたきに砂が舞い上がる。それによりササラ達の視界は数秒の間奪われた。
「早い……」
呟いたのは誰だっただろうか?
次に目を開けた時に見えたのは既に小さな点になったギルの姿だった。