護衛隊隊長の憂鬱
本当に、心の底から申し訳ない、と青ざめた顔で対面に座る少女にウィードは思った。
謝罪を口にしようとして出した声は『ワフゥ』と何とも気の抜ける可愛らしいモノだったので心内で思うだけに留めたが、本当に申し訳ないと思う。
俺だってササラに笑顔(但し目が笑っていない)で威圧されたら震え上がる。
その顔で説教なんてされてみろ。トラウマになること必至だ。
そんな、笑顔のササラと青ざめた少女を交互に見やり、ウィードは事の発端を思い出していた。
そう、あれは三日前の事だ。
何時もの如く“視察”と銘打ったこの国の第三王子であるレオルドの“お遊び”に付き合って街に出ていたウィード達は、護衛隊が居ると女の子達に声かけにくくなるからどっか行っててと言うレオルドの言葉に従って少し離れた場所から見守っていたのだ。
青みがかった髪にエメラルドグリーンの瞳を持った可愛らしい娘が今回は目についたらしく、彼女の後に着いて回ってはあれこれと話しかけているレオルドに呆れた様に溜息をついたのはササラである。
「あれが第三王子とは嘆かわしい……」
「ササラ、仮にも仕えている主だ。口を慎め」
「仮にもって言っている時点でウィード様も私と大して変わらないではないですか」
「せめてもう少し自重していただけたならいいのだがな……」
「無理でしょうね」
「ああ」
そんな話をしていた二人の視線の先でレオルドと娘が何やら口論を始めたのだが、それも別段珍しい光景ではなかったので放っておいたのだ。
けれどその少し後。娘が何処からか長い杖の様な物を出してよく分からない言葉を唱え始めた時に二人はその娘が只人ではないと言う事に気付いた。
「あの娘、何者ですか?」
「分からん。が、何やら嫌な予感がする。行くぞ」
「はい」
潜んでいた建物の陰から出てレオルドの元へと踏み出した二人だったが時既に遅し。
娘が構えた杖の先端はどういう仕組みか淡く光り出しており、唱えていた言葉も何時の間にか止んでいた。
「いっぺん不能になったらいいのよっ!!」
「は?」
「王子!!」
娘の怒りに満ちた怒鳴り声と同時にレオルドに向かって振り下ろされる杖。
唖然とするレオルドの前に踏み出すと同時に走り出していたウィードが躍り出た。
その瞬間、ウィードの視界は真っ白に染まり、そして次に目を開けた時は既にこの姿だったのだ。
因みにウィードが目を覚ました時には既に娘の姿は無く、いち早く正気を取り戻したササラが何とか場を治め、レオルドを連れて一先ずササラの所有する屋敷に避難したのだった。
そして取り敢えずあの娘の正体についてレオルドを問い詰めたところ、彼女が“魔女”であったと言う事が分かり、ウィードが魔獣の子供の姿になってしまったのは彼女がかけた呪いのせいだと言う事も分かった。
とは言っても、全て“分かった”だけであり何も解決していないし、そもそも解決の糸口すら分からない。
「かと言って国王様に報告すれば他の王子達にも知られるでしょうし……」
「うむ、それだけは避けねばならん」
この国には五人の王子がいる。一応生まれた順に王位継承権が与えられているが、それに大人しく従う者などこの国の王子には居ない。
一応、父親だけでも血の繋がりのある王子達は今、残念ながら互いに腹の探り合いと足の引っ張り合いとに忙しいのだ。
その中でレオルドは女癖の悪さで国王から事あるごとに小言を貰っているのである。
そんなレオルドの護衛隊の隊長が、その女癖の悪さが原因で魔女から呪いを貰ったなど国王には元より、他の王子達にも知られる訳にはいかない。
「ウィード、言葉は話せるか?」
『ギャウワ!!』
「……無理なようだな」
「ですね」
因みにこの時ウィードは『勿論です!!』と答えたつもりでいた。
出たのは子犬の様な鳴き声だったが……
肩を落としたレオルドとササラだが、一番ショックを受けていたのはウィード自身だった。
「どう、しましょうか……」
「魔獣、で間違いないようだが……」
「元に戻すにはこの呪いをかけた魔女の元へ行くのが一番でしょうね」
「そうだろうな」
「問題は……」
「我等の中に魔獣の世話ができる者が居ないという事だな」
「はい。普通の動物ならいざ知らず、魔獣ともなると騎獣士しかまともな世話の仕方は知りません……我が部隊にも騎獣は居りますが、騎獣士から受け取る時に基本的な世話の仕方だけしか教わっていませんし、調教や体調管理は週に一度来る王城仕えの騎獣士が行っています。それに、魔獣の子供の世話など基本的な知識しかない我等にはとても……」
「かと言って王城仕えの騎獣士に相談すれば、国王の耳には必ず入るし、そうなればやはり他の王子達にも知られる、か……」
「取り敢えず隊長は私が預かりますので、レオルド様は王城へお帰り下さい。迎えの馬車を呼んであります。今日の事を見ていた者達には我が護衛隊の者達が既に根回ししておりますのでご安心を。何か良い案が思いつきましたらご連絡差し上げますので、私と隊長は暫くの間休暇を頂きます。何かあればお呼び下さい」
「ああ、分かった。……すまなかったな、ウィード。守ってくれて感謝する」
『ギャウオゥ』
レオルドの言葉に慌てた様に答えたウィードの、その可愛らしい鳴き声に小さく笑い彼はその場を後にした。
そうしてササラが頭を悩ませる事丸一日。
王都から少し離れた山の中腹に住んでいる騎獣士、ルリア・シーリンの名前が上がったのは昨日の夕方の事であった。
そこからのササラは早かった。
レオルドに報告を入れ、ルリアの身元を調べ上げ他の王子達との繋がりが無いかを確かめた後、早々に彼女に会いに行き、連れて来たのだ。
「では、話の続きをしましょうか」
ササラの声にウィードは現実へと意識を向けた。
先程ルリアが溢した紅茶は綺麗に片付けられ、新しい物が用意されている。
その紅茶を睨み付けるように見ているルリアの表情は硬い。
そんなルリアを目の前に、ウィードはとても申し訳なく思った。
けれど自分も何時までもこのままの姿でいる訳にはいかないのだ。
彼女には悪いが協力してもらう他にないのである。
『ワフゥ……』
口に出した謝罪はやはり、何とも気の抜ける可愛らしいモノであった。