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目の前に大魔王が居ます

 この世界には、人間と動物と、そして魔獣が存在している。

 魔獣とはすなわち、体内に魔力を有する獣の事だ。

 けれどこの魔獣、一口に"獣"と言っても姿形は様々で、しかも知能も高い。

 

 体内の魔力を使って火を吹くモノも居れば雷を喚ぶモノも居る。

 動物の姿のそれに近いモノも居ればかけ離れたモノも居る。


 魔獣の殆どが野生であるが、極一部、人間を乗せる為に飼育され調教されたモノの事を騎獣(きじゅう)と呼んだ。

 そして騎獣の飼育及び訓練に卓越した者達の事を騎獣士と呼んだ。

 なまじ知能が高い故に人間に馴れにくく、警戒心の強い魔獣を手懐けられる者は少なく、また、人工で繁殖しようにもそれは一度として成功した事はない。

 だからこそ、騎獣と騎獣士は希少な存在として扱われていた。


 そして、そんな彼等よりも更に希少で貴重な存在が、人間でありながらその身に魔力を有する"魔女"や"魔法使い"と呼ばれる者達であった。


 彼等は総じて人里から離れた場所に住み、なるべく人と関わらない様に生きている。

 普通の人間もまた、彼等の持つ人並み外れた力に畏れを抱くと同時に敬い尊び、彼等と一定の距離を保って生きてきた。

 互いに深く関わる事をせず、それでも時々どこかで助け合いながら、良好な関係を築いて来たのだ。


「それなのに……」


 ルリアはササラの腕の中に帰ったサラウィルの子供(護衛隊の隊長)の姿に何度目になるか分からない溜め息を吐き出した。


 目の前に居る、魔女の呪いを受けた存在。

 今まで生きてきた、そんなに長くはないが、決して短くもない人生の中で、魔女から呪いを受けた人間など見たことも聞いたこともない。


 しかもそれが呪いの対象者本人ではなく、対象者を庇った部外者(正確には一応関係者だが)なのだから、事は一段と面倒なのである。


「てか、何で私が呼ばれたんですか?」


 ルリアにとって一番の疑問を口にすれば、立ち話もなんだからと今更ながらにソファーを勧められた。


「……」


 どうやら彼等にとってはこれからが本題らしい。

 取り敢えず、座り心地が最高のソファーに倒れてそのまま現実逃避を始めたい気持ちをグッと堪えたルリアは、出された紅茶を睨み据えながらササラの言葉を待った。


「毒など入っていませんが……」


「猫舌なんですよ」


 対面に座ったササラがサラウィルの子供(護衛隊の隊長)を隣に降ろし、優雅な所作で同じように出された紅茶を飲む。


「……」


 たとえ飲み物であろうと、今何かを口にしたら確実にリバース出来るとルリアは思っていた。

 言える訳が無かったが……


 一息ついた所でさて、とササラが切り出した。


「何故あなた様を呼んだのか、でしたね?」


「はい」


「まぁ、簡単に言ってしまえば……」


 勿体ぶって切られた言葉。

 開けられた窓から風が入りササラの銀に輝く髪を揺らす。

 端から見れば見惚れる光景であろうと、ルリアにとってはただただ恐ろしいモノに見えて仕方がなかった。

 だってササラは笑っているのだ。

 優しげに。とてもとても優しげに笑っているのだ。

 ただ目だけが笑っていない。

 優しげな風貌に似合わない妙な重圧感。

 頬を伝った冷や汗がルリアの握りしめられた手の甲に落ちた。

 

「あなた様には我が第三護衛隊隊長、ウィード様と共に呪いをかけた魔女の元に行き、呪いを解いて貰って来て欲しいのです」


「……は?」


 それは、つまり……


「私に人間と旅をしろと?」


「今は魔獣の子供ですよ」


「元は人間じゃないですか!! 嫌です!! ぜっっったいに嫌です!! てか、私が呼ばれた理由の答えになってないし!! 意味分かんないし!! お断り申し上げますっ!!」


 バンッ!! と力任せにテーブルを叩いて立ち上がる。

 溢れた紅茶に『あぁ勿体無い』と一瞬思った自分を殴りたい。

 それ所ではないのだ。しっかりしろ。

 このままここに居ては良くない。絶対に良くない。

 これは可及的速やかにこの場を離れるべきだと訴える本能に従ってルリアは身を翻した。


「退いて下さい!」


「それは出来ません」


 大股で五歩程進んだ所で壁にぶち当たり、ルリアの逃走は失敗に終わった。

 扉の前に直立不動で立っている男を恨めしげに睨んでも効果は無い。

 カツン、と背後から聞こえた足音にルリアの顔は青ざめた。


「落ち着いて下さい、ルリアさん。貴女を呼んだ理由もこれからお話し致します」


「……」


 名前名乗った覚え無いんですけど、とか、様付けがなくなってます、とか、何かもうそれ聞いたら私本格的に巻き込まれるの決定しそうなんで遠慮しますとか……言えたならどんなに良かった事か。


 人間並みに豊かな表情筋で、申し訳なさそうに、けれど"諦めろ"とありありと語るサラウィルの子供(護衛隊の隊長)にお前が全ての元凶だと言いたくなって思い直す。

 良く良く考えれば彼もまた被害者だ。

 しかもたぶん一番被害が大きい。

 ならばやはり事の元凶は色ボケ王子こと、第三王子のレオルドだ。

 もし今後会うような機会があったなら、一発ぶん殴ってやるとルリアは決めた。

 そんな機会あるわけないだろうが、それでも決めた。

 そんなことしたら即あの世行きだろうが、それでも決めた。


 覚えておけよ、レオルド王子。

 

 殆ど見たこともない王子に恨み言を吐きながら(勿論心の中で)、ルリアは再び大魔王(ササラ)の前へと座ったのだった。

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