魔女の森で問題発生です
森に入って一時間程。
行けども行けども魔女や魔法使いらしき人物は見当たらない。
「流石に可笑しいよね……」
『ガウ』
「何か魔法がかけられてるのかな?」
ルリアの言葉にウィードは否定も肯定もしなかった。
二人とも魔法についてはほぼ何も知らない。
そもそも魔法を目の当たりにしたのは今回の一件が初めてなのだ。
初めてなのに酷い巻き込まれ方をしてしまったので、二人とも魔法についてはあまり良い印象を持ってはいないが。
『ガゥ、ワウワウギャオン』
「嫌な感じ?」
『ワフゥ、ギャワンワンクゥンギャウンワオン』
フルフルと頭を振って不愉快そうに眉間に皺を刻むウィード。
そんな彼の様子にルリアは思案顔だ。
「どうしよう。取り敢えず一度戻ってギルと合流しようか」
既に日は傾き始めている。
このまま森の中を歩き回るよりはいいだろうと、ルリアの言葉にウィードが頷きかけたその時、目の前の藪が揺れた。
『ガウア!!』
「ぅぎゃっ!?」
叫んだウィードが地を蹴りルリアの体を文字通り体当たりで横に弾き飛ばした。その直後、ルリアがそれまで立っていた場所に短剣が突き刺さる。
「……え?」
『ガゥ! ワゥワン!!』
「あー? なんだ嬢ちゃん、こんな所に一人かぁ?」
唖然とするルリアと臨戦体勢をとるウィード。
そんな二人の前に現れたのは十人程の男達だった。
身なりからして"善良"とは言い難い彼等の手にはそれぞれ武器が握られている。
卑下た笑みを浮かべながら近づいて来る男達にルリアが顔をひきつらせた。
「ウィード……」
『ガウグルガウア! ガルゥガァ!』
「なんだこの犬? ご主人様を守ろうってかぁ? 健気だなぁ!!」
『ギャッ!!』
「ウィード!! いっ!?」
ルリアを守る様に男達の前へ牙を剥きながら立ち塞がったウィードを一人の男が蹴りあげる。
体重の軽いウィードは吹き飛び、少し離れた所にある木へと激突した。
そのまま動かなくなったウィードの元へ駆け寄ろうとしたルリアの髪を男が掴み上げた。
「おいおい、逃げんなよ嬢ちゃん。うーん、まぁ、顔は普通だが、髪と目の色は珍しいな。高く売れそうだ」
「こっの! 離せ!!」
「おっと、暴れんな!」
「っ!!」
男の手を振りほどこうと暴れたルリアの顔へ重い衝撃が与えられる。
殴られたのだと理解するより早く、ルリアの体は地面へと叩きつけられた。
「おい、大事な商品だ。あんまり傷つけんなよ」
「分かってるよ。ほら立て嬢ちゃん」
「うぅ……」
再び男に髪を引っ張られ強制的に顔を上げさせられたルリアの視界に傷ついた体でそれでも立ち上がろうとしているウィードの姿が映った。
もう、いい。
唐突にルリアは思った。
もう、いい。
もう、立ち上がらなくていい。
傷つかなくていい。
今のウィードにはこの男達に太刀打ち出来る術などないのだ。
蹴りあげられた衝撃は、木に激突した痛みは、きっと相当のモノだった筈だ。本来なら立ち上がる事さえもう出来ない筈だ。
それでも彼は立ち上がろうとするのだ。
ルリアを助ける為に。
「ウィ、ド……」
口の中が切れて上手く話せない。
それでもルリアは未だにヨロヨロと立ち上がろうとしているウィードへ声を張る。
髪を引っ張られている痛みも、殴られた頬の痛みも、切れた口の痛みも、不思議な事にその瞬間だけは全て忘れられた。
「ウィード、もう、いい。もう、いいよ……」
『ガ、ゥア?』
「あぁ? なんだこの犬まだ立つのか? って、犬じゃねぇな、コレ。魔獣か?」
『ッ!』
ルリアの言葉に唖然と彼女を見つめていたウィードの首根っこを別の男が乱雑に掴み上げ、まじまじと見る。
「へぇ、珍しいな! こりゃあ高く売れるぜ!!」
「待って!! 待ってダメ! 彼はダメ!! ねぇ! 私は騎獣士なの!! 高く売れるでしょう!? 騎獣士なんて珍しいから、きっと高く売れる!! だからその子を離して! 私が行くから!! お願い!!」
響いたのは懇願に近いルリアの声だった。




