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ギルの願い

 そよそよと、心地よい風が体を撫でる。

 ルリアの楽しそうな笑い声が少し離れた所から聞こえてギルは閉じていた目を開けた。


 大きなギルであっても余裕で降り立てる程に広いその場所は、周りを木々に囲まれた、緑生い茂る森の奥にあった。

 綺麗な泉を囲む様に生えるのは可愛い白い花たちだ。

 その周りも背の低い草たちが取り囲んでおり、さながら絵本などに登場する夢の場所の様。


 旅の途中で発見したこの場所が今日の野宿の場所である。

 ルリア達の旅も20日目を迎えていた。

 目指していた"東の最果ての町"はもう目前だ。

 

「似合ってるよ、ウィード。かわいい」


『ギゥワオン!』


 白い花を編み込んで造られた花冠をウィードの頭に乗せたルリアが笑う。

 それに不満そうな表情をしたウィードが応える。

 アマトの元を発ってから、ルリアとウィードの仲は一気に近くなった。

 会話が増え、笑顔が増え、ルリアの敬語がとれ、ウィードの事を名前で呼ぶ様になった。

 ギルは魔獣であるから、人間の心の機敏等は分からない。

 それでも、ルリアが大きな悲しみを背負って生きている事は知っていた。

 同種である人間となるべく関わらない様にしようとしている事は知っていた。

 

「ギル」


 おいで、と優しく呼ぶ声に従いルリアとウィードの近くに寄ったギル。

 頭を下げてとのお願いにも素直に従えば、フワリと頭に乗せられた何か。


「うん、可愛い」


 にっこりと笑ったルリアにギルは目を瞬かせた。

 自身の頭の上から香るのは泉の周りに咲いている白い花と同じ臭いだ。

 どうやら自分の頭の上にもウィードと同じ様に花冠が乗せられた様だ。


 ルリアを見て、ウィードを見る。

 楽しそうに笑うルリアと未だに不服そうに頭に花冠を乗せるウィード。

 と、突然ウィードがギルによじ登り頭に乗せられた花冠のちょうど真ん中に座った。

 ギルは未だに頭を下げているので、ウィードの目線はちょうどルリアと同じくらいになる。


「ウィード?」


 ウィードの突然の行動に首を傾げたルリアの頭にパサリ、と花冠が降ってきた。


「え?」


 キョトンとするルリア。

 ギルも自身の頭の上で起こっている事なので詳細は分からない。

 分からないがたぶん、ウィードが自分の頭の上に乗せられていた花冠を器用にもルリアの頭の上へと投げたのだろう。


ガウガオン(やっぱりお前の)ワウワフゥ(方が可愛い)


「んな!?」


『?』


 ウィードが何かを言い、それを聞いたルリアが真っ赤になった。

 ウィードが話す言葉はギルには理解出来なかった。

 魔獣である筈のウィードの言葉は、同じ魔獣であるギルには理解出来なかった。

 それが何故かギルには分からない。

 ルリアが説明してくれたが、ギルには半分も理解出来なかった。

 けれど旅の途中から、ルリアはウィードの言葉が分かる様になったみたいで彼等は楽しそうに話をしていた。


 ギルは魔獣であるから、彼等が抱える事情は分からない。

 それでも、ルリアが笑っているならいいと思うのだ。

 ルリアを笑顔にしてくれるウィードが好ましいと思うのだ。

 花冠を頭に乗せて、照れ笑いするルリアが幸せそうだからいいと思うのだ。


 そうして、穏やかな時間が過ぎていたその時、空を見上げたルリアが動きを止めた。


「ファミリ……」


 呟かれた言葉と空から離れない目線。

 その目線の先を仰ぎ見れば、遥か上空に黒いシルエットが見えた。


「ギル! あの魔獣を追って!!」


 血相を変えたルリアがウィードを抱えてギルへと騎乗した。

 言われるがままに飛び立ったギル。

 背中でウィードの戸惑った声が上がっている。


「あれはファミリという魔獣なんだけど、彼等は魔女と魔法使いにしか乗る事が出来ないの」


 ウィードに向けてルリアが説明する声が聞こえる。

 縮まった距離に黒いシルエットに見えていたソレが漆黒の翼を持った大きな黒猫だということが分かった。

 その背中には人が乗っている。


「魔女か魔法使いか……どちらにしろ、私達が探している魔女の情報を持っている可能性が高いから追って行って話をしよう」


ガウ(ああ)!』


「ギル、警戒されてもいけないからある程度距離を開けて追って。下に降りた時に話しかけよう」


 ルリアの言葉に従いある程度の距離を開けて後を追う。

 動きがあったのは、それから30分程経った時だった。


「降りたわね」


 ルリアの言葉通り、ファミリとその背に乗った人物は眼下に広がる森の中へと姿を消した。


「うーん、ギルが降りられる広さはないね。森の入り口で降りよっか」


 グルリと森の上を一周してルリアが息をついた。


「ファミリは中型の魔獣だから少し広めの場所さえあれば降りられるけど、ギルはそうはいかないもんね。この森に魔女か魔法使いが居ると分かっただけでも十分よ。後は歩いて探そう」


 森の入り口で降りたギルはウィードを抱っこしたルリアに待機を命じられ、そのまま森に入って行く一人と一匹を見送る。

 なるべく人目にはつかないようにと言われているので、隠れられる場所を探さないといけない。

 ついでに餌も獲って来よう。

 バサリ、と広げた翼に風が舞った。


 ギルは魔獣であるから、彼等が何故魔女を探しているのかは分からない。

 それでも彼等の探す魔女が見たかった時が、この旅の終わりの合図であるということだけは分かっていた。

 終わって欲しくないと思っているのが、自分だけではないということも分かっていた。

 それでも探さないといけないのだろう。

 彼等には彼等のやるべき事があるのだろうから。

 ただ、ルリアを幸せにするのが、これらか先もウィードであればいいと、魔獣であってもそう思う事くらいはいいだろうと思うのだ。

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