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姉様に会いに行きます

 アマト姉様に会いに行こう。

 そうルリアが思ったのは湖での出来事から三日経った時であった。

 ウィードとは相も変わらず自分から妙に距離を開けてしまうし、彼は彼で発声練習の様に意味も脈絡も無い言葉を四六時中呟いては疲れた様に溜め息をつく。

 暫くは彼の言葉が分かる事は黙っていようと決めたルリアであったが、彼とのやり取りも今では普通に会話が成り立ってしまうので、ルリアはウッカリすると当然の様にウィードの言葉に返してしまいそうになるのだ。

 そうやって気をつけて過ごした三日間。

 ルリアはついに根を上げた。

 これまで、僅かな時間であったとしても、彼と共に過ごしそのモフモフとした手触りを堪能していたルリアにとって、目の前に居るサラウィルの子供(最高の癒し)と自ら距離を置くという事に耐えられなくなったのだ。


 中身が人間とか、言葉が分かるとか、そんな色々、今は置いておこう。

 兎に角触りたい。

 モフモフ、フニフニして癒されたい。

 

 と言うのがルリアの今の考えである。


 けれどやっぱり前の様に戻るには何かしらの"きっかけ"が欲しい。

 そこで浮かんだ人物がルリアが"姉様"と慕う一人の女性であった。


「隊長さん、少し寄り道したいのですがいいですか?」


『ギャウワ?』


 「寄り道?」というウィードの言葉にルリアは頷いた。


「ここから少し行った小さな村に私の知り合いが住んでいるんです。ここまで来る事はなかなか無いのでちょっと顔を見たいと思いまして。いいですか?」


『ガウ』


 「勿論」と頷いたウィードに礼を述べたルリアがギルに進路の変更を伝える。

 そうして一時間程飛んだ先、山間にある小さな村を眼下に捉えた一行はその近くへと降り立った。


「手紙のやり取りは定期的にしているのですが、 こうして直接会うのは久しぶりになりますね」


 独り言の様に呟いたルリアが村の中を進んで行く。

 まだ夜が明けて間もない時間の為人は居らず、だからこそ、ローブを目深に被った人物と、その後ろを付いて歩くサラウィル(魔獣)の子供という奇妙な組み合わせに対して奇異な目を向けられる事もなかった。


「アマト姉様、居ますか? ルリアです」


 コンコン、とルリアが戸を叩いたのは村の大通りから少し逸れた場所にある一軒家だ。


「ルリア!?」


 戸を叩いて数秒と間を置かずに勢い良く開かれた扉。

 中から出てきたのは深緑色の長い髪と同色の瞳を持った女性である。


「ルリア? 本当にルリアなのね!!」


「うわ!?」


 ルリアの姿を認めた瞬間、ギュゥッと抱き締めて来たその女性こそが、ルリアが"姉様"と慕うアマト・ハーベルであった。


「姉様、苦しいです」


「あら、ごめんなさい。嬉しくてつい。……あら? お友達も一緒?」


『ギャワウ』


 ルリアから離れたアマトがウィードに気付き声をかける。

 それに対してペコリと頭を下げたウィードの行動に目を丸くしたアマトはしかし直ぐに優しい笑みを浮かべて二人を家の中へと招いた。


「あらあら、礼儀正しい子ね。……訳あり、かしら? まぁいいわ、入ってちょうだい。久し振りなんだもの、ゆっくりお話ししたいわ」


「私も話したい事が一杯あります。……お元気そうでよかった」


「お互いに、ね」


『……』


 そう言った二人が浮かべたのは、悲し気な笑みだ。

 アマトに抱き抱えられてその腕の中で二人のそんな表情を見ていたウィードはただ無言で見守るしかなかった。


「散らかってて悪いけど、適当に座って」


 そう言って通されたその部屋には至るところに魔獣のスケッチが貼られていた。

 机の上に乱雑に積まれた紙の全てにも魔獣が描かれており、その絵全てに細かく魔獣の情報が記されている。


『ワフゥ……』


 感心した様に息をついたウィードにルリアが小さく笑う。


「アマト姉様は魔獣の研究者なんですよ。魔獣はまだまだ分かってない事の方が多いですし、確認されていない種類も居ます。それを調べてはこうして絵にしてその情報を纏めるのがアマト姉様の仕事です」


「ま、ほとんど趣味みたいなものだけどね。君の絵も後から描かせてね。サラウィルの子供なんて珍しいから」


 ワシャワシャとウィードの頭を撫でたアマトはそのまま彼を下におろしてお茶の準備の為に奥へと消える。


「私とアマト姉様は同じ村の出身なんですよ」


 一枚の絵を手にルリアが呟く。


「今はもう無くなってしまった、小さな、本当に小さな村の出身なんです……」


『……』


 そう言ったルリアの泣きそうな表情をウィードはただ黙って見ていた。

 見ているしか出来なかった。


 慰めの言葉をかける事も、頭を撫でてやる事も、背を撫でてやる事も、小さなその体を抱き締めてやる事すらも出来ない今の自分の体を、ウィードはこの時始めて憎らしく思った。

 それまで、不便に感じる事や早く元に戻りたいと思う事は多々あったが、憎く思う事はこの時が始めてだった。

 

 小さな小さな心の変化。

 それにウィードが気付くのはもう少し先の話である。

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