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悩みの種ばかりが育つ

 王城の敷地内に三つある鍛練場の一つ、第二鍛練場の隅で一息ついていたササラは渡り廊下からこちらへやって来る人物を認め盛大に溜め息を吐き出して、その人物を迎える為に歩き出した。


「エーデルリース様、このような場所に一体何のご用ですか?」


「あらササラ、ごきげんよう。ウィード様はいらっしゃる?」


 ウェーブのかかった長い薄桃色の髪に空色の瞳を持った彼女はこの国の第四王女である。


「ウィード様はレオルド様の命で東にある最果ての町まで赴いていますので不在です」


「それは昨日も聞いたわ。まだ帰って来てらっしゃらないの?」


「東の最果ての町までは騎獣でも一月はかかる道のりです。暫くは戻りません」


 これも昨日言った筈だ、とササラは内心で溜め息をついた。

 この王女様、どういう訳かウィードに心底惚れている。

 事ある毎にレオルドの元を訪ねてはウィードに引っ付いている状態なのだ。

 それだけならまあいい。

 けれどそれに付随して訓練の邪魔はする、自分勝手に振る舞う、最終的に護衛の任よりも自分を優先しろと言う始末。

 第三護衛隊の者達にとってエーデルリースは最早、敬うべき王族の一人というよりは取り敢えず邪魔で仕方ない小娘という存在だった。


「そもそもどうして護衛隊の隊長であるウィード様が東の最果ての町などに赴いているの? 他の者に行かせればよろしいでしょう?」


「ウィード様が行くからこそ意味がある件なのです。交流戦までにはお戻りになりますのでそれまでご辛抱下さい」


 と言うかとっとと帰れ邪魔だ。と言うのが本音だが、それは決して口にもましてや態度にすら出さない。

 あくまで柔らかく微笑んで言葉を紡ぐ。

 ササラの心の内が嫌でも分かってしまった護衛隊の隊員達は二人からそっと目を反らした。


「そう。まぁいいわ交流戦にウィード様が出場されるのであればそれで全て上手く行くもの。それまで彼に会えないというのが残念だけれど我慢してあげるわ」


 持っていた扇で口元を隠して笑ったエーデルリースが踵を返す。


「お兄様によろしく伝えておいてね」


 付き添いの騎士と共に去って行く彼女を頭を下げて見送っていたササラだったが、その姿が完全に見えなくなった所で上げられた顔からは表情が抜け落ちていた。


「高慢ちきな我が儘女め……」


 低く低く発せられた言葉にその場の温度が数度下がった。


「おいササラ、人の妹に対して随分な物言いだな」


 嫌悪を隠さずに言ったササラにかかる声に責めている雰囲気はない。

 苦笑と共に現れたレオルドがエーデルリースが去った方に目をやり溜め息を吐き出す。


「アイツは父と正妃との間に出来た唯一の子だからな。少し甘やかされ過ぎたんだろう」


 この国の王には五人の側室が居る。

 五人の王子はその五人の側室と王との間の子であり、四人の王女の内、上の三人はそれぞれ第二、第三、第五の側室の子であった。

 正妃と王との子は第四王女のエーデルリースのみである。

 残念ながらこの国では王女に王位継承権は与えられない。

 故に王女達は国内の有力貴族か、近隣諸国の王族の元へと嫁ぐ様になっているのである。

 現に第三王女までは既にそれぞれ嫁いで行き、残るはエーデルリースのみとなっているのだが、このエーデルリースが問題であった。


「レオルド様、どうにかならないのですか?」


「エーデルリースの企みの件か? 王である父が承認してしまったからな……ウィード本人が拒めばどうにかなるだろうが、俺が出来る事はないな」


 二人同時に吐き出された溜め息は重い。


 エーデルリースが交流戦の優勝者への褒美として自身との婚約を提示したのは半年前の事であった。

 そして、ウィードが交流戦に出場し始めて二年。

 この二年間の優勝は全てウィードであった。

 つまり、何が言いたいのかと言うと、エーデルリースは遠回しにウィードとの婚約を望んでいると言うことである。

 そして、当事者であるウィードは自身の結婚等について無頓着であった。


「ウィードは平民の出だからな、優勝してエーデルリースと婚約するとなれば爵位を賜る事になる。そうなってしまえば俺の護衛隊からは外されて王宮付きの騎士隊に配属されてしまう。それは俺としても避けたい事態であるんだがな……」


 この国は爵位持ちの者があらゆる事柄において優遇されている。

 こと騎士業においてはそれが如実であり、平民出の騎士達は何れだけ実力があろうが行って"護衛隊隊長"止まりであった。

 しかも、平民出の護衛隊隊長はウィードが初めてであり、更にそれよりも上の階級に就きたいとなると必ず爵位が必要となって来るのである。

 大体の場合が実力のある平民の者には早い段階で爵位持ちの後継人が付き、養子縁組や娘、息子と結婚するなどして爵位を賜る場合が多いのだ。

 ウィードの場合も例外ではなく、護衛隊隊長に就任した瞬間から多くの貴族達が自分の娘の婚約者にと縁談を持って来ていた。

 出世にすらたいして興味がないウィードがそれらを尽く断って今に至るのだ。


「我々としてはそもそもウィード様があの女の婚約者になるって事自体が避けたい事柄ですけどね」


 一国の王女を"あの女"呼ばわりである。

 そんなササラに再び苦笑したレオルドが空を仰いだ。


「何はともあれ、交流戦には出て貰わなければならないからな。今は無事に帰って来る事を祈るしかない」


「そうですね」


 問題は山積みなのだが、一番の問題が解決されない事にはどうにも出来ないのである。

 何度目になるのか分からない溜め息は、やはりとてつもなく重かった。

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