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二日目が始まりました

「……」


 目を開けて飛び込んで来た景色に一瞬自分が何処に居るのか分からなくなった。

 

「……あぁ、そっか」


 全ての経緯を思い出したルリアはグッと伸びをして起き上がる。

 軽く首を巡らせれば、ギルの横で丸くなって寝ているサラウィルの子供が居た。


「隊長さん、起きて下さい。隊長さん」


『ゥキュウ?』


 可愛らしく鳴いて薄く目を開けたサラウィルの子供(ウィード)に苦笑して抱き上げる。

 されるがままのウィードは、そのまままた眠りに就いた。


「ギル、おはよう。今日は朝から飛んで貰うけど大丈夫?」


『グオゥ』


 こちらはきちんと目を覚ましているドラクラクのギルに声をかければ、未だ寝ているウィードに気を使ったのか、何時もの半分以下の声量で応えてくれた。


「ありがとう。朝ごはん持って来るから少し待っててね。隊長さんはもういい加減起きて下さい」


『ワフゥ……』


 抱き抱えたウィードを数回揺すり、彼が目を開けた所で下に下ろしたルリアが朝食の準備に取り掛かる。


「さて、ご飯食べたら直ぐに出発しますよ」


『ガウ?』


 ギルに肉を与えたルリアがやっと目を覚ましたウィードにも朝食を渡しながら言えば、未だ眠そうに欠伸をしていたウィードが首を傾げた。


 辺りはまだ薄暗い。

 余りに早すぎる出発ではないかという疑問をウィードから読み取ったルリアが地図を広げた。


「私達が今居るのがここです」


 トン、と指されたその場所は王都から東へ進んだ森の一つだ。


「昨日はギルに移動可能時間ギリギリまで飛んで貰いましたが、思ったより進んでないんですよ。目的地が……あった。ここ、"東の最果ての町"なんですけど、このままの移動速度だとここに着くまでに一ヶ月かかってしまいます。なので今日からギルには朝の四時間だけ飛んで貰い、そこからは少しでも距離を稼ぐために歩く事にします。取り敢えず、今日目指すのはここです」


 そう言って指された場所は森だった。


『ギャウ?』


「ササラさんが村や町に印をつけてくれていますが、今後は出来るだけ人の居る所は通りません。昨日の事で身に染みました。やはり人間は信用ならないし、関わりたくないです。それに、食糧の調達は森でも出来ますし、村や町を駐留地点と考えずに進めば最短ルートで行けます。もし物資が足りなくなったらその時だけどこか近くの村か町に寄ればいい話です」


『……』


 赤い丸で囲まれた幾つもの村や町の名前。

 それを無視してルリアが指したルートは山や森、渓谷を抜けるモノだった。


「それでも二十日以上はかかりそうなので、後は魔女を探すのにどれだけ時間がいるかが問題ですね。東の最果ての町が近くなったらそこからは町や村に立ち寄って情報収集しましょう。いいですか?」


『ギャウ』


 是非を問われても着いて行く事しか出来ないウィードは頷くしかない。

 他人とあまり好んで接しようとしていない事は出会った時の反応である程度予測出来ていたが、どうやら根は結構深い様だとウィードは小さく息をついた。

 自分が人間の姿に戻った時、果たして彼女は今と同じように共に帰ってくれるのだろうか?


『……』


「隊長さん? どうかしましたか?」


 黙ったまま考え込んでしまったウィードにルリアが声をかける。


『ギャウ』


 そんなルリアに何でもないと首を振り、ウィードは立ち上がってグッと伸びをした。

 考えても仕方ない事だ。

 兎に角今は無事に元の姿に戻る事だけを考えるしかないのだから。


「それじゃぁ、行きますか」


 昨日と同じようにルリアのローブの中に入れられたウィードがギルの背に乗って再び空を駆けたのは、日の出の一時間程前だった。


ーーーーー

ーーー


 そうして日の出前から四時間ギルに飛んで貰い、正午前の今、ルリアとウィードは絶賛迷子中であった。


『……』


「……そんな目で見ないで下さいよ」


『……』


「いや、だって……」


 ジト目で自分を睨み付けて来るウィードからルリアが気まずそうに目を逸らしながら言い訳を口にする。


「キウォンなんて珍しい魔獣が居たら追いかけないといけないじゃないですか! 人を乗せる事は出来ないですけど、愛玩用として人気があるんですよ!! 滅多に居ないから上位貴族の、その中でも特に力のある人達しか飼ってないですけど。でもでも!! あのモフッとしたシルエット! 可愛かったでしょう!?」


『……』


 そう、何を隠そう迷子の原因はルリアにあった。

 キウォンと言う、何だか毛玉に小さな手足をつけた様な魔獣が現れた瞬間に目の色を変えたルリアがウィードの制止も虚しくソレを追いかけてどんどんどんどん森の中を突き進んだ結果が"迷子"である。


「いや、だけど、ほら、東には進んでいますし……」


 方位磁針を手にヘラリと笑って言ったルリアにウィードは深い溜め息を吐き出した。

 

「えっと、ここまで街道沿いに来てて、それでたぶんこの森に入ったから……って、あれ? この森、もしかしたら来たことあるかも」


『ワウ?』


 暫く地図とにらめっこしていたルリアが周りを見渡して立ち上がる。


「そう、確かこの森だ」


『?』


 何やら一人で納得し頷いたルリアが不意に歩き出す。


『ギャワウ!?』


「隊長さん、ついて来て下さい。この森、私来たことあるんです。確か、この先を進んだ所に大きな湖があって……」


『ワフゥ……』


 スイスイと森の中を進んで行くルリアを慌てて追いかければ急に視界が開け、目の前に清んだ湖が現れた。


「やっぱりここだった!」


 弾んだ声を上げてルリアが湖に近づき、そして靴を脱ぎ捨てたかと思えば何の躊躇もなく水に足をつけた。

 

「はー、冷たくて気持ちいい!」


 パシャパシャと、足首よりも少し上位まで水につけながら笑ったルリアがウィードを振り返る。


「隊長さんも来たらどうですか? 気持ちいいですよ」


『……』


 ルリアの言葉にそろりと湖に近づいたウィードが水面を覗き込み、そして驚愕に目を見開いた。


『……ッ!?』


「隊長さん?」


 水面に映っているソレは……

 銀の髪と朝焼け色の瞳を持った"人間"の男の顔は、紛れもなくウィードの本当の姿であった。


『!?』


 もしかして元の姿に戻ったのかと慌てて体を見てみるが、そこにあるのはやはりサラウィルのソレである。


『ガウ?』


 首を傾げて再び水面を見れば映るのは人間の自分。

 けれど現実の姿はサラウィルの子供のまま。


「隊長さん? どうしたんですか?」


 水面と自分の体を交互に見続けるウィードを不信に思ったルリアが近づいて来る。


「隊長さん?」


 ウィードの前まで来たルリアが水面に映る人間の姿のウィードを見た瞬間、彼女の顔から表情が消えた。


『?』


「本当に人間だったんですね……」


 呟かれた言葉。

 感情という物が一切感じられない異常な程平淡な声が、静かな湖に消えた。

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