はじめまして、さようなら
ルリア・シーリンは頭を抱えた。
否、正確には抱えていないのだが、抱えたい気持ちになった。
今すぐここから去ってしまいたいが、扉の前には屈強そうな男が一人鎮座しているし、二つある窓の前にもご丁寧に男達が陣取っている。
ところ構わず喚き散らしたくなったが、一先ず落ち着こうと深呼吸した。
問題は自分の腕の中に居る。
「……」
視線を下げたその先には、自分の腕に大事そうに抱えられている小さな存在。
目が合うと『キャウ』と可愛く鳴かれた。
「……」
それに曖昧に笑って返して視線を上げる。
ニッコリと微笑んだのはルリアの目の前に居る人物だ。
「……すみません、もう一度最初からお願いしてもいいですか?」
声が震えてしまったのはしょうがない。
ーーー
ー
ルリア・シーリンは至って普通の人間である。
黒い髪に濃い紫色の瞳は明るい髪色と瞳が多いこの世界では珍しいが、決して居ない訳ではないし、容姿だって平凡だ。
ただ一つだけ、彼女が唯一誇れる事と言えば、自身が"騎獣士"であると言う事だろう。
魔獣を手懐け調教を行える騎獣士。
人間でありながら魔力を有し、普通の人間では扱えない"魔法"を操る"魔女"や"魔法使い"と同じ位に希少な存在である。
そんな騎獣士であるルリアは王都から少し離れた山の中腹に自身の土地を持ち、その広大な土地を使って騎獣を飼育し調教を行っていた。
調教中、調教済みを合わせて二十匹程の魔獣の飼育をルリアは一人で行っていたのであった。
そんな、訪ねて来る人間と言えば騎獣を買い取りに来る仲介者や騎士団の関係者が殆どの中、とある貴族に仕える使者が、騎獣ではなく騎獣士であるルリアに用があると訪ねて来たのが事の始まりである。
そもそもあまり人間とは関わりたくない、ぶっちゃけ言って人間嫌いなルリアが人で溢れ返る王都に行くのを渋るのは当然であったのだが、第三王子の勅命だと書状を見せられてしまえば従う他にない。
嫌々ながらに乗せられた馬車に揺られる事数時間。
漸く到着した屋敷に重苦しい溜め息を吐き出し、出迎えに並んだら使用人達に顔をしかめ、通された部屋に居た帯剣した明らかに只人とは違う気配を纏った男達に逃げ出したくなったルリアが、中心に居る男が抱えたその存在に気付いた瞬間にいきなりテンションをMAXまで引き上げて声を上げたのは騎獣士として当然の事である。
「サラウィルの子供だぁ!!」
「あ!!」
男の腕の中に居たソレを素早く掻っ攫い、自身の腕の中に収めたルリアは喜色満面で撫でまわす。
「うわぁ!! サラウィルの子供なんて初めて見た! モフモフ! フワフワ! かっわいい!!」
ルリアに撫でまわされているソレに一番近い動物で言うならば"犬"である。
けれど近いのは骨格だけであり、体の色合いを始めその他諸々が犬ではない事をありありと示していた。
淡い水色と白色の混ざった体毛に体長の二倍はありそうな長い尾。
犬歯は子供でありながら既に鋭く長い。
四肢は犬のソレと変わらぬ作りではあるが鋭い爪が備わっており、猫の様に爪の出し入れが出来るようだ。
そして何よりも、額から突き出す一本の角と背から生える一対の翼がその存在が普通の動物ではない事を良く表していた。
"サラウィル"とルリアに呼ばれたソレは、この世界で"魔獣"と呼ばれるモノの一種である。
『ギャウワ!!』
「お?」
グリグリと飽きる事なく頭を撫で回していたルリアの腕を抗議するかの様に鳴いたサラウィルの子供の尻尾がベシリと叩いた。
それに一瞬驚いた様に声を上げたルリアが、その表情で雄弁に不満を語っているサラウィルの子供に苦笑を溢す。
「ごめん、ごめん。ちょっと興奮し過ぎちゃって」
『……ワフゥ』
宥める様に二、三度優しく撫でられた頭にサラウィルの子供はしょうがないとばかりに息をついた。
「アハハ! 君、何だか人間みたいだねぇ」
その反応を見たルリアが楽しそうに笑っていれば、ずっとタイミングを見計らっていた男が声をかけて来る。
最初にサラウィルの子供を抱き抱えていた男だ。
「あの、話をしてもよろしいですか?」
「……」
その瞬間、ルリアの顔から表情が抜け落ちた。
「あー、えっと、」
その変化に驚きながらも部屋に居る残り三人の男達に目配せして一度頷いた男は言葉を続ける。
「私は王国騎士団第三護衛隊の副隊長を務めております、ササラ・コーエンです。残りの三人もそれぞれ第三護衛隊の隊員です」
ササラと名乗った男の言葉に部屋の中に居る他の男達が頭を下げた。
全員が黒を基調とした制服に身を包み、腰には剣を提げている。
「護衛隊って、確か王子様達の……」
「そうです。我々第三護衛隊はこの国の第三王子、レオルド様の専属部隊です」
「色ボケ王子……」
「……まぁ、巷ではそう呼ばれています」
「否定しないんですね」
「以前までならしていたのですが、それにより今回の問題が発生してしまったので、今は何とも言えぬのです」
その空色の瞳に呆れを滲ませて息をついたササラにルリアが首を傾げる。
「今回の問題?」
「はい。その問題の解決にご尽力頂きたくあなた様をお呼びしたのです」
「……」
その言葉にルリアは嫌な予感を覚えた。
「あの、私、そろそろ騎獣達のお世話をしないといけない時間でして……」
「大丈夫です。お時間はとらせません」
「いや、だけどですね、ここに来るまでに数時間かかっているんで、本当にもう帰らないと……」
「帰りは我が第三護衛隊が所有する騎獣でお送りしますので、一時間程度で帰れるかと」
「いや、あのですね……」
頼むから帰してくれと言ってるんだけど……とは流石に言い出せない。
取り敢えず話だけでも聞かないと帰して貰えなさそうだとルリアは溜息をついた。
「どんな問題が発生したんですか?」
「つい先日、レオルド様が魔女に呪いをかけられまして」
「は!?」
のっけから問題発言である。
「魔女から呪い!? え、本格的に関わりたくないです! 帰らして下さい!!」
「せめて最後まで聞いて下さい。で、我々護衛隊は王子の身を守るのが使命ですので当然その呪いがかけられる時、レオルド様をお守りしたのです」
「普通に続き話し出さないで下さいぃぃぃぃ!!」
半泣きのルリアをガン無視でササラは話す。
「その時にレオルド様を身を挺してお守りしたのが我等第三護衛隊の隊長であるウィード・シルナン様だったのですが、代わりに魔女の呪いがウィード様にかかってしまいまして……」
そこで言葉をきったササラの視線がルリアが腕に抱えているサラウィルの子供へと向けられる。
「……まさか、」
「その様なお姿に」
告げられた言葉に倒れなかった自分を褒めたいとルリアは思った。
そうして冒頭の場面へと戻る。
ササラの話を要約するとこうだ。
巷で色ボケ王子と名高いこの国の第三王子レオルド様が今回目を付けたのがたまたま王都に所用で来ていた“魔女”だった。
基本あまり人前に現れない魔女に興味本位で近づき、何をやらかしたか知らないが、彼女の逆鱗に触れた。
怒った魔女が王子様に呪いをかけようとしたところで護衛隊の隊長であるウィード様が身を挺して庇い、代わりにその呪いにかかってしまい、魔獣であるサラウィルの子供の姿になってしまった。
「……お返しします」
腕に抱えていたサラウィルの子供をそっとササラに返し、ルリアは大きく深呼吸した。
「聞かなかった事にするので帰っていいですか?」
「ダメです」
即答だった。