2話
現実優先のため、不定期投稿となります
玉岡市はここ最近で急激に発展した都市だ。副都心にもしていされている。
大手企業も本社を置いたりしている。有名所としては野球場と大規模な国際ホールがある。
駅前にアウトレットモールがあるのだけれども、最近大型ショッピングモールができた。
そして僕と榊さんはそのショッピングモールに買い物に来ている。
「あ、これかわいい!」
「……」
「あ、これも」
「……」
「ねえ君、どっちがいいかな?」
「……右……かな」
「そう!? 君が選んだんだから、こっちを買おうかな!」
そして僕は今榊さんの服選びに付き合わされている。
因みに本来の目的である僕の日用雑貨はすでに購入済みだ。そして榊さんの服選びの時間は、僕の家具選びの時間の倍以上となっている。それは今現在も更新中だ。
「それじゃぁ、試着してくるね」
榊さんは先ほどの服をもって試着室の中に消えていった。
それにしても謎だ。以前榊さんには「色にこだわりはない」といった。それなのに榊さんは「服を買うから手伝って」と僕の腕を組んで強引に連れてきたのだ。
女性服店に着いてからも「服なんてわからない」と何度も言ったのだけれども、彼女は僕に選択をさせ続けた。
女性店員が対応してきても、彼女は遠回しに拒否した。
第一、僕の世界には色がない。服だって「あの人」頼りだ。
「ねぇねぇ、どう? 似合う?」
榊さんが新しい装いで試着室から出てきた。僕は色が分からないので、服のデザインだけで判断する。
「うん、よく似合っているよ」
僕は正直に答えた。
彼女が着ているのは、襟にフリルをあしらったブラウスと膝くらいまでのスカートだ。色はブラウスが白系の明るい色、スカートは暗い色だろうか。顔立ちは清楚な彼女によく似合っている。
「ホント? ありがとう」
僕に褒められたのが嬉しかったのか、彼女は嬉しそうな顔をして試着室に戻っていった。
僕は表情が分からない訳ではない。ただ、その表情に違和感のようなよくわからない感覚を抱く。形容するならば、「仮面の表情」と言ったところだ。脳や歌舞伎で使う様々な表情をした面を見ているのと同じような感覚だ。
榊さんが試着室から戻ってこないので、失礼を承知で声をかけた。
「榊さん? 着替えが遅いようだけど、大丈夫?」
「……あら、女子の着替えにちゃちゃを入れるのは御法度よ」
その後すぐに榊さんは試着室から出てきた。
「さ、お昼にしましょう」
僕と榊さんはフードコートで昼食をとることにした。
僕はサンドイッチのファストフードを、榊さんはスパゲティをそれぞれの店から買ってきた。
「ごめんなさいね、荷物持ちにしちゃって」
「別に構わないよ。……それにしても大分買ったね」
僕らは4人掛けのテーブルに対面で座っている。空いた2席には買い物袋がいくつも乗っている。
「そういえば、最後に試着したものは買わなかったんだね」
「ん……あぁ、買おうと思ったんだけどね、財布を見たら足りなかったの」
「榊さんって、以外にもおっちょこちょいなんだね」
「あら、じゃあ君は普段私のことをどう思っていたのかしら?」
「……人を食った小悪魔」なんて口が裂けても言えない。また家に押しかけられる。
帰ったら榊さんが選んだ生活雑貨や家具を配置しないとな、とこの後の予定を軽く建てる。
『本日のご来店、誠にありがとうございます。お客様に催し物のご案内をいたします。3階、屋外フロアにて、フリーマーケットが開催されております。思わぬ掘り出し物があるかも知れません。皆さま、お時間の許す限り、本日のお買い物をお楽しみください』
どうやらイベントの案内の放送だ。ショッピングモールでフリーマーケットとは珍しい。
「君」
「やっぱり?」
「行くわよ」
「ですよね」
放送が入ってから、榊さんの表情は「行きたくてしょうがない」というようだった。
榊さんは大急ぎでスパゲティを口に掻き込んだ。ずいぶん乱暴に食べているように見えるのに、口の周りにはソースが全くついていなかった。
僕も榊さんに急かされながらサンドイッチを食べ、喉に詰まりそうになりながらも、セットで買ったコーヒーで流し込んだ。
光景的にはさながらフードファイターだろうか。
そうして、僕たちは3階に移動しフリーマーケットを見ていた。
売っているのは古着やカバン。子供向けのおもちゃやDVD、生活雑貨なども売っていた。
中には高級ブランドのバックを格安で売っている人もいる。
道の両脇にたたずむ小さな店を覗きながら、僕たちはその微妙に活気づいたミニチュア商店街を進んだ。
それまでにこやかに品物を見送ってきた榊さんが不意に足を止めた。
そこは随分と歳を召した老婆が古書を売っていた。
数百冊はあろうかという本の中で、榊さんは迷わずに一冊の本をとった。
少し開いて中をパラパラと捲っている。その手の隙間から題名が見えた。
『星の色は』
という題名だった。
その後数日間、榊さんは僕の部屋に来てはご飯を作ったり作らせたりした。そして食べた後は決まってあの本を読んでいた。
普段お喋りな榊さんが無言で一心不乱に読んでいたので、一度声をかけたけど無反応だった。
それからは榊さんが本を読んでいる時は邪魔にならないように、お風呂に入ったり家事をしたりしていて、いつの間にか榊さんが部屋にいるのが当たり前の光景になっていた。
何とも言えない気分だ。僕はあれだけ人を傷つけ、それでも彼女だけは傷つけまいとこの世界に身を置いた。
世界との関わりを断ち、一人で生きようとこの町に流れ着いた。
しかし、自分だけの世界に―身を守るように殻に閉じこもったままでは贖罪にならないと知り、僕は世界との関わりをもった。
毎日を仮面の集団の中で過ごし、心底恐怖と諦めの感情に支配されながらも、これが贖罪だと決めつけ耐えてきた。
そして今、僕は仮面の彼女と共にいる。この事実と日常にどこか諦めと似た感情を得ている。
これもまた、贖罪なのだろうか。
―僕は、なぜ、この……
だめだ。これ以上は感傷的になりすぎる。自分に酔うのは趣味じゃない。
お風呂にでも入ろう。--榊さんはまだ本を読んでいるみたいだし。
お風呂から上がると…………榊さんが僕のベットで寝ていた。
「………………僕にどうしろと?」
起きない。
「……榊さん……起きてもらえませんか?」
でも起きない。
仕方がないのでゆすることにする。
「榊さん、起きてください」
でも起きない。それどころかスース―と寝息すら聞こえる。
もしかして―ー本当に寝てる?
いつもあんな調子だから、今回も僕をからかっていると思ったけど、気持ちよさそうに寝ている。
とても幸せそうに寝ているので、このままそっとしておこう。
―ー人の寝顔を見るなんていつ振りだろうか。それどころか、ここ最近は人とー榊さんと一緒にいる時間のほうが長いような気がする。
人は普段の顔と寝顔は違うというけど、榊さんの寝顔は変わらず凛々しい。もはや神々しいともいえる。それほどまでに彼女の寝顔はそれが自然で必然であるかのように美しかった。
「……ん……んんっ!?」
じっと眺めていたら、榊さんが気づいて起きてしまった。起きてしまった。
「っ……ゲホッ…ゲホッ……な…なに!? なんで君の顔が私の目の前にあるの? そりゃあ、勝手に君のベットで寝てたのは悪かったけど……あなた、もしかして私の寝顔を見ていたの?」
「……………」
榊さんが赤い顔をして手を顔の前で振っているけれども、僕は別のことに気を取られていた。
榊さんが、仮面を被っているのだ。
ただそれだけならば驚くことはない。僕の世界では当たり前で、日常で、普通だ。
ただ、ただ……榊さんは仮面を被った。
先程までは仮面を被っていなかったのにだ。
あの必然すぎるほどに自然に美しかった寝顔は、僕の世界で不自然に見えた。




