1話
前日譚(前作)『仮面の色は』を未読の方は下記URLからそちらを先にお読みください。5000文字未満なのでそれほど時間はかかりません。
また、是非とも評価P、感想をお願いします。
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その年、この町に雪が降った。
それ自体は大したことはない。この町はある程度北にあるから、毎年雪が降る。
ただ、この年の雪は今までとは違っていた。
白く冷たいその雪は、僕が感じ取れるものを全て持っていた。
同時に、僕の世界を一色で塗り潰し、僕の世界を奪う悪魔でもある。
僕は雪が昔から好きだったけど、今はどちらとも言えない不思議な感覚を覚える。
学校から危なげに家に帰る途中に、子供達がせっせと雪だるまを作るのを見た。
みな楽しそうな表情をして作っていた。
僕はその表情を知っているし、浮かべたこともある。でも、今の僕にはとてもできない。
あの子達のように仮面を被れば別かも知れないけれど、そんなことをしたら、二重に仮面を被る事になるので、やっぱり止めようという結論に至る。
家について、ストーブのスイッチを入れようとすると、灯油が切れてる事に気づいた。
こんな雪の中で灯油を買いにいくのも憂鬱だったので、いつもより早めに食事をとって風呂に入った。
ボトルの文字と側面にある凸凹でシャンプーであることを確認しながら、僕はふと思う。
――この世界にもいい加減なれてきたな。
僕は去年まで「魔法使い」として活動していた。
ここを借りられたのも、その活動で貯めた金があるからだ。
色々なひとに色々なモノを貸し、代わりにお金をもらった。
そして、感謝をもらい、悲しみを与えた。
そんな生活をしていたが、去年のある日、ある少女との出会いで僕は魔法使いであることをやめた。
魔法が使えなくなった訳ではない。
魔法を使う理由を失ったと言った方が正解だと思う。
あの少女からこの世界を引き継ぎ、僕は色を失った。
あの少女はこの世界で10年以上生きてきたのだから、僕も10年の月日を生きるべきだろう。
いや――僕の犯してきた罪を考えれば、20年、30年生きても温いだろうか。
この世界はとても寂しく悲しい世界だから、罰になるかと思ったのだけど、
この雪の降る季節。世界で白の割合が少しだけ増えるこの季節だけは、少しだけ美しいと思えてしまう。
寂しく悲しく儚く寒いこの世界も、この季節だけは少しだけましに見えてしまう。
――ああ、これではダメだな。
やはり灯油を買いに行こう。
寝間着代わりのジャージの上からコートを羽織り、残金の確認もしないまま財布をポケットに入れ、家を出た。
灯油は近くのガソリンスタンドで買う。灯油を入れた灯油缶はかなり重くなるので、ガソリンスタンドで台車を借りる。後々返しに行くのが少し面倒ではあるが、一番効率がいいのだ。
灯油缶に灯油を入れている間、どんどん増えていくメーターの金額を表す数字を見ながら、ふと思う。
――色はなくても、熱は感じるんだな。
あの少女からこの世界を引き継いでからはじめての夏に、太陽の暑さを感じてずいぶん驚いたことだ。
自然の熱は感じても人工的な熱はどうかと思うけど、今冬初めてストーブを点けた結果、この世界で唯一の暖かさを感じた。
(因みに僕の家はIHだ)
感傷に浸っていた僕を酷い機械音が叩き起こした。
どうやら給油が終わったらしい。
メーターの数字は思ったより大きく、少しの不安と共に財布を開けたが、どうにか足りた。コンビニにさえ寄れないようなお金しか残らなかった。
さて、ここからが一番大変な作業だ。灯油で満杯になった灯油缶を台車に乗せる。
いつも苦労するのだけれど、その時は手が悴んでしまってうまくいかなかった。
手袋をしてくるべきだっただろうか。
「手伝いましょうか?」
手袋をした手が灯油缶をつかんだ。
見たことのある少女が「けっこう重いね」と笑いながら、僕と灯油缶を台車に乗せた。
「ありがとうございます。確か--榊さん、でしたっけ?」
「あたり、まだ転校して間もないのによくわかったね。もしかしてクラス全員を把握しているのかな?」
「まさか、特徴的な名前だったから覚えてただけだよ」
「そうね。漢字2文字の名前なんて学校でも私くらいなものでしょうね」
彼女の名前は『榊朱』という。
僕は今年の夏にこの街に帰ってきた。長年魔法使いとして世界を放浪していた僕は、魔法を使うことをやめて定住することにした。
そこで僕の戸籍がどこにあるのかを調べた結果、この町にあったという訳だ。
この町には僕の古い知り合いがいる。その人の計らいで僕は高校生としての身分を得た。
世界を放浪してきた僕にとって、日本の高等教育なんてものは必要ないのだけれど、僕の見かけは高校生そのものだったので、目立たないように生活するには高校生になるしかなかった。
--多分あの人からの嫌がらせでもあると思うけど。
転入初日に担任からクラスの名簿をもらった。指名が縦に羅列したなかで、窪みのようにあったのが彼女の名前だ。
榊さんの手伝いで灯油で満帆の灯油缶を台車に乗せた。
「ありがとう。助かったよ」
台車を家路につく。なぜか隣に榊さんがいる。
「私の家もこっちなのよ」
そのまま二人で雪道を歩いた。
そのまま榊は僕の隣を歩いていた。僕の住むマンションへの最後の曲がり角を過ぎても、榊さんは僕の隣を歩いていた。
――さて、マンションの前に着いてしまったわけだが。
榊さんは変わらず僕の隣を歩いている。
「あの~ 僕の家ここなんだけど」
「あら、そうなの。少し待っててね」
すると榊さんはごく自然に当然のように、マンションのロック番号を入力しロビーのドアを開けた。
「奇遇ね。私と同じマンションだなんて」
まさかとは思ったけど、そのまさかなようだ。
「確かに奇遇だね」
エレベーターの中までも一緒のようだ。
「あなたの部屋は?」
「……301だけど」
「あら、ますます奇遇ね私は302よ」
ここまでくれば僕でも分かる。これはわざとだ。
「……ホント、奇遇ですね」
ようやく榊さんと別れ、僕はガソリンスタンドに台車を返しにいった。
僕は白い道を歩きながら、転入初日のことを思い出していた。
―ー学校のクラスというのはああも気持ちの悪いものなのか。
だいたい同じような仮面をつけた生徒が、規則正しくきれいに並んでいる。それなりにゾッとする光景だった。
僕はあの少女と違い、ずいぶん長い間感情のあるという意味では普通の生活をしていた。
人の生の感情というものをよく知っている。あの少女はそもそも感情というものを知らなかったが、僕は感情を知りすぎた。その分違和感というか気持ち悪さというか、そんな気分のいいものではない感情が僕の頭の中を巡った。
台車を返し、自分の部屋に帰った。
「さて、飯でも作るか」
今日はもう食べたから、明日の朝食と弁当の準備をしなければならない。
―ー明日は何を食べようか。
冷蔵庫の中を物色し、煮込みハンバーグにすることにした。今作ってアルミホイルで包んでおけば、明日の朝の電子レンジで済む。
電子レンジは便利だ。色がわからない僕でも、時間さえ合わせれば簡単においしいものが作れる。
初めのころは普通に鍋やフライパンで作っていたのだけれど、焼き色などが分かりにくく、焦がしてしまったりまだ生だったりしたものだ。
タネを作り、それを冷蔵庫に入れた時だった。朝食についてなんとなく考えていると、
ピンポーン……と来客を告げるベルが鳴った。モニターで確認すると、お隣さん―ー榊さんが両手で鍋を抱えて体を震わせていた。恰好が明らかに部屋着なのでとても寒いのだろう。
『早く開けてくれないかしら、寒くて凍えそうなのだけれど……』
仕方ない。
「ねぇ君、もうご飯は食べたのかな?」
「残念ながらもう食べたよ。今は明日のご飯を作っているところだ」
「そう、残念だわ。せっかく一緒に夕食を食べようとポトフを作ったのに」
「ごめんね、明日の朝にたべるよ」
「キミ」
なぜか榊さんの『表情』は少し怒っているような、呆れているような、そんな顔だ。
「はい?」
「こんな美少女が夕飯を作って、なおかつ一緒に食べようと言っているのよ? ここは社交辞令抜きで喜ぶべきでしょうが!」
怒られた。
しかし――自分で美少女と言いますか。
確かに榊さんは白黒の世界でもかなり整った顔立ちをしている。形容するなら、「可憐」とか「凛としている」とかが似合いそうだ。
相変わらずどんな表情も無機質に見えてしまうのだけれど、そんな僕でも彼女はまだ「まし」に見える。
そんなことを考えていたら、榊さんの顔をまじまじと見ていたらしい。
「今更見惚れてても遅いわよ」
「あ……悪い」
「フン……まあいいわ。さ、食べましょう」
榊さんはどうしても僕と夕飯が食べたいらしい。ここで追い返すのも何かと思うので、従うことにした。
しかし、ここで一つ重大なことに気が付いた。
この部屋には食器が一セットしかない。
「榊さん、申し訳ないんだけど自分の部屋から箸を持ってきてくれないか? ここには一膳しかないんだ」
「あら、それなら大丈夫よ。箸を持ってきてくれるかしら」
何が大丈夫なんだろうか。でも榊さんには考えがあるみたいだから、ひとまず乗ろう。
榊さんの考えることだから、心配ないと言えば嘘になるけど、案がないよりはあったほうがいいに決まっている。
「それで榊さん、どうするの?」
榊さんは箸を受け取ると、テーブルの上に置いた鍋からウインナーを取り出すと、
「はい、あ~ん」
パクッ
うん。おいしい。
ポトフは作ったことがないから今度挑戦してみよう。
「おどろいたわ」
「ん?」
「何の恥かしさを露ほども見せずに、私からあ~んしてもらうなんて」
「ほら、榊さんも食べたらどうだい、箸は榊さんが持っているんだから」
でも榊さんは箸をポトフに向けるのではなく榊さん自身に向けた。
つまり箸を反対に持ち、僕に渡してきた。
「あ~ん」
榊さんが口を開けたのでジャガイモをつこっんだ。
当然熱いので榊さん中々ジャガイモを飲み込めずにいる。
涙目にもなっているので、コップに水を注いで榊さんに渡そうとしたら僕の手からコップを奪いさられた。
榊さんはすごい勢いで水とジャガイモを飲み干した。
「何するのよ! 熱いじゃない!」
「いや…どうやら食べたそうだったから」
「そこは女の子の口に入れる前に、ふぅふぅって冷ますものでしょうが!」
またもや初耳だ。なるほど、どうやらそういうのが小さな気遣いとか、ありふれた優しさとかそういう類のものなのかもしれない。
「しかもジャガイモだなんて……一番熱いじゃない」
「いや……それについては謝るよ。でもポトフの具材の中でもジャガイモって、それなりの割合で入っているし……食べないと最後にはジャガイモだらけになってしまうよ」
「はぁ……もういいわ。どうやらあなたはそういう人みたいだし」
どうやら榊さんは僕の性格を観察していたらしい。どうりで僕をからかうような、試すような言い回しが多いと感じたんだ。
「それにしても変な部屋ね」
「どうしてだい?」
「そうね……基調は白黒なのに、ところどころにいろんな色が無造作に散りばめられている感じ。正直少し不気味だわ」
「……色にはこだわりがなくてね」
そう。僕に色へのこだわりはない。何せ僕はどんな色でも白と黒にしか見えないから。それに自分の部屋に誰かを入れるなんてことは考えもしなかったし。
基本的に生活用品を買う時は、商品詳細で色を確認し、できるだけ「白」か「黒」を選んでいる。でも色は二の次だ。榊さんがこの部屋に不気味さを感じるのはそのせいだろう。
色は二の次にしているのだけれども、服は別となる。
できるだけ目立たないように生活しているのだが、服装はある程度色彩を整えないとかえって目立ってしまう。
そこで服に関しては「あの人」に任せている。半年に一度のペースで服が何着か届くのだ。
たまに「あの人」の趣味なのか、僕への嫌がらせなのか明らかに変な服が届くこともあるけど。
ポトフをお互いに食べさせあいながら話をしていると、鍋が幾分か軽くなった。榊さんに断りを入れ、残りは明日の朝食にする。
「そうだ、ねぇ君。今週末は空いているかな?」
「どうして?」
「ショッピングに行かない? この部屋をもう少しましにしましょう!」
「う~ん……考えておくよ」
「そう。それなら明日、学校で返事を待つことにするわ」
おやすみなさい、と榊さんは鼻歌を歌いながら隣の部屋に帰って行った。
「さあ! 返事を聞かせてもらうわ」
昼休み、自分の机でお弁当を広げた僕の前に榊さんの顔がある。
それどころか僕の机の半分を占領して、自分のお弁当を広げているくらいだ。
クラス1の美少女がパッとしない地味な転校生の机に押しかけ、何かの答えを迫っている。
その異様ともいえる光景にクラスメイトたちがざわざわと騒いでいる。
特に男子が。
今日とは言っていたけれど、こんなに早く来るとは思っていなかった。
そういえば朝からチラチラとこちらを見ていた。これでも大分我慢したのだろうか。
「あぁ、ごめん。まだ決めてないんだ。放課後まで待ってくれないかい?」
「…………ええ、わかったわ」
それじゃあ放課後にね、と榊さんはお弁当を静かに食べ始めた。
―ーさて
僕はこの話を受けないほうがいいだろう。へたをすると僕の秘密が彼女にばれてしまう。
しかし、その一方で断り切れるだろうかという疑念がある。
「用事がある」とか適当な嘘を言ってごまかす事はできる。でも、何故かどんな嘘をついても榊さんには通用しない気がする。
それに、「嘘」をついてまで外の世界を拒否するのは、贖罪にはならないのではないだろうか。
その後の授業はほとんど頭に入らなかった。
ピンポーン
僕の部屋の呼び鈴がなった。
この部屋を訪ねるのは、「あの人」か宅配便の配達員か。
ああ、わかっている。呼び鈴を鳴らしたのは彼女だ。
「やあ、君。準備はできてる?」
「うん。できてるよ」
今日は日曜日。僕はこれから彼女―榊朱さんと買い物に行く。
結局僕は榊さんの誘いを受ける事にした。
色々と自問自答したり思考したりとして、最後の最後に自己完結した。
簡単に、要約的に言うと「嘘はよくない」ということだ。