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前編

 前髪を切った、3cmも。

 普段は前髪を目の高さまで伸ばしていた私にとっては異例のことだ。

 小細工はしない。

 私は半年間付き合った彼と別れた。最後に彼から言われた言葉が胸に突き刺さって抜けない。

『お前、見た目可愛いのに、性格きついよな』

 余計なお世話だ。そっちが勝手に勘違いしたんだろう。

 私はシビアで口汚くて、強がっているだけの自分が好きになりたいから。


 

 大学3年、3月上旬。

 私、佐野かすみは一人で就職フェアに向かっていた。

 会場は港のイベント会場なため、電車を降りてから海風が吹き荒れている。

 海風が真新しい就活用のリクルートスーツの上に着込んだコートの上からも入り込んでくる。ああ、シャツの上にホッカイロを貼ってきてよかった。そう内心ほくそ笑んでいると、同じ目的地に向かう就活生の女子達の話し声が聞こえた。

「緊張するね」

「私もはじめての就活だから、内心ビクビクだよ」

 みんな同じ気持ちでいるのに、少しだけ安心する自分がいた。

 ただ、それは一瞬だった。

「それよりさ、バレタインどうだったの? 彼、手作りチョコ喜んでもらった?」

「あっ、うん。由美から教えてもらったレシピで彼、おいしい、って食べてくれた」

「それは何より」

「えへへ。彼から、お嫁さんにするならこんなおいしい料理ができる薫とがいいな、って言われちゃった」

「そうかい、そうかい。こりゃ、先に永久就職が決まっちゃうね」

「もうやめてよ~」

 ああ。

 こいつら死なないかな。

 就活女子たちがキャイキャイ騒いでいるのを見ながら、私の心は冷え切っていた。

 しばらく歩き、目的地にたどり着く。私は早々にエントリーシートに必要事項を記入し、目当ての企業ブースに移動する。

 簡易パーテーションで仕切られた中にはパイプ椅子が並べられて、席はほとんど埋まっていた。ぎりぎり空いていた席に腰掛けて、メモ帳を取り出すとスーツを着た中年の担当者が現れた。

 会場に少し緊張の糸が張りつめられる。

「では、これから説明会を始めます」

 担当者が話す会社概要などを必死でメモを取り、質問の時間がある時は挙手をして自分の疑問をぶつけた。

 あっという間に説明会が終わり、私は事前にメモしていた企業をタイムスケジュール通りに見て回った。

 気がつくと、夕方の時間を回り就活生が帰る姿も多くなった。めぼしい企業を見て回った私は達成感と疲労で少々足が重い。

 私も帰るか。

 そう思って、出入り口に向かう途中で一番はじめに見た企業の担当者と就活女子2人が話をしているのを見つけた。

 確かあの就活生は、来る前に見かけた……。

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそフレッシュなお二人のような方がうちの会社に興味を持ってくれて嬉しいです」

「私達も高橋さんみたいな優しい方がいる会社なら是非、働いてみたいです」

「ありがたい言葉です。またお待ちしています」

「はい!」

 はきはき笑顔で応える二人に私は少しだけ気後れを感じた。あんな風に振る舞えたら私も、人に好感が持たれるのかな。

 私は今まで人とぶつかり合うことが多くて、はじめから好感を持たれることはほとんどなかった。あんな風に振る舞えば余計な摩擦は生まれないのにな。

 ため息をつきながら、私は会場を出ると一際強い突風が私の身体を貫いた。私はバランスを保つだけで精一杯だった。



 蝉がうるさく鳴き出す8月、私は化粧品会社の就職試験で面接を受けていた。緊張しながらもはじめての面接試験に準備万端の体制で取り組んだ、はずだった……。

「……失礼します」

 私は面接を終えて、面接官がいるドアをそっと締めて、すぐさまトイレに駆け出す。

 個室に入ると、堪えていた涙があふれ出した。

 先ほどの面接は散々だった。面接官からの言葉が頭の中で何度もリフレインする。

『お客様から購入した化粧品が思っていた効用がなかったと苦情が入りました。あなたはどのように対応しますか?』

『お客様に真摯に謝罪し、効用は個人差がある旨を伝えます』

『そうですか、それでもお客様が納得されなかったら?』

『一度、上司に相談します』

『上司が外出していなかったら、どうします?』

『それは……』

『お客様は怒っていらっしゃいます。他に誰も頼る人がいない。その時、あなたはどう対応しますか?』

 私は……、私は答えることができなかった。

『そうですか、答えは簡単です。お客様の話を何時間でも聞き、真摯に受け止める。あなたの面接の回答は的確ですが、あなた自身の言葉というよりも教科書通りの言葉ばかりでした。仕事では予想外のことが頻繁に起きます。それを切り抜けるのは機転と根気です。あなたには何時間も他人の苦情を聞き、それに耐えられる気持ちがありますか?』

 私は答えられなかった。

『結構です、面接はこれで終わります』

 私は立ち上がり、頭を下げた。

『ありがとうございました』

 握った拳の手のひらに痛いほど爪が突き刺さった。 



 彼女と再会したのは、10月の雨が静かに降る書店の中だった。私ははじめに受けた面接の後遺症か、一次試験が通っても二次試験の面接で落ちることが続いていた。

 気分転換に大きめの書店に来たものの結局足は就活のコーナーに向かう。そこに見覚えのある小柄な女の子を見つけた。確かあの子は、就活フェアで、彼氏にチョコを作って永久就職を約束されていた子だったな。ちなみに私は彼氏いない歴を順調に更新中だ。

 彼女は険しい表情で色々な参考書を手に取りながら、ペラペラめくってすぐ別の参考書を手に取ることを繰り返していた。

「その本、買うの?」

「ひっ!?」

 いつまでもウロウロしていた彼女にとうとう私が話しかけた。彼女はこちらに全く気がついていなかったため、驚きの声を上げてこちらに振り返る。そして、首を傾げた。

「えっと、どちら様でしたか?」

「私? 私は佐野かすみ」

「佐野、さん……?」

 彼女は頭を悩ませているのか、眉毛をハの字にしている。

「えっと、佐野さんですか。すみません、私どこでお会いしたか覚えていなくて」

 気の毒なくらい困っている表情を見て私は少し笑った。彼女が更に困った顔になり、あの、と訊ねてくる。

「ごめんね、私達初対面だったからさ。そんなに必死で思いだそうとしているのを見て可笑しくなっちゃって」

「うっ、初対面なんですね……」

 彼女が肩を落とし、無駄に疲れた顔をしている。

「そんなに落ち込まないで。それで、その本は買うの?」

「えっと、その、どうしようかと悩んでいまして」

 彼女はまた困った顔をする。

「私、就活全然うまくいかなくて、気分転換に本屋に来たんですが、就活が頭から離れずに気がつけば就活コーナーに……」

 疲れているのか暗い顔の彼女に同じ悩みを持ったシンパシーを感じて、私は自分でも自然に声をかけていた。

「私も同じ」

「えっ」

 驚く彼女に笑いかける。

「よかったら、お茶しない?」

 随分と軟派な声かけだったが、彼女は戸惑いながらも頷いた。



 それから私達は数時間にかけてお互いの近況を話し合った。彼女、山田薫も就活試験は全戦全敗。筆記試験で落ち続けていた。友達は早々に内定をもらい、現在は話しづらく疎遠になっているということだった。

「お互い、お祈り通知ばかりなのね」

「そうです。もう祈られるのは嫌です」

 ふてくされたような薫の表情に私は笑う。

「私の何がいけないんでしょう」

「学力が足りないんじゃない」

「うっ、それはその通り……」

 彼女が頭を抱える。私はそれを見て笑う。

「一次試験の対策なら、私が手伝ってあげようか?」

「えっ」

 彼女が頭を上げて、驚きと期待に満ちた瞳を向ける。

「い、いいんですか?」

「その代わり、あなたは私の面接の練習に付き合ってよ」

「えっ、私なんかでいいんですか?」

「いいのよ。他に頼める人もいないしね」

 私は少し気恥ずかしくなって視線を逸らす。

「かすみさんって友達少ないんですね」

「あんた、ケンカ売ってんの?」

 すみません、と薫が嬉しそうに笑うのを見て、私も頬が緩むのを感じた。久しぶりになんだかほっと安心したような気がしていた。


 それから私達の就活は更に忙しくなった。彼女とカフェで待ち合わせして勉強をした。彼女はよく大学が通ったような学力だったので、一般教養を教えるのに一苦労した。

 簡単な小テストを終えて、採点を待っていた薫が訊ねてくる。

「どうですか、かすみさん」

「うん、もっとがんばりましょう」

「うぅ……」

 彼女が机に突っ伏す。

「それよりも薫は私の面接の質疑応答表見てくれた」

「見ましたよ。でも、かすみさん。横文字多すぎて何が言いたいか分かりません」

「どういうことよ」

「やたら『コンプライアンス』って言葉使っていますけど、それを大事に思うことのエピソードとかないですし。学生時代の成功経験に『成績は主席』というのは少々嫌味かと」

「事実でしょう」

「いや、そうなんですけど……。なんだか意識高い系の頭でっかちの人というイメージになるんですが」

「うっ」

 言い返せない。

「アンタだって、この履歴書の写真直しなさいよ。写真のサイズが少し小さいわよ」

 彼女の履歴書の写真を指を指す。証明写真が少し枠のサイズよりも小さい。

「少しぐらいいいじゃないですか。証明写真の写真って高いんですから撮り直すの嫌なんですよ」

「あんた、無人の証明写真機使っているの!? 写真屋で撮れば綺麗に撮ってもらえるし、ネガが残っているから追加で発注できるし、写真のサイズごとに出してもらえるんだから、そこで撮ってきなさいよ」

「えっ、私、写真屋で撮ってもらうのってなんだか、恥ずかしいです……」

 急に顔を赤らめる彼女を無視して、私は携帯を取り出して電話を掛ける。

「はい、一名。明日、予約で」

「えっ、どこに電話しているんです?」

「写真屋」

「えっ!」

「明日アンタ講義もないし暇しているんでしょう。私が使っている写真屋紹介するから。というかもう予約取ったから」

「えっ、心の準備が……」

「黙りなさい」

 そんなやり取りを繰り返しながら、私達の就活は忙しくも充実しているものになっていった。あんな不安で仕方がなかったのに、今はなんだか苦しくなかった。

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