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貴女は僕の『最愛』でした。

作者: 茶框

今年、茶框は無事卒業しました。

その際思い付いた話なので、生暖かい目で読んでくれたら幸いです。

あとリハビリも兼ねて書きました。

***


 「春」「夏」「秋」「冬」――――そして「春」。

高校最後の春、僕は漫研の部室で不思議な貴女に出逢った。

 これはそんな貴女に恋をした道程(みちのり) (あかり)が体験し、1年ちょっと卒業するまで僕の話。



 貴女は覚えていますか。

 僕と出逢ったあの花粉まみれの酷い日のことを。




「春」


 貴女との出会いは、先輩が卒業し、僕がとうとう最終学年になった日だった。元々先輩がいたから人数が足りていた漫研部は、今ではすっかり人の気配をなくした。なので幽霊部員を除いて部員は僕1人になってしまった。

 その日は先輩が置いていった漫画やら画集やらを整理しようと部室にいくと、部室には見知らぬ女子がいた。


「あれ、新入生…にしてはまだ入学式してないから違うか。ということは…新入部員かな?」


 扉の前で僕は彼女に聞いた。髪は短く少し僕より背が高いだろう彼女は、ぱちぱちと真っ黒な瞳を強調するように瞬きし、それからニコリと笑った。


「い゛やぁ、ごごがら見えるざぐらがギレイで」

「……………え、なんて?」



 それが貴女との出会いだった。

 貴女は重度の花粉症で、特に花全般の花粉がダメで、目は怖いぐらい充血し凄くダミ声。なのにマスクは嫌いで着けない、目薬はうまく差せないから嫌い。

 今思うと貴女はとんだ我が儘な人だった。


 でも歳は一緒らしく僕達はすぐ仲良くなった。花粉症が酷い癖によくティッシュを忘れる君のせいで、僕は箱ティッシュを持ち歩くようになったよ。

箱ティッシュだけじゃなく、僕はいつでもゴミが捨てれるようにごみ袋まで持ち歩いた。


「ぃづか、桜が満開にざいた下でバナミがじだい」

「バナミ?………あ、花見か」


 こうして高校最後の僕の春。箱ティッシュとごみ袋を装備してクラスメイトに「…花粉症、つらいよな」と同情されて新学期を迎えた。

 解せぬ。



「夏」


 春に比べ花粉が収まったかと思いきや、案外そうでもなかったね。

貴女の花粉症を僕は甘く見ていたよ。まさか…鼻水が出過ぎて呼吸困難になるなんて。僕はその日から市販の点媚薬を常備するようになってしまった。

 どうしてくれる。クラスメイトには「その薬よりアカマルの方が効くぜ!」なんて笑顔で言われた僕のどうしようもない気持ち!

「…あ、うん、あ、ありがとう」としか返せなかった僕の気持ちが!今じゃ教室内で「道程 灯は重度の花粉症。」という勘違いの連鎖状態。


 貴女にそれを話したら笑いながら「たのじそー!」と鼻をかんでいた。もちろん、僕が持ち歩いているティッシュで。

 くそ鼻セレブから百均のティッシュに変えてやる。


 こうして高校最後の夏は、鼻セレブから百均のティッシュへと姿が変わった。あとでクラスメイトが僕の鼻を心配してか、鼻セレブを一箱くれた。

 ありがたい、だが解せぬ。



「秋」


 豚草の季節がやって来ました。ブタクサってなに?ブヒブヒ鳴る草ななのかなぁ、真っ黒に焦げたパンを頬張りつつ見ていたニュースで流れた日。クラスメイトが防護メガネをくれた。


「……え、つけてろ?いや高かったろうし悪いよ」


 そう言って断ればクラスメイトは「大丈夫!サバイバル用の安いのだ!」と笑顔で言った。清々しいくらいの笑顔に、「花粉だらけの戦地に行けってか」心底そう思ったが彼なりの心遣いなんだろう。

 霞む目頭を押さえて受け取ったよ。


 その話をすれば貴女はまた鼻をかみながら笑っていた。今思えば、貴女はよく笑う人だった。最近鼻をかみすぎて鼻の皮が剥がれる、と文句を口にしていた。残念なことに僕は花粉症ではないのでその気持ちはわからない。


 素直に答えただけなのに、次の日 貴女は口を聞いてくれなくなった。

どうやら機嫌を損ねたらしい。僕も腹がたったので漫研の部室に箱ティッシュを投げ捨てその場を去った。

 クラスメイトが箱ティッシュを持ち歩いていない僕を見て、保健室にティッシュを貰いにダッシュしていた。



 こうして僕の高校最後の秋。貴女と仲違いをしたままムズがる鼻すら気のせいにして、悶々と過ぎ去っていった。

 最近くしゃみが止まらない、解せぬ。



「冬」


 とうとう冬がやって来た。世間の花粉も収まり僕のくしゃみも収まった。

 あれから僕は漫研の部室に顔を出していない。鼻水だばだば、充血した目でダミ声の彼女はどうしているだろう。


 僕は以前聞いた彼女の名前とクラスを便りに、その教室に向かった。



「――…え?」


 3-4と書かれた標札のある教室で、僕は信じられないことを知る。



「春日 茜って子、うちのクラスにはいないよ?」



 ―――春日茜、それは出逢った最初に自己紹介した際 彼女が名乗った名前だ。クラスもちゃんと言っていた。なのに彼女はいない。

 僕はクラスを聞き間違ったのかな、勝手に結論付けて残りのクラスへ足を運ぶ。 だが一様にして、「春日なんて子はいない」の一言だった。

いやいや…、おかしいでしょ。なんでいないんだよ。

 いる筈なのにいない。どうして、なんで?ぐるぐる回る思考をなんとか押さえ、僕は藁にもすがる思いで3-4の担任の先生に質問したのだ。



「先生っ、かす、春日茜さんってこの教室にいませんかっ!?」

「おわっ!道程、いきなりどうした!かすがぁ…?先生のクラスにはいないぞ。それよりお前大丈夫か?凄い鼻声だなぁ」

「……うそだろ」



 高校最後の冬。僕は知りたくもなかった真実を知って、年を越した。



「春」


 2度目の春が来た。卒業と花粉がもっともつらい季節だ。

ここ数日 僕のくしゃみが止まらないどころか、日に日に酷くなってきている。

 彼女とは会っていない。本当のことを言えば会えていない。


 漫研の部室に足を運んでも彼女はそこにはいない。今さらだが、僕は彼女のことを知らない。名前しか彼女を知らなかった。

 あの冬、彼女が3-4にいないことましてや学年の名簿にもいなかったことを知った。だから僕なりに調べてみた。


 するとどうだろう。僕は見つけたのだ。見つけてしまった。



 学校図書にある、何年も前の卒業アルバムの中に『春日 茜』の文字があったのを。



「……春日さん」

「びさじぶり、道程ぐん」


 彼女と再会したのは卒業式の5日前。桜はまだ蕾すらない2月末。

葉すらない桜の木が見える漫研の部室で、僕達はまた出逢った。

 久しぶりに会った彼女は、相変わらず目は真っ赤に充血してダミ声で、鼻をずるずる啜っていた。


 僕の知っている彼女が目の前にいる。それだけで胸が熱くなり締め付けられる感覚がある。


「…もうすぐ卒業だね」


 窓の近くから動こうとしない彼女に自分から近づく。彼女の手にはあの秋の日、苛ついた僕が投げた百均の箱ティッシュ。


「まだ…、中身あるんだ」

「う゛ん。冬はそんなに鼻水出なかったがら!っぶえぐっっじゅおん!!」

「……くしゃみするなら手でガードしてよ…」

「ずずずるっ!ぶあーっ、ごべんごべん。これもぞれも杉のぜいだ!」


彼女が喋る解読難解な言葉のやり取りが懐かしく、聞き取りづらいのにとても心地好く感じた。

僕の目の前で笑いながら、ズゾゾゾと勇ましい音を発て鼻をかむ彼女。それが僕の知っている唯一の彼女の姿。目を赤くしてダミ声が標準装備な彼女。知りたくないなら知らなくてもいい。

世の中知らなくてもいい事がある。でも……僕は。僕は、



「かすがさん、は、」

「なにー?」


 僕は、知らなくてもいいことを知りたくて。音を紡ぐ。


「――――――――――春日さんは、成仏したいの?」


彼女は既に死んでいて、本来なら僕とは会うことすらなかったこと。彼女がこの世に未練を残しているだろうことを。

その未練がだいたい分かっている僕は、目を見開いた彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。


「アハハー。道程ぐんってば……わかってでそんなごと聞くんだ」

「……ごめん。」


僕はカーテンが束ねられた窓の前。

彼女は箱ティッシュを小脇に抱え無造作にある机の近く。

お互い近いのに何故か遠く感じる距離で、彼女は花粉症ではない理由で泣きそうになっている。


彼女が成仏出来ない理由。それは初めて出逢った春の日に、いったあの一言。



『ぃづか、桜が満開にざいた下でバナミがじだい』



彼女は―――――春日さんはそれはそれは重度な花粉症だ。

実のところ春日さんは美人だと思う。美人で、正直漫研の部室で初めて後ろ姿見た日なんか「あ、これ出会いの春きた」……なんて雷が落ちた。落ちたよ…ピッシャーーン!って落ちたけどさ…。

声は酒を呑みすぎた次の日のおっさんなダミ声で、綺麗な顔をしてるのにそれすら隠す充血しきった両目。とどめに流水の如く止めどなく溢れる鼻水。

美人、正確には美人の幽霊すらも悲惨な目に合わせる花粉症。このような症状の中?満開の桜の下で?花見?……出来るわけがない!


「道程くん、覚えでる?前に満開のザクラのしたで花見がじだいっていったこと」

「覚えてるよ。あれは一瞬なんて言ったのか分からなかったよ」

「私ね。なんで死んだかはじらないんだ。だげどね、桜を見たがったことだけどうしでも頭から離れなぐて……」

「うん、だからね春日さん。空気読めなくてごめん、」

「…え、みちのりく、」



――――――――――ジャッッッッ!!!



彼女が息を飲む。彼女は僕を見て、それから僕の後ろを見た。

昼の高く明るい太陽が部室を照らす。めいいっぱい広げた黄色っぽいカーテンは白く見える。白く見えるカーテンに薄ピンクに黄緑色の模様が浮かぶ。

これでも漫研部の端くれ。絵が描けなくてどうする。


そんな僕が描いたのは、カーテンいっぱいの桜の絵。

これは真実を知ったあの冬の日から時間を作っては、描いていた。


彼女――春日さんが見たがっていた満開の桜の絵。



「いまから僕と、一足先にお花見しない?」


――――桜餅はないけど三色団子とかならあるよ。

そう笑えば、春日さんは口をパクパクとさせ、決壊したようにボロボロと泣いて、鼻水を両穴から垂れ流して立っていた。

いろんな意味で大号泣しだした春日さんに焦っていると、聞きなれたダミ声の返事が返ってきた。


「ょろ、よろじぐ、お願じまずぅぅうううう!!!」




結論から言うと、春日さんは無事成仏した。…いや、したらしい。

なんで「したらしい」、かというと春日さんが成仏した瞬間を僕が見ていないからだ。

1度トイレに行くため部室を出たのが最後、帰ってきた僕が見たのは待っていた筈の彼女はいなくて、ピンクの花弁が僕が持ってきたレジャーシートをひらひらとゆっくり覆い隠している場面だった。


彼女が座っていた場所にはひっそり、あの百均の箱ティッシュ。

カーテンに描いた桜は、緑が特徴な葉桜の絵に変わっていた。


あの日、確かに僕は春日さんとカーテンの絵だったけど、お花見をした。彼女が好きそうな団子に、お花見っぽい感じのケーキ。いろいろ用意していたし、ちゃんと食べた。

食べ物も食べるし、物も触れる春日さんが未だに幽霊だなんて信じれなかった。


彼女は幸せそうに笑っていた。楽しそうに、笑っていた。

だから別にそれでもいいか。これで成仏してくれたら嬉しいとか思っていた。


でも実際彼女が成仏したんだと直感で解ったとき、″良かった″って思う以上に″寂しい″って感じてしまった。

その時になって僕は初めてこの気持ちに気付いた。いまさら過ぎて涙は出なかったけど、鼻水が止まらなかった。


叶ったのならば、せめて別れの時を一緒に過ごしたかった。



「―――――道程ー、そろそろ体育館前に集合だぞー!」

「うん、いま行く」



今日、貴女が卒業した学舎を、僕が卒業する。

この1年とちょっと、僕にとっても、とても不思議な日々の毎日だった。


春に忘れられないインパクトのある出逢いをした。そのせいでクラスメイトにあらぬ誤解を招いた。

夏に花粉症の怖さを知った。相変わらずマイペースだった貴女に苛っとして鼻セレブから百均のティッシュに変えてやった。

秋に豚草が襲ってきた。なぜか僕にまでくしゃみが移ってしまい大変だった。そんななか貴女とちっぽけなことで喧嘩をしてしまった。

冬に知りたくもない真実を知ってしまった。それでも貴女に逢いたくて、話がしたくて、僕は願掛けのようにカーテンに桜を描き始めた。


春、貴女と出逢い、そして別れの季節になった。不恰好だったカーテンの桜を見て、貴女は泣いて喜んでくれた。


あの5日前のお花見、まだ続きがあるんです。あのカーテン、学校の備品で先生にばれて怒られました。

また卒業する生徒がした可愛らしいイタズラだと、先生は目を瞑ってくれた。代わりにあのカーテン、今は僕の部屋で使っている。長すぎて邪魔だけど、今はまだああしておきたい。

あと、あの大量の花弁は、僕が花弁を確認するために拾った数枚を除いて全部消えてしまったから驚いた。



卒業式が始まる。思い出があるこの学舎から、僕は、僕たちは一歩足を踏み出す。

卒業式が終わったこの足で、僕はあの誰もいない部室に向かうだろう。

そうして、この胸のうちにある想いを吐くのだ。





『――――――――拝啓 春日茜さん。


鼻がムズがる今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。

貴女が1人勝手に成仏するものだから、あの日僕1人先生に怒られたんですよ?酷いじゃないですか。

あれから5日が経ちましたが、まだ桜は咲きません。

その代わり、今年の杉花粉は去年の5倍観測したようです。貴女がまだこちらにいたら、きっと今頃、咽び泣いていたでしょう。


いろいろと文句が言いたいとこですが、絶対長くなるのでこれぐらいにしておきます。

でも、これだけは伝えさせてください。


僕は貴女と出逢えて、とても嬉しかったです。

いつも酒を呑みすぎたおっさんみたいなダミ声で、両目が引くぐらい充血してても、勇ましすぎる鼻水をかむ音も、全部ひっくるめて貴女が好きです。好きでした。


あの日、貴女は確かに僕の目の前に存在し、同じときを過ごせたことが僕にとって幸せでした。


春日さん。この高校生活にとって、貴女と出逢ったことが、貴女と過ごしたこの1年――――――――――――――貴女は僕の『最愛』でした。


敬具 道程灯 』





春がきた。貴女が好きで嫌う春がきた。

暖かい風が開け放たれた窓から吹く。僕たちの門出を祝うみたいに優しい風が。


「―――――道程灯」

「ぶえっくょいっっ」


ふと、鼻が異様に痒くなり、我慢ならず僕は盛大なくしゃみをした。会場はなんとも言えない空気。

………………しまった、いま僕の名前が呼ばれや、


「…………みちのり、あかり」

「ぶぇ、ぐじっ、は、はいっ!」



隣に座っていたクラスメイトが、生暖かい視線と共にそっと鼻セレブをくれた。

教頭先生が、開け放っていた窓をそっと閉めた。


……………クラスメイト全員から感じる生暖かい感じ。先生も卒業式だからマスクは出来ないしなぁ云々と囁いている。



「…………解せぬ」



その年、僕は花粉症だと診断された。嘘だろ……本気で解せぬ!



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[一言] 点鼻薬の字が違ってますよ。
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