エピローグ
「沙美、明日は?」
「う~ん……、寝てる」
寝る前には、必ず明日の確認が入る。そんな、変わらない日常が戻ってきた。いつものように風呂上りの髪をバスタオルで拭きながら、母さんに返事をして自分の部屋に戻る。
明日は土曜日。約束も何も無い。だいたい、こんな腫れぼったい目じゃ、どこへも行けないし、これが明日直る予定もない。
あたしが最後に見た人。ナディーヌ。ぼやける視界の中のナディーヌは、必死になって笑おうとして失敗していた。涙がぼろぼろ零れていた。
「もう……会えないん、だよ、ね…」
生きているけど、会えない。あの世界には行けるけど、その時代にナディーヌは居ない。生きていない。
「お姫様、冷静に…見れるか………ん?」
自分の机の上に、装丁がしっかりした本の山。1、2、3、4、5冊の見知らぬ本。
間違いなく、あっちの世界のもの。
「あ~、おっさん達に心配かけちゃったんだ」
小説好きのあたしの為に、元気になれるよう届けてくれたんだろう。
無意識に一番上の本を手に取り、ベッドに転がり込んだ。
「っ…?!!」
題名は「私の友達サミへ」。
慌てて起き上がり、ページをめくった。
『この日記は、私の最初のお友達、サミ貴方への手紙です。
これは、私が死んだ後、長様達に預かってもらいます。
そうすれば、いつか貴方に渡せると、貴方がこれを読んでくれると聞きました。
日記と書いてありますが、私の毎日を書いても貴方に呆れられてしまいますから、何か素敵な事があったら、ここに書こうと思います。
サミ、貴方は、元気かしら?
私を覚えているかしら?
貴方の毎日が幸せである事を、異世界から祈っています ナディーヌ』
目の前がぼやけて読みづらい。
涙が、ぼたぼた落ちてくる。
喉がヒリヒリする。
そんな事を一切無視して、とにかく急いで目を通そうと、物凄い斜め読みを始めた。
所々に挿まれた、家族の絵姿。
子供達に囲まれ、王様と一緒に笑っているナディーヌ。
「絵師さん……ナディーヌの綺麗さ…描き、きって……ない、ヨ…」
日記には、こんな小さな絵を描くのは不本意だったらしい絵師に、我侭を言ったと書いてあった。
その絵のナディーヌをそおっと触る。
「子供…3人、だったんだ、ね」
男の子一人に、女の子二人。
きっと王様は、目に入れても痛くないどころか、最高に幸せだぞっていう状態だったに違いない。だって、女の子の二人とも、ナディーヌにそっくりだ。
「男の、子は、御父さん、似、…っ?!!」
『サミ、聞こえるか?』
頭の中に、少し前に聞いた声が反響する。
部屋を一通り見た。誰も居ない。
『サァミ、元気~?』
「エテ…さん?プランタンさん?」
『サミさん、声だけですが300年ぶりですね』
『え~、この間影から見ていたよね~?』
『あの時は、挨拶をする訳にいきませんでしたからね』
イヴェールさんの優しい声。
『通じておるようじゃな。凄いのぉ強大な魔法使い』
変わらないオトンヌさんの声。
『その肩書き、止めて下さいって言ったじゃないですか。私は、ローランですっ!
サミさん、声は、はっきり聞こえていますか?』
『お嬢ちゃぁん、俺の声はどうだぁ?』
『サミ、泣いてるだろ?』
おっさん達。
「ローラン、ちゃんと聞こえてる。
ファビさん、傍に居るのと変わらない感じだヨ。
ディックさん……っ、だって日記が……」
『それが、ナディーヌとの最後の約束じゃ。しかと届けたぞ』
「………会いたい、の、にっ…」
ぼたぼたと、手に落ちてくるものが止まらない。
『ナディーヌは、見事に生き抜いたぞ。次は、お主じゃな』
涙、止まった。速攻止まった。
えっと、そりゃぁ、あのナディーヌ。間違いなく見事に生きたに違いないヨ!胸はって思えるヨ!
んでもね、でもね、何ですか?この一般小市民に、洒落にならないドでかい壁?あたし、ナディーヌの次っ?!比較対象にならないじゃん!!
『楽しみじゃのぉ』
う"っ……。
『あれから、ナディーヌは一度も泣かなかったぞ。最後に笑えなかったのが唯一の後悔だったと、いつも苦笑していたからな』
そうだ、あたしも笑えなかった。きっとナディーヌに、心配をかけてしまった。二度と会えないのに…。
『サミさん、ナディーヌには何人もの友達が出来ましたが、それでも日記を書く事が、一番の楽しみだと言われてましたよ』
ナディーヌ……。
「せ、誠意努力致しますです……ので、あの……広ぉ~いお心と、長ぁ~~い目で、ぜひぜひ見守ってやって下さいっ!」
前回の旅で発生した宿題が、今だ全部クリアされていないのに、どんどん宿題が溜まっていく。必死になって頑張らないと……間違いなく終わらない。終わらないのに、追加分増殖中。
でも、あたし、ナディーヌの友達だから。努力をしない訳には、いかない。
「あの、日記、ありがとうございました!」
手の中にある日記は、保護している魔法書と違い、どうやって保存したのか不明な新しさ。
頭の中で、長さん達の笑い声が響く。ほんの数時間前に聞いていた声。でも、時は300年経っている。
『ねぇ、ねぇ、サァミ、いつ、こっちへ来るの?』
「あー、それは、強大な魔法使い殿次第なんですけど」
『強大な魔法使いぃ~僕、早く会いたいな』
『サミさんまでっ……ローランでお願いします!
それで、召還ですが、サミさんのご都合がありますから……いつとは……』
『だってぇ~サミは、ローラン次第って言ってたよ』
おっさん達とプランタンさんの会話が続く。
おっさん達は、お城でのあたしの立場や、都合を妖精さん達に説明している。
その言葉を聞きながら、鼻をかんで涙をごしごし拭いた。
「あの~この魔法って、ディックさんがやっちゃダメだって言ってたヤツだよねぇ?」
異世界のあたしと会話する為に、あたしの魔法を肩代わりするとか言っていた。しかも、ファビさんやディックさんも会話に加わっている事を考えると、三人分加算されている。
『強大な魔法使い殿が帰ってきた時に、ギュスターヴが書いた「異世界と会話する方法」という開発途中の術書をお渡ししました。
ギュスターヴから、渡してくれと頼まれていたものです』
なるほど~、興味持っていた術をそのままにしとかない、ギュスターヴさんの研究熱心な所を思い出す。
「あれ?研究書って、完成していなかったの?」
『帰ったばかりの私に、長様方々は本を押し付けて直ぐに完成しろと、脅……いえ、お願いされまして……』
あぁ、長さん達、脅したんだね。間違いなく脅したんだね~。
「それで、ローランの術力っていうのか、それ、大丈夫?肩代わりするって言っていたよね?」
『はい、大丈夫です』
『流石、強大な魔法使いだ。ギュスターヴが必死になって実現しようとしてたのに、全然発動したなかったんだぞ。この術を実現するには、相当な術力が必要みたいだな』
エテさんが、しみじみ言う。
「……ローラン、凄いね。
んでも、ギュスターヴさん、何で必死になっていたんだろう?」
『お主と、ナディーヌを会話させる為じゃ。わらわ達が手伝おうにも、なぜか異世界に力を飛ばせなくての。どうしようも無かったのが、悔しかったのぉ』
ギュスターヴさん、ありがとう、ありがとう。一緒に努力してくれた、長様達もありがとう!
「ローラン、あのさ何日もそっちへ行くんじゃなくて、たまに一時間ぐらい、そっちへ行くのってのは難しい?」
直接お礼が言いたい。もう、ギュスターヴさんには無理だけど、長さん達には、本の分も合わせてお礼を言わなくちゃいけないヨ!
『………そうですね。その方が隠しやすい』
あー、あたしって、あの腹黒王様から今だ隠れなきゃいけない存在でした。
「その時に、色んなお話を聞かせて!ファビさんが、お話してくれるって言ってた御伽噺とか、ローランや、ディックさんの小さい頃のお話とか、300年前のお話とか……少しづつ、聞かせて欲しいな」
お礼と合わせて、宿題もクリアしなくちゃいけない。
そう、会う機会があれば安心する。おっさん達は、間違いなく生きているって思える。日記を読んでいて、おっさん達の存在までもが不安定に感じた。そんな事は無いって実感したい。そして、300年前は過去だって、ちゃんと心も理解しなくちゃいけない。
まだまだ、ナディーヌみたいに頑張れないから、少しおっさん達や長様達から力を借りる。情けないけど……それから、レベルアップを図ろうと……うん、頑張るヨ!
まずは、お話を聞いて涙が出なくなる事が先決だ!
「あたしの時計、まだ動いているよね?今何時?」
『7時34分だ』
ディックさんのそっけない声。凄い、一回だけさらっと読み方を言っただけなのに、ちゃんと覚えている。んでも、時間合わせてないから、ずれまくりだ。
「なら、明日の……6時ぐらい…いいかな?」
それで、今の一時間ぐらい前、9時頃になる。
『分かりました。楽しみにしていますね』
ローランさんが、嬉しそうに言ってくれる。あたしも、凄く嬉しい!
『おやすみだな』
ディックさんの声もだ。
「うん、また明日!おやすみ」
頭の中で、みんなの声が、ばらばらにおやすみの挨拶を伝えてくる。そして、プツリと音が消えた。
明日は大変だ。
9時までに、宿題も寝る支度も全部終わらせなくちゃいけない。
あ、そうだ人形!オトンヌさんに見せなくちゃって、あれ…高そうだよねぇ?自分が頭に思い描いた人形は豪奢な衣装を着ていたし、大きさも結構あった…あれ、あたしの小遣いじゃ買えないぞ。
ごめんなさいオトンヌさん、Webから印刷したのを見せて、我慢してもらおう。そうか、あの世界なら、誰か見たままに作れる人が居そうだ。お願いしよう…って、それもお金がかかるじゃん。やっぱり、印刷したので我慢してもらおう。
最後に偽装工作。部屋にあたしが居なくても分からないようね。うん、抱き枕に、あたしの代わりをしてもらおう。
手から零れ落ちた日記を拾う。
また、泣きそうになるのを必死になって我慢する。
ベッドの端にある本棚に、一つ一つ入れる。
これは、あたしの宝物。ちゃんと、ゆっくり、一頁づつ読む。
目の前が、霞んでいく。修行、足りなさすぎ。長さん達に笑われないよう、楽しい事だけを思い出すんだ!
部屋の明かりを消した。
今日も楽しかった。
きっと明日も楽しいに決まってる。
おやすみなさい…みんな。
これで、サミちゃんの、300年前のお話は、終わりです。
そして、サミちゃん一人称の話も終わりです。
寝物語の先の話が、どうしても、サミちゃんが主役じゃないもんで…かといって、一人称にもしずらい内容なものですから、寝物語で三人称神視点のお話に、この話を馴染ませようかと……f('';)コソクダ…。
んでも、これからもサミちゃんは、ギュールズ(覚えてます?この異世界の国の名前…)に関わっていきます。
次回は、寝物語。
色々な人の小話です。