未来の為の過去のお仕事
「まずは、やらなきゃいけねぇ事を伝えるのが先だろ?」
ファビさんはテーブルに肘を突きながら、ギュスターヴさんを指差す。
新しい飲み物が全員の前に置かれ、さてどうしたものかとあまり先に進まない会話の最中。
「私は、何をするのでしょうか?」
「色々、沢山な~」
ファビさんの言葉に、ギュスターヴさんは目を瞬かせてあたし達を見る。
「まずは、あの教本を速攻で書き上げろ」
「その後に、サミさんを召還した方法を書いてもらいます」
「それから、俺達宛ての本だな」
ディックさんとローランさんが、ヤレとばかりに楽しげに言ってます。
「あの……書くのはいいのですが、それをどうするのか教えてもらえますでしょうか?
特に、教本はいらなくなるはずです」
「分かっていらっしゃるとは思いますが、私達はサミさんとギュスターヴ殿にお会いする以前に会わなければなりません」
「はい」
「その為には、その教本を手に入れた魔法使いが必要なのです」
そう言ってローランさんは、あたし達が出会った経緯をおおざっぱに、かなり省いて説明した。
うんうん、未来に起こる事だもんねぇ。ローランさん、非常に話しづらそうだよ。
「なるほど。ですが、その教本が彼の手に確実に渡るようにする方法が、私には分かりません」
「それに関しては、私が必要な術をかけますので問題ありません。
私は、ギュスターヴ殿が書かれた本にあった術は全てお渡しするつもりでいますが、この術に関しては本に記されておりませんでした。
すみません、どうかこれ以上の質問はしないで下さい」
お、ギュスターヴさんの目がキラキラしている。流石、研究所所長様!ものすっごく興味津々だ。
「今回、ギュスターヴ殿が書かれる本全てに、私の術をかけなければなりませんので、早急に書き上げるようお願い致します」
「分かりました。それ以外で、私がするべき事はありますか?」
「先ほど、全ての魔法使いは、声を繋ぐネットワーク下にあると言われてましたよね?その魔法は、どれぐらいの情報を流せますか?」
ローランさんの言葉に、ギュスターヴさんの目が見開く。
「あの…、その術は、無いのですか?」
「術っ?!!」
今度は、ローランさんの目が見開いた。
「はい。我々魔法使いは、術という言葉を知らなかった頃から、なぜかこの術だけは使っていました。
天候を操る為には、近場の天気雲や風の情報などを貰ってから行います。無いものを無理やり作るより、あるものを使った方が楽に天候を操作出来る為です。
それが術だと知ったのは、私の前の代ぐらいなのですが……なぜ、300年後には、無いのでしょうか?」
「魔法と同じ理由だろう」
速攻で、ディックさんが答えた。
「ディック?」
「なぁ、ファビ。お前だって、聞いた時から便利だと思っただろ?」
「あぁ。情報収集が楽になる魔法だなぁ~って、普通思うよな」
最初、訝しげにしていたローランさんも、ファビさんの言葉で納得し、顔を顰める。
「だとしたら、魔法と同時にその術も無くさなければならないのか…」
「ローラン殿?」
未だ訝しげなギュスターヴさん。うんうん、あたしも分からないヨ。
「あんた達魔法使いは、戦争の道具になるのは、嫌なんだよな?」
「はい」
「だが、言葉を伝える術を持ってたら、戦争の道具に間違いなくされるぜ。敵の情報が知りたければ、事前に術士を敵側に起いておく。それだけで、時差0で相手に知られずに、情報を得られるんだぜ。
そんな便利なもん、ほっとくとは思えねぇだろ?」
あー…、ファビさんの分かりやすすぎる説明で納得しました。すっごく便利な術なんだ。便利すぎる。
ギュスターヴさんも、嫌な顔をしている。
「ローラン、お前は本に術をかけるのと、言葉を伝える術を覚えるのと、魔法と言葉を伝える術を消すのが仕事だ」
「言葉を伝える術を覚えるのか?」
「お前が伝える方が早いだろ」
「分かった…」
ディックさんが、非常に楽しげにローランさんの仕事を列挙する間、ローランさんは非常に恨めしげに聞いてましたよ。戦わせろっ!術士の仕事ばっかりかよっ!って声がね、物凄い音量の幻聴で聞こえてきました。
「あの……いつ、やられますか?」
「それは、お前次第だ」
ギュスターヴさんは、顎にグーを当てて考える。
「それにだ、お前の安全を確保する必要がある。お前が、全て終わった後で、王の傍に居られないのはまずい」
「難しいですね……。王は、既に私がしようとしている事を知っているでしょう。だからこそ、魔法使いだけではなく兵士が差し向けられました」
さっき、襲ってきた人達のほぼ全員が、兵士に見えたんですけど…。
「魔法を失った私に、術だけで何が出来るのか……」
「あの~。ギュスターヴさん」
「…はい」
「今、ギュスターヴさんが知っている術って、何があるのかな?」
ギュスターヴさんが、なぜ、そんな事を聞くのかと不思議そうな表情を浮かべながら、一つ一つ術を言っていく。でも、あっという間に終わっちゃったヨ。言葉を伝える術を抜かしても、5つ?
「ローラン、あのさ、ギュスターヴさんが書いた本に載っている術で、今ローランがやっている仕事は出来る?」
「術士が一番最初に勉強する本は、ギュスターヴ殿が書かれたものです。私達の仕事の全ての基本になっています。当然、困難なものは出てきますが、基本的なものに対しては問題ありません」
おー、それなら安心だ。きっと、ギュスターヴさんは不安なんだ。魔法というものを取り上げられたら職を失うって事だもん。それがギュスターヴさんだけならいいけど、多くの魔法使いさんまで巻き込んじゃう。望まれた事だけど、責任を感じない訳がない。
「ギュスターヴさん」
「はい」
「ローランは、お医者さんなんです」
「医……者?」
「うん。術士って、国にとってものすっごく必要な人材。だって、病気にならない人間ってなかなか居ないでしょう?」
「術というのは、医療行為に………なるほど……」
「今、お医者さんっていっぱい居るんですか?」
「そうですね…、城の中と城下町に体系的に勉強された方が数人。地方には、ほとんど手が回っていない状況だと思います」
「なら、大丈夫。安心して、みんなお医者さんになれる!」
「そうですね」
おお~、満面の笑み。嬉しそうなのは分かるけど……なんか、ちょっとニンマリが入ってる気がするのはなぜでしょう?
「ありがとうございます、サミ殿」
「へ?」
「魔法使い達の未来も、私の命も救っていただきました」
「ギュスターヴさんの命?」
「はい。私は、この事が終わった後、生きてはいないと思っていました。その覚悟をしていました。
ですが、どうやら生き延びられそうです」
たぶんあたしを含めて、皆が不思議そうな顔をしているんだと思う。だって、ギュスターヴさん、さっき難しいって言ってた。その最難関が、解決したって事だよねぇ?
「我が国の后は、体の弱い方なのです。ですから、妊娠出産には耐えられないだろうと言われています。
しかし、王は心から后を愛しておりまして、他の女性を囲う事は想像外なのです。
つまり、今、我が国は後継者問題を抱えたままなのです。その後継者問題が引き金になりまして、数年前に内戦が起こったぐらいです」
ギュスターヴさんは、一息ついてにっこり笑う。
「ローラン殿、術で、それをどうにか出来ませんでしょうか?」
なるほど、心底愛しているお后様の体をなんとか出来るのなら、そりゃぁ魔法が無くなっても、大丈夫かもしれない。
「私が、ギュスターヴ殿に伝える術で、十分に対処出来ると思いますよ」
ローランさんが、大丈夫だとばかりに大きく頷く。
「んでもよぉ、そんな程度で、本当に命の保障が出来んのかぁ?」
「ファビ、それは術の匙加減だ」
あー、悪い笑みだ。悪い笑み。ろくな事を考えてないだろ?
「実は、ガンガン健康になれるのを、手ぇ抜くって事かぁ?」
「人聞きの悪い。
だいたい体の弱い者に対する術は全て時間がかかるものだ。
だから、手を抜く必要などない!」
抜かなくても匙加減が必要なのか?激しく疑わしい。
「ですからギュスターヴ殿は、安心して長生きをできますよ。何かあった場合には、それこそ匙加減で調整すればいいのです」
確かに身を守るのは必須だ。だが、さり気に手抜き治療を薦めるって事?……いやいや、危険な場合だけだろうから、そこら辺譲歩しなくちゃいけないかなぁ。でもなぁ、ローランさん……300年後ちゃんと治療していますか?なんか心配になってきたヨ。
「んじゃぁ、ディックと俺は、こいつが城に上がる時の護衛だな」
「それは……敵対行為となって、皆さんの命が危ないと思います。王は、皆さん方の王もそうだとは思いますが、未だにこの国最強のお方です」
「こいつが居るから大丈夫だ」
ディックさんが、面白そうにファビさんを指差す。
「こいつは、300年後の王の娘と王の兄の息子に勝っている。
300年後、最強のヤツだからな」
ギュスターヴさんの目が、今日一番のまん丸になった。
「本当…ですか?」
ローランさんとディックさんが、いっぱい頷いている。
「あの……貴方の血に、ギュールズ王の血が流れているのでしょうか?」
「流れてねぇと思うぜ。だいたい、俺はギュールズの人間でもねぇしなぁ」
ファビさん、頭をボリボリ掻いて分からねぇなぁって困った風味。ギュールズ王の血筋って、そんなに凄いの?ってか、ファビさんが凄すぎ??
「そうですか…では、大変努力なされたのですね」
なるほど、そういう風にも見れるのか。うっわ、後で忘れずメモしなくちゃ。見方は色々あって、ちゃんとその色々ってのを見れるようにしないとっと。
「ローラン殿」
「はい」
「今、ネットワークを張ります。術士長の貴方であるのなら、見て直ぐに理解されると思いますので、すぐに貴方も入ってきて下さいね」
ギュスターヴさんが、杖を持ち直す。
「声を。
全ての同胞へ、私の声を」
お、愛を囁くんじゃないんだ。あ、まだ研究段階だからなのかな?しっかし、誰がこの術に気づいたんだろう?すっごく不思議だ。
ギュスターヴさんの杖の先が床を叩く。そして、ローランさんを見つめ、頷いた。
同じようにローランさんが頷き。杖を握り締める。
「世界よ
我が声を、全ての同胞に。
世界よ
我が心をご存知なれ
貴方を敬愛する者全ての声を私に
そして、私の声を全てにお届けあれ」
ギュスターヴさんの目が瞬くと同時に、ローランの杖の先が床を叩いた。
なんつーか、速攻アレンジ?呪文が違ったヨ。流石、術士長様!
「私は、ギュスターヴ殿に召還された異邦人。私の声が聞こえますか?」
あたしとファビさんとディックさんは才能が無いんで、術が成功したかどうか分からない。
「数日後に、全ての魔法とこの声を伝える術がなくなります」
ギュスターヴさんは、ローランの言葉を黙って聞いている。
「声を伝える術は、間違いなく情報収集として戦争に利用されます。それを避ける為です。
戦争の地での我々の仕事は、術を使っての医療行為のみ。
その術を全て授けましょう」
『どれぐらいの人が言葉を聴いているんだろうね?』
『俺らの時代だと、術士ってのは、ギュールズで数百人程度か?』
『だが、術士を見つける手立てが無い時代だ、この世界の全員合わせてもそう居ないだろ』
会話にまったく入れない術無し三人は、こそこそと自分達の会話中。んでも、ローランさんの声はちゃんと聞いているヨ。
「数日中に私の術を開放します。それまでに、今までの知識を記したもの全てを焼却して下さい」
『ギュスターヴさんは、態々教科書作ってたよね?魔法使いって口伝じゃないの?』
『術士の学校がある以上、魔法使いの学校もあるのかもしれん』
『あと、なんでも記すのが好きなヤツっているじゃん』
「伝えたい事がある者は、言葉を伝える術があるうちに伝えるように」
あー、声だけ友達ってのも居たかもしれないよねー。ここだと動力のある乗り物が無いから、簡単に会いにいけなかったりするしなぁ。それって、かなり寂しいだろうな。
「貴方方は魔法を無くした後、全員が医者の知識を得る事になります。どうか、自分の周りの人々を癒して下さい」
『術って便利だよねぇ。勉強しなくても知識をあげる事が出来るんだもん』
『だが、その術は簡単に使ってはならないらしいぞ』
『え?あ、学校あるもんねー。でも何で?』
『努力するのが、一番身に付くっていう訳だ。だろぉ?』
なるほど…努力無くして獲た力は、成長しないって事かな?あ……確かに。うん…辞書が無いって理由で、読めない言葉スルーしていたよ。ダメじゃん。後で、聞いておこう。うん、ちゃんと成長させて立派な敬語を使える人に……がふっ、あたし日本語でさえ、ダメダメじゃん。くぅ~~~。
「最後に。私の術は受け取る者を選択します。
魔法を無くす事に非協力的な者は、新たな術を受け取れないと思って下さい」
『え?出来んの??』
『はったりじゃねぇの??』
『出来るかもしれん。剣を覚えるまでは、寝る時間を惜しんで勉強していた努力家だ』
うわぁ、流石ローランさん。ってか、今も寝る時間少ないんだろうなぁ。剣の練習に術の勉強。流石だ。
「では、やれる事は全て行っておいて下さい。
術を開放する半日前に、最後のご連絡を致します」
ローランさんが、ギュスターヴさんに目配せをする。
「ギュスターヴです。皆さん、あともう少しです。お互い頑張りましょう!」
そう言って杖を一振りし、もう一度床を鳴らす。同じように、ローランさんも杖を鳴らした。
「この術は、非常にあからさまなのですね」
「そうですね。言葉と同時に感情をも伝えてきます。決して嘘はつけません」
「お互いが信頼しあってないと成立しないのですね。
………もったいないな」
「ローラン、ダメだ」
「分かってる」
「ズルをするな」
「分かっている!」
ディックさんが、非常に怖い声で言う。そうか、ローランさんならズルが出来る技量があるんだ。
んでも、折角無くなった危険な術。しかも一人じゃ意味の無い術。そんなもの、持って帰る訳にはいかない。
「ただ、世界を超えてサミさんと会話が出来るよう、改良出来ないものかと思ってな」
「それって、術無しでも可能に出来るって事かぁ?」
「あぁ、会話で使う術の力を全て俺が請け負えれば、可能な気がするのだが…」
あー、なんかギュスターヴさんの目が、またキラキラと…。
「ローラン」
「あぁ、分かってる。特に、あの時代では危険すぎるという事は、重々承知している」
「新たに開発するのも無しだぞ」
「う……」
ディックさん、しっかりローランさんを把握していらっしゃる。流石!幼馴染。あの反応は、絶対やろうとしていた感じだもんねぇ。
まぁ、世界を越えて会話出来るってのは、あたしにとっても、ものすっごく魅力的だけどさ。
「少し、残念ですね」
ギュスターヴさんが、寂しそうに笑っている。
「私も、300年後に生まれていれば、ローラン殿と一緒に研究が出来たのに……」
「それは、止めた方がいい」
「なぜですか?」
「寝る時間がなくなるぞ」
ディックさんの言葉に、ローランさんは当然とばかりに胸を張って、ギュスターヴさんは、「私も、同じタイプですよ」と笑う。
「うっわぁ~、青春を勉強で潰すなんてもったいねぇ~」
「ファビさん、…ファビさんの歳で青春ゆわない!」
っていうか、何で日本語ちっくな言葉があるんだ?この世界奥深いぞ。
ん?何か、ローランさんとディックさんが、チロリぃ~んって視線でファビさんを見ている。
「な、何だぁ?」
「別に」
「そうだな」
あ…、前ディックさんが言っていた、ファビさんのだいたいの素性ってやつ?もしかして、ファビさんもローランさんと同じぐらい、勉強漬けな青春を送っていたのかな?
「では、私は書き物をはじめますね」
ギュスターヴさんが、笑いながら書きかけの魔法使い初心者本を取り上げる。
「他の本に何が書いてあったか、後で教えてください」
「あぁ、それなら俺も見たから、俺が指示する」
ディックさんは、ギュスターヴさんに紙とペンを要求しながら、ギュスターヴさんの傍に移動した。
「俺、何してたらいいんだ?」
ファビさんが一人、やることねぇぞぉ~ってあたしを見た。
「あ、これ!」
ついつい持ってきちゃった棒をファビさんに差し出す。
「久しぶりだな」
ニカッってファビさんが笑う。
「ちゃんと練習したかぁ~?サボってんのが分かったら、ちゅ~だぞぉ」
「ファビっ!」
無条件で殴られています。相変わらずのファビさんとローランさんだ。
「見張りも兼ねて、外でやるか」
あたしは、うんうん頷く。
横で、俺も参加したいとローランさんが手をあげかけて、ディックさんに、「お前は、術をどうにかしろ」って怒られた。
「さぁ~、ラジオタイソウだぁ」
「う……」
忘れいました。あの、恐怖のラジオ体操。折角今までファンタジーだったのに……はぁ~、ぶち壊しだよファビさん…。
300年後の旅は、結局300年後のメンバーが発案者であったという話でした。
沙美ちゃんが、今回着ている服について、追加しようと思ったのに……入れる場所がねぇぇぇぇ!!
一番最初に書くべきだったか?f(^-^;)この後の話で加えられるかなぁ?
見かけたら笑ってくだされw