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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少女の一人旅~赤い薔薇と青い薔薇~

作者: あんず

とある荒野に、二つのぬいぐるみを抱いて、腰からポーチと機械をぶらさげた、少女が歩いていた。


少女は紺色の制服を着て、黒い髪を綺麗にたばねている。顔はどこにでもいそうな感じだ。雰囲気といい、容姿といい、まさしく平凡という言葉が似合う。

特徴といえば、ずっとニコニコしているという所だけだ。それも、満面の笑顔で。


何故そんなにも楽しそうなのか?


「ふふふふ。」


少女は旅をしていた。計画性も何も無い行き当たりばったりの旅。

それは、彼女が望んでいた、小さなころからの夢であった。


彼女はそのために、故郷を捨てて家を出てきたのだ。

両親から愛され友達にも恵まれ、勉強もして、食事も十分あり、わりと裕福で、みんながのんびりと暮らしていて、文明もそれなりに進んで、娯楽もある、そんな故郷。

彼女は、幸せな村に生まれた、幸せな人間だった―――少なくとも他人から見れば。


だが、少女は家を出てきた。そうして、今旅をしている。


まぁ、言ってしまえば…。

やりたい事をやるのは楽しいのだ。


「そう思うでしょ?機械。」

『はいはい。そうやねー。楽しいねー。お前はねー。』


少女が話しかけた機械から、返事がした。


低く、暗く沈んだ、似非関西弁の男の声だ。少女の腰にぶらさげたラジオのような機械から聞こえてくる、若干ノイズがかった、機械音。

だが、抑揚はちゃんとあり、感情もよく伝わる。

どうゆう仕組みなのかは分からないが、機械が喋っているのだろうか。


少女は機械の辛らつなその言葉に返そうとするが、横からさえぎられた。


「機械って毒舌~」

「でも、ソレって愛の証~?」

『少女に愛ィ?気持ちわるッ!!』

「「だよねー。わかるー。」」


少女に抱きかかえられた、片方は赤、片方は黄色のリボンを巻いた、2匹の猫のぬいぐるみが、表情を変えずに―――無論ぬいぐるみなので表情を変えることは出来ない―――2匹交互に、同時に喋る。

非常に、可愛らしい声だった。

しかし、機械と違って感情がわらない無機質な声だ。


「君たちひどくない?」


なぜかしゃべる機械と、ぬいぐるみと、会話しながら、少女は地平線すら見えそうな荒野を、一人歩いた。


それから少したったころ。

やっと一軒の家を見つけたのだった。








コンコン、と家のドア叩く。


この家は、代表的な一階建ての木造建築だ。…恐らく。

というのも、この家には誰が見たって異色なものが巻きついていた。


薔薇だ。


青と赤、二色の薔薇、それが壁一面に巻きついて埋め尽くしているため、ほとんど壁が見えないのだ。

気色悪いほどカラフルな薔薇は、周りが荒野なこともあって、尚更その色が異様にきわだってみえる。


まぁ、だからこそ、少女の好奇心は最大にうずいていた。


ここはどんな家なのだろう?


「いらっしゃい。」


ギギギ…と音が鳴るドアをあけ、女の人が出てきた。

30~40代くらいだろうか。綺麗で優しそうな人だ、というのが少女の第一印象だった。花のようにふわっとしている女性だった。


「あら、始めてみる顔ね。一人でここまで来たの?」

「まぁ、一“人”ではあるのかな?うん。」

「そう…。貴方がどこの出身かは分からないけど、ここまで歩いてくるのは大変だったでしょう?よく頑張ったわね。」


女性は優しく少女を労わった後、これまた優しく微笑んだ。


「それで、赤い薔薇と青い薔薇、どちらが必要なのかしら?」

「え?」


少女は「あぁ、」と思った。

どうやらここは花屋だったようだ。道理で花…というか薔薇だらけなわけだ、と少女は納得した。何故こんな荒野に、とも思ったが、それは言わない事にする。

そして、ちょっと申し訳なさそうに少女は笑う。


「悪いけど、私はただの旅人。ここが花屋だと知らなかったんだ。」

「あら、そうだったの。」


女性は気を悪くした様子はなく、「早とちりしてごめんなさい。」と逆に謝った。

そして、


「そうだ!疲れているでしょう。急ぎの用が無かったら、ここでゆっくり休んでいかないかしら。」


と提案した。


「いやあ、別に…。」

「気にしないで頂戴。貴方ぐらいの年頃の女の子見ると可愛くてしょうがないのよ。おばちゃん寂しくて。よかったら人助けだと思って話し相手になってくれないかしら。」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。」


押しに弱い少女だった。


それにしても、本当に優しくて、温かい方だ、と少女は思った。特に笑顔が素敵だ。花のような笑顔。自分の母を思い出す――今も普通にご健在だけど―――温かさだ。

少女が感動していると、機械が女性に聞こえないぐらいの大きさで、嘯いた。


『…優しすぎる。どうにも怪しいな。』

「ねー。」

「ねー。」


君達は本当に…。

まったくもって、疑心だらけの機械と、いい加減に同意する2匹である、と少女は呆れた。


機械の「気をつけろ。」という忠告を「流石に疑いすぎ。」と一蹴して少女は家に上がる。

そして家の中を見回す。

部屋は、全体的に木で造られており、廊下や部屋には暖色系の絨毯が敷かれていた。天井には豪華なシャンデリアがおかれ、なんというか、お屋敷感が出ている。

れん造りの暖炉や、高そうなつぼ、綺麗に花瓶にさした大きな赤い薔薇などが、より一層それをかもし出していた。


「良い家ですね。心が休まる。」

「そう?ありがとう。私の娘がこうゆう温かい系統のものが好きだったの。」

「あぁ、娘さんが。おいくつですか?」


少女は好奇心で聞いただけなのだが、女性は始めて表情を曇らせた。


「多分貴方と同じくらいの年齢よ。…生きていれば。」

「…そう、ですか。」

「あ、違うのよ。そうゆう話がしたいんじゃなくて。」


女性は慌てた。暗い話をするつもりは無かったのだろう。

その慌てっぷりに、少女もくすりと笑う。


「私も好きです。こうゆう色。」

「…良かった。」


二人で、顔を見合わせて、笑う。


「さ、立ち話もなんだし、そこに座ってちょうだい。」


少女は木でできた椅子に、ゆっくりと腰をかけた。ぬいぐるみは膝の上に、機械は床に静かに置く。機械からジジッとノイズがなった。

女性も机を挟んで向かい側に座る。


「もし、良かったらなんだけど。貴方の話の続き聞かせてくれないかしら。旅をしているんですってね。色んな国を見てきたんじゃないかしら。」

「国の話ですか。いいですよ。それなら私にも出来ます。」


笑顔で承諾。

少女は女性に話した。


例えば、


全てがお菓子で出来てる国の話。

―――そこは、冷蔵庫のように寒くて食欲が出なかった。旅人にお菓子を食われないように、お菓子が腐らないようにと、住民は必死なのだ。


住民が全員、脳だけを機械に移植した国の話。

――――心が無くなっている…人もいたけど、普通に幸せそうな人もいたな。「永遠の命は孤独には耐えられないのよ」、って私の目の前で自分を壊した人が居た。

その横を、盲目だったらしい双子が幸せそうに歩いていた。


超えられないほど高い山に囲まれている国の話。

――――毎日少しずつ土砂がくずれきていて、、、、。私はパラシュートで行ったんだけどね。帰りは大変だった。


不幸な国。

―――――今日は空が綺麗で不幸でした、ってね。

全てが不幸でなければ駄目なんだよ。全員が不幸であれば、不幸でないのだから。そうゆう憲法だって。大笑いした。


4年間、旅をしている少女。国の話ならばいくつでも出てくるそんな少女は、面白い国だけピックアップして、時におかしく、時に悲しい、話をした。

それに合わせて、一揆杞憂、ころころと表情を変える女性は、まるでまだ何も知らない子供のようだった。

もっと話して!とキラキラした目で訴えられた日にゃ、断る事なんか出来やしない、と後に少女は語る。


「凄いわね!!それで、その人たちはどうなったの?」

「結局、みんなそこで一生をささげる事を決意したそうです。」


「そうなの…。」と、女性はうんうんうなずいてから、「それで次の国のお話はなにかしら」と聞いた。

少女は苦笑いして承諾しながら、やや女性への認識を改めた。この人はかなり元気な方だ。そして子供のような方だ、とも。


話し出そうとして、それにしても、と少女は乾いたのどをさする。


「あら、私ったら!お客様にお茶も出さずに!ごめんなさい、すぐに用意するわね。」


女性はパタパタとキッチンに行き、手馴れた様子でハーブティーとコップを用意した。すぐにテーブルにそれらが置かれる。


「おまたせ。」


少女は、ガラスのコップにつがれたハーブティーを、口に含んだ。


「おいしい…。」


じんわりと体が温まり、心がほっとする優しい味だ。ほのかに甘い気がするのは気のせいだろうか。適温で、とにかくおいしい味だった。

だが少女が気になったのは、ハーブティのハーブそのもの。

透明なポットに入ったお湯の中に、二色の薔薇が入っていた。

家に巻きついていた、あの、赤と青の薔薇だ。

ガラスポットの中で波に揺られ、綺麗に花開いている。


「薔薇が入っているとは珍しい。」

「良い匂いでしょう?この薔薇は少し特殊でね。」


そう言いながら、女性はおもむろに、ポケットから袋を出した。その中には、赤と青の花びらが形を崩さず入っている。

女性は二色の花びらを皿にあけて少女にわたす。

少女は、なんぞこれ?と首をかしげた。


「おいしいわよ、食べてみて。あぁでも二色の花弁を一緒に食べてね。」


ぱくっ、と少女は食べてみる。


「!?」


思わず目をクワッと見開いた。


おいしい。凄くおいしい。

口の中で、温かいものと冷たいものが一緒にまざって、溶ける。じゅわぁ、と優しくとろける。しかもそれが甘い。人口甘味料の甘さなんかじゃなくて自然な甘み。ちょっとほろ苦さもあって、それが尚更おいしさを引き立てる。

初めて食べる味だ。


「ふふふ。おいしいでしょう?」

「…えぇ。」


少女は何となく、気恥ずかしくなって視線を迷わす。

その視線を窓の外に向けた。

空は薄暗いねずみ色に染まっていた。


「あらあら、もう暗くなっているわね。そうだ、泊まっていったらどう?」


女性はナイスアイディア!と言わんばかりに提案した。

少女は遠慮してそれを断ったが、「また明日、旅の話が聞きたい」と強く言われたので、うなずいた。


「娘の夢が、世界中を旅をすることでね…。自分はまだ狭い世界しか知らないから、もっとたくさんの者を知りたいって。…結局その夢はかなわなかったけど。

せめて、娘の代わりに、広い世界を知っておきたいわ。」

「……。」


…あーあ、やられた。少女は盛大にため息をついた。

これはもう断れないよ。

優しいため息だった。




ーーーーーーーーーーーーー


「…さて、私はそろそろ眠くなってきたのですが…。」

「えぇ。もう良い時間ね。たくさん話してくれてありがとう。寝室に案内するわ。」


4時間は話した後、少女は眠たそうな目で言った。

何を隠そう、彼女はこの日までの2日間、野宿しかしておらず、ろくに眠れていないのだ。

2日丸々かけて険しい山二つをこえて、更に4時間喋りっぱなし。

それも女性は相槌をうつだけなので、基本少女が話し続けいた。


つまりは、眠く無い訳がない。それでも笑顔を絶やさないのは、体力があるのか、根性が凄いのか。

だが限界はある。少女の笑顔に疲れがにじみ出ていた。


「ここよ。」


女性に案内された寝室は、やはり温かいテーストの部屋だった。ベージュ色の熊のぬいぐるみがたくさんあり、暖炉もある。

あとは全体的に可愛らしい雰囲気がある。

そのぬいぐるみも、こまごまとした小物や、リボンのついたカーテン止め。

もしかして、、、。


「私の娘の部屋なの。」

「…ええと。私が使ってもいいんですか?」

「えぇ。ずっと使わないのも…ね。」


女性が表情を曇らす。言いようの無い感傷に浸っているようだった。


「ありがたく使わせていただきます。」

「そうしてあげてちょうだい。おやすみ。」

「えぇ。おやすみなさい。」


少女は手を振って女性を見送ってから、ゆっくりとドアを閉めた。

そして、2匹のヌイグルミと機械をテーブルの上にのせて、ベッドにもぐる。

羽毛の毛布はふかふかで、ほのかに温かく、たいへん気持ちがよかった。…ちょっと、いやかなり暑いのが難点だが。


少女はすぐにうとうとし始め、やがてぐーすかと寝た。


「うわー。」

「熟睡ー。」

『見事に警戒心ないな。』


2匹と機械は呆れた様子でそれを見る。

もっとも、ここまで熟睡できるのは、何かあれば機械やぬいぐるみが教えてくれる信頼のあかしでもあるので、注意する事はないのだろうが。


少女の歯軋りと共に、ちく、たく、ちく、たく、と木製の時計が鳴り響く。

部屋には夜の閑散とした雰囲気が満ちる。


そんな中、静かに、夜の沈黙を打ち破る者がいた。


『さて、お前らはどう思っとる?案外、疑い深い…間違えた。慎重な性格のお前らなら、意外に目ざとく色々見てるンやないか。

------なんか、胡散臭くないか、この家。』


本題、と言わんばかりに機械が低い声で言う。


「疑い深いのは君だってー。」

「でも僕らも賛成かなー。」

「「あの女性は怖いよー」」


ちょっとおどけた風に言うぬいぐるみ。

だがそれは本音でもあった。

機械もそれに同意する。


『あぁ、せやな。優しすぎる所が怖い。…というか、なんというか。どっか壊れてるというか…』


機械はここで言葉を打ち切った。


『やっぱやめとくわ。』

「「あっそー。」」


ぬいぐるみも特に何も言わずに、この話は打ち切れ、流れた。


『ま、恐らくは明日、少女はここを出るやろう。』

「「だろうねー。」」

『俺はいつもと変わらず少女の周囲500mを、電波を飛ばして警戒する。もし野獣などに会ったら、電波で眠らせる。』

「僕らは少女のー」

「周囲のものをチェックー。」

『よし。』


ちなみに、これは彼等が過保護なわけではない。少女がものすごおおく大事にされている訳でもない。

単なる、役割分担である。移動手段である少女と、その少女の周りを確かめるぬいぐるみと、少女の周りを警戒&除去する機械。

ぎぶ、あんど、ていく、な関係。


勿論、互いに信頼している前提の話ではあるが。


『もっとも明日がくるかは分からんが、準備は臆病なほどするにこしたことはないやろ。』

「「ん。…」」


そこで、沈黙が生まれた。話す事がなくなった。


少女の歯軋りも止み、やけに小さな音が耳に付く、夜の空気が戻る。

静かな静かな…


『じゃあ、しりとりでもするか。』

「梶田氏ー」

「柴田氏ー」

『し、し、…ししとう。』

「馬元氏ー」

「白井氏ー」

『し、しまうま。』

「真理子氏ー」

「信玄氏ー」

『……もう人名やめない?』


夜の空気?

静か?

そんなもん知るか、とでも言わんばかりに機械と2匹は話を続けた。


そう、ぬいぐるみと機械は、寝ないのだ。


「…んー、うるさいよ……。」


少女は寝ぼけながら言った。


「おきたー?」

「うるさかったー?」

『あー、悪いな。』

「いや、ちょっとそとの空気吸ってくる。」


少女がひらひらと手をふって、部屋を出て行く。


『どうしたんやろ?』

「「さー?」」






「それでは、元気良く行こうか。」

『「「おー。」」』


少女と機械とぬいぐるみは、残念がる女性に別れを告げて、太陽が出る前にあの家を出発した。

体力が全回復した少女は、駆け足で荒野を蹴った。別れ際、髪にさしてもらった青い薔薇をゆらしながら、機嫌よく音痴な鼻歌を歌った。


「いい人だった…。薔薇もくれたし。ほら、機械。疑いすぎだったでしょう?」


機械は、ただジジジ…とノイズをならした。


少女がしばらく走っていると、荒野にぽつぽつと草が生えている所が見え始め、その先に大きなジャングルが現れた。でかい樹木がいくつもあり、青々葉っぱ生い茂っている。空が見えないくらいだ。光が入らないので、中は薄暗い。

少女は迷いなく、そのジャングルに入った。


そして、若干湿った地面に耳をつける。


「こっちだ。」


少女は、辺りをキョロキョロと見回しながら、獣道を歩いた。草木を掻き分けて、転ばないように慎重に進む。


やがて、大きな川についた。


少女は水筒に水を汲んだ。

自らも川に顔をつけてガブガブと飲む。太陽がさんさんと照りつける荒野を歩いてきたので、よっぽど喉が渇いていたのだろう。

「ふぅ」と、少女は口を拭いて、後ろにあった樹にもたれかかった。


「おや、こんな所に人が居るとは珍しいねェ。」


声がしたので振り向くと、3人のおじさんがいた。

全員作業服を着ている。わりと歳がいってそうだが、シャンッと真っ直ぐ立っていて元気そうだ。

3人は少女の近くまで歩み寄ってくる。

少女も立った。


「こんんちわ、おじいさんたち。何をしているのか聞いてもいい?」

「こんにちわァ、お嬢ちゃん。何をって言われてもねェ…。」


困ったように笑う。

が、横に居た2人目のおじさんが人差し指をつきたて横やりを入れてきた。


「まっ!しいて言えば、仕事だよ仕事っ。」

「どんな仕事です?」


おじさん三人は、背中から何かを取り出し、少女に向けた。


「…。」


それは----銃だった。


「こうゆう仕事さっ。」


三つの銃口を向けられた少女は、目をぱちくりとさせた。

それを見た三人はおかしそうに笑った。


「ここまでリアクションが薄いのは初めてですね。

すみません冗談です。安心してください。この銃の使い道は、お嬢さんを打つためじゃないですから。」


三人は一斉に銃をおろす。

少女は、まったく冗談が過ぎる、と苦笑いした。


だがまぁ、そこは文化の違いと言うところだろう。これも彼等なりの気の利いたジョークなのかもしれない。…かもしれない。

少女はため息をついて、「びっくりした」と笑った。


「ここの近くに、国があるんだがァ、…私達はそこの兵隊なんでねェ。こうゆうのを使わなくてはいけない時があるのさァ。」

「へぇ、例えば、って聞いてもいいですか?」

「けけけ。そりゃあァ、お嬢ちゃん。侵入者とかァ逃亡者とかをよォ…」

「おい馬鹿、やめろっ。

…悪いねっ、こいつ適当な事べらべら喋るんでっ。」


おじさんの一人が、ははははっと愛想笑いを浮かべた。

少女は、何か事情がありそうだと思った。勿論その事情につっこむことはしない。つっこんでは駄目そうだ。

こうゆうのは流すに限る。


「それではお仕事頑張ってください。」と、少女は足早に去ろうとした。


「あぁ、お嬢さん。そういえば、赤と青の薔薇を持った方を見ませんでした?」


少女は頭をさわる。なにもささっていなかった。

あの薔薇は、走ってるうちにどこかで落としてきてしまったのかもしれない。


笑って答えた。


「見てません。」





日が沈み、二対の惑星と満天の星が出て、それが沈み、また日が昇った頃。

少女は、道なき道をずっと歩き続けていた。

額には汗の玉が浮いている。


『なぁ、何で嘘ついたん?』


ふと、機械が口を開いた。

少女は歩きながら「んー?」と、言う。


『おじさんたちに聞かれたとき。薔薇、持ってたやつ、お前やない?』

「あぁ。その事か。」

『せや。別に、私や、って言ってもよかったんやないか。』


少女は薄く笑った。いつも満面の笑みを浮かべている少女にしては珍しい事だ。


「さーねぇ。…あ、国発見。」


目と鼻の先に、大きな国。

おそらくは、あのおじさんたちが言っていた国だろう、と少女は推測した。


なんにせよ、久しぶりの国だ。

わくわくする胸を押さえながら、丸々一日歩いていたとは思えない足取りで入国する。


入国手続きは、ただ紙に名前を記入して写真を撮られるという、簡単なものだった。

さっさと紙に書いて、国に入る。


「おぉ!」


国はにぎわっており、老若男女、肌が白い人から黒い人、髪が白い人から黒い人、いろんな人が居た。露店もそれなりにあって活気付いていた。

あちこちで「いらっしゃいませー」の声が聞こえた。


少女は携帯食料のうっている店に入り、いくつか買い、さらに機械のメンテナンスをし、汚れたぬいぐるみを洗う。


汚れはかなりしつこく、終わる頃には、日が沈みかけていた。


それでも、露店はまだ開いている。人もまだたくさん居る。


「凄い国だね。」

「そうー?」

「どこがー?」


家の形はどれも整っていて、自転車もあり、人もたくさんいる。文明も進んでいるようだった。

聞けば、最初は寂れた小さな村だった所を、村人が徐々に発展させたらしい。今でも色んな文化や宗教、食料や物が集められ、これからさらに人が集まってきそうらしい。


どっしりとした土台がある、素晴らしい国だ。少女はそう思った。


国民が、みんな安心していて、活気があって、みんなの目が希望にあふれている。

路地裏をのぞいても、誰も居ない。そういえば孤児院があった。


「いい国ですね。」と少女が言えば、誰しも「でしょう!」と答える。


「みんな、笑顔だ。」


少女は、満面の笑みでそう言った。心の底からの言葉だった。

そして、そこらへんをぶらぶら歩く。


「ん?」


ふと見ると、にぎわってる中でも更に人が集まっている一角があった。


「あの、あれってなんですか?」


少女は、通りががかった人に尋ねた。

その人は笑顔で答える。


「知らないのかい?もしかしてアンタ、旅人?」

「えぇ。」

「なら知らないのも当然だね!あれは、これをくばっているのさ。」


その人は、手に大事そうにかかえたものをみせてくれた。


「薔薇、ですか。」


見覚えのある、赤と青の薔薇の花びら。


「見たことあるのかい?」

「いえ。」

「そ。」


それを、人は、二色一緒にぱくっと食べる。


「食べるとね、幸せな気分になるんだ。」


そういった後、慌てて「あ、あげないよ。てゆーか、とったら即牢屋行きだからね。」と付け足した。


「アンタもこんな所、ふらふらしてると怪しまれるよ。この時間は特に兵隊がピリピリしてるから。」


周りには兵隊らしき、甲冑を着た男達がいた。

この国には、妙に兵隊が多い、と少女は思った。


「じゃーねー。」


そう言って、酔ったように、ふらふらとどこかへ行ってしまった。


辺りを見回すと、先程の人と同じように、手に花びらを大事そうに抱えて、みなどこかへ走り去っていく。

それを見守る、やけに数の多い兵隊達。


『…怪しい。』







「あれ、もう出国なさるんですか?」


門番が、少女に不思議そうに言った。

少女は、はて、と首を傾げる。


「駄目なんでしょうか?」

「いえいえ、滞在期間は10日以内ならいつでもいいんですが、まだ貴方1日もいないですよね?勿体無いなと思いまして。

こんな幸せな国、どこにもありませんよ。」


門番は、悦に浸るように言う。確かにその様子は幸せそうだった。顔も体もごついのに、違和感があるほどふにゃけた顔だった。

少女はそれを、幸せそうだなぁ、と見る。


「まぁ、もう食料も調達できたので。それでは。」

「そうですか。今度はもっとしっかり寄ってってくださいね。きっとこの国の良さが分かりますから。」

「ええ。」

「あぁ。そうそう、これから旅だたれる旅人様のご冥福をお祈りして、あげます。」


そっ、と手に渡された、あの二色の薔薇。


「それでは。」


少女は笑顔で薔薇を手に持ちながら、旅立った。

門番も笑顔だった。






少女は再び歩き出す。


『変な国だったな。』

「でも、幸せそうだった。悪い国じゃないと思うけど?」

『…どーだか。あの薔薇、どうにもこうにも怪しすぎる。住民の人たちや、門番の顔見たか?』

「気持ち悪いほど幸せそうだったねー」

「薔薇を食べたからー?」

『分からん。おい、お前さん、あの薔薇食べとったけど大丈夫か?』

「大丈夫だよ。」


言い切る少女に面食らいながら、機械は不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らした。


『ま、少なくとも、出入り口が一箇所しかない国は、何か後ろめたい事があると相場が決まっているんや。』


ぬいぐるみは、声を合わせて「「同意ー」」と言う。

少女は、笑って流した。

基本的に、正しいとか間違っているとか関係なしに、機械と少女の意見はあんまり相容れないのは、少女が一番良く分かっていた。


しばらく歩くと、大きな荷台を持った老夫婦が、反対の方向からあるいてきた。

二人は、しわくちゃの顔をほころばせて、仲良しそうに歩いている。

その二人の服装に、少女は見覚えがあった。あれは、ジャングルで出会った3人のおじさんと同じ、青い作業服だ。


「こんにちわ、お二人さん。」

「「こんにちわ、お嬢ちゃん。」」


夫婦は声を合せて言った。


「大きな荷台ですね、何かを運ぶんですか?」

「いやいや、もう運び終わった所さ。」

「何をです?」

「薔薇をさ。」


少女は、思わず苦笑いしそうになった。

最近、薔薇の話しかしていない。いくらなんでも飽きる。

だが、夫婦はそんな少女の様子に気づかずに、話し続ける。


「私達の国の王様はとっても人格者で、近隣の小国にも幸せになれる薔薇を、分けてあげてるの。」

「いやぁ、王様は本当に良い人だよ。だって、国民だけならず、その近くの人たちにまで、何の見返りも求めずに薔薇をあげているんだ。」

「「王様ばんざーい!わが国ばんざーい!」」


夫婦は、幸せそうに手を上げながら、少女の横を通り過ぎた。


「…。」


少女は、何も言わずに再び歩き出す。

ゆっくりと、歩く。

門番にもらった薔薇を手でいじくりまわしながら、オンチな鼻歌を歌いながら、歩く。


ふと、男の子が倒れているのを見かけた。

少女は、男の子に、歩み寄る。


「大丈夫?―――――っ!」


その男の子は、少女の持っていた薔薇をひったくって、逃げた。

それはもう、早かった。一瞬の出来事だった。


目をぱちくり、として、それから「びっくりした」と、笑う少女。


『俺の電波で、あいつ気絶させたろか?』

「いや、いいよ。」


少女は、何事も無かったかのように立ち上がり、そのまま歩き出した。




2日間、少女は歩いたり、寝たり、食べたり、歩いたりしながら移動し続けた。

道路が引いてあり、歩きやすい道だったので、比較的楽に移動していた。


だが、小さな集落すら見つからず、喋り相手は機会とぬいぐるみだけ。

それはまぁよしにしても、変化の無い道のりに、少女は飽き飽きしていた。


そんな時、一つの国に付いた。


その国は、先程少女が入った国に比べると、小さく、なによりいささかの活気も無い。

門番には、くたびれた服を着た、くたびれた青年が居たが、そのまま通り抜けても何も言われなかったので、少女は何も言わずに入国した。


中には、コケの生えた家らしきものと、ガタガタの道らしきものは一応あったが、店も無い。そもそも人の声すらしない。

全体的にどんよりとした雰囲気につつまれている。

廃墟に近いものがある。


本当に人が住んでいるのだろうか、と少女が疑問に思ったとき…。


「助けてくださいッ!!」


急に、横から声がした。


多少かすれているが、まだ若い女性の声だ。頬には垢が付き、服は所々やぶけていた。手に、何かを抱えているようだった。

必死の形相で、周りに「助けてください!助けてください!」と叫んでいる。悲痛な声。


誰も助けに行かない。


家があり、人影もちらっと見えるが、誰もその若い女性に見向きもしなかった。


「どうされたんです?」


見かねた少女が、若い女性に近づいた。


「この子…この子が…ッ!!」


涙ながらに、手に抱いた男の子を見せてくる。

気温は暑いはずなのに、顔面蒼白で、ガタガタと震えていた。歯をカチカチとならし、何かに脅えているようにも見えた。


その男の子は、先程、少女の薔薇を盗んだ男の子だった。


「私の息子なんです!!この子…青い薔薇だけを食べてしまったようで…。あぁもう、どうしましょう。私の3日分はもう食べてしまったのに…!!」

「3日分?」

「……貴方は旅のお方みたいですね。ここら辺の近くで、青と赤の薔薇を見ませんでしたか?」

「散々と見たよ。」


そりゃあもう嫌になるほど、と少女は笑った。


「ここの近くに大国があるんです。そこから、私達の国は、3日にいっぺん、薔薇を貰っているんです。幸せになれる薔薇を…。」


あの老夫婦だ。


「でも、この子、青い薔薇だけ食べちゃったようで。方色だけ食べると、体温が急激に変化して、毒になるのに…。この子、こんなに冷たくなって…震えて…。

早く、早く、赤い薔薇を食べさせないと…!!!」


若い女性が、男の子をギュっと抱きしめる。男の子は僅かに反応したが、それだけだった。

どう見たって、正常な状態ではないのが分かる。


あの女性が、絶対に、二色の薔薇を一緒に食べろと言っていたのは、これのせいなのか、と少女は思い出して納得した。


「つぎ、薔薇の配給があるのは明日なんです。それまでこの子がもつ保障なんてどこにも…。」

「そもそも何でまた片色の薔薇を…。いや、その前に、この国に来る道すがら、彼に会って、薔薇をとられたんですが…。何故、そんなことを?」

「……貴方が、この子に薔薇を?」

「えぇ、まぁ」

「…そうですか。」


女性は静かにそう言った。言ったきり、黙った。

少女は、さすがに今話そうとするのは無配慮だったと反省し、静かに女性の元を離れた。


離れた所で、さて、どうしようかと、少女は悩んだ。

人もいない、宿屋も店も無い、風景もない。面白い事もなさそうだし、ここで出来る事はなさそうだ。


少女はもう国を発つことにした。


「なー、おい。そこの餓鬼。」


そんなとき、少女を呼び止める声が聞こえる。

振り向いてみると、少女より、3、4歳上の少年がいた。垢まみれの顔に、野性味のある笑顔を向けてくる。ただ、目は濁っていた。

少女は振り返り、「どうしました?」と返す。


「さっきの話、ちと聞いてたんだけどよ。あの親子には、もうかかわるなよ。」

「なんで?」

「いいから。お前の為に言ってるんだぞ。それと、もうこの国からも出て行け。」


少年は不遜な態度でそう言った。

はぁ、と少女は首をかしげた。だが、何もいわずにうなずいた。


「あぁ、そうだ。少年さん。一つ聞いてもいいかな?」

「はぁ?」


少年はまゆをよせる。明らかに面倒くさそうである。


「答えてくれたら、すぐ国から出て行くから。」

「……まぁいいや。でも、何であの親子にかかわっちゃ駄目か、とかは答えないぞ。」

「なら問題ないよ。聞きたいのは、あの二色の薔薇の事。」


少年は、露骨にうげっという顔をした。それでも話は聞いてくれるらしく、少女に続きを促す。


「あの薔薇って、中毒性みたいなのがあるよね?」


少女はほぼ確信していながら聞いた。

少年は、何だそんな事か、と、「そうだよ。」と、うなずく。彼等にとってはあたりまえの事だったらしいなぁ、と少女は思った。

少女は単なる好奇心で、「詳しく教えてもらう事はできる?」と聞いた。


「俺だって、人並みにしかしらねぇけど。

あの薔薇は、一回食べてしまうと、3日間に一回は食べなきゃ生きていけねぇ。ま、だいたいの目安だがな。その我慢をこえると、欲求に抗えなくて狂う。」

「麻薬みたいだね。」

「麻薬ぅ?そんな危険なモンじゃねぇよ。専門者の人からも、二色の花びらを一緒に食べる事と、3日に一回は食う事を守れば、毒にもクスリにもならんって実証されている。」


体に毒ではなく、幸せになれるならば、確かに欲しがる人は多いかもしれない。

それに、ある意味お酒や煙草みたいな嗜好品と一緒で、中毒になるとリスクを了解しながら使うのは、スリルがあいまって余計に美味しく感じるものかもしれない。


少女は何となくそれはどうなのか思いながら、確かにあれはとても美味しく幸せな気分になれたなぁ、と思いだす。


「さ、もう出てけ。」


少年に追い出される形で、国の門をくぐった。相変わらずくたびれた門番は何も言わなかった。

ためしに「こんにちわ」と言ってみたが、見事にスルーされた。少女は若干傷ついた。


「おやァ?」

「ん?」


門のところで、思わぬ人物と出会った。

少女は目を「!」を頭に浮かべた。相手も、かなり驚いている。


ジャングルで会った、3人のおじさんだ。


「奇遇ですね、お嬢さん。」

「…えぇ。奇遇です、本当に。どうされたんです?」

「これも、仕事だよ仕事っ。」


武器を構えながら言われると、ちょっと不気味だ。

だがこの3人はとてもよく、武器が似合っている。


「何の仕事かは聞きませんけど、ご武運を。」

「けけけ。別に戦う訳じゃ無いんだけどねェ。」


そのまま三人は少女の横に入り、門をくぐり、国に入った。

少女はそれを見送ってから、ちらりと横の門番の青年を見る。


「…。」


この人、こんなに険しい顔が出来たのか。


流石に、この青年に何か話しかかける気にはなれず、だからといってここを離れる気にもなれなかった。

どうしようかと少女は迷う…ふりをして、実は心は決まっていた。


『好奇心は猫をも殺す、やな。』


機械の言葉を無視して、少女は国に入った。

いや、入ろうとしていた。

一歩踏み出した瞬間


――――バァン!!


一発の銃声の音が聞こえる。


「いやぁあぁあああああああああああああああ!!」


そして、絶望と悲痛に満ちた、女性の叫び声が聞こえた。

地面が揺れると錯覚しそうなほど大きな声。なんだか人間の声には聞こえない金切り声だ。そして、胸に穴が開きそうな気分になるような、声。

しかし少女は、この声には聞き覚えががあった。


この叫び声は、先程の若い女性のものだろう。多分。


じゃあ、撃たれたのは…。



「…なんだ、まだ出て行ってなかったのかよ。」


先程の少年が、目の前に立っていた。

少女はそれに気づいて、「そうだね」と笑顔で答えた。ぎこちない笑顔で。


「だから早く出てけって言ったのに。」

「うん。」


少年は頭をぼりぼりかいてから、言った。


「あー。あいつらは大国の兵隊さ。あの冷たくなってた餓鬼を殺しにきたんだ。」

「どうして?」

「それが仕事だからだよっ!」


いつのまにか、門から3にんのおじいさんの兵隊が出てきた。

一人の叔父さんの頬に血が付いている。


少年は、「やべ、じゃあな!」と急いで逃げた。少女は目をぱちくりとさせる。


「まぁ、お嬢さんにこういった血なまぐさい話を言うのはどうかと思ったんですがね。どうせ黙っていても先程の少年が全て言ってしまいそうでしたし。」

「そうですね。」

「私達が処分した男児は、違法な事をしました。なんだか分かりますか?」

「…薔薇の窃盗犯?」


少女は、薔薇をとられたことを思い出した。

が、良く考えれば、3人のおじさんがそれを知っているわけがない。


「窃盗ォ?もしかして、薔薇が盗まれたのかァ?…そうか俺らの国に寄ってったンだなァ。じゃあこれやるよォ。」


渡されたのは、やはり薔薇だった。

少女はため息つきたくなるのをこらえ、「それで、さっきの男の子はなにをしたんです?」と聞き返した。


「あの男児は、勝手に国を出て、あまつさえ薔薇の売っている花屋を探しに行こうとしたのです。」

「駄目なんですか?」

「当たり前じゃないですかっ!!」


憤慨したようにおじさんが言う。

その勢いに少女は気負わされる。だが意味が分からない。


「我等の国の庇護下におかれている身の上でっ、わが国の国民のほとんどにさえ秘密にされている花屋を探しにいこうなどっ、もってのほかっ!!!」

「えぇえぇ、そのとおり。そもそも3日に一回は必ず届けているというのに、何が不満だったのか、私にはよく理解できませんね。」

「はぁ。」


説明されても、少女には、よく分からない世界の話だった。

その程度で殺されなければならないのか。

もしジャングルの時、薔薇を持っていると答えていたのならば、少女は今この世にいなかったのかもしれない。


「よく分からないけれど、お仕事お疲れ様です。」


そうして、3人のおじさんは去ってった。

その後姿は、普通の元気そうなおじいさんだった。


「よし、やっと去ったか。」


ぬっ、と少年が出てくる。


「…ずっと門番の後ろに隠れていたんだね。」

「まぁ俺は若干目つけられてるからな。それよりも、それ。」


少女の手に持っていた薔薇をひったくり、なげた。

そして足で踏みつけた。

ぐりぐり、ぐりぐり、と執拗に。

まるで親の仇を踏みつけるように。


「絶対食べるなよ。後戻りできなくなる。いいか、これはあの国の策略さ。旅人にも薔薇を食わせる事により、あの国に留まる事を強制させる。

それによって滅ぼされた国もあるんだからな。」

「…食べないよ。少年の足跡つきなんて。」

「はんっ!」


つまらなさそうに笑う少年。

そして、小さくなった三人のおじさんの後姿を睨みつける。


「くそ!何が、我等の庇護下、だッ!!

そもそも俺達を、薔薇なくして生きていけないようにしたのはあいつらじゃねぇか!」


急に怒鳴り始めた。


「薔薇を無料で配ってるってやつ?」

「そうだ。薔薇を配っているのは国王の慈悲でもなんでもねぇ。ただ自国の開発に邪魔な近隣の国を従えて逆らわせないために、薔薇を配っているだけさ。旅人にもね。」

「へぇ。じゃああれ。一揆起こすとかはどう?」

「あいつ等の話、花屋の場所が秘密にされているって言ってただろう。

よしんば近隣国のやつらを仲間にして、戦争したって、その間薔薇はもちろんもらえないから全滅するだろうし、勝ったって花屋の場所を教えてくれる保障はどこにもねぇ。」


なるほどね、と少女はうなずいた。

まぁ少女はもちろんのこと、花屋の場所は知っているわけだが。それでも道のりはあやふやだし、そのせいで花屋の女性に迷惑をかけるわけにもいかない。


少女は何も言わなかった。

少年も何も言わない。

奇妙な沈黙が舞い降りた。

だが、さほど長くは続かない。


それに割って入る者が一人いた。


「あら、少年じゃない。そちらは旅の人…。」


ふらり、ふらり、と、こちらへ近づいてくる女性。

途中倒れそうになりながら、歩いてくる。

手には、何か汚れた白い布を抱えていた。


先程の女性だ。


「ふふふ、よかった。まだいてくれたのね。」


奇妙な笑いかた。

目は充血し、唇はひびわれ、それでも尚、笑っている。


少女は思わず一歩後ずさりした。


若い女性は、一歩、また一歩と近づいてくる。

じり、じり、と湿った土を、裸足でにじりよってくる。


ついに少女の目の前に来た。


「あの…?」

「あのね、この子、世界を旅することが夢だったの。いつか広い世界を見てみたいって。でも、薔薇の呪縛から逃れられないと、、、って。

今、この子はやっと逃れられたの。」


そう言って、血だらけの布を見せてくる。

中には………


少女はそっと目をそらした。


「ねぇ、貴方、旅人でしょう。私はもう歩き回る体力すらのこっていないけれど、どうしてもこの子に、広い世界を見せてあげたいの。」

「そうですか。」

「この子を連れて行ってくれないかしら。」


少女は何を言っていいのか分からなかった。何かを言いたいのに、喉につっかかって言えない。

女性は、1mmたりとも少女が断るとは思っていないようで、少女にその布をわたした。少女は危うく落としそうになったが、何とか拾う。


その時、言いたかった言葉が見つかったが、少女は


「分かりました。」


と、笑って受け取った。


隣を見ると、少年が凄い顔をしている。

その後ろにいる青年もだ。


「ありがとう。頼んだわよ。私は…」


少年が踏みつけた薔薇を拾う。

土ぼこりを払い、丁寧に私達の目の前に持ってきた。


「これを増やしてみるわ。」


疲れた顔で、笑いながら言った。


「出来るかわからないけれど。でも、絶対やってみせる。

もう、薔薇が無くて泣く子が出ないように。

もう、薔薇を取り合わなくていいように。」

「…そうですか。」


少女は、「じゃあもういきますね。」と言った。女性は息子をお願いします、と頭を下げる。


日が落ちるころ、少女は国を出た。







『あーあー!!散々な目にあった!!』


機会がいままでの鬱憤をはらすように叫んだ。

そう?と少女は笑う。


「まぁこの子の願いをかなえてあげられるだけ、いいじゃないか。子供に罪は無いよ。」


少女は、子供の死体が入った布を、大事そうに背負っている。


『それ、正気か?』

「うん。頼まれたんだから、連れて行かないと。」


えっさ、ほいさ、と森の中を歩く。

人が通ったことがなさそうな、獣道だ。足場は大分悪く、鋭い草が生い茂って、少女に小さな傷ができていく。

国はまだまだ先かもしれないなぁ、でもまぁこれも旅の醍醐味か、とか少女は思った。


「あのさー、少女ー」

「きっと、君は見えないだろうけどー」

「「背中から、種が出てるよー。」」

『はぁッ!?』


私の前に、機械が驚いてどうするんだ、と少女は呆れた。


「大丈夫。それは私からじゃなくて、この子からだから。」


この子、と言って、後ろに背負った布を指す。確かに、そこから青い種のようなものがこぼれていた。

どんどん、どんどん、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と。

少女が歩くたびに、布からおちていく。

やがて、全てがおちたとき、布に中身は入っていなかった。その布さえも、風にさらわれて、どこかへ飛んでいく。


「やっと夢がかなったね。」

『「「正気…?」」』


今度は3人の声が重なった。


「だいたいその種ってー」

「もしかしてー」

「もしかしなくても、青い薔薇だよ。」

『えー…』


少女は、荒野にあった花屋での出来事を思い出していた。


なんだかいやな予感がして、目が覚めたあの夜。


少女はトイレを借りようと部屋を出たら、地下におりていく女性を見かけた。

あれ?と思いながら、好奇心に負けて後をついていった。

長い階段をおりきると、そこのだだっ広い空間には、女性の姿と…


「うわぁ…綺麗。」


大量の、赤と青の薔薇が植えてあった。


「あら、起きちゃった?」


少女に気づいた女性が笑いかける。少女も笑い返したが、なんとなく嫌な予感がした。

というより、嫌な予感が的中したというべきか。


「…つかぬことを、おうかがいしますが。」

「あら、なぁに?」

「そこの布はなんですか?」


直径3、4mくらい、高さ5mくらいのものが、白い布に丸まっていた。汚くて、さびてて、わりとでこぼこしている。


「あぁ、種よ。」

「ずいぶん生臭い種ですね。」

「そうよねぇ。私も困ってるのよ。」

「中身は死体ですか?」

「種よ。」


少女は、そこに近づいて、布をはいだ。

中身は死体と種が入っていた。死体は、男だけだった。


「あぁ、駄目よとっちゃ。ちゃんと発酵させないと、種にならないのよ。」

「…娘さんですか。」

「なにが?」

「はじめての、種。」

「どうかしらね。もう薔薇が無くて泣く子が出ないように。もう薔薇を取り合わなくていいように。それだけが私の願いよ。」


布をかぶせるのを、少女は手伝った。

そして、「すみません、トイレ借りてもいいですか?」と聞き、場所を教えてもらってから、急いでそこへ駆けつけた。


「うぇ…ぇぇえええ…うぇええ…。」


そして、吐いた。


翌日少女は、何事もなく、その家を離れた…。


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