04
(side:D)
「音楽室で聞いた曲と同じだったんだ」
屋上にて。駿がそう言った。
「これって、偶然かな?」
「エリーゼのために、か。まあ有名な曲だ。偶然の可能性もあるだろう」
「駿、音とかで見分けとかつかねぇの?」
「電子ピアノだったからなあ。ちょっと無理かもね」
「そっかー」
篤人も駿も残念そうに肩を落とす。
久本千里。クラスではあまり目立たない存在だが、可愛らしいとひそかに評判がある。性格は非常に大人しく、元気な羽山との相性は良いのだろう、二人はとても仲が良い。至って普通の生徒だ。
やはり偶然なのだと思う。駿も篤人も昨日のことが気になっていて、かつこれといった証拠もないから何か手懸かりが欲しいのだろう。拓海は相変わらず興味が無いようで、弁当を静かに食べている。
「でも久本って子、結構可愛くね?」
「何だか内気な感じだよね」
「ん、ちょっと小動物っぽいよな。羽山経由で声かけてみようかなー」
「もしピアノを聞くことになったら僕も呼んで欲しいな」
「おー、いいぜ」
二人が楽しそうに話している。
天気はあいにくの曇り空だ。この分だと帰り際には雨が降るかもしれない。俺はこういう時のためにロッカーに折り畳み式の傘を常備している。雨が降ってきてもこれで心配無用。備えあれば憂い無し、ということだ。
二人の話題はいつのまにか最近コンビニで発売された新作のお菓子に変わっている。お菓子について語っているのは専ら篤人で、駿は聞き役に回っているようだ。篤人はお菓子が結構好きでよく購入している。女子ともそういった話題で盛り上がっているのを偶に見かけるし、お菓子をプレゼントされていることもある。
篤人の顔はつり目がちだがそれが猫っぽい印象を与え、非常に愛嬌のある顔立ちになっている。顔自体もどちらかというと可愛らしくも感じるが整っているため、篤人は女子にかなり人気がある。かといって男子に妬まれないのは篤人のその裏表のない、明るく親しみやすい性格が起因していた。
その点は駿にも似たようなことが言える。駿もまた見目が儚げな美少年然としていて整っているため女子に非常にモテるが、誰に対しても優しく穏和な性格から同性にも嫌われることが少ない。成績もかなり良く、運動もそこそこ出来るため、ここまで非の打ち所がないと逆に悪口が言いにくいのもあるだろう。見目とその凄さ故に同学年の間では駿は密かに王子と呼ばれている。
それに比べ、拓海は男子に嫌われることが多い。常に気怠い雰囲気を纏っており、そこが色気があって良いと女子からの人気は高いが、興味の無いことにはとことん無関心な態度と歯に衣着せない物言い、非友好的な態度が多々見られるため俺達以外の同性の友達は非常に少ない。また面倒を嫌うたちだが、性関係に関しては非常に緩いのも原因の一つだろう。そのため拓海の周りには派手な女子がいることが多い。
「そろそろ午後の授業、始まるね」
「確か古典だったよな。瀧センの授業マジ眠くなんだよなー」
「瀧先生の解説ってゆっくりだよね。声のトーンも少し低めで抑揚があまりないから僕もついうとうとしちゃうな」
「篤人、寝るのは程々にした方がいいと思うぞ。今週はまだ一度も通しで起きていたことが無いんじゃないのか」
「いやー、気が付いたら教科書に頭突っ込んでてさー」
「このままだと今年も赤点になっちゃうよ」
そんなことを話ながら拓海を除いた三人が立ち上がる。
「拓海まーたサボんのかよー」
少し不貞腐れたように篤人が言う。
「眠いから」
「でもここだと雨が降ってきたら濡れるよ」
「だからもうちょっとしたら別の場所に移るつもり」
そう言って拓海はひらひらと手を振った。
「赤点取っても知らねーからな!」
「それは篤人だって。拓海は何だかんだで要領いいよね」
「それは言えてるな」
「もう、そういうのってマジずりぃ。授業サボってばっかなのに何で平均点越すんだよ!」
篤人が若干怒ったように言う。本当に怒っている訳ではない、ただの冗談だと分かっているから俺は駿と二人して苦笑した。