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(side:A)
案の定、音楽室には誰もいなかった。
六限目はLHRだった。
今日はこの時間は音楽祭の伴奏者を決める時間に費やすみたいだ。学級委員長である大悟が推薦でも自薦でもいいからと候補を募っていると、クラスでは比較的仲がいい羽山が元気よく手を上げた。
「久本さんがいいと思いまーす」
久本。一体誰だと思ったら羽山の隣にいた黒髪の女が焦ったように梨香、と羽山を呼んだ。多分、あいつだな。恥ずかしそうにして羽山の肩を掴む久本って女は結構可愛い顔をしていた。何か、清楚って感じが凄い当てはまる。音楽とか、グランドピアノとか、確かに似合う感じだ。
「何度か聞いたことあるけど、超上手いんです!三歳からピアノやってるし、コンクールだって優勝経験あるみたい。今はそんなに力入れてやってるわけじゃないみたいだけど、趣味だから結構普段から弾いてるし」
勢いよく久本を薦める羽山にクラスの奴等は、まあ羽山がそんなに言うなら、みたいな雰囲気が出始める。羽山は性格も明るいしいい奴だからクラスではそこそこ人望がある。
大悟が、他に誰か候補はいるか、と声を掛けているが誰も手を挙げる者はいない。これはほぼ久本で決まりだと思っていいだろう。
「では伴奏者は久本さんとしていいな?」
誰が始めたのかは分からないが、疎らな拍手がちらほらと聞こえ始める。反論は出なかった。
六限目はまだ少し時間が残っていた。クラスの誰かの、どうせだから久本さんの演奏聞きたい、という声がして、あれよと言う間に久本は持ち運び可能な電子ピアノで簡単な演奏をすることになった。久本は恥ずかしそうに羽山の側にいたが、クラスの空気を読みおずおずといった風に教卓の方へと行く。
「じゃあ、少しだけ、弾きます」
俯きがちにそう言った久本の声は思ったより柔らかくて、そして少しだけ高かった。頬は恥ずかしいのかほんのりと桃色に染まっている。何だか可愛いな。
久本のほっそりとした指が電子ピアノの鍵盤に触れる。聞いたことのある曲だ。でも、名前までは知らない。何の曲を弾いているのか分からなかったけれど、ピアノに無知な俺でも上手いのだと分かった。
その時だ。隣にいた駿が思わずと言ったように口にしたのは。
「音楽室の、」
何を指しているかはそれで十分だった。