表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/81

第二十一章 「レムリアの死兆星」


『――着艦誘導士官(LSO)よりキャッチャー1、右に10度傾いている。修正してくれ』

『――こちらキャッチャー1、操縦系に被弾している。燃料も残り少ない。やり直しは勘弁してくれ』

『――LSO了解。現針路を維持、速度100まで落せ』

『――キャッチャー1フラップダウン……ギアダウン……フックダウン……これより着艦――』


 直後に鋼鉄の塊が「ハンティントン」の艦体を烈しく打ったかのような衝撃が甲板上に響き渡り、一機のBTウイング艦上攻撃機が跳ねながらに甲板を駆け抜け、やがてアレスティング-ギアを着艦ワイヤーに捉えられて止まった。五本ある内の最後の一本だ。

 右主翼から胴体に掛けて烈しく被弾した機体は、整備員と甲板員総出で前へと押し出され、そのようにして開いた飛行甲板には着艦を待つ艦載機が続々と飛び込んでくる――飛行甲板全部には、着艦を終えた艦載機が主翼を折り畳まれた上でぎっしりと並べられ、特に被弾の烈しく、再使用――もしくは再利用――の見込めない機はそのままに空へと打ち棄てられることになる。



 ――出撃27機の内、生還を果たしたのは17機。17機の内即時出撃に堪えられるのは10機であるものの、出撃戦力と以前の戦歴から判断すればこれはむしろ高い生還率といってよかった。一番最後に着艦し、艦橋での戦闘報告(アクション-リポート)の途上、損害を出したことに対し恐縮しきりのバートランドの肩を労う様に叩き、ラム艦長は笑い掛けた。


「よくやってくれた。いずれ君にはまた上空直援を頼むだろうが、お呼びが掛かるまで休んでいてくれ。状況だが、現在本艦は西方へ向け放射線状に5線、二段階に分けて索敵線を張っている」

「10機も出したんですか?」

 と、さすがのバートランドも驚きを隠さない。ラム艦長は頷き、言った。

「そうだ。敵はわざわざ東方周りに陽動部隊まで動員したんだ。これほどの攻勢なら、おそらくは空母も出ている。そうは思わないか?」

「確かに……で、出くわしたらどうします?」

「逃げる」

 有無も言わさぬ、あっけらかんとした艦長の言葉に、むしろバートランドは笑った。だがそれは彼にとって決して不快な判断ではない。

「確かに……今の状態で敵の空母に出くわしたら我々は一溜まりもありませんな」

「幸い、飛行機にレーダーまで積める様になった世の中だ。敵機発見の早さと確実さはこちらに利がある。その文明の恩恵に、今回のところは与る事にするよ」



『――艦隊は攻撃隊を収容後、第一戦速にて北方へ針路を取る』

 発光信号により知らされた母艦の命令は、護衛部隊の中核をなす駆逐艦「アラガス」艦橋に動揺を誘った。

「逃げるってのか! 追撃もせずに!」

「アラガス」艦長ジャクソン少佐は怒らせた肩もそのままに、戦隊司令たるダーク大佐を顧みた。その怒ったジャクソンの眼差しの先で、ダークは平静な表情もそのままに、回頭を始める母艦を見詰めていた。


「……いや、ハンティの判断は正しい」

「……?」

「あの程度の敵、こんなところで勝っても意味が無い。俺たちには、まだ先がある」

「ハンティントン」に倣うかのように北方への回頭を命じたところで、ダークは呟いた。

「……いい提督になれるな。あの艦長」

「え……?」

「いや……此方のことだ。何でもない。それにしても、ここの艦橋は冷えるな」

 思っても見ない事を、“50ノット”ダークは口にした。




 ――そこから虚空は、数百空浬を隔てた。


 轟音――


 ――編隊はそれを構成する各機が滑走路のある島々を出てすぐ後に堂々たる布陣となり、それは蒼空を制する勢いで敵を捜し求め進撃を続けていた。

 遡ること二時間前、空母『ハンティントン』を発進した攻撃隊はレムリア軍遊撃戦隊を捕捉し、敵駆逐艦二隻撃沈、一隻撃破、巡洋艦一隻撃破という戦果を上げた。少なからぬ損害を前に敵戦隊は後退に転じ、それを追撃するべき『ハンティントン』隊は戦力の収容と再編という名目の下、(いたずら)に時を費やし続けているように見える。


 ハンティントンは一体何をやっているのか!?


 攻撃編隊の先頭に立ち、ジーファイターの操縦桿を握りつつも、レイモンド‐S‐“ホーク”‐ハワード中佐の胸中は、その離陸前の時点で軍人らしい怯惰への純粋な怒りによって占められていた。何故に彼らは、敵部隊を追撃に掛からず現空域に留まり、あるいは戦線を放棄して安全空域に逃れようとするかのような行動すら見せているのか? 


 艦載機の収容?……そんな事情など、後背にレンヴィルという一大拠点を抱えている以上全くに無意味な思案に過ぎない――彼ら――ハンティントンの素人連中――はただ、怯えているだけではないか。それも、存在するのかどうかすら判然としない、姿の見えない強力な敵に対して――


 商船学校出の艦長? ろくでなしと敗残兵揃いの乗員? ロートルの戦闘機隊長? 攻撃飛行隊の指揮官に至っては哨戒飛行中の不注意を敵に突かれ、あえなく未帰還となってしまったという。さらには戦闘機隊の中にはこともあろうに慰問公演に赴いた「女優」と、「駆け落ち」を図ろうとした馬鹿者までいた……!


 失笑――そのような連中に空母を与え、あまつさえあの恐るべきレムリア軍と対峙させようとしたこと自体、大きな間違いだったのだ。戦争は連中のような「素人」に任せるべきものではない。あくまで我々「プロ」によって行われるべきものなのだ――特に現下のようなより高度化し、組織化された「戦争」においては……!

 そこまで思いを廻らせ、ハワード中佐は後背を顧みた。その彼の蒼く険しい眼光の先には、彼に直属する戦闘機隊20機と、それらの支援を受ける攻撃機24機が、一糸乱れぬ重厚な布陣を形成していた。彼ら一機一機の翼端、尾部から棚引く水蒸気が複数蒼穹に伸び、天球の蒼を禍々しく飾り立てていた――すでに、編隊はその余勢を駆り高度27000(エンジェル27)に達しつつあった。


 すでに、天球に在る全てを俯瞰できそうな位置――


 そのとき――

『――フック中隊よりホークへ、前下方に複数の機影を視認。ゼーベ‐ラナと思われます』

「了解した。全機、攻撃態勢を取れ」

 直後、戦爆連合編隊の間隔が一斉に開き、そして先行する戦闘機中隊8機が一斉に反転降下を始める。ハーバード‐D‐“フック”‐フォスターJr大尉の率いる編隊だった。彼自身の若さに任せたかのような大胆な、かつ勇壮さすら印象付けさせる編隊機動――それでも乱れを見せない中隊はその加速を生かし、彼らに捕捉される形となったレムリア軍遊撃戦隊の最後尾に殺到した。





『――敵編隊を視認。対空戦闘用意。上空直援隊は直ちに制空――』

 スピーカーからの報告が終わるか終わらないかの内に、一隻の艦影から火の手が上がる。駆逐艦「レーゲ‐ファウラ」。邀撃戦闘機隊と敵戦闘機との衝突を掻い潜ったBTウイングが2機、艦に接触を果たし、対空砲火をも突破してロケット弾を放ったのだ。レーダー照準により、目標に向け適切な針路と角度から発射されたそれは、全弾が「レーゲ‐ファウラ」の後部飛行甲板に着弾し炎上させたのである。


「――!?」

 巡洋艦「レーゲ‐セラ」の艦橋に上がったエルディナが、半球状の強化ガラスにその過半を覆われた艦橋指揮所から仰いだ遥かな蒼空には、すでに敵味方の曳く水蒸気による渦が生まれていた。渦はそれが始まって以来絶える事の無い旋回と上昇の結果として幾重にも重なり、そして蒼穹の蒼を背景に拡大していく。それはまさに、彼我の操縦士が生命と矜持とを賭して空に描く芸術だった。

眦を決し、エルディナは指揮シートの艦長を見上げるようにした。


「艦長、私も出ます」

「出撃は認められません。エルディナ様」

「何故に?」

「エルディナ様には、指導階層に連なるお立場を自覚して頂き、然るべき処で督戦の大任をお果たしあられたい」

「督戦……ですか!?」


 エルディナの声に、怒りと熱さが篭るのをこの場の誰もが聞いたはずだ。そしてエルディナの眼差しは、本人でも気付かぬうちに、正視できる者のいない烈しさすら孕む――初陣で死線を彷徨った経験が、知らず少女を変えていた――そしてその変化は、少女の周囲の人々にとって、あまりに急激で、受容しかねる変化だったのかもしれなかった。


「……」

 無言のまま、エルディナは踵を返し艦橋を出た。そのとき、許可をもらわないという選択肢に、少女は艦内通路を歩きながらに(おもむろ)に思い当たり、そして少女の脚は格納庫へと向かう。対空要員だろうか、ヘルメットと防弾チョッキに身を纏った一個分隊ほどの乗員と行き会い、さらに衛生兵の一群とすれ違ううち、少女は敵の追撃の手が、遂に艦にまで延びつつあることを悟るのだった。


「……!」

 烈しくはないが、唐突に起こる断続的な振動とそれに併せた艦の傾斜――身体で感じたそれが、この艦が回避機動に入ったことを艦内の少女に悟らせるのに、数秒も要しなかった。機関の変速と急旋回の生む加重んい起因する艦体の軋み――それが少女をして、却って格納庫へと向かう足を速めることとなった。その後に、ワーグネルもまた息を弾ませて続いた。


 格納庫に入り、ただ一機携止されたままの愛機の下に駆け寄る。決して広いとは言えない格納庫の、あまりに空虚な光景は、彼女の乗艦が、襲撃を回避するべくその持てる戦力を全て投入していることの何よりの現れだった。艦載機に至っては、その出しうる最後の一機に至るまで、「レーゲ‐セラ」は戦闘に投入していた。機体の傍にいた整備員が驚愕に染まった顔を隠さず、少女の名を呼んだ。


「エルディナ様!」

「お願い乗せて! 外の様子を見たいの」

 了解を期待していなかったし、貰うまでも無かった。半ば強引に操縦席に腰を下ろすや、エルディナは翼下で待つワーグネルに鋭い口笛を吹いた。主の指示に従い、犬もまた弾みを付けるようにして主翼に飛び乗り、操縦席の奥へとあっという間に潜り込んでしまう。そのままワーグネルを座席後ろに押し込み、滑る様な手付きで無線機を起動させると、エルディナは管制官を呼び出した。


「こちらフラウ‐アイン。レーゲ‐セラへ、我出撃準備完了、発艦許可を請う――」

『――フラウ‐アイン、艦長命令により発進は認められません。機を降りてください!』

「……!」

 怒り!――その想いと共に、エルディナは唇を噛み締めつつ翼下の整備員たちを見遣った。激情に任せた少女の眼差しの先で、事情を解せぬ整備兵たちは、出すべき言葉も態度も分からないままに、困惑の表情を浮かべていた。


そこに――

「……!?」

 轟音と衝撃の連鎖!――それが空雷の命中によるものであることをエルディナが知ったのは、瞬間的に赤に切替わった艦内灯と、一部区画の減圧を告げる音声警報の為せる業であった。

 巧妙な回避運動と対空砲火、そして直援機の奮戦も虚しく、「レーゲ‐セラ」は一機の攻撃機に捉まり、空に飛び出した一発の空雷は、容赦なく「レーゲ‐セラ」の左舷主砲塔を直撃したのである。被弾による発火は揚収中の弾薬に引火し、突風の如き爆発の衝撃は切り詰めた設計ゆえの軽装甲を軽々と貫通して他の区画に達する。


 延焼を止められなかったその瞬間、「レーゲ‐セラ」はその戦闘力の過半を失った。格納庫でも、繋止されないままの補修資材が傾斜とともにあらぬ方向に滑り出し、それらの倒れ崩れる音が、格納庫内で不気味な響きを立て始めていた。


『沈む――!?』と、エルディナは思った。信じられなかった。

 制御を失い、次第に傾斜を始める艦内で、整備班長が部下に目配せした。直後四方に散った整備員がエルディナ機を固縛していた索を解き、少女が唖然とする間も無く、愛機は整備員の手によってカタパルトへと運ばれる――カタパルトに機体を固縛する直前、中年の整備班長は操縦席まで這い上がった。


「ではエルディナ様、ご武運を!」

「ありがとう」

 素性も趣の異なる視線の交差――だが別れを迎えるにあたり、それ以上の挨拶を二人は知らなかった。


始動(フォルガス)――!!」射出口で始動するのでは、間に合わないとも、整備班長は言った。それだけ艦の危機が迫っている。

 手動ハンドルにより空冷エンジンが勢い良く目覚めの爆音を上げ、三翅プロペラが飛翔への希望を爆音にして奏で始める。直に操縦桿、フットバーを動かし操縦系統の点検、そしてトリムタブの調整――それらが滞りなく済み、エンジンの回転が一定したところで整備班長の節くれ立った腕がエルディナの肩バンドに伸び、それは強く締めなおされる。機体から降りた班長が手振りを送るや、エレベーターが動き出し、射出口へと猫背(ダルタ)を導いていく。これ程の惨状の中で、エレベーター用の動力が生きていることに、少女は驚愕よりもむしろ感動を覚えた。その間も、何処かで何かが爆発するか崩壊する音が振動となって此処まで伝わる。人間の悲鳴すら聞こえてくる。


 機体が完全にカタパルトに乗せられ、空への路を示す矩形の射出口を睨んだエルディナがヘルメットのバイザーを閉じたそのとき――

 不意に明るくなった背後を、覗くように顧みたところで、エルディナの表情は失われた。それが鎮まる素振りすら見えない火災は、遂にこの区画にまで侵掠の手を伸ばそうとしていたのだ。一斉に消火作業に入ろうとする整備員たちのなかで、班長が「構うな」という素振りをエルディナに見せるのを彼女は見た――そして言われるがまま、少女はもう振り向かなかった。


「射出準備よし!」眼下の整備員が叫び、手信号を送った。

「フラウ‐アイン――エルディナ‐リステール‐リエターノ、出る!」

 直後、機体は身を押し潰すかのような加速とともに打出され、少女とその愛犬は虚空に躍り出る――



「――――!」

 瀕死の母艦より打出されるのと、その眼前に迫り来る敵影の真正面を見出すのと、同時――

 反射的に、エルディナは撃った。揚力を稼ぐために下ろしていたフラップ、射出に適した舵の効きを測って重めにしてあったトリムタブのことなどとっくに忘れ、射撃の効果を知ることも出来ないまま反航する形となるや、エルディナはいち早く敵の背後を取ろうと操縦桿を引いた――そして、少女は自分の過ちにここで気付く。


 しまった!――石のように重く、意のままにならない操縦桿は愛機の旋回を膨らませ、速度計もまた失速への危険域へ向かってその目盛りを急激に刻み始める。

 同時にミスは追尾するジーファイターの付け込むところとなる――慌ててフラップを上げ、タブの調整に取り掛かろうとしたときには、背後に付いた敵機はすでに射撃を始めていた。


「――――!!」

 前方へ向かい機体を追い抜いていく赤い弾幕――それを見ながらにエルディナは機首を下げたまま、満身の力を篭め操縦桿を倒した。加速の付いたゼーベ‐ギガは元来の優速を取り戻し、追い縋るジーファイターを引き離していく。敵の射撃が下手なのは僥倖であった。その耐久力を超えた加速に金切り声を上げる愛機の構造(からだ)――追尾を諦めて上昇に転じたジーファイターをバックミラーに認め、離脱に成功したことを悟る。すでにタブの修正は終えていた。一気に反転し上昇に掛かる――その眼差しの先に待つ新たな驚愕を知ることもなく。


母艦(セラ)――!?」

 少女の瞳の遥か先――黒煙に取り巻かれるようにしてその細い艦体を傾け、雲海へと向かいゆっくりと高度を落していく艦影には、少女は見覚えがあり過ぎるほどにあった。装甲板を突き破って噴き出る火焔、廃屋が崩れるように零れ落ちていく、かつては艦の一部であった何かの破片、推進プロペラこそまだ力強い回転を刻んではいたが、艦が航行に必要な均衡を失った今、それは全くの無意味であった。


 そう――少女を戦場の空に送り出したばかりのレーゲ‐セラは、死に瀕していた。


「墜ちる――」

 少女の呟きは、正しかった。直後レーゲ-セラの艦体は大きく直立し、そこで突発的に起こった反応路の暴走が、爆発と衝撃波を発しながらに艦を二つに引き裂いた――


 ――煌きながらに散る破片、

 ――火に包まれた破片、飛び散る資材、

 ――暴発し枝垂れのように四方八方に散る弾薬、

 ――空に投げ出される人影、人影、また人影。


 自分が今まさに赴こうとしている戦いが、自分が戦うか戦わぬかの内に敗北に終わったことを、少女は悟った。


「――――!!」

 背後から迫る銃撃を、少女が察するにはワンテンポの遅れが必要だった。その代償は決して少なくはなかった。唐突にも思える被弾、それに続く烈しく外板を打つ衝撃の連なり、割れるガラス、そこから侵入し、操縦席内で暴風の如くに牙を剥く気流――それらの暴力的な連鎖に、少女は頭を屈して耐えた。だが耐えるだけではいずれ死を迎えることに変わりはなかった。



「馬鹿野郎がっ! そこでボケッとしているから!」

 桃色の塗装を施したゼーベ‐ギガの背後に回り込み、一撃を掛けたあとで、ハーバード‐D‐“フック”‐フォスターJr大尉は叫んだ。彼自身のこの戦闘ですでに2機の敵機を撃墜し、3機目の喉笛に、今まさに刃を突き立てようとしていた。いかにレムリアンの戦闘機が頑丈であろうと、6連装12.7ミリ機銃の一斉射撃の前では一溜まりもない。そして彼には、一度食い付いた敵機を、絶対に逃がさないだけの闘志と錬度が備わっていた。


「……終わりだ!」

「――――!!」


 絶叫――

 エルディナは叫んだ。

 叫び、それは――

 ――生への渇望。

 ――敵への憎しみ。

 ――不条理への怒り。


 そのとき――

 ――自分が何故、そのような動作をしたのか判らない。

 少女は反射的にフラップレバーに手を伸ばし――そして勢いを付けて引いた。

「しまった!」

 いきなりにフラップを下ろした敵機の真意を、“フック”フォスターが悟った時には、全てが遅かった。悟ったそのときには、急激に減速した敵機を追尾できず、加速の付いたジーファイターはそのまま前へ出るしかない――優劣は逆転した。


「当たれ!!」

 照準を付けるのももどかしい近距離――絶叫と共に少女はトリガーを引く。

 飛び出す光弾、光弾、光弾!

 白煙を曳きつつ撃ち出されたそれらは、ジーファイターのコマドリのような機体を囲み、抉り、裂く――火花と剥がれる破片が、断末魔の機影を飾り立てた。風防(キャノピー)が吹き飛ぶ。鮮血の如くに噴出す燃料の白、滑油の黒、火花の緋――その先に待つ崩壊。


「エイダ……待っていてくれてるのに……!」

 焔すらその中身を犯し始めた操縦席の中で、“フック”フォスターは遠く離れた本土で彼の還りを待つ恋人の名を呼んだ。その直後、操縦席に飛び込んで来た弾丸が一発、彼の首筋を切り裂き、彼を噴出す鮮血と共に絶命させ、機体の翼を奪った。


「……」

 焔を噴出しながら、危険な軌道を描いて遠ざかりゆく敵影を、エルディナは覚醒から解けたように半ば呆然として見送った。知らず、喰らった獲物の追尾を続けていた。だが勝利に酔っている暇を、戦場はエルディナに未だ与えてくれてはいなかった。



「フック!」

 空戦域の一隅に彼の相棒の窮地を見出した瞬間、ケン‐“バズ”‐マッキンタイア少佐は傍らを飛ぶハワード中佐に主翼を振り、手信号を送った。

『フックを助けに行きます』

『了解!』

 手信号により会話は一瞬で終わり、直後、マッキンタイアは反転から降下に転じ、加速の付いたジーファイターは十分な速度と優位を以てフォスターを追う敵機の背後に迫った――それでも、有効な射撃をするにはまだ距離があり過ぎた。そして彼が有効な距離にまで迫った時には、彼の勇敢な相棒はピンク色をした敵機を前に、その生命を散らそうとしていた。


「フックから離れろレムリア野郎!」

 突発的な怒りの任せるがまま、マッキンタイアは撃った。曲線をつけて延びる射弾の雨は、それが交差する寸前の距離で敵影を捉え、飛び散る破片を生む。


『しまった――!』

 機体を滑らせ、エルディナは後背の新たな敵をやり過すべく務めた。

 だが――

『――!』

 軽い、手応えのない操縦桿――それに喚起される少女の驚愕。猫背(ダルタ)は少女の意思を裏切り、徒に直進を続けるばかり、一方で迫る弾幕の魔手は、確実に伸び始めていた。

 殺られる!――少女の瞳には、もはや涙すら篭っていた。涙に汚れた瞳で、少女が後背を顧みた先、敵機のずんぐりとした機影は、その機番号すら伺える距離にまで迫っていた。


 少女は思う――

 ああ――自分は死ぬ。

 そして――少女は確信する。

 誰にも悲しまれることのない死――

 誰にも回想されることのない死――

 何時、何処で死んだかも問われることのない死――

 ――生れ落ち、母と死に別れてからずっと、自分はこうなることを望んでいたような気がする。

 ――だから、悔いは無かった。

 間隔を置き連続する被弾――

 確実に壊れていく愛機――

 混信する無線――


『――友軍機! 上空より友軍機!』

 もう……いいんだ。

 生きるために、回避することを止めた少女の、瞑られた瞳から流れる涙――



「フックの仇だ。悪く思うな!」

 確実な射撃を期し、照準を合わせるマッキンタイアの口元に宿る、残忍なまでの笑み――

 だが、彼が笑うには全ては遅すぎた――

 層雲を乗り越え、空戦域上空に真直ぐに伸びる幾重もの白い航跡――

 ――それは、仮初の優位に酔うラジアネス軍にとって、悪魔の襲来を意味した。



 眼下――

 ――完全に秩序を失い、雲海の渦巻く只中を右往左往するばかりの真白い軌条をその遠くに見出したタイン‐ドレッドソンが、それが近来にない友軍の苦戦の光景であることを悟るのに、数分の時間も要しなかった。そしてこの時、指揮官としての彼が下すべき指示もまた、彼自身の能力や勇気とは別のところで、即座に決定してしまう――敵は此方の接近に気付かず、ただ至近を飛ぶ敵を、それこそ手頃な獲物と看做して追い回している。



『リーダーより全機へ――』

 タインの指示が飛ぶ――

「ペイバックタイムだ。存分に殺せ!」

『――了解(ジーガー)!』

 眼下の味方の苦闘を前に、むしろ敵に対する烈しい敵意すら掻き立てられた空戦士たちは、その編隊の間隔を一斉に開き、飢えた狼の群の如くにその形の崩れかけた空戦の巨大な環目指して突撃していった。復讐に逸る彼らを目の当たりにして、命令の取消しなど、もはや出来よう筈もなかった。気速の任せるがままいち早く空戦域に到達したゼーベ‐ラナ、ゼーベ‐ギガに捉えられたジーファイターや逃げ遅れたBDウイングが忽ち黒煙を吐き、そして制御不能に陥って空戦域から墜ちていく。


「――!?」

 報復に取り掛かった友軍編隊の一角で、タインは見覚えのある操縦をする見覚えのあるピンクの機体が、一機の敵に今まさに捕捉されようとしているところを見た。咄嗟にタインは傍らのグーナ機に向けて気忙しい手信号を送り、彼の了解を得るのを待つまでもなく、スロットルを限界域まで全開にして編隊から離脱していく――


『あいつを助ける!』

『了解――!』

 直後にキャノピーの端に見出した黒点が急激に迫り、それは円運動を描きながらにタインを追尾し取り囲む四機編隊のジーファイターとなった。

「――!」


「あれがレムリアの死兆星だ。撃墜して名を上げるぞ!」

 “ホーク”ハワードが僚機に告げるや、編隊は一斉に間隔を開き、二機がタインの後背に占位する。それを回避するべく左旋回に転じたタインの前方を行く、左旋回に転じる二機――ジャグル‐ミトラは忽ちに「キル‐サークル」に捉えられた。


 中佐は勝利を確信する――確信には根拠があった。敵は喩え撃墜王の乗機とはいえ旋回半径で単発機に劣る双発機、このまま旋回戦闘に持ち込めばジーファイターでも十分優勢に立て、その上に数はこちらの方が多い。ハワード中佐にとって、戦闘航法学校(FAS)の最先任教官たる彼自らが先頭に立って研鑽に心血を注いだ「キル‐サークル」が、レムリア最強と目される撃墜王に牙を剝く。ホークの目論見どおり、一旋回目で撃墜王は友軍機の旋回の内側に踏込まれ、続く二旋回目で大きく速度を落し、さらにその脇腹近くにまで攻め込まれる――



 だが――

「クズが!」

 地上人の姑息な姦計を、タインは一旋回の内に悟った。その彼が三旋回目まで彼らに「付き合った」のは、彼我の間隔を計り、逆襲へのタイミングを見出すための、ほんの準備期間であるのに過ぎない。


 そして――

 それまでタインを追尾し、四旋回目で銃撃を掛けるべく敵の双発機に照準を合わせようとした瞬間――

 ――中佐は自分が狙うべき獲物の姿が、視界から完全に消えていることを知った。


「いない……?」

 愕然は恐怖を生み、中佐はそれの赴くままに首を曲げ、頭を四方八方に向け、さらには機体すら傾け眼光を凝らした。まさに戦闘航法学校でやるとおりの、典型的な見張り方法だった。機体の傾斜すら利用する捜索は知らず機体の速度を落し、集中力の切れた操作は知らず機動性を殺していく――

 空戦に臨むにあまりに初歩的で、恥ずべきミスにホークが気付いたそのとき――


「隊長ッ――!!」

 僚機の断末魔に、中佐は半身すら乗り出して直感の赴くままに後背を顧みた。その先で炎上し、背面に転じて黒煙を曳きながら「キル‐サークル」から縺れ合うようにして離脱していく二機――それらを葬った相手が、それまで自分たちが罠に嵌め、狐のように追い回していた相手であることに中佐は気付いた……だが、全てはもう遅い。


「キル‐サークルが破られた!? 馬鹿な!」

 加速――それは態勢を逆転させたジャグル‐ミトラをして瞬間的にジーファイターを完全な射程に収め、それを駆るタインの前に空白にも似た一瞬を示してしまう。一瞬――必墜の射撃を為すにそれだけの時間は、タインの研ぎ澄まされた感覚と超人的な反射神経にとって、あまりにも十分な時間だった。


 照準機を睨むタインの目が見開かれ――

 操縦桿のトリガーに充てた人差指に、篭る力――

「――!」

 機首から噴き出る焔と共に放たれた弾幕は、それがジーファイターに吸い込まれるようにして延びるや、垂直旋回の終わりに差し掛かったジーファイターの緊張しきったボディから左主翼をもぎ取った。二つに分たれた機体は直後に発火して自転し、互いに絡み合いながらに速度と高度とを奪われ、機内で絶叫する“ホーク”ハワードの生命とともに奈落の底へと突き墜とされていく――倒した獲物には目もくれず、タインは彼が目指すべき方向に、その機首ごと再び向き直り、背面の姿勢から降下に転じた。


「――!」

 加速――プロペラ機でも尋常ではない域に在る筈のジャグル‐ミトラの加速が、眼前のゼーベ‐ラナを襲う窮地を、彼我の機影の輪郭すら明瞭にさせる距離ではっきりと目の当たりにさせた瞬間、タインは迷うことなくスロットルの固定ピンを引き抜き、レバーをさらに前方へと押し込んだ。


 プロペラの回転が、一瞬止まった――

 緊急ブースター始動――

 排気管より、雲のような量感を持って噴出す真白い排煙――

 フットバーを踏み滑らせた機体から、真直ぐに噴出す水蒸気――


 そして――

 最短の時間で到達した最適の位置から、タインはジーファイターの背後をその照準機に捉える――

 撃つ――


「――――!」

「――――!?」

 エルディナを追うマッキンタイア少佐が、自らの背後に迫る異変の存在に気付いたときには、勝負は決していた。操縦席を揺るがす烈しい衝撃と吹き込む気流、そして周囲を乱舞する焔と貫通銃創から噴出した鮮血の匂い――それでも自らの最期を飾り立てたそれら全てを実感する間も無く、あるいは自分でも最期の到来に気付かない内に、“バズ”マッキンタイアは死んだ。そして乗り手を失ったジーファイターは背面に転じ、紅蓮の焔を吐き出しつつその墜落の過程で分解を続け、そして空の一点に消えた。


「フゥ……」

 期せずして覚えた安堵――

 直進――危機を脱しても尚それを続けるエルディナを越さないようにスロットルを次第に絞りつつ、タインは無線に呼び掛ける。


「おいお嬢ちゃん」

『―――』

「お嬢さんよ」

『―――』

 途絶えた交信に覚えた不審は、直後に驚愕となった。

「オイ!?」

 途端に、力尽きたかのように背面に転じたピンクの銀翼――それも、エンジンは全開のまま。

 少女の行為が何を意味するか、タインにはすぐに判った――

 反射的に背面に転じ、操縦桿を引き少女の後を追う――

 少女に追い縋るべく再び開いたスロットル――

 パワーダイヴ――

 ジャグル‐ミトラの強靭な機体すら、想定外の加速の前では、破局への悲鳴を奏で出す――

 そして二機は降下しながらに並び――

 ――タインは傍らを顧みた。


「――――!?」

 始めは酸欠かとタインは思った。

 だが――

 顧みた先で、操縦席の少女は明らかにこちらを見ていた。それはタインにもはっきりと判った。


 そして――

 ――降下しながらに交差する眼光と瞳は、二人にこの場で為すべきことを今更に思い起こさせる。

 そこに、追従してきたグーナの怒声――

『――隊長! 上昇をっ!……これ以上は!』

「――スロットルを絞り、操縦桿を引け! この馬鹿!」

『――――!!』

 少女が機首を上げようと試みているのは、加速に圧されつつも少しずつ動き出す昇降舵で判った。だが加速がもはや少女の膂力では抗えない域に達していることをタインが悟った瞬間、彼の口は自然に次の言葉を紡ぎだす――


「トリムタブを使え、ゆっくりと前へ回せ……焦るな、大丈夫。俺が付いている。出来るまで、地獄の底まででも付き合ってやる!」

『――――』

「エルディナ、お前は出来る()だ。大丈夫、お前なら生き残れる……だから機首を上げろ。俺の前で生きて見せろ!」

『――――隊長!』

「……!?」

 改めて振り返った前面――雲の影すら見えない、一面に迫る群青のコバルトの拡がりが、彼に反射的に操縦桿を引かせる――


「しまった……!」

 巌のように重く微動だにしない操縦桿を感じるのと、反射的にスロットルを絞り、油圧スイッチを使いフラップを開くのと同時――

 加速に抗って無理に開いたフラップの反動は、減速に転じた機体に相当な負荷を掛ける。減速と、それに続く際限ない降下の途上で機体の何かが割れ、歪む音をタインは感じた。


 操縦桿に力を篭めながらに、トリムタブダイヤルを回す――

 引く操縦桿に戻りゆく柔らかさと軽さ――

 高度計は、漸く中正を取り戻したジャグル-ミトラが、海面より僅か30フィートの位置でしかないことを指示していた。



 ジャグル-ミトラは上昇に転じ、タインは再び傍らを顧みる――

「――――!」

 並行するピンクの機体は酷く撃たれ、そして不気味な振動を続けていたが。一方で乗り手は健気なまでに此方の様子を伺っているのをタインは知る。知らず、上げた指は手信号を送り、そして向かいの相手もまた、無言の呼び掛けにたどたどしい手信号で応じるのだった。


『――無事か?』

『――大丈夫』

 嘆息――

 今更ながらの安堵――水平に戻った機内で一気に圧し掛かる、これまでに感じたことのない烈しい疲労。

 思わず仰いだ上空では、友軍の逆撃を正面から意図しないタイミングで受けた形となり、あまつさえ指揮官すら失った敵編隊は、まさに断末魔の体を呈していた。空戦の渦から黒煙と焔を曳き脱落していく機影は何れも敵、敵、また敵……その中に今更に加わったところで、勢い付く味方に獲物を横取りするのかと恨まれるのが関の山だろう。そう思いながら、タインは上昇に転じ、フラップを戻そうとレバーを引く。


「……?」

 何時もより動きの鈍い油圧の響きに、タインは故障を悟った。だが動作しない訳ではない。それがタインを安心させ、再び傍らを振り向かせる。果たして、傍らを飛ぶ少女は、不気味な振動を続ける少女の愛機から、神妙そうな素振りで彼を伺っていた。彼女もまた、無事ではない。


『トリムタブが吹き飛んでいる……あの状態でまともに飛んでいるとはな』

 安定を欠いた戦闘機を操る少女の技量に感銘を覚えるのも、今更ながらのことであるように思えたそのとき、タインの口元に宿る皮肉っぽい笑み――

 蒼穹を背景に、急降下から上昇へと転じた真白い軌条が二つ――

 それらは共に同じ速度を保ち、さらに緩やかな上昇を続けていく――


 空戦域を抜けた二機が、空域の端に差し掛かったそのとき――

「――――!」

 側方遥かに聳える層雲の一点に生じた粒のような歪み。それを見出したタインの狩人の目が、一瞬の驚愕とともに停まる




「――――!?」

 層雲から脱したばかりの蒼空の一点の、同高度の一隅に機影を察した瞬間、ツルギ‐カズマは内心で身構えた。

 周囲に敵影が見えないことを確かめ、慎重に機体を滑らせて接近する――機影が二機であることに気付いたのは、接近を始めてすぐのことだった。そして二機のうち一機が酷く傷付いていることに気付いたのは、それからさらに時が過ぎ。接近が続いた結果でもある。



 それにしても――


「いい編隊だ」

 ただの二機ではないと、カズマは直観する。

 これほどに息のあった二機編隊を、カズマは見たことがなかった。そのカズマ自身、後背にバクルを従えて飛んではいたが、それでも整然さでは、あの域には達する自信がない。


『――カズマ!』

 呼び掛けるバクルの声が微かに震えているのと、二機のうち長機らしき双発機の醸し出す、異様な雰囲気を、無言の迫力として見出すとほぼ同時――


 カズマは気付いた。

 気――あえてカズマが知らない単語を用いれば、「オーラ」というべきだろうか――が、尋常ではない。

 そのまま手を出せないままに飛んだ結果、ふたつの二機編隊は並び、そしてカズマとタインもまた距離を置いて並んだ。

 空を挟んで交差する、二人の眼差し――


「……なんだこいつ」

「ほう……?」


 層雲の向こうからゆっくりと近付き、同航の姿勢をとるジーファイターが、これまでに葬った敵とは全く異なる空気を纏っていることに、タインはすでに気付いている。彼の知る限り、そのような敵機はこの広大な空に一機しかないはずだった。


「黒狼三人衆も、やつの前に斃れたか」

 敵の正体をおぼろげながら察するのと、自ずと苦笑が浮かぶのと同時――

「いい出会いだが、今は戦うべきときじゃない」

『――隊長、地上人(ガリフ)の新手が接近中。その数およそ40!』

 再び嘆息――カズマを睨みながらにタインは告げた。

「引き上げだ。俺たちの仕事は終わった。生き残りを援護しつつ安全空域まで後退する」

『――了解(ジーガー)!』

 傍らを飛ぶエルディナに、空戦域より離れるよう指示を送る。自らも機体を横滑りさせながらも、従順なまでに指示に従いタインに距離を置き始めるエルディナをある程度見送ったところで、タインは再びカズマへ向き直った。


「俺に撃墜(たお)されるその時まで、せいぜい命の洗濯でもしておけばいい。地上人(ガリフ)撃墜王(イクスペルテ)よ」



「――――!」

 眼前の敵が主翼を翻し、横転で雲海の彼方に消えるまで、一瞬の間。

 だが逃げたとは思わなかった。自分があの操縦士の立場でも、同じ途を択んだであろう事が、カズマには判っていたから――


「あれが……レムリアの撃墜王」

 操縦桿を握る手が、不覚にも震えていた。

 強い戦闘機乗りだということは、一瞥だけでカズマには判った。

 だが睨み合いだけで、これほどにも力を消耗するとは、この時になるまでカズマには想像すら出来なかった。

 もし先刻の状態で空戦に入ったとしても、恐らく自分は生き残れなかっただろう――それを思い、カズマは唇を噛締める。そのとき、付き従うバクルが主翼を寄せ、カズマを覗き込むようにした。


「カズマ、見たか?」

「ああ……」

「ああいうのを本物の撃墜王というんだ。退くべきときには絶対に退く、しかし攻めるべきときは徹底的に攻める。本当に強い戦闘機乗りというのは、その区別がはっきりと付く人間を言う。タイン-ドレッドソンは……そういう男だ。彼は決して無用な戦いはしない」


 何時の間にか、追随してきた友軍機が、一帯を確保するかのように周囲を飛び始めている。

 リン‐レベックの率いる編隊が迫っていた。彼女とは三機で離陸したが、そこに新手の友軍機が加わった。空戦域とそこへ続く経路を把握する彼女の一方で、経験の浅く技量も拙いが故に、予備兵力として待機を命じられた部隊。敵艦隊攻撃の成功を聞きつけて飛び上がった若い搭乗員をまとめるのに、数少ない熟練者の助けが必要となったのだ。飛び上がってもまともに編隊を組めない、索敵もできないのに血気だけは盛んな連中のせいで、計画が狂い始める。

 その結果として現状のラジアネス軍における「最強の三機編隊」は文字通り空中で四散してしまった。編隊の維持に移動速度を制約された結果、救援が遅れるのではないかという懸念も、リン‐レベックをしてカズマとバクル他少数の戦闘機操縦士を先行させる措置に繋がった。特装機(エスクラス)に対しては、単なる数の優位など何の意味も為さない、ということを彼女は学んでいた。



「バクル、還ろう」

『何処へ?』

「もちろん、『ハンティ』へ」

『異議なし』

 

 空域が味方機に完全に掌握されるのを見届けた直後、二機は機首を翻し、空戦域より距離を置き始めた。目指す空の水平線の先、そこへ向かい飛び続けながらも――



「タイン-ドレッドソン……レムリアの……死兆星」

 おれは、あの男に勝てるだろうか?――

 呟き、そして思い、体中を苛む敗北感に抗うかのように、カズマは何者の影も見出せない空の水平線へ眼差しを向け、唇を噛締める――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れさまでした。 今回の戦いは、リューディランド戦以上に両軍に衝撃を与えるのでしょうね。ラジアネスは、敵戦闘機に対抗する戦術を編み出した筈のFASがただの一戦で壊滅、対するハンティン…
[気になる点] リンは? 今回は三機編隊の筈 [一言] エルディナも化けましたね、タインの部下になって今後も活躍かな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ