第十三章 「慰問公演 前編」
艦隊基地では見慣れない、流線形の戦闘機の列線がファッショル飛行場の一角に広がっている。
濃緑色の塗装は、彼らの本来の拠点が浮遊大陸の拡がる蒼空ではなく、そこから鳥瞰する広大な大陸世界にあることを示している。母艦飛行隊に前後してレンヴィル泊地に展開してきた、地域防衛軍 航空軍に所属する追撃飛行隊所属のF‐21E「スターガード」戦闘機の列線だ。
本来飛行隊はレンヴィルでの休養を経て、より前線に位置する浮遊島の仮設飛行場に前進する筈が、レンヴィルを取り巻く事態の急変が、彼らをして作戦展開に準じた待機状態を強いていた。望ましい状況とは言えなかった。全身予定地が空の傘を失う。それだけレムリア軍の浸透が勢いを増す。
その構造上、加速と空気抵抗の抑制に効果を発揮する液冷エンジンを搭載しているのに加え、尾翼寄りに後退した操縦席の配置が、「スカイダガー」が防空や迎撃と言った受動的な任務を想定した設計であることを示していた。展開以来、散見されるようになった訓練飛行でも滑走路を一杯に使い、加速を付けて離陸する様が目立つ様になっている。離陸出力に達した液冷エンジンの絹を裂くような爆音が、機体と共鳴し心地よい金属音を飛行場に響かせる。離陸――そこからの更なる加速と急上昇に、目を奪われない飛行場の人間は皆無であったかもしれない。
離陸の予定がない機体では、定例の整備作業が始まっていた。
昼に達しかけた時分、上半身裸の男たちが機首のアクセスパネルを開けてエンジン部品の交換を始めていた。滑走路からの照り返しもあるが、作業服の上衣を脱がねばならない程にその日の太陽は熱線を注ぎ、それ故にファッショルの気温は高かった。風向計で回るプロペラの回転に、勢いは見られない様にも思えた……風が少なく、そして重い。一帯を流れる空気も、不快な水気を含んでいる。
瓶ビールを呷りつつ、下世話な噂話に花を咲かせつつ、整備中隊の男たちは手慣れた手付きで予定の作業を進めていく。「世界政府」ラジアネスの施政権の及ぶ各地に連邦軍の基地があり、雑多な基地ごとに「気風」と「流儀」というものがある。移動を命ぜられた各隊にとって、全軍を統べる軍規が前線部隊と化した彼らの上に君臨するのに、未だ暫くの時間と実戦経験が必要な時期であった。
「――なあ、聞いたかあ?」
外した消耗部品を箱に収めつつ、男が戦闘機の機首に取りついた相方に言った。アクセスパネルに突っ込んだ頭を外に出さないまま、相方が返事をした。「何が?」
「艦隊の撃墜王が、FASとやり合って叩きのめされたってさあ」
「なに? 士官クラブで喧嘩でもしたのか?」
「違うよ。訓練だよ。空中格闘戦の訓練だ。向こうの教官に完膚なきまでに抑え込まれて、手も足も出なかったってサア」
「……」アクセスパネルから、汗と油に汚れた顔が覗く。
「撃墜王というからには、強いんじゃないのか?」
「FASの操縦士の方が、もっと強かったってオチさあ」
「慢心したんだろ。そこを突かれた……強いやつにはよくある結末さ」
「慢心かあ……そういやその撃墜王、未だ若いんだってさあ。二十歳も超えてないって噂もある」
「若い?……じゃあ、もっと強くなるだろ?」
「それがさあ、あれ以来ビビッて表に出てこないって話だぜ。昨夜の酒場でFASのやつが自慢気に言い触らしてた」
「なんだ、意気地が無えな。戦争はこれからだってのに――」
「うがあぁぁぁぁぁぁッ!!」
『……!!?』
怒声とともに投げつけられたスパナが空中で回転し、希少な「スカイダガー」の胴体にめり込み、突き破る。至近で振るわれた圧倒的な暴力に、男ふたりは驚いて腰を抜かす。トラック用の大型スパナ、並みの人間の膂力で投げられる重さではなかった。戦慄に引き攣った目を凝らせば、隣接する艦隊航空隊の列線、整備中のジーファイターから彼らを睨む女の眼光が、男たちから怒気を一掃してしまう。次には泡を食って奔り去る男ふたりの背中と、苛立ちに肩を怒らせてそれを見送るマリノ‐カート‐マディステールの姿が残された。
「あんのバカがぁ……!」
憤怒に満ちた瞳が、飛行場から臨む艦船用桟橋を睨む。公式の報道ではなく噂の形だが、「撃墜王の敗北」は、日を跨いだ今となっては驚くほどの速さで飛行場の内と外に拡がっている。その公式の報道すら、「ハンティントン」航空団が戦闘航法学校に要請し、公表を差止めたという噂まで流れていた。根拠の有無がわからない話を触れ回る戦闘航法学校の隊員の行為は軍規上も人格面でも問題だが、それ以上に、航空団の関知しないところで、FASの「挑戦」を何の考えも無しに受けた「あいつ」の軽率さはそれ以上に問題だと思えた。それを考えれば先日、FASの少佐を「あいつ」に引き合わせた自分の「軽率さ」もまた――
その「あいつ」は、「ハンティントン」に戻され「謹慎」を命じられている。
上官の同意なき飛行が、飛行から帰ってきた「あいつ」の「罪状」であった。マリノとしても醜聞同然の噂が流れるマウリマウリで休養を満喫するどころではなく、こうして持ち場である飛行場に戻っている状態だ。要するに苛立っている。そうなると無性に仕事がしたくなる……
「……?」
整備中の「あいつ」のジーファイターに向き直りかけたところで、背後の交通路を横切る気配に気付き、マリノは反射的にそれを顧みた。軍用地上車が交通路を走り抜ける。速い。感情に任せた嫌な加速だと感じた。そして……
「……飛行隊長?」
車が前を過る一瞬――ハンドルを握る男には、見覚えがあった。
軍用地上車がタイヤを鳴らして交通路を曲がる。挙動の荒々しさは、当然警備兵の注意を惹いた。基地区画から飛行場に入る段になって、哨所から手を挙げて車を止めた憲兵の鼻先に、押し付けるようにして身分証が突きつけられる。ハンドルを握る男の階級と地位が、それを示された憲兵から方向転換を命じる術を奪うのと同時に、車は荒々しくクラッチを繋いで飛行場内に踏み込んでいく。
二機のジーファイターQが、交通路を走る車と行き会う様に滑走路を滑走り、そして爆音も高らかに離陸する。運転席からサングラス越しの視線が、飛び上がる二機を感慨深げに見遣る。蒼空に溶け込むことを企図して採用された蒼色の迷彩は、戦闘航法学校創設にあたり、初期メンバーであった彼の発案であった。その時の使用機は複葉のウレスティアン‐キッド艦上戦闘機であった。その時に比べ、FASの保有機材は高性能になり、そして部隊としての規模も格段に広がった――過去に思いを馳せるまでもなく、車はFAS専用の格納庫前で、ドラムブレーキの悲鳴も荒々しく停まった。
「“レックス”! “レックス”バートランドじゃないですか」
呼びかけられ、カレル‐T‐“レックス”‐バートランド中佐は運転席から降りつつ相手に視線を流した。ビア樽……あるいは極地の白熊を思わせる巨体が、オイルで汚れた整備作業服に着られて立ち尽くしてた。刈り上げた銀髪と口髭に頼らずとも、彼がバートランドと違わない年齢に属することは誰の目にわかる。男の姿を見出し、サングラスに覆われた険しい眼差しが、微かに和らいだ。
「ポール“ベア”ハリントンか? ノースミラマー以来五年ぶりだな」
自ずと歩み寄り、握手を求める手が伸びる。急な再会とオイル塗れの手に戸惑う“ベア”を前に、サングラス越しの目が握手を促していた。一瞬の後、相好を崩した“ベア”のグローブの様な手が、バートランドの素手をがっちりと握りしめる。
「自分も『アレディカ』の後、空兵予備役から呼び戻されたくちでしてね」
「今じゃああり触れた話さ」
苦笑とともに、バートランドは現状を総括して見せた。ポール‐“ベア”‐ハリントン大尉は、航空機整備の大ベテランだ。一兵卒で空兵隊に入隊し、以後二十年余りの現役期間で培った整備兵としての経験と知見と買われ、大手の航空機開発メーカーに好待遇で雇用されるのと同時に軍を退いた。艦隊士官学校を卒業し、延長教育を経て中尉に任官したバートランドが、飛行士となって最初の飛行隊に配属された頃から、彼とは公私にわたる付き合いがある。
その“ベア”ハリントンですら、戦時の今となっては予備役から前線に引き出されている。教育機関にして実験機関という、FASの特異な性格を考えれば、整備士としての技量の確かさの他、恐らくは長じて技術士官になった後に築いた航空産業との人脈を買われた抜擢なのかもしれない。飛行の合間に生起する技術的な問題を解決する上で、彼の様な存在は大いに有用なのだ。
「ひょっとして……あの事ですか?」バートランドに問う“ベア”の眦が険しくなる。
「なぜわかった?」
「貴方が怒っていらっしゃるときは、いつも車の運転が荒いので……」
苦笑とともに、バートランドは頷いた。ともに歩こうとベアは促し、バートランドもまた同意する。飛行隊指揮所も兼ねた事務所へ向かう道だった。
「……ハワード中佐は先日の『検証』の一切を非公開にすると決めました。彼の上司たる貴方への配慮のつもりでもある様です」
「非公開にしたのに、詳細から結果まで、なんで一日であんなに拡がってるんだ? しかも、尾鰭どころか翼まで生えている」
「“レックス”もお理解りでしょうに……」と言うベアの口調は苦々しい。おそらくはハワードらのやりかたが、彼自身の信条に合わないからだろうと、バートランドもまた理解する。
格納庫内で軽く視線を流した先、ジーファイターQの脚下で愉しげに話し込んでいた整備兵らが彼の視線に気付き、慌てて笑顔を消した。彼らは言わば「拡声器」だ。彼らに「試験」とやらの詳細を脚色付きで流布し、基地中に広めた人間はあの奥にいる……と、バートランドは事務所へ続く通路を睨む。
「FASの権威にケチを付けそうな若造に、灸を据えてやった積りなのですよ。“ホーク”ハワードは」と、“ベア”は言った。
「権威? 今のFASにはそんなのもあるのか?」と、バートランドは聞いた。“ベア”は苦笑した。
「昔、貴方が去ってから、FASはだいぶ変わりました。何より変わったことには先ず、対話の『文化』が無くなった。自分も貴方が転属して二年後に此処を去ったので、あまり確信が持てないでいますが、有無も言わさずFASの流儀を他隊に押し付けるような場面が見られるようになりましたね……部外者との意見の交換をしなくなったのです」
「権威があるから、黙って言うことを聞け……と?」
「ええ……そんなところです“レックス”」
「その結果が『アレディカの虐殺』だ。いや……『アレディカの懲罰』と言うべきかな」
オフィスへ通じるドアを、バートランドは自らの手で開けた。カウンターで飛行前の準備をしていた操縦士が二名、バートランドの姿を目の当たりにし同時に表情を凍らせた。カウンターを抜けた事務所の奥、仕切られた一室にウィリアム‐“ホーク”‐ハワード中佐の表札と姿を見出し、バードランドはサングラスを外した。ノックも無く入室した途端、反射的に椅子から立ち上がった“ホーク”ハワードと、暫く対峙する。
「近いうちに話そうと思っていたところだ。“レックス”」
「座っていいか?」と、バートランドはデスク傍の椅子を指差した。頷いたハワード中佐が、手を伸ばして椅子を勧めた。勧められるまでもないと言いたげに、バートランドはやや乱暴に椅子に腰を下ろした。新たな人影がバートランドの背後から入室する。書類を抱えたまま鼻白むリン‐レベック‐“サイファ”‐ランバーンの姿を、バートランドは敢えて無視した。
「なぜ、こんなことをした?」
問い質すバートランドの傍ら、書類を置いたリン‐レベックが男二人の遣り取りを伺う様に座る。
「彼は二十機以上の敵機を撃墜した。しかもうち四機は特装機だ。そこに戦闘航法学校本部は着目した」
「これは傍目から見ても、異常な戦歴です“レックス”」と言ったのは、リン‐レベックだ。
「異常だって?」
「だから技量が見たかった。貴官が同意してくれないので……」
「命令書を偽造してでも、技量が見たかったのか?」
「……」
眼前のハワードと後背のリン‐レベックが互いに視線を交わすのを、肩越しにバートランドは察した。
「しかし、我々の提案を受けたのは彼自身の判断だ」
「提案? 私闘の挑戦と言い換えた方がいいな。しかも意味のない私闘だ」
艦隊の戦闘機操縦士として禁制の「私闘」――お前たちも、ただでは済まないぞ――眼差しを険しくして、バートランドはハワードを睨んだ。
「……『闇の舞踏』でボーズを仕留めた感想はどうだ“ホーク”……いや“狡猾な”ハワード」
「レックス……!」
「そうでもないと、あのボーズを倒せなかったか?」と、バートランドは畳みかけた。「目を塞がないと、対抗できなかったか?」
「“レックス”、ツルギ‐カズマの技量を見るための飛行を“ホーク”に提案したのは、小官です」
「お前が?」と、バートランドはリン‐レベックを見遣った。
「そしてこの場で再度提案させていただきます。“ホーク”、ツルギ‐カズマをFAS飛行隊の一員に加えるべきです」
「“サイファ”、彼は不適だ。FASの一員に加えるに値しない」
「何処が不適だ? 格闘戦ならお前より遥かに強いのに」とバートランドが言った。
「勝手な判断が目立つ。『審査』を切り上げて訓練空域から離脱したこと。危険な操縦操作で同乗者を危機に晒したこと。これだけでも戦闘機操縦士としては致命的だ」
「その同乗者たる小官が具申しても、ですか?」
「駄目だ。これは班長の私が決めたことだ“サイファ”。覆すつもりはない」
「……」
息を吐き、バートランドは腰を上げた。
「……とにかく、命令書偽造の件は任務部隊司令部に報告するからな」
荒々しく部屋を出たバートランドの後を、気配が早足で追う。バートランドが格納庫に戻ったとき、気配は彼に並んで歩くリン‐レベックの姿へと変わった。
「黙って同乗していたわけじゃ……ないんだろう。サイファ?」
「あの『闇の舞踏』の際、小官は前席に在って彼の操縦をトレースしました……素晴らしかった。あれは単なる戦闘機の操縦ではない。通常飛行から格闘戦に至る操縦操作全てが撃墜の技術です。彼は銀翼を得ながらにして空の殺し屋たるべく運命付けられている。そうとしか思えない程に洗練された飛び方です。一朝一夕に得られるものではありません。我々もあそこまでは――」
「なぜハワードを説得しなかった? 合同演習ならばあそこまで波風が立たなかったのに」
「ハワード中佐は警戒しておられます。FAS以外からレムリア軍戦闘機に対抗し得る空戦理論を確立する操縦士が出、発言力を持つことに」
「そいつから意見を聞いて、そいつのやり方を取り入れて生かすのがFASの仕事じゃなかったか?」
「……」少し黙り、リン‐レベックは続けた。
「だからこそ合同演習を実施しましょう。任務部隊司令部から要請を出して頂ければ……」
「悪いがその時間は、もう無いかもしれないぞサイファ」
「……?」
「太空洋艦隊司令部はレムリアンの蠢動に不安を抱いている。ハンティも近々休養を切り上げて航路護衛に投入されるかもしれない」
「タイド島がそう言ってるのですか?」
リン‐レベックの問いに、バートランドは頷いた。
「特装機……出てきますね」
「特装機狩りなら、ボーズはFAS以上の経験者だ……ハワードと君は馬鹿なことをした」
「特装機……私も狩りたい。皆も狩りたいんです」
「……」
リン‐レベックの声には、今の彼女が表に出すのを秘めて来た「血気」が覗いている様に、バートランドには聞こえた。
“ベア”が、地上車の前でバートランドを待っていた。“ベア”と再度握手し、バートランドは運転席に座る「サイファ、ボーズの受け売りだが、ひとつ助言をしておく」
「はい」
「あいつはこう言っていた。おれに撃墜された連中の大半は、撃たれるまで自分を撃墜したやつの姿を見ていないだろう。現実の空戦というのはそんなものだ、と。それは特装機でも変わらないと」
「……?」
点火器に火が入る。表情を失ったリン‐レベックが言葉の真意を測りかねたことを察し、バートランドは彼女の肩を叩いた。
「格闘戦で勝てないのなら、格闘戦なんかやらなきゃいい。そういうことらしいぞ?」
「ああ……それで彼は――」何かを思い出したかのように、リン‐レベックの表情が動いた。
「その分だと、カズマとは色々と議論したみたいだな」
「その彼の事ですが……」思い出したように、リン‐レベックはポケットを弄った。差し出された紙片を、バートランドは呆れた顔で受け取った。
「ツルギ君に」
「おいおい……まだ懲りてないのか?」
「『闇の舞踏』の埋め合わせをしたいので、謹慎が明けたら彼に連絡願いませんか?」
「本当に埋め合わせだけか?」
「勿論」と、微笑が応じる。
「信じるぞ」苦笑とともに、バートランドは紙片を仕舞った。リン‐レベックとベアを取り残すように、車が走り出す。潮交じりの重い風を胸に受けつつ、バートランドのぼやきもまた、風に乗る。
「……でもあいつは、格闘戦で勝っちまうんだよなあ」
孤独――
自分一人を衆目の前に照らし出し、浮き上がらせるためだけに設えられたその広いステージの上に、生まれて初めて足を踏み入れ、金色に輝く中央と圧倒的な群衆が渦巻く前面とに立ち尽くした瞬間、少女の周囲を形成する空間と空気の全てが、彼女の五感全てに対し、あたかも自身を押し潰さんばかりに迫って来たのを、少女は今でも明瞭なまでに憶えている。
孤独――舞台に立ったそのとき、少女はそれをはっきりと自覚した。自覚は孤独を恐れる少女を突き動かし、群衆と共にあろうとして、少女はあらん限りの歌声を絞り出し、そして踊り、群衆を沸き立たせたものだった。自らが引き出した熱狂と一体感――少なくともそれが続く間だけ少女は、孤独を感じずに済むことができた。
少女が初めて感じた孤独――
だがそれこそが――
少女を現在に至るまで苛む孤独の始まり――
『――フラウ、違う違う!』
一度ステージの上に在れば、ルイ-コステロからは元来の温厚さと軽薄さは何処の並行世界の話かとばかりに消え去ってしまい、中年を越えた振付師はその場においてフラウにとって最も恐ろしい教育係として振舞い始める。或る時はやる気を喚起させるため、また或る時は少女を怯えさせることでそれ以外の雑念を取り払い、歌唱へと専念させるために男は感情を爆発させ、少女を只管に演技へと集中させていくのだった。
『――そうじゃない。もっと嬉しさを篭めて声を出すんだ! それとベース、音を出すのが2テンポも遅れてるぞ。本番でちゃんとフラウに合わせんとそのケツを蹴っ飛ばすからな! あと照明、眩し過ぎる! もう1ランク輝度を落とせ。これじゃあ観客の目に毒だ』
コステロの叱咤はバックバンド、舞台の裏方に対しても容赦を知らない。公演をアイドル一人の独壇場たらんとせしむるに自己満足を覚えることなく、公演それ自体を舞台と裏方の連携の結晶としてこそ、真に観衆を魅了する価値あるものと認識し、そうせむるべくあらゆる尽力を惜しまないその点からして、彼は振付師としては並外れた義務感と最良の素養を持っているといえた――だからこそ、自分の仕事に対し疑問を抱き始めたフラウも、この場では彼の指示に付いて行こうという気にもなる。
容赦ない叱咤と指摘の連続の促すままにリハーサルを重ねて時は過ぎた。シンシア‐ラプカが司令部用地上車の助手席に乗って舞台の前までやって来た。クラッチを切られつつも惰性で転がされる地上車が完全に停止するより一瞬早く飛び降りたシンシアは、唐突とも言える闖入者を前に呆然とするフラウたちの注意を喚起するべく、パンパンと手を叩きながらにステージの前まで早足で歩み寄ってきた。
「ハイ! みんな集まって」
フラウ、そしてバンドの全員が舞台を下り自分の周囲に集まるのを見計らい、シンシアは笑みに唇を歪めた。
「ここを出られることになったわ。ただし、明日の公演が終わってからのことだけど」
「……」
沈黙を以ってマネージャーの言葉に応じる面々……だがその沈黙はおそらくフラウ一人の示した完全な沈黙を除いては、心からの安堵の発露であった。ひしひしと迫り来る侵略者の圧力は、やはり彼らの舞台に少なからぬ影を落としていたのだ。皆にそうした安堵を察し、シンシアは満足げに声を弾ませた。
「公演と後片付けが終わり次第、艦隊の駆逐艦に便乗して速やかにここを離れます。すぐに動けるよう、身の回りの支度だけはしておいてね」
そう言って、シンシアはコステロに目配せした。現場の裁量権の悉くがコステロ一人の掌中にあるが、それも周辺との折衝を経て全体の運営方針を決定した彼女が現れるまでのことだ。シンシアの指示にコステロはぎこちなく頷き、皆に休息を兼ねた解散を告げた。メンバーの撤収に必要な時間を考慮すれば、明日、開演直前のリハに使う時間も削られる……であるのならば、今からは個々に明日の開演へ向け、心の準備のできる時間を作った方がいいことを、熟練した振付師は知っていた。
三々五々、各自の控室へと歩き離れていくバンドのメンバー、フラウもまた、休息を取りに控室へ戻ろうとしたところをコステロに呼び止められた。
「フラウ」
「なに?」
「どうしたんだ。今日のリハはあまり冴えてなかったぞ」
「うん……わかってる」
「本番までに修正しておくんだ。でないと兵隊さんたちに悪い。いいな」
「……」
フラウの無言……それを少女の了解と取ったのか、コステロもまた無言で頷き、フラウの肩を軽く叩くと踵を返し離れていく。だが、少女の内心はすでに舞台からは離れてしまっている。少女自身、それを良くないことだと自覚してはいても――
あのひとは、来るだろうか?――想いとともに舞台へ向けられた眼差しを、少女は純真なまでに曇らせる。
ジーファイターに取り掛かるマリノ‐カート‐マディステールにとって、先刻から自分を伺う気配の主が、カレル‐T‐“レックス”‐バートランド中佐ではないかと思われた。それが全くの見込み違いであることに気付いたのは、ジーファイターの整備工具を取りに一度機体から降りたとき、ツルギ‐カズマのジーファイターβの前に佇んでそれを見上げるリン‐レベック‐“サイファ”‐ランバーン少佐の姿を認めてからのことだ。目を丸くして、マリノは“サイファ”ランバーンを見返した。その“サイファ”は、時折微笑を湛えつつ、マリノの仕事を見守るように佇んでいる。
誤認――それを催す位、リン‐レベックとバートランドの飛行士としての風格は似ていた。それは「覇気」と言えるのかもしれなかった。言い換えれば「新人」たるツルギ‐カズマを後輩のように扱うのに、必要な風格を備えている、とも言えるかもしれない。 一度“サイファ”を無視し、暫く機体に向かい合った後でマリノはまた顧みる――
「――っ!」
“サイファ”の眼差しが、何時しか自分自身に向いていることが、マリノを更に絶句させた。それを頃合いと見たのか、リン‐レベックは口を開いた。
「彼の機体を担当しているの?」
「腐れ縁ってやつですよ。モック‐アルペジオにいた頃から」
平静を装って工具を取り、他のアクセスパネルに向かう。
「友達なの?」
「違います。あいつは元部下です。教育隊の教え子って感じ」
「そうか……あなた空兵隊だものね」
「あはは……わかります?」
「その整備ズボン、空兵隊仕様だから」
「……」相手の観察眼が尋常ではないことに、初めて気付く。
「彼って、注文は付ける方なの? トリムとか、舵の感触とか……」一方的に、話題を替えられたと感じた。
「ずぼらな方ですよ。やり易い」
「ふうん……貴方はそれに甘えてるってわけ?」
「……!?」癇に障る以上に、指摘に容赦が無いのは教官職特有の癖なのだろうかと、マリノは内心で困惑した。立ち尽くしていたリン‐レベックが、ジーファイターに向かい一歩を踏み締める。脚立に掴まったままのマリノをそのままに、カズマ機に近付いた彼女は、金色の瞳を検察官の様に険しくしたかのように見えた。
「嫌いなやつでも、機体はちゃんと整備ないと駄目よ」
「嫌いって……何で判るんです?」
一瞬だが、真顔になってしまったと、マリノは自覚した。
「貴方の整備は、乗り手への苛立ちを機体にぶつけている様にしか見えない」
唖然としたマリノを見上げ、リン‐レベックは続けた。
「そのまま作業を終わった後で、自分の苛立ちに後悔してまた機体に向かう……自分の雑な整備で、何処か見落としが無かったかと。自分の雑な整備で、何処かを壊しはしなかったかと――そして貴方はまた彼のことを考えて苛立ちが募る」
「……」
「正直、彼が専属整備員を替えないのが不思議な位……改めなさい。危険な兆候よ」
「……」
「彼もそれを勘付いているはず……何故、ツルギ君は貴方を切らないの?」
「……」パネルを締めるドライバーが、止まった。
「ひょっとして……彼と寝てやってるとか?」
「ちょっと!」
「その慌てぶり、どっちなのかしら」
「寝るわけない……あいつとは!……間違っても寝ません!」
本気になっていると自覚した。本当ならば、笑い飛ばせる話題になったことを喜ぶべきことなのに、現実は怒りに頬を紅潮させて階級が上の人間に叫んでいる。
金色の瞳を、遠くを見るように細め、リン‐レベックは微笑んだ。マリノの無礼を咎める風ではなかった。「それならよかった」
「え……?」
「私は、ツルギ君と寝てみたい」
「……!」
呆気に取られ、そして我に返る。何かを言い返そうとしたマリノの茶色の瞳が揺らぐ。眼差しの先、踵を返したリン‐レベックの背中が、FASの格納庫へ向かい遠ざかるのが見えた。脚立から飛び降り、感情の突沸に任せてドライバーを地面に叩き付ける――ドライバーが跳ねて、手の届かない先へ向かい転がった。
「寝るとかヤるとか!……遊ぶみたいに言うなっての!」
叫びたくなる衝動に、胸を詰まらせてもなお耐える。胸が詰まる理由が、マリノには判らなかった。
連絡艇が左右に揺れつつ空の湊を奔る。その舳先は健気なまでに空母「ハンティントン」を向いていた。ただし桟橋から連絡艇に乗り込む将兵の影は疎らで、泊地での休養状態にある艦隊の日常を乗り合わせたマリノに意識させた。
正直なところ、清潔で居心地のいい士官用宿泊施設を離れ、艦に戻る理由は、今の彼女には無い筈であった。ただ……受け持ちのジーファイターの乗り手と顔を合わせる必要があると、マリノは感じていた――そう……「あいつ」だ。「あいつ」はいま、ハンティで何をしているのだろう?
命令は謹慎だが、「あいつ」はハンティの艦内に限り自由に過ごすことを許されていると、マリノは聞いていた。“レックス”バートランド中佐の配慮であった。戦闘航法学校が、「現場検証」の名目の下、「あいつ」を空に連れ出す際の手続きに「不備」が有ったとか無かったとかで、「ハンティントン」航空団とFASの間で摩擦が生じている。今後の展開によっては、「外出」も直ぐに許可されるかもしれない。
だいいち、”レックス”の許可なく撃墜王を空に連れ出したようなものだから、「あいつ」は航空団とFAS間のイザコザに巻き込まれた……と言うべきかもしれない。リン‐レベックとの遭遇と彼女の存在が、飛行士としての「あいつ」のキャリアに影を落とす可能性――それを抱いたことが、内心でマリノを困惑させている。「あいつ」のキャリアなど、本当なら関知するところではないのに。
さながら虚空に浮かぶ島――「ハンティ」の艦影が、さらに近付いた。曳船により浮桟橋と繋がれた無数の固定索と、港湾まで繋がる通信線の交差する様子まで手に取るように判る距離であった。連絡艇に先駆けるようにして、巨艦の下部格納庫に接舷していた大きな工作船には見覚えがあった。廃棄物の運搬船だ。停泊中の艦船から塵や廃油を集めて回るフネ、塵を満載した箱状の船体からロープが解かれる。真黒い排煙を吐きながら後進ギアに入った運搬船は、連絡艇と入れ替わるように「ハンティ」から離れ、そして交差する航路を取った――
「……?」
鼻を衝く廃油の臭いが風に乗って拡がる。マリノは思わず柳眉を顰めて口を抑える様にした。お互いに鈍足だが、交差する時間は短かった。それでも余韻の様に、臭いは連絡艇の船上に残り続けた。
臭いが移りはしないか――手にした土産の袋に自然と目が向く。保温材とアイスクリームの入った袋。あのリン‐レベックを否定したつもりだったのに、やってることがそっくりだと、マリノは更に困惑した。
困惑とともに接舷口に目が向かう。舳先が突っ込まんばかりに艦腹に接近し始めている。お互いの甲板員の間で、ホーサーの無げ渡しが始まっていた。ハンティの側では、上陸を望む乗員で、決して広くない連絡口は落下者の心配を抱いてしまう程にごった返している。接舷し、マリノがハンティへの一歩を踏み締めたとき、男たちの間から矢鱈と聞こえてくる「フラウ」「フラウ‐リン」の名が、彼女の柳眉をさらに顰めさせた。アイドルの公演に浮付いた男たちに対する、呆れの為せる業ではなかった。
そういや、あの「看護婦」もフラウ‐リンに雰囲気似てたな――マリノは思わず表情を曇らせた。カレースタッドで矢鱈と「あいつ」に世話を焼いていた、ルウという名の女の横顔が思い出された。そのルウと同じ系統の、人形の様な小柄な体躯とあどけない顔立ち、大きめの瞳、主張の強過ぎない膨らみの胸――「あいつ」の女の趣味を考えれば、「アイドル」フラウ‐リンはまさにその理想形とは言えないだろうか?
「……まさかね」
「あいつ」が今夜の公演なんか、行くわけがないか――脳裏に浮かびかけた懸念が、把握している現実に上書きされて消えた。
福利厚生制度の不備の為せる業とも言えるのだが、ずっと前線にいた人間が、慰問公演のチケットなぞ容易に入手できるはずがない。何処かのバカが、「あいつ」にチケットなんか渡さない限り、それ以前に「あいつ」がハンティから無断で飛び出さない限り、それは起こり得る事象ではなかった。
「脱走なんてしていやがったら――」ぶん殴る、という選択肢を口に出さず、脳裏に抱いたままラッタルを駆け上り、艦尾居住区へと続く通路を早足で歩く。人気はすっかりと消えていた。士官居住区の一隅、「あいつ」の部屋の前に立つのまではすんなりとこなせた。ノックしようとして逡巡する――今の「あいつ」に気兼ねする必要を、今まで感じる筈が無かったのに。
「カズマー!」
驚かせる、あるいは喝を入れるつもりで声を上げ、マリノは分厚いドアを開けた。最初に目に入ったのは拡げられたままの机の上で山を作る参考書、居ない?……と思ったが違った。二段寝台の上層が、毛布で盛り上がっているのを見る。枕の辺りで髪の毛が覗いていた。「あいつ」が以前、艦内冷房が効き過ぎると愚痴を漏らしていたのをマリノは思い出す……寒冷地では小柄な動物が不利なのに「理論」が似ている、とマリノは思う。ただし折り畳みの机をそのままにしているのは、士官を目指す者として頂けない。
「カズマ、ホラ!」
無作法を咎めるより先に、マリノは枕にアイスクリームの袋を近付けた。バニラとチョコレートの匂いならば速攻で目を覚ます筈が、そうならないことに困惑を覚えた。苛立ちが僅かな時差を置いて訪れた。
「起きろ! 机そのままじゃんか!」反応はなかった。こいつは何時もそうだ。慌てているように見えて、実は平然としている。平然としたもう一人のツルギ‐カズマがいて、始終相手を観察している様に見える。焦れた感情に任せた手が延びて毛布を掴み、引き寄せる――
「あれ?」
鬘が枕から零れ、毛布の下から長大な抱き枕を見出した時、マリノは怒声を発しかけた。思わず一歩を踏み出すのと同時に、マットレスの間から何かが零れた。ヒラヒラと落ちるそれを余裕で受け止める。掌の紙片――殴り書きを凝視したマリノの円らな瞳が、一瞬で驚愕に歪んだ。
「あのバカ……!」
リン‐レベックの名が付記された電話番号の意味を、深く推量る心の余裕は、すでに失われていた。
夜が訪れた。
母艦へ戻らず、停泊地の街を二時間適当にぶらついた後に足を向けた劇場の入り口は、すでに入場券を握り締めた将兵でごった返していた。
「ここが……会場?」
感銘と同時に襲い来る驚愕。それを誘ったのは、公演会場の所々に張り出され、あるいは掲げられたポスターや看板の連なりであった。その主たる派手な出で立ちの少女に、ツルギ‐カズマは見覚えが十分過ぎるほどあった。歩みを止めて両目を見開き、カズマは思わず少女の写真や肖像に見いってしまう。
「……」
あの娘だ――昼下がり以来の驚きは、やがて戸惑いとなり青年の胸奥にしっかりと根を下ろしていた。
あの娘があの美しい歌を唄い、この世界の男たちを魅了し続けている存在――?
おれが助けたあの娘は、そんな大それたことに身を投じていたというのか――?
胸を詰まらせるほどの感慨に身を任せて立ち尽くし、そしてカズマは会場に掲げられた看板を見上げつつ、手をポケットに入れた。その中に無造作に収めた優待入場券は、一度カズマを場内へと向かわせれば、群集の最前列へと彼を導いてくれるはずだ。
『――お願い、受け取って』
自分にチケットを持たせてくれたときのフラウ‐リンの、寂しげな言葉と面影を思い返し、カズマはしばし我を忘れる――
「……」
何時しか周囲の喧騒をじんわりと包みだす、暗く静かな黄昏の刻をカズマは感じた。街角の所々で瞬きだすネオンサイン、そして茜色から薄らとした紺色に染まりかけた空の存在に気づいたのはそのときだった。劇場入り口から会場整理の憲兵に両側を固められた運営スタッフが歩み出、トラメガを通じ入場を待つ将兵に声を張り上げる。
『――まもなく開場でーす。皆さん列を作って並んでくださぁーい!!』
途端に、質量ともに拡散と高潮とに転じる喧騒――それに連なる略装を纏った人々の列は、扉を放たれた会場を一斉に指向し、そして会場はそれこそ島中の男共をその限られた胎内に飲み込まんとしているかのようだ。一方向に動き始めた男たちの列の只中で立ち尽くし、カズマは元来た途を顧みた。
カズマの傍を通り過ぎる兵士が露骨に顔を顰め、あるいは鼻を抑えて離れていく。臭いが完全に伝染った衣服の匂いを嗅ぎ、絶望とともに後悔する。今にして思えば、堂々と連絡艇に乗って押し行った方が、「密航」目的でゴミ収集船に忍び込んだよりマシな選択であったかもしれない。
警備の緩さは、此処に来るまでにも体感できた。盛り場での乱痴気騒ぎへの対処に忙しいこともあるのだろうが、それでも警戒の目は、会場に向かうカズマに注がれることは一度として無かった。
そして――
喧騒が、至福の刻の到来を前にした喜色に染まり始めたのを見計らうかのように――
カズマもまた開場入り口へと向かい歩き始める――
戸惑いは、もう無かった。
男たちの喧騒の漏れ聞こえる会場の裏側を占める細く暗い通路を、シンシア‐ラプカは一人で歩き、そして廊下の奥に位置する部屋の前でその硬質な響きを立てる歩みを止めた。受け入れ準備が間に合わず、殴り書きの立看板で「控室」と銘打たれた一室。シンシアから薄いドア一枚を隔てたその空間では、これまでの彼女の人生の凡そ十分の一を捧げた対象が、多くのスタイリストやアシスタントに傅かれ、自らの最も有能な補佐役を待っているはずであった。
そして――この場におけるシンシアの役割は、アイドルたる少女に本番への集中を促し、少女の戦いの場たる舞台へと少女を先導することにある。
「フラウ、入るわよ」
ドアが開かれた。
そのシンシアの眼前――
シンシアが彼女なりの情熱を込め、ここまでの高みに押し上げた少女は、とっくに紫の輝きを放つ衣装に身を委ね、三面を映す鏡台の前に座り無言を貫いていた。女性であるシンシアにすら溜息を催させずにはいられない、少女らしからぬ妖艶さすら、その姿からは感じさせた。ともすればこのまま何時間も眼前の少女を見守っていたいという衝動を振り払うかのようにシンシアは後ろ手にドアを閉め歩き出した。
さりげなくフラウの背後に近付き、シンシアは言った。
「フラウ?」
沈黙――少女の反応を了解と受け取り、彼女は続けた。
「準備はいいわね?」
「……」
その瞬間、瞑想にも似た無言を貫いたまま、フラウは呪いを掛けられた人形のようにすっくと立ち、そして鏡台に映えた眼前の自らを見据えた。少女の円らで大きな瞳の先で、煌びやかな装いをした美少女はもう一方をきっと睨み付けている。
「何時ものようにやればいいわ。できるわね?」
同時にフラウがはっきりと頷いたのは、シンシアの注文にも似た口調に対する了解を示したからでは、決してなかった。
観てもらうんだ。あの人に私の唄を――少女は、静かに決意する。




