特別編 「異空のサムライ」の航空機 レムリア編
テラ‐イリス 複座戦闘/偵察機
※図最下部は整流カバーを外し、後部機銃を露出させた状態。後席機銃は操作性が悪く、安定性が悪化するために好んで使用されなかったという。
航空機運用能力を有する艦に配備し、ある程度の強行性を伴う偵察に従事させる専用機として開発、試作された機体。試作機ではあるが、既存の生産技術を流用したために量産性にも優れ、事実かなりの数が生産されている。複座の大型機ではあるが、最高速度はジーファイターαに拮抗し、武装においては優っている。
狭隘な艦内格納庫で運用するために長大な主翼に比して胴体が短く、それゆえ安定性、操縦性に課題を残した。しかし偵察用途には過大な重武装と速度を生かした一撃離脱戦法はラジアネスの中小型輸送船、旧型機に対する限りでは有効であり、航法と周辺監視に専念し得る後席員を同乗させられるが故に、ラジアネス側の常識を超えた広域哨戒任務をも本機は可能にした。事実本機を装備したレムリア軍のとある戦闘飛行隊は占領空域の浮遊島を根拠地とし、船団攻撃任務で少なからぬ戦果を挙げている。長大な主翼がそのまま攻撃機としても運用し得る大搭載量を可能にしており、両軍の戦況記述においても本機を攻撃に使用した例、本機の攻撃を受けた例が少なからず散見されるほどである。
ゼーベ‐ラナ 戦闘機
「大空洋戦争」全期間を通じ生産、運用されたレムリア軍主力戦闘機。特に良好な操縦性、整備性で評価される。
本機は、先行して配備されたゼーベ‐ギガで得られた運用上、技術上の教訓を吸収する形で熟成されていった。洗練された機体設計も然ることながら、未熟な操縦士に本機の操縦を迅速に習熟させる意図で操縦系、特に最適な操作に経験と勘を要するエンジン制御系は徹底的に簡素化されている。
正式には「アウトゲレーヴ」と称されるこの方式は、具体的にはエンジン出力変更の他プロペラピッチ、混合気比、過給機操作といった動力関係の操作全てをスロットルレバー一本に集中し、高度計、気圧計、速度計、燃料流量計といった計測器の数値をセンサーが感知し、スロットル開度に合わせた最適な調整を自動的に行うというものである。この装置の導入により、操縦士にかかる負担を軽減させたことは勿論、戦闘に専念させ易くなるという副次的な効果をももたらすこととなった。しかし従来の操作に慣れた古参の操縦士にとって、あまりに平易過ぎる本機の操縦性は、むしろそれ故に敬遠されるという副作用を生み出している。飛行性能に関しても先達のゼーベ‐ギガに対し運動性を除けば多くの面で「一歩、または半歩落ちる」というのが、多くの操縦士にとって共通した意見であった。「女子供用戦闘機」、「買い物用戦闘機」といった蔑称も存在する。
(事実、レムリア軍には女性、あるいは十代後半で撃墜王の称号を得た者が数多く存在するが、彼らの半分以上がゼーベ‐ラナを以て称号を得るに必要な五機の撃墜戦果をあげている)
しかし、本機の性能と威力が「大空洋戦争」期、特に開戦劈頭から劣勢を強いられたラジアネス軍戦闘機隊にとって重大な脅威と見做されたのは事実であり、本機の平易な操作性が未熟練操縦士の迅速な戦力化に寄与したこともまた、疑うべくもない事実と言えよう。
ゼーベ‐ギガ 戦闘機
ゼーベ・ラナに先駆ける形で開発、配備が行われたレムリア軍戦闘機。ただし基本性能に関してはゼーベ‐ラナよりも始終優勢であった。それ故「大空洋戦争」中期まで専ら小隊~中隊長専用機として多用されている。
重武装と高出力エンジンをコンパクトな機体に「詰め込む」という本機設計時のコンセプトが立てられたのは、レムリア同盟行政府・最高法院が地上への侵攻を決定する前年のことであった。このコンセプトが示す通り、当初はレムリア本土の基地及び艦艇から発進し、防衛的な空戦に従事させる目的で本機の開発は始まっている。燃料搭載量の低下を忍んでも機体の小型なることが強調されたのは、狭隘な飛行艦艇内で運用するという運用方針の一方で、木金混合の従来型複葉機による単機格闘戦を重視する古参操縦士を説得する意味合いが大きかったためと言われている。
しかし、全金属製単葉かつ小型軽量の機体に高出力空冷エンジンを宿すという方針が決して間違いではなかったことを、ゼーベ‐ギガは実用試験及び実戦で証明して見せた。従来機を圧倒する加速力、上昇力、そして武装を本機は有していたのである。特に急降下時に安定した加速と降下動作、それに続く離脱動作への移行が容易に行えることが実施部隊の操縦士を驚かせた。さらには大小計四基の機銃を機首と主翼付け根に集中配置したことにより射撃時の良好な集弾性を生み、これらは「大空洋戦争」時、敵手たるラジアネス軍戦闘機に対する大きな優勢となって現れたのであった。後進たるゼーベ‐ラナ、ラジアネス戦闘機に対する格闘戦性能での劣位も、旋回速度と横転性能を駆使したより立体的な機動を多用すればそれ程問題にはならなかった……ただし、それも熟練した操縦士が本機を操った場合でのことである。
熟練操縦士が操ってこそ光るそれらの利点は、ゼーベ‐ラナの操縦の平易さに慣れた若年操縦士の目にはむしろ難解に映り、生産の重点がより生産性に優れたゼーベ‐ラナに移行したことにより、本機は戦況の推移とともに各戦域から姿を消していく運命にあった。それでも本機を愛する少数の撃墜王たちの手により本機は前線で飛び続け、むしろそれゆえに、多くのラジアネス軍戦闘機操縦士たちをして「エース専用機」と恐れさせる効果をもたらすこととなったのであった。
なお、本機には風防後部と胴体を一体化させたファストバック型、通称「猫背」が存在し、少数が生産されている。胴体構造の変更により降下時の加速がやや向上したという。
キラ‐ノルズ 試作戦闘/偵察機
試作偵察機だが、戦闘機的な要素も併せ持ち、むしろ性能面あるいは運用面では後者の傾向が大きい。
「大空洋戦争」開戦前、前述のテラ‐イリスを浮遊島の基地から集中運用し、策敵通信系統の一本化を図る構想が生まれ、テラ‐イリス隊の指揮官専用機として開発されたのが本機である。テラ‐イリス以上の高高度を、迎撃機の追従不可能な高速を以て飛行し、戦略的により高次元な情報収集活動を可能にするため、液冷エンジンを推進式に配した先尾翼方式が採用された。液冷エンジンには初歩的ながら排気タービン過給器が搭載されており(本試作機の中には未搭載機も存在する)、比高三万スカイフィート以上の高々度においても良好な高速度巡航を維持することができる。しかしレムリアの技術力では実用に耐え得る排気タービン過給機の大量生産は極めて困難であり、それが本機をして少数生産の試作機の枠を出ない主要な原因となった。(これは後述のジャグル・ミトラも同様)
ロールアウトした試作機の多くが本土の試験部隊、迎撃戦闘機隊に集中配備される一方で、一部が前線で戦う少数の精鋭操縦士に専用機として与えられている。なお、彼ら全員が偵察用の装備を外し、純粋な戦闘用航空機として愛用した模様。
ジャグル‐ミトラ 試作長距離侵攻型双発戦闘機
長距離侵攻作戦に適した双発戦闘機として構想され、試作された。少数を試作したところで計画は中止され、残った機の多くが撃墜王専用機となった。本機の乗り手としては特に「死兆星」ことタイン‐ドレッドソンが有名。
本来単発戦闘機専用に設計された小型軽量の胴体に、高出力液冷エンジン二基を搭載する手法を取ることにより、破格の上昇性能と加速力の獲得を目指した。双発機の利点と良好な運動性の両立と、エンジンという「デッドウェイト」軽減策として幅の広く、横を切り詰めた主翼を採用し翼面荷重の軽減を図っている。
設計段階で前記の策を講じてもなお不安が残ったため、本機の開発陣は当時開発中の「手動空戦フラップ」の搭載という「暴挙」に出た程。これは操縦桿からのボタン操作によりフラップを展張し、低速度域でも良好な旋回を行い得るというものであった。さらには予想される運動性の不利を、上昇力と加速力で補うという観点から、当時やはり開発途上であった排気タービン過給機の搭載まで実施している。
これらの策を講じた……否、詰め込んだ結果として、本機は双発機らしからぬ運動性と、空戦域を一気に壟断し得る程の機動性を得るに至った。ただしエンジンコントロールと言わず操縦系と言わず、あらゆる操作に対する反応が急激に過ぎ、この期に及んで効果的な改修法が見つからないとあっては、本機は「乗り手を択ぶ」機体となる。「素人が単発機を無理矢理双発機にし、単発機特有の利点を残そうとあがいた結果、誰も手の付けられなくなった怪物」というのは何を隠そう、試作三号機の試験飛行を担当したタイン‐ドレッドソンの言葉である。この三号機が、後に彼の愛機となった。
その形状と破格の高性能から「空飛ぶ蠍」、「死神の二輪戦車」とラジアネス軍の将兵は本機をそう呼んで恐れ、その希少性から当のレムリア軍戦闘機操縦士は「地上人の飛行戦艦一隻を撃沈するよりも、ジャグル・ミトラ一機を手に入れる方が難しい」と嘆いたという。




