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第十四章  「血戦の果てに 後編」

 格納庫が潰れると思った後を、どう逃げのびたのかは判らない。

上空に飛行船を見出し、それが此方に突っ込んで来ると思った直後、鼓膜を掻き乱す程の音と平衡感覚を狂わせる振動が津波の様に押し寄せ、カズマの短躯を翻弄し、やがては意識すら漂白させた。


「…………」

 熱い……ばかに熱い――半壊したタマゴ戦闘機の下で、カズマは人心地を取り戻した。

 飛行船の巨体に挽かれて片脚が折れたタマゴの翼下。骨材が金属外皮の下翼を貫き、カズマのごく近くの地面にめり込んでいた。潜る場所を間違えていれば一環の終わりだっただろう。這い出しつつ、カズマは自分の周囲が炎に取巻かれていることを察する。人間の気配は何処にもなかった。自然と無機物のみが蠢く、人間がいないという意味での静寂――それはまさに、以前に体験した爆撃のあとそのものであった。


 頬を擦り、顔が煤に汚れていることを確かめる。戦闘機から這い出たすぐ近くに、飛行服姿の人間が倒れているのを見る。見知った飛行訓練兵だ。きな臭さを伴った黒煙の漂う下を這い寄り、彼の首筋に手を充てる。脈動が感じられないことを確かめ、カズマは表情を消す。


「…………!」

 未だ健在な紫電改の格納庫の近く。そこを佇む人影に、カズマは目を細めた。

 人影はふたつ。濃緑の戦闘服から、基地警備の衛兵であることが判る。もう一人は飛行服。二三言会話を交わした後、銃を背負った衛兵が飛行服に敬礼し、背を向けた直後――


 銃声――背後から放たれた二発は衛兵を背中から貫き、そして有無も言わさず昏倒させた。

 味方が味方を撃つ――その意味するところをカズマですら量りかねた。それまで黒煙に遮られていた視界が晴れ、その先にカズマは見知った顔が拳銃を握っているのを見出す。

「……クレア少佐」

 少年の面影すら残す銀髪の青年士官の姿、その顔は味方を撃ったというのに平然としているのが判った。注視するカズマを他所にマックス‐クレア少佐は踵を格納庫に転じ、その向かった先で再び拳銃の引鉄を引いていた。誰かが斃れる物音をカズマは聞いた。味方殺しを繰り返しつつ、彼が格納庫に向かう意味は――それを悟った時、悪寒と憤怒の入り混じった感情が、カズマの胸中に満ち始める。


「あいつ……!」

 這い出て、そして残骸の陰から立ち上がる。完全に格納庫の向こうに消えたクレア少佐を追う形でカズマは歩き出し、そして走り出す。その間際、潰れた格納庫が爆発し、衝撃波がカズマの短駆を弾き飛ばす――昏倒。


「…………!」

 うつ伏せから再び顔を上げ、焦点の定まらない目で格納庫を見遣る。凝視する内、爆発の煽りを受け半壊した格納庫の口から出て来た機影に、カズマは目を見張った。尖った機首で天を仰ぎつつ誘導路を進む機影がひとつ……レムリアの前翼機だ。そして格納庫もまた、その奥から不審な黒煙を吐き始めている――

「――――!」

 火を付けたのか!……新たな驚愕が、次には向け処の無い怒りへと昇華する。それに突き動かされるがまま再び身体を擡げカズマは走った。損壊したフェンスを潜り、格納庫の傍まで達した時には格納庫全体にまで火が回っていた。常人ならば足を踏み入れることすら躊躇う程の大火だった。それ以前に、明らかに友軍と判る戦闘服や飛行服姿が倒れたまま動かないのが、カズマを戦慄させた。紫電改は?――格納庫に在った筈のもう一機を目指し、カズマは恐怖を圧し格納庫の奥に踏み入る。

 

「あった!」

 外見だけならば、紫電改は完全に元の状態を取り戻しているように見えた。それが判っただけでも今のカズマには十分であった。車輪止めを取り払い、次には文字通りしがみ付くようにして操縦席に腰を沈める。乗り込むのに躊躇は無かった。

 シートの感触、機内に漂うオイルと金属の匂いが懐かしい。カズマの愛機は、最後に乗り込んだあの時と同じ抱擁感を以て、元の主を迎えてくれる。そして、計器盤に新たに繋がれた始動スイッチは、カズマが一目でそれと判るほどタマゴのものと似通っていた。躊躇は無い。即座に燃料コックと燃料注入ポンプを動かし、離陸するに足る燃料が入っていることを知る。それらが判っただけでも、今のカズマには飛翔への大きな動機となる。


「よし……!」

 スロットルレバーを始動位置にまで動かし、カウルフラップと滑油冷却器のシャッターを開く。動く!……全部動くぞ!――込み上げてくる歓喜と自分でも驚くほどの鮮やかな手つきでそれらを終え、カズマは始動スイッチに指を掛けた――

「コンタクト!」

 まず四翅のプロペラが回り、それをエンジンに繋いだ後に二度そして三度、エンジンが芯から弾けるような音を聞く。僅かな静寂――拙いか?……と訝しんだ次の瞬間には、排気口から青い炎と黒い煙が上がり、そして耳をつんざく爆音がひとつの発動機から生まれた。小柄なエンジンと小柄な機体に似合わない、周囲を威圧し、吹き飛ばすかのような暴力的な爆音――それはカズマの知る紫電改とは全くに違う、一段階上の力の為せる業であった。


 いける!――気配が紫電改の足許に駆け寄り、そして操縦席に向かい銃を突き付ける。



「カズマ!」

「――――!?」

 拳銃が、獣のような眼で構えられていた。獣の牙の様な銃口を、カズマは平然と見下ろす。その様が一層、拳銃を向けるマリノの敵愾心を掻き立てる。

「あたしの飛行機に汚らしいケツを触れるんじゃない! 今すぐ降りろ!」

「悪い、こいつはおれの戦闘機だ」言うが早いが、カズマはスロットルを「暖気」まで押し開く。回転を増したプロペラの生む風圧の渦を前に、マリノですら身を屈めてそれに堪えざるを得ない。そこに、カズマの声が降り掛かる。

「こいつを飛べるようにしてくれたあんたには感謝してる……だけど、こいつはこの世界には存在しちゃいけない飛行機なんだ。持主のおれは、こいつを処分しなくちゃいけない」 

「処分……だって?」

「勿論礼はする。処分する前に、おれはこいつで奴らを撃墜(おと)す。それでいいだろう?」

「奴ら……?」

「あんたらの言う、レムリアンだ」

「――――!」

 カズマの答えは、マリノの理性の垣根を飛び越えた。間髪入れず、殺気に満ちた怒声がカズマに向けられる。

「レムリアンを撃墜す!? バカは休み休み言えこのチビ!」

「やってみないとわかんねえだろ!」

「――――!?」

 銃声――放たれた拳銃弾はカズマの頬を掠め、滲み出る朱が煤に汚れた頬を洗う――それを放ったマリノの眼が、驚愕に震えた。

「アンタ……!」

 操縦席からマリノを見下ろす無表情。放っておけば何をしでかすか判らない、刃のような覇気の発露を前に、拳銃を握る手が躊躇う。そこにカズマの言葉が降り掛かる。

「じゃあな。教官殿」

「待って……!」

 拳銃を構える手が、下がった。意を決したかのように――


「約束して!……そいつを、此処に必ず持って帰るって」

「…………?」

「できる?……あんたに?」

「…………」

 カズマからは一言も答えを得られないまま、ブレーキを解いた「荘厳なる緑マジェスティック・グリーン」が外に向かいゆっくりと滑走を始める。もはやそれを止める術を持たず、自分の前からそれが過ぎる間際、カズマから向けられた挙動にマリノは我が目を疑った。


「え……?」

 敬礼?――操縦席からマリノを見下ろすカズマのそれは儚げで、そしてマリノの背筋を尋常ではなく震わせた。




 壊滅した戦闘機の列線を避けるように滑走を続ける。長く乗っていないことも関係しているのだろうが、滑走は、カズマが知る紫電改より難しくなったように感じられた。何よりもエンジン出力がカズマの記憶よりも大きく、弾みであらぬ方向に走ろうとするのだ。ブレーキの加減が特に難しい。


 必ず持って帰れ――発進に当たり、マリノが出した条件が誘導路を脱線しかける度に思い出された。少なくとも彼女の前では無様な真似は晒したくないと思う。完全に火に包まれた格納庫を横目に滑走路に出た時には、周囲はすでに静まり返っていた。同時に格納庫の周辺に人間が集まり出すのが見える。敵の攻撃を防ぎきったということか?


「――――!?」

 離陸するべくスロットルを開いた瞬間、加速の付いた紫電改の操縦席に在ってカズマは戸惑う――速い! 加速が、眼に見えて向上している。危うく充て舵が間に合わなくなるところを咄嗟にフットバーに延びた足で補う。滑走路の半分も使わない内に尾部が上がり、そして紫電改は風に乗せられたかのように大地から機体を浮かせた。操縦桿は中正に、フラップを畳みそのまま直進、全力を維持し自然に速度と高度が上昇するに任せる。

「――――!」

 地表スレスレに在って、速度計が三百ノット/時を越えているのを見る。凄まじい加速だ。紫電改でこんな加速など有り得ないと我が目を疑う。それでもゆっくりと操縦桿を引き、それに反応した紫電改は空の階段(きざばし)を駆け上る。雲層ひとつを軽々と越え、同時に高空特有の冷気が開けっ放しの操縦席に容赦なく吹き込んで来る。風防を閉めるという考えは起こらなかった。あいつは未だ遠くまで行っていないが、それでも肉眼で見付るのには手間が掛かる。なによりいまは――


「…………」

 モック‐アルベジオ上空より臨む水平線に向かい、金色の煌めきを没せんとする太陽――もうすぐ視界が奪われる――時間が惜しい――などと、カズマは冷風を胸に受けつつ思案を巡らせる。

 上昇から水平飛行に転じる。今更になって無線機の存在に気付き、イヤホンを耳に繋ぐ――


『――こちら第七監視哨……サン‐サウロ湾方面に北上する機影を視認……見たことの無い機体だ! プロペラが後ろに付いて……』

「いた……!」

 絶句し、機首を巡らせる。こちらの反応は悪くない。ただ少し……舵が重い――同時に躯が震える。寒さのせいではなかった。短駆では受け止めきれぬ闘志の発露であることは、当のカズマが知っていた。




 対空砲火の凄まじさは、予想外ではあった。


 ラジアネス軍はサン‐ベルナジオス造船所の各所に大小の対空機銃を幾重にも渡って設営していたのだった。造船所の建物の屋上は言うに及ばず、各所の通路や空き地に巧妙に配置された対空機銃トラックが蜘蛛の巣のように濃密な射線を形成していた。それ以上に――

『――くそっ! 地上人(ガリフ)め!』

 誰かの悪態がレムリア軍編隊の共通回線を伝って響く。こちらの接近を見計らっていたかのようにドッグから浮揚しつつ、対空機銃の弾幕を一帯にばら撒き続けている艦影がふたつ。地上人は修理中の駆逐艦を即製の空中砲台に仕立て上げ、攻撃の妨害に掛かったのであった。地上からの迎撃は予め予想していたものの、空中に設けられた障害とあってはまた別問題である。しかも駆逐艦の甲板上には乗員の他造船所の警備兵、民間の警備員までが多数配され、向かい来る侵入者に小銃や短機関銃を撃ち掛けてくる。


 だが、防衛側の予想を超えて来襲したレムリア軍攻撃機は優速であった。彼らは先ず、低空スレスレで造船所の敷地に肉薄すると、目標の第五ドッグへ一心に直進する。機体に不愉快な振動をもたらす炸裂弾の黒い花を掻い潜るヒラン機のキャノピーを、炸裂弾の破片が貫いた。だが、乗員に被害は無い。

「くそっ!」

 応戦しようとするテミルを、ヒランは止めた。

「雑魚に構うな! 狙うは第五ドッグに潜む巨鯨のみ!」

 叫ぶヒランの前方にすばらしい光景が広がった。一帯を埋め尽くさんばかりに広がるドーム状の建造物。間違いない、第五ドッグだ! 沈みかけた夕日の下、重厚な、黒っぽい色調はこれから死に逝く巨竜を納める巨大な棺に見えた。その周辺にあって空から弾幕を張る駆逐艦に苛立たしさを募らせつつ、ヒランは必死で有効な攻撃針路を探るように務める。

『――我、これより攻撃――』

 隊長の声がした。棺に振り下ろされる剣のように、猛スピードと鮮やかなきりもみを交錯させはるか上空から突っ込むキラ‐ノルズ。駆逐艦の弾幕がノルズ一機に集中し、下に生じた間隙にヒランたちは活路を見出した。

「隊長!?」

 ヒランの眼前、弾幕の雨を抜けたキラ‐ノルズの鮮やかな肢体が一瞬止まったように見えたそのとき、赤い主翼から落雷のごとく放たれたロケット弾が薄い合板製のドームを貫き、そこで爆発した。ヒランにはそれが、神代の昔に大地を貫き、この世のあらゆる悪徳を焼き払ったという大神ティルナードの雷を、直に見たような気がした。爆煙が晴れた後には、巨大な穴が穿たれていた。攻撃針路上、駆逐艦の真下を潜りつつヒランは爆弾の起爆装置を解除した。ヒランの後には一直線に列機が、そして合流してきた第二分隊が続いた。機首を上向きにし、ドッグのドームが完全に機首に隠されたその瞬間が、投弾の合図だった。

『――投下!』

 ボタンが押された。ガコンという鈍い音と共に、機体が軽くなるのを感じた。前方には、火網を惹きつけつつ、翼端から水蒸気を引きながら優速と高出力を利してはるか上空を行くセギルタ機の機影――振り向くことなどしない。パイロットが振り向けばそれは機体の挙動にも反映される。蛇行して速度が落ちる。ただシートに頭と肩を埋める様に身を屈め、離脱まで駆逐艦に機体上部を晒す僅かな瞬間を凌ぐ。


「テミル、目標はどうか?」

「成功です! 成功!」

『――こちらコータ2! エンジンに被弾した!』

 二分隊の二番機だ。これから投弾寸前の分隊長ルトールの怒声がした。

『――コータ2、爆弾を投棄し離脱せよ!』

『――こちらコータ2、偵察員が死亡!』

『――コータ2! 離脱を許可する!』セギルタの声だ。

『――こちらコータ2……偉大なるレムリアに栄光あれ!』

「馬鹿! やめろ!」テミルが怒鳴った。

 ヒランが機体を水平に戻すのと、コータ2がドッグに突っ込むのと同時だった。

 巨大な火柱が、ドッグの一点に咲いた。

「ううっ……!」

 テミルの慟哭が聞こえた。それを無視するかのように、ヒランは感情を抑えた口調で言った。

「これより、帰投コースを取る」

 投弾を終え、弾幕を掻い潜って上昇してきた他の二機がヒラン機に接近し、それはやがてひとつの三機編隊となった。




『――敵機はサン‐サウロ湾方向へ逃走中。警戒中の各機は追撃せよ。繰り返す――』

 サルトンク方向へ飛行するジーファイターαの機上で、バートランドは追撃の命令を受けた。

「ウォッチタワー、造船所の損害はどのくらいか?」

『――現在確認中』

『――くそっ、敵機の位置もわからんのにどうやって追撃しろってんだ!』

 オービルマン大尉が吐き捨てるように言った。編隊の左端を飛ぶ一機のエンジンが黒煙を引いている。コルテ少尉の機だ。バートランドは呼びかけた。

「オービル、どうした?」

『――ペーハーロックです。滑油計が下がらない……』

「先に基地へ帰ってろ。足手まといになってもらっては適わん」

『――しかし……』

「これは命令だ」

 不承々々に少尉機が編隊を離れるのを見届けたところで入ってきた通信に、バートランドは眼を剥いた。

『――モック‐アルベジオより一機発進。サン‐サウロ湾方向に逃走した工作員を追尾中』

「マックス‐クレアか……!」

 回線の中に緊張した空気が流れた。モック‐アルベジオを巡る戦闘中に、捕縛した敵工作員の口を借りて膾炙したスパイの存在。さらに情報部の協力を得て判明した新事実が、戦闘機操縦士の間に深刻な警戒感を拡大している。


 本名エゼル‐エールラー。開戦劈頭の植民都市攻略戦において、いち戦闘機中隊を率い彼よく四十機を撃墜したというレムリアの撃墜王(イクスペルテ)。死角からの一撃で狙った敵機を必ず仕留めたことから「毒蜂」のふたつ名を冠せられたこの男は、その事実だけでラジアネス全軍に警戒されるに足る存在であった。こちらにもベテランが揃っているが、それでも実際の飛行経験と空戦における飛行経験の質的な相違を彼らは十分に心得ている積りであった。特に戦闘機乗りはそうだ。戦闘機乗りは何時間戦闘機に乗ったかではなく、ひとりで何機の敵機を撃墜(キル)したかによって評価される。それが戦闘経験に乏しいベテランたちには正直恐ろしい。何千時間も飛行経験を重ねた戦闘未経験の大ベテランが、数十時間の戦闘飛行で「殺し(キル)」を覚えた若造にいとも容易く斃される――彼が戦闘機に乗っている限り、それは十分にあり得る現実なのだ。


「『毒蜂』を、たった一機で追ってるってのか」

 オービルマンが呻く様に言った。そこにキニーも続く。

「まさか……あの坊やじゃないだろうな?」

「おいおい……」

 バートランドは苦笑した

「……こんなときに空に出てくる奴があるかよ」

 言い棄てて、苛立ちを隠せない眼を、薄暗さを増した空へと向ける。光明は雲海のその遥か先に埋もれて見えなかった。






 筋雲の上を舞っていようと、太陽が水平線の向こうに墜ちていく様をはっきりと見出すことが出来た。もうすぐ夜が訪れ、全てが大団円の内に終わる。夕日はそれを予感させる光景であるように、キラ‐ノルズの操縦桿を握るエゼル‐エールラーには思われた。彼の人生にとっての最も長い一日、晴れてマックス‐クレアという名を棄てるその日、それは勝利の美酒により締め括られねばならなかった。


 成し遂げたという満足感と逃げ切ったという安堵感の赴くまま、エールラーは戯れに操縦桿を傾けた。二万単位を越える高高度に在っても、キラ‐ノルズの給気系統は液冷エンジンの鼓動に必要な燃焼を保証してくれる。巨大なバブルキャノピーは、シートと一体化した上半身から腰に至るまで広範な視界を展開し、高機動の中に天空世界を堪能させてくれる――地上世界からの脱出に成功したという開放感も手伝い、エールラーは舞うようにキラ‐ノルズを手懐けるのだった。


「――――」

 眼を瞑り、生暖かい酸素を吸い込む。左手が抑えるスロットルレバーと右手で握る操縦桿……キラ‐ノルズは、基本そのままでいるだけで操作に関わる全てを為すことが出来るよう設計されている。スロットルレバーは開度に応じて必要な混合気比とプロペラヒッチを自動的に調整し、レバー自体にもブースト加速用のボタンと照準器のスイッチが付属する。俗に自動調節機構(アウトゲレーヴ)と称されるこれらの操作機能に加え、舵を与る操縦桿には機銃弾装填/発射ボタンの他、トリム調整用のボタンが付く。

 「レムリア空導工学」の名の下、機能美の粋を尽くしたレムリア機の一方で、愚かな地上人は空を飛ぶ利器をより簡易に、直感的に操ろうという意識すら湧かぬらしい。そのような連中が天空世界に進出し、彼らの同胞を天空の大地に捲こうというのだ。


「愚か者め……」

 口元を嘲笑に歪ませ、エールラーは思う――それは許されるべきことではない。地上人よ、お前たちに天空は千年早いのだ……!


 操縦席の前方一面を占める広角光像式照準装置の隅で、投影されたレムリア数字が分秒を刻んでいる。時計によればそろそろ「お迎え」が来る筈だが――顔に浮んだ訝しさをそのままに、エールラーの眼が見渡す限りの雲海を探る……下層雲の連なりを縫うように、北から迫る機影がふたつ――エールラーの視力は、常人ならば確実に見落とすであろう、空に揺らぐ僅かな黒点に過ぎない彼らを、容易に捉える程研ぎ澄まされていた。自分を母艦たる「ウダ‐Ⅴ」まで誘導する任を負い進出して来た友軍機の影だ……それを彼の方から接近しつつ、エールラーは確信する。


 彼らの眼に付き易い様に針路を択び、距離を詰める。それでもノルズがテラ‐イリスの紅い胴体に塗された部隊識別章がはっきりと見える距離に近付くまで、出迎えたる彼らはエールラーの接近には気が付かなかった。それを咎めるよりも、自身の技量に対する過信が先に立つのは内心抑え難い。


『――こちらゴード分隊。これより母艦まで誘導す』

 機首を転じるイリス、その後席にあって航法士がノルズに頻繁に視線を注いでいる。それだけ飛ぶノルズの姿が珍しいのだろうとエールラーは思う。レムリア社会の最上位層を構成する、択ばれた者のみに操ることを許された新鋭試作戦闘機たるキラ‐ノルズ。結局ノルズから「試作」の冠詞が消えることが無かったのは、推進式プロペラに代表される幾つかの斬新に過ぎる機軸が、レムリア軍の運用サイドをしてその実用に足踏みをさせた結果だったが、不採用だからと言ってお蔵入りにはせず、むしろ優秀な空戦士――操縦士――に専用機として宛がうことで機体の真価を見極めさせるという「善き慣習」が、セギルタやエールラーをしてこの機の乗り手たらしめている側面もあった。


「――――?」

 宵闇のヴェールが下りかかる空の一点に、エールラーは不審な揺らぎを見出した。友軍か?……否、そんな筈は無い――しかも、やけに速い。

『――少佐? どちらへ?』

「四時下方に不審な機影。あれの後背に回り込む。ついて来い」

 返事を聞くまでも無いかのように、率先して銀翼を翻しイリス隊に続航を促す。やや強引な変針だった。それでもイリス隊は異議を挟むことなくエールラーに従い、彼の背中を守ってくれている。

「…………」

 空を翔る不審な影が独つ――首を曲げてまでそいつを目で追いつつ、ノルズの機首を転じようと試みる。影の主が闇が漂い始めた内陸では無く、未だ明るい海岸線沿いを飛んでくれていたのは僥倖だった。直線飛行であることも重なって影の動きは速い。エールラーの記憶が正しければ、地上人があのような速い機体を保有している筈が無い。

 これ以上距離を開けられまいと、スロットルをもう少し開きたい衝動に駆られる。しかしそれをすれば、もはや全速状態のイリス隊との間隔が容易に開く――つまるところ、影はイリスよりも速い。地上人が、そのような飛行機を保有している?


 少し逡巡し、エールラーは「抜け駆け」を選んだ。スロットルが開けられ、ノルズは再び全速を取り戻す。未確認機から見れば後上方の位置にあるが故に、加速の付いたノルズは忽ち獲物に向かい距離を詰めていく――

「――――?」

 近付くにつれ、機影が見覚えのあることに気付く。その機影が照準器の照星に重なる寸前、機体が上昇姿勢のままエールラーの眼前にせり上がった。

「な――!?」

 衝突を予期し眼を瞑る。反射的に傾けた操縦桿がノルズに反転降下を択ばせる。急降下と急旋回の生む猛烈な加速がエールラーを苛み、そして彼は呪詛の言葉を吐きつつ姿勢を回復しようと試みた。その途上――

「バカな!」

 過ぎ去った空で生じたふたつの炎――断末魔の黒煙棚引く先で、二機のイリスが砕け散る。あっという間に――!


 その遥か頭上――


『――クレアァァァァァーッ!!』

 共通回線を引き裂かんばかりの怒声。それと共に夕陽を背景に舞う機影が独つ――

「『荘厳なる緑マジェスティック・グリーン』――!」

 戦慄とともに、エールラーは恐るべき追跡者を見遣る。




『――クレアァァァァァーッ!!』

 上昇に転じ、三機目の敵を見出すやカズマは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。こいつは敵、仲間を殺した敵、この世界でカズマが漸く得た友人の生命を奪った敵!――このまま逃がすわけには断じていかなかった。


 ――直線飛行を維持したままサン‐サウロ湾通過を装ったのは賭けでもあり、罠でもあった。海岸線沿いの地形もそうだが、太陽の位置と雲の流れから内陸側に潜む敵に見出され易い位置、此方から積極的に敵を追うよりも、敢えて目立ち敵の注意を惹いた方が手っ取り早いとカズマは判断する。あとは欲を掻いたレムリア人が、行きかけの駄賃とばかりに此方に食いついて来ることを祈るばかりであった。


 予想通り、朱に染まり掛けた空を背景に飛行機雲を曳いたその三機が一斉にこちらに機首を転じ始めるのを見たとき、カズマは自分の賭けが的中したと知るのと同時に内心で身構える。そこからは更なる賭けの始まりであった。やつらは向首(まえ)から来るのか、それとも後背(うしろ)から来るのか――?


 旋回の途上、一機が増速し抜け駆けるように此方の後背に回り込むのをカズマは眼で察する。悠然と列機二機を引き離し、薄灰色の雲を背景に追尾機動に入る前進翼機の機影を見出した時、カズマはそいつが、彼が望む獲物であることを察した……と同時に、この空域における最も手強い相手だ。


 前翼機が追尾機動に入り、一気に距離を詰めて来る。

 スロットルを閉めてカズマは待つ。勝負は一度きり――そうでなくては倒せない相手だと、カズマは迫り来る気迫から察していた。


「――――!」

 来る!――再びスロットルを開き上昇に転じる。急上昇を検知した機体の重力センサーが自動的にフラップを展張し、上昇の頂点に達した紫電改を背面から降下姿勢へと迅速に転じさせる。その向かう先に、前進翼機から遅れてカズマを追う位置に在った敵機二機があった。降下姿勢から加速を付け、瞬く間に後上方に占位する。照準機が一機に重なった瞬間――

「――――!」

 スロットルレバー上の機銃発射把柄を握る。腹にまで響く二十ミリ機関銃弾が白煙を曳き敵影に追い縋る。イリスの胴体に着弾の火花が散り、次には右主翼を叩き折る。墜ちゆく一機目の先に、慌てて回避機動に入ろうとする二機目の姿――左旋回に入ろうとするその鼻先に向かい二連射目が空を切る――エンジンより発火し、直後に空の一点に四散する敵影。



 三機目――最もカズマが撃墜を望む三機目が正面から迫る。だが射撃が間に合わず、二機はそのまま機首から向い合い交差した……と同時にそれぞれの操縦席から、カズマとエールラー、二人の操縦士は―― 一瞬ではあるが――互いの眼を交差させる。


「――――!」

「――何時ぞやの少年か!?」


 叫んだのはエールラーの方であった。それは彼には信じ難い光景であった。あの週末の夜、ともに格納庫を覗いた訓練兵。本来ならば操縦桿を握ることすらありえないような新兵が戦闘機を駆り、おれに――栄誉あるレムリアの撃墜王に――向かって来るというのか?


「笑止ッッッ!」

 嘲笑い、叫び、そして腕に任せて操縦桿を引く。左旋回から一瞬の水平飛行を経て上昇に転じる。ふとあの夜、「荘厳なる緑」を操る少年と対峙した際の遣り取りがエールラーの脳裏を過ぎる。そのまま記憶の棚で腐らせるには強烈過ぎるやつの印象。やつに自分の全てを見透かされていたかのような不快感が、エールラーに「荘厳なる緑」の乗り手に対する殺意を惹起させた。やつは殺す!――上昇でやつを引き離し頂点から背面に転じる。ついて来られずに下を逃げ惑うやつの後背を撃つ!


 尚も余力を残した状態でノルズは背面に転じ、上昇姿勢から脱した。地上人の戦闘機ではノルズの上昇について来られる筈が無かった。ついて来られずに上昇する力を使い果たし、這う様な速度で回避機動に移る敵機の姿を、エールラーはこれまでに幾度も見て来たし、当然容易に想像できたのだ。

「――これで終わりだ! 小僧!」


 いない!――照準器の先に在るべき影を見出せない――それこそが、エールラーを戦慄させた。

 思わず視線を巡らせた背後――

「いた……!」

 やつの追尾は続いていた。やつが乗っているのは、格納庫で埃を被っていたみすぼらしい飛行機では無かった。やつ――「荘厳なる緑マジェスティック・グリーン」にはノルズに追従できる力があり、速さがある。その証拠に獰猛な鷲の嘴を思わせるスピナーが真っ直ぐにノルズの背後を捉え、距離は尚も詰まっていた。


「お前だけはっ!……絶っっっ対に撃墜(おと)す!!」

 ノルズを追いつつ、カズマは叫んだ。

 先ず物理的な旋回半径で紫電改はキラ‐ノルズに優り、速度の浪費無く乗機を迅速に旋回させる技量に於いてカズマはエールラーに勝った。その結果、キラ‐ノルズに喰い付いた紫電改はその射線上にノルズを乗せる。

 紫電改の鼻先よりさらに先、照準器の中で主翼を傾け右往左往する機影がはっきりと見える。逃げるノルズが加速し、紫電改は猛然とそれを追う。速度で負ける気は起きなかった。横転から降下に転じたノルズを、紫電改で彼の航跡をなぞる様に追う。紫電改の性能とカズマの技量ではそれすら容易だった。紅い層雲を背景に回避と追従が何度も繰り返され、その度にノルズと紫電改、両者の距離がさらに詰まる。追われるエールラーからすれば、全くに意味が判らなかった。


 ノルズの尖った機首の頭ひとつ先に、カズマは照星を重ねる。

 今まで味わったことの無い、背筋を壊さんばかりに震えさせる感情に突き動かされ、エールラーは後背を顧みた。その影響でノルズもまた傾いた。

不意の蛇行によりノルズの速度が落ち、紫電改はさらに距離を詰める――それを目の当たりにし、エールラーの顔が醜く歪む。

 

「やめろ……!」

「――――!」


 ノルズを睨むカズマの眦が殺気に歪む――裂帛の気合――スロットルの発射把柄に再び指を重ね、強く押し込む。

「――――!!?」

 悲鳴――それを発するよりも速く放たれ、着弾した機銃弾は炎の奔流と化してノルズのコックピットを押し流し、エールラーの命を奪った。





 気が付けば夕日は、その黄色い全容の過半を水平線の向こうに没し去っていた。


 マックス‐クレアを乗せたレムリア機が紅蓮の炎に捲かれ、幾つかの火球に千切れつつ既に光の届かない大地へと吸い込まれていく。風防を開け放ったままの紫電改の操縦席から、カズマは敵の最期を見届ける。

「…………」

 全てが終わった後、不覚にも胸がばくばくと高鳴っていることにカズマは気付く。実戦なんて何度も、嫌という程経験した筈なのに、今し方まで身を置いていた死地こそが、生まれて初めての命の遣り取りであったように感じられる。だがそれも今回限りだ。あとはこいつを眼下の海に沈めれば、カズマは全てから解放される。最初の時の様に、何処か遠く離れた場所でこいつを隠しおおせることができるとは、カズマはもう考えなかった。


 海を睨みつつ、カズマは紫電改の機首を転じた。加速は、カズマが知る紫電改よりもずっと良いように感じられた。時速三百ノットを振り切り、それから時を置かずに四百ノットを越える――加速に晒されたプロペラの上げる轟音が勇ましくも、一方では虚しく聞こえた。迫り来る漆黒の地上を睥睨しつつ、紫電改は低空に達し、ゆっくりと水平に還る。


 湾口が迫るのが見えた。寂しげな埠頭を飛び越え、紫電改はすでに海の上――自然と延びた手が、腰のベルトを外す。


「――――?」

 約束して!……そいつを、此処に必ず持って帰るって――発進の間際に投掛けられた言葉が不意に脳裏を過ぎり、それはカズマの眦を変えた。

間近に迫った海のうねりを眺めつつ、カズマは困惑する――何か悪い憑きものが落ちた様な感覚。


 どうする?――それが、操縦桿を握るカズマの手を躊躇わせる。






 空にはすでに太陽から星々にその住処を明け渡していた。


 さっきまで一帯を暴れまわっていたはずのレムリアンの情報が、殆ど上って来なくなって久しい。バートランド少佐率いる新鋭機ジーファイター隊が造船所を襲撃した敵機を追い、サン‐サウロ湾口上空で漸く敵編隊の一端を見出したものの、その時点ですでに日没が迫っていた。自然、空戦は自然解消の流れに乗り、彼らは現在虚しく帰還の途に付いているという……


 完全に火が鎮まった一方で、醜い骨材の篭と化した格納庫を、マリノ‐カート‐マディステールは無言で凝視する。今日までそこを住家としていた二機の戦闘機の辿った運命を、マリノは思った。それは見方によっては数奇な運命とも言えた。敵軍のスパイによって持ち去られた一機、それを追い掛けたもう一人が持ち去ったまま、未だに還って来ないもう一機――特に後者の運命に、自分は少なからず手を貸した。何故止めることが出来なかったのか?……あいつを!


「あいつ……」

 呟くのと同時に、格納庫を睨みマリノは唇を噛締める――何故あたしは、あいつを「荘厳なる緑」に乗せたのか?


「――そこに置け。ゆっくりとな……」

 軍医と衛生兵の遣り取りが聞こえる。近くでは、隣接する格納庫の損壊に巻き込まれ、屋外に在って尚も医療班による応急処置を受けている負傷者が虚しい担架の列を為している。その多くが重傷者、夕方の運貨船突入に巻き込まれた者が過半であったろう。しかも運貨船はその突入時にモック‐アルベジオ基地の医療区画の一部を損壊し、結果として医療施設としての機能の半分を喪失させている。無線操縦の飛行船という、手の込んだ方法まで使った基地攻撃は、襲撃者たちにとってその実失敗に終わった。基地機能の半分を喪失させたところまでは兎も角として、造船所の損害も、そこで艤装作業を行っていた空母の損害も軽微。何よりも対空砲が充実し駆逐艦が守る造船所を攻めるには、レムリアンが用意した攻撃機は少なきに過ぎたのである。


 一方で、表の社会的地位すら擲ちレムリアンに同調した襲撃者たちには悲惨な末路が約束されたも同然であった。頭目の「自称芸術家」リッチー‐スヴェージは僅かな側近と共にいち早く戦場から離脱し逃走を果たした先で、待ち構えていた憲兵隊との銃撃戦の末に射殺され果てた。彼がマックス‐クレア少佐に偽りの回収地点を吹き込まれていたこと、そして協力者に報いるというレムリアンの甘言を頭から信じていたことは、その時の彼らの狼狽ぶりからも明らかであった……アルベジオ周辺に蠢動する敵性工作員の全容に関しては、憲兵隊(MP)連邦捜査局(FIA)の調査によりそれが詳らかにされるのは時間の問題であろう。


 カービン仕様のM1862自動小銃を肩に背負い直し、マリノは半壊した格納庫まで歩を進める。「荘厳なる緑」はどうなったのか?――星々により織り込まれた漆黒の絨毯たる夜空を見上げ、マリノは表情を消した。


 もう還って来ないのか。あいつは……


「…………」

 マリノの眦が不機嫌に歪んだ。思えばあいつから返事を聞いていなかった。何処の馬の骨とも知れない、みすぼらしい緑の飛行機と、そこの馬の骨とも知れない「あいつ」の組み合わせ……実際に修復作業に関わったマリノ自身ですら、あの飛行機には一片の可能性も、そして希望も抱いていなかったのに、いざあいつが飛ばす段になって馬鹿な言葉を吐いたものだと思う。機体を持って帰って来て欲しいなどとさえ、元々言えた義理では無かった筈なのに――


 空を見上げる内、はだけた戦闘服から覗く豊満な胸が、芯から詰まるのをマリノは感じた。あいつには、何も期待していなかった筈……それでも、心の何処かで自分は期待していたのだ。あいつが操縦席の上から言ってくれることを――かならず、還ると。


「あたしは……」言い掛けて、マリノは慌てて口を噤む。あたしは飛行機が戻って来るのを待っているのだろうか?……それともあいつが還ってくるのを待っているのだろうか――心中で呟いた途端、込み上げて来た羞恥がマリノの頬を薄朱に染めた。それが嫌でも、もはや誰も降りる者のいない滑走路から眼を逸らすことは出来なかった。


 冷たい風が吹き、次に爆音が聞こえる。耳を欹てて待つ内、近付いて来る音がタマゴのものでも、ジーファイターのそれでもないことを悟る。


「うそ……!」

 呟いた唇を半開きにして、マリノは滑走路の先に広がる夜を見上げた。夜の帳を抜け、滑る様に滑走路に降りゆく機影がひとつ――醜い緑の機体が復旧作業の最中にある地上の光を受け夜空に浮かび上がるのをマリノは見る。むしろ翼はそれ故に、降りるべき処を見出したかのようであった。地上から投げ上げられた光の中で、そいつは極めて獰猛な機影を見せていた。分厚い主翼、太い胴体、何よりも……着陸コースの途上で見せる旋回の、尋常ではない切れ味――

 脚が下りる。そして「荘厳なる緑」はアスファルトの大地を踏み締めて走る。教科書通りの三点着陸!――快調なプロペラの回転が目に見えて落ち、着陸から滑走に転じた機体は、銃火飛び交う中を飛び立った時と全く同じ姿でマリノの眼前にまで進み出、そして滑走を止めた。


「――――!」

 本当に……還って来た!――驚愕に息を飲み、操縦席を見上げたまま立ち尽くすマリノの眼差しの先で、彼女が疎み、だが待ち焦がれたツルギ‐カズマは、普段と変わらない怪訝な表情もそのままに、彼の苦手な女を凝視する。

「何か付いてるか? おれの顔に」

「あんたね……!」

 目を怒らせて、マリノはカズマを凝視する。やるべきではないと思っていても自分が何故こうなるのか、今のマリノには判らない。



 夜空は天空と地上に生じる数多の思惑を受け容れ、飽くなき膨張を続けていた。





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