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第十三章  「血戦の果てに 前篇」

 バートランド少佐は格納庫にいた。正確に言えば、ロドネル艦隊航空機工廠内に造営された航空機格納庫だ。


 その用途を終え、主翼を折り畳まれたウレスティアン‐タマゴ艦上戦闘機が一箇所に集められその傷付いた翼を休めている。彼は立ちつくしていた。薄暗い電灯に照らされた機体の群れ、その中には一時間前にレムリアンの戦闘機と交戦して大破したキニー大尉の乗機の痛ましい姿もある。


「少佐、こっちです」

 先程から機体の下に潜っていたキニー大尉が、頭を出してバートランドを手招きした。薄暗い中で、機体の下腹を掻き分けるようにして進むと、二人はやがてとある一機の前で歩みを止める。キニー大尉はそれを指差して言った。

「あの坊やの乗っていたやつです」

 バートランドは、主翼から登って機首を覗き込んだ。機首上部のふたつの機銃発射口、咄嗟に延びた指で、機銃の発射口をなぞってみた。黒い煤に、人差し指が汚らしく染まった。

「間違いない。撃ってるなこりゃ……まだ新しい」

「じゃあやはり……」

 ハンカチで指を拭い、バートランドは言った。

「整備の奴らは何て言ってる?」

「本人に問いただしたそうですが、暴発だと」

「俺はそんなこと聞いてないぞ」

「本人はクビになるのが怖かったから、言えなかったって言ってるみたいですが」

「なるほどね……」

 バートランドは笑う。子供の悪戯を身咎めても、それを心から怒ることが出来ないという、彼の感性の現れだった。

「……坊やはいまどうしている?」

「それが……ヨハンソン中尉に連れられて一足早くアルベジオに向かったようで」

「ジーファイターでか?」

 キニーが頷く。バートランドの眦が険しさを増し、そして彼は慌しく格納庫の外へと向かう。

「俺の名で基地に電報を送れ。緘口令だ。往路上での空戦の詳細は当面口外禁止」

「わかりました……!」

 格納庫から外に出れば、すぐに駐機場が広がる。駐機場の今の主がジーファイターであるのは、もはや語るまでもない現実であった。低翼単葉、全金属製の胴体と主翼を有する新鋭機、しかしこれを以てしても今のレムリアンの第一線機に抗し得るかどうかは疑わしい。それでもモック‐アルベジオの防備にこいつの性能は欠かせない。一度敵襲を許した司令部が展開を急いだとしても無理からぬことであろう。

「発進の準備を急がせろ!」

 バートランドの意を汲んだキニーが地上員に告げる。怪訝な表情で、先任地上員が応じる。

「弾薬はどうしますか?」

搭載()んでいくに決まっているだろ!」

 色を為してキニーは言った。もはやこの一帯に、安全な空など存在しない。そのことを彼は一番痛感している。




 緘口令は、実のところ徹底されなかった。


 今朝にモック‐アルベジオを発った飛行隊が、途上でレムリア軍の戦闘機と遭遇し、二機を撃墜したという報告はすでに基地内に広がっていた。バートランドが発した緘口令は結果的に噂に追い縋る形となり、むしろ風聞という骨格に肉付けをする効果をもたらしたとも言える。


 マヌエラ‐シュナ‐ハーミス中尉が午前の仕事を終えて足を踏み入れた昼食時の士官食堂に至っても、すでにその話で持ちきりであった。適当な分量だけ、野菜料理中心の惣菜を盛ったところで、先に奥の二人用テーブルに着いていたマリノと眼が合った。コーヒーとフルーツを取ってマリノと同じ席に着いたところで、マヌエラは言った。

「マリノ、聞いた?」

「ウン、聞いた」

 眼前に盛られたマリノの皿に、マヌエラは目を見張った。ステーキ、ハンバーグ、ピラフ……およそ女性が重視する身体的、外見的な要素全てに背反する素材が、見事にひとつの山を作っている。それでもマリノはマヌエラもうらやむぐらいのプロポーションを維持しているのだから人間というのは判らない。半ば呆れ、半ば感嘆しつつマヌエラは言った。

「複葉機で行ったんでしょ? あれでよく撃墜できたわよねぇ……」

「うちのパイロットはそこら辺のヘボ飛行隊とは違うからねぇ」

 マリノはニッとして言った。

「何せバートランド少佐みたいなベテランもいることだし」

「空戦をやったの、バートランド少佐の隊じゃないみたいよ」

「誰の隊? オービルマン大尉の隊かなぁ。キニー大尉の隊はトウシロ連中だし……」

「聞いたところによると、キニー大尉の隊だって……キニー大尉の隊っていえばあの子のいた隊じゃなかったっけ?」

「マヌエラ……あいつにレムリアンを殺る度胸なんて無いわよ。どうせあいつは空戦の間じゅうずっと逃げ回っていたんだって」

「意外とあの子が全機撃墜していたりして……今だから言うんだけどさ、あのツルギって子、何ていうか……不思議なところがあるよね」

「それは買いかぶりすぎよ……つーか絶対あり得ないし……」

「あたし、ああいう男の子に弱いのよねぇ……」

「あんたね……」

 マヌエラの眼は空を泳いでいる。その様子をマリノは憮然として見つめる。飛行服姿の士官が盆を手に近くの席に座るのが、マリノの視界を過ぎる。

「クレア少佐……?」

「え……?」

 銀髪の青年士官たるマックス‐クレア、彼の飛行服姿などとうに見慣れている筈が、場所が食堂では新鮮な印象を与える。二人の視線を無視するように、同じく飛行服姿の同僚と席に付いたクレアを眺めつつ、マヌエラが言った。

「テスパイまで邀撃隊に駆り出されてるものね。結構情勢ヤバイのかも」

「…………」

 邀撃班か……ナイフとフォークを使いつつ、マリノは考える。「アレディカ戦役」に起因する人材不足も然ることながら、後方支援基地的な要素の強いモック‐アルベジオに専属の防空飛行隊は実のところ存在しない。それ故にいざ戦火に晒されると戦闘力と士気の低さが露呈する。現在基地に詰める操縦士の数だけならば一個飛行隊を構成するに足りる筈が、それが戦力として機能するかと言えばまた別問題であろう。

『――基地警備隊司令部より発する。陸戦有資格者及び訓練経験者は1320までに警備隊オフィスに集合。繰り返す。陸戦有資格――』

「あっ……!」

 マヌエラが小さく叫び、マリノを見遣る。食堂がざわつく中で平然とステーキをノンアルコールビールで流し込みつつ、マリノは隣席に視線を流した。

「…………?」

 動揺の色を隠せない操縦士の一団の中で、ひとり平然とコーヒーを啜るマックス‐クレアの姿が、マリノにはやけに印象に残った。




 先刻、それも昼食時間の最中から、遠雷のごとき崩落音が聞こえてくる。


 音には聞き覚えがあった。建物が崩れる音だ。爆撃を受けたビルヂングが、数多の生命を呑み込みつつ崩れゆく音――それを恐らくカズマはほぼ半年ぶりに聞いた。それ一度や二度でなく複数連続して基地の外、はるか遠くから聞こえてくる。飛行場の駐機場に面した格納庫の外、待機用のベンチに在ってカズマは破滅の足音を聞いていた。爆弾が遠くの街を揺るがし、破壊する音だ。


 空戦が起こった後、基地に戻ったカズマ達空輸班と、残留の飛行訓練兵はそのまま格納庫に在って待機を命じられた。おそらくこの広範な基地に於いて、死地に投じられるまでは最も楽な配置であろう。空戦のくの字も教えられないまま、旧型戦闘機の操縦桿を握り強力なあの赤い戦闘機と戦わされる宿命を負わされた連中――


 ――その死地に投じられるまでの僅かな間。基地はそれなりの待遇で即製の操縦士に報いてくれている。アルコールこそは出なかったが、臨時待機所にはコーヒーとケーキ、パイ菓子が溢れ、待機の間自由にそれを食べることが許されている。その様はカズマに言わせれば、さながら帝国ホテルのバイキングだ。

 ――その一方、同時に隊門をくぐった筈の訓練兵でも、検定に参加できなかった者が武装して基地内を駆け回っている。その中に自動小銃を抱えて必死に走るイホーク‐エイクの姿を見出した時、さすがにカズマも気遅れを覚えざるを得なかった。自分がものの弾みで飛行士に「逆戻り」してしまったことを、彼は今更のように痛感している。


 ……そしてカズマの記憶は、つい数時間前、心ならずも彼が空の上で奪ってしまった生命にまで遡る。

 レムリアの戦闘機には疎いカズマでもはっきりとそうと判る複座の戦闘機。旋回性能はお世辞にもいいとは見えなかった。ただし彼らの武装は強力で、直線速度ではタマゴよりもずっと速いと見えた。相手を侮って転針を繰り返さず、敵機を引き離しては優位を確保するという、空戦域をフルに使った一撃離脱に徹していればカズマですら危うかったであろう。


 だが、レムリアの戦闘機乗りはそれをしなかった。


 否、旋回機動の端々に垣間見た操縦士の熟練ぶりから、彼はおそらくは戦っている最中に思い当っていたかもしれないが、その思い当るまでの僅かな時間だけでも、カズマが反撃するのには十分だった。敵はカズマがさり気無く敷いた旋回機動の陥穽に入り、カズマの駆る複葉戦闘機の鼻先に背後を晒したのである――カズマは生残り、レムリア人は死んだ。


「カズマ、吸うか?」

 隣に座っていた曲技飛行士が煙草の入った箱を差し出した。無言で手を振りカズマは固辞する。往路でレムリアの戦闘機に襲われ、撃墜された彼らはカズマ達に先駆けてアルベジオに戻っていた。それ故に大過なく飛行を終えて帰還して来たカズマに、彼らもまた気遅れにも似た感情を抱いていたのかもしれない。

 彼らの話では、レムリア機の追尾に気付き、急旋回で回避を試みようとしたものの、ひとりは失速し、もうひとりは降下しようと試みたところでエンジンが止まった。カズマが驚いたことには、彼らは自分たちが空戦域から脱落を強いられた理由を全く判っていなかった。彼らの口振りからそう察したのだ。教本だけ渡されただけで未知の飛行機に乗せられた身の悲しさ、と言えるかもしれないが……


「バカだな。そういう時は――」

 と言い、カズマは二人の前でおもむろに手振りを示し話すことにした。急激な操作により失速速度を下回ったが故の失速と、急降下しようといきなり機首を下に転じた結果、負の加速によりエンジンへの燃料供給が絶たれたことによるエンスト――初めはカズマの説明に憮然としていた彼らも、カズマの説明の前には兜を脱がざるを得ない。その間、同じく手持ちぶたさな訓練生がカズマの周りに集まり始め、そのまま空戦の様子に関する話へと話題が移ってしまった。訓練兵の中には十機以上のレムリア機が前方から突っ込んで来たと話す者、さらには五十機近くのレムリア機が突如背後から出現したと息巻く者がいて、操縦技量以上に拙い空間把握力に、カズマは呆れる以上に困惑する。


「違う。あの時は――」

 手振りを示し、次にカズマは彼が把握し得た空戦の全貌を語る。本当は、素性を守る上でもこういう目立つことはしてはいけない筈なのに、何故か空戦に関することは熱を帯びてしまう自分がいる。二機、自分たちよりも遥かに速い敵機に後背から被られたこと。長機が黒煙を引いて戦場を離脱し、二機が半ば自爆同然で墜とされたこと。そして当のカズマは、長機を追いつつ「必死で横滑りを繰り返し銃撃を避け続けたこと」――

「――じゃあ、その二機はお前さんを諦めた後に墜とされたってことか」

 誰かがカズマに言う。カズマは頷いて話を締め括る――あれらを墜としたのは自分だが、いま此処で自分が墜としたと言ってのけるのは拙い……さり気無く逸らした視線の先で、カズマは真顔を取り戻す。


「教官殿……」

 マリノが、先刻から自分のことを見張る様に佇んでいたことに、カズマは今になって気付く。訓練生と話をする内に、彼女のことは何度か視界に入った筈が、それがマリノと認識できなかったのは彼が普段知るマリノ‐カート‐マディステールとは全くに装いが異なっていたからだ。

 ラジアネス軍――特に陸戦、上陸作戦のエキスパートを以てなる空兵隊の戦闘服はカズマから見ても機能的で見栄えがいい。俗にクレイタイプと呼ばれるファスナー締めの迷彩服、その周囲を複数の弾倉やナイフを綴じたサスペンダーが縛り付けるように廻っている。同じくファスナー締めの半長靴の外観は巌の様に重々しく、あれでひと蹴りすれば牛ですら殺すことができそうだ。それらが長身のマリノのボディラインにはタイツのように密着していて、期せずして直面するカズマには惚れ々々しさすら抱かせる。同時に丸みがはっきりと浮き出た腰に差された長大なナイフが、カズマに新たな確信を与えていた。


 この世界では、女も兵士をやるのか――カズマの胸中には、純粋な驚きがある。


「…………」

 一瞥――マリノはそのままカズマに歩み寄り、カズマの隣のベンチに座る訓練兵をさらに一瞥する。一瞥と言うにはその眼光は鋭く、それに気圧された訓練兵がベンチから腰を上げ格納庫へと引っ込んでいく。空いたベンチにどっかと腰を下し。烈しい眼光は次にカズマに向いた。

「何つっ立ってんだ。座れよ」

「…………」

 完全に白けきった座をそのままに、二人は暫く飛行場から外の風景を漠然と眺め続けた。マリノは戦闘服のポケットから出した煙草を咥え、ガスライターで火を点ける。これ見よがしに噴き上げた紫煙と爆発音が乾いた空気に乗り、新たな爆発が何処かで生まれるのが聞こえる。その度に周辺が慌ただしくなり、飛行場の近辺には隊伍を成して兵士が駆け回るのが目に入る。


 そこに、奇襲の様にマリノの口が開く。

「緘口令出てんの知らなかった?」

「すみません……つい癖で」

「このバカ……単に生き残ったぐらいでチョーシ乗んじゃねーよ」

「やっぱ罰とかあるんですか?」

「さあね……ところであんた……」

「……何でしょう?」

「……敵が墜ちたところとか、見てないの?」

「…………」

 カズマは口を噤むようにした。そこに嘲弄混じりの声が重なる。

「見てないんならいいや。それだけ逃げるのに必死だったってことでしょ」

「ええ……」

 気まずさを装った積りが、本当に気まずくなる。

「考えてみれば、戦闘機の訓練受けてないやつが、戦闘機なんて撃墜(おと)せるわけないもんね」

「……ここでは、訓練してないから」

「じゃあオマエさ、なに見て来た様なこと言ってんの?」

「…………!」

 マリノの言葉に苛立ちが混じり、それがカズマを内心で驚愕させる。

「逃げるのに必死だったのに、空戦がどうなったかは判るんだ?」

「戦場に留まってさえいれば、判るよ」

「見え透いた嘘だね」

 否定が素っ気ない上に、躊躇が無い。注視すれば、あの空虚なブラウンの瞳が地平を睨んでいることに気付く。半分まで燃え尽きた煙草を放り棄て、マリノは立ち上がった。

「もう少し実のある話を聞けると思ったら……期待外れだわ」

 戦闘服の下からもそうと判る形のいい尻が、交互に揺れつつカズマから離れていく。やがてカズマの眼はマリノから、駐機場に隣接する別の格納庫に向かう。こちらとは全くに流れる空気の異なる、各所に警備兵の立つ虜獲機用の格納庫――その住人たる紫電改の姿は、先日以来見ていなかった。そこに敵の襲撃が――


「…………」


 緩んだ眼元が、一気に引き締まるのを覚える。最後の機会が近付きつつあるという、それは確信であった。




 帆走飛行船「夕凪(シェラヴァール)」は、雲海広がる空の涯をすべるように進んでいた。


 帆走飛行船とは、搭載するフラゴノウム反応炉を浮航用のみに目的を限定した簡易なものにとどめ、帆の力だけで空を航行する小型~中型の船のことだ。船舶としての実用性は無く機関推進型の船と異なり操作に多少の慣れと、少なからぬ維持費がかかることから「スポーツの一環」もしくは「金持ちの趣味」的な存在意義を持っている。


 「夕凪(シェラヴァール)」は、開業医を勤めるロベルト‐コルネの父親の持ち物だった。ロベルトはサルトンク市近郊の田園都市クロスレルフィールドにある私立高校の三年生で、度々恋人のジェニーを連れて父親に無断で「夕凪(シェラヴァール)」を乗り回していた。


「この船嫌い。だってひどく揺れるもん」

 ジェニーの小言に、ロベルトは笑って釈明した。

「モーテルに行くカネがもったいねえからな。こっちの方が、何かと都合がいいのさ」

 帆を広げるための(トグル)を手繰りながら、ロベルトは眼下の景色へ眼を遣った。西に沈みかけた太陽の下、のどかな丘陵に張り付くように広がっている畑作地帯の鮮やかな色調に、ロベルトは思わず眼を細めた。土と草の心地よい香りがここまで漂ってくるようだった。ロベルト本人は陸地よりも海の上を飛ぶのが好きだったが、彼一人では飛ぶ自信が無かったのだ。まさか恋人の前で出来ないとは言えないだろう。


「……それに、一番都合がいいのはな……君にももうわかってるだろう?」

「何よ?」

 ロベルトは傍らのジェニーを抱き寄せた。

「誰の邪魔も入らないってことさ」

 ロベルトの唇が、やや強引にジェニーのそれに重なった。手が、ジェニーの豊かな胸に触れた。ジェニーの肩から力が抜けるのをロベルトは感じる。ジェニーを床に押し倒したところで、たまらずジェニーが言った。

「背中が痛いわ。中に入らない?」

 ロベルトを押しのけて半身を起こしたジェニーが、その瞳の先にあるものを認めて、ロベルトに聞いた。

「ねぇ、ロベルト。あれ、何?」

「んー?」

 半身を起こしたロベルトは陽光から手を翳し、ジェニーの指差す方向を見据えた。


 最初は、小さな点だった。それが次第に前方から見た飛行機の形になるのに時間はかからなかった。見る見るこちらに近づいてくる。

 その点が、二つになった。飛行機だった。その黒っぽい色、攻撃的なフォルムから、戦闘用の機体であることが判った。

 見る見る接近してくるプロペラの獰猛な響きに、ロベルトは呆然と固まった。ジェニーが歯を食いしばってロベルトにすがりついた。高速で船の至近を通過する二機の発する衝撃波が帆を引き裂き、船体を烈しく揺らした。

「…………!!?」

 名状しがたい恐怖に、声にならない叫びを上げて二人は抱き合った。

「ロベルト! 今のレムリアンの飛行機よ!」

「ああっ! 帆が破けてる! 親父にバレたら殺される!」

 

「ハハハハ、地上人(ガリフ)の奴ら、驚いてる」

 低空を高速飛行するテラ‐イリス複座戦闘/偵察機の機上で、針路を乱された帆走飛行船の取り乱す様子にほくそえむテミル伍長の様子を、操縦するヒラン少尉は笑って伺っていた。現金なものだ、先程親友を失ったとひどく嘆いていたはずなのに――


 帆をボロボロにされた飛行船の、幽霊船の如き変わり果てた姿があっという間に遠ざかっていく。一方で、目標たるサン-ベルナジオス造船所は次第に近付きつつある。


 果たして、敵はどう出るか――操縦桿を握る手に力がこもった。

 コンパスは北西を示している。後は自動操縦を解除し攻撃態勢に移るだけだ。ルトール軍曹の指揮する第二分隊二機は別方向からサン‐ベルナジオスに侵入し、目標地点で合流することになっている。

 右腿に挟み込まれたチャートには、攻撃手順や帰投経路などを示す様々な数値がびっしり書き込まれている。任務終了後、あらかじめ打ち合わせておいた空域(ポイント)で合流し、共に母船へ帰投するのだ。それで、全てが終わる。

 ヒランは左方向へ眼をやった。一条の飛行機雲が、地を這うようにはるか向こうに広がる都市へ伸びていた。はじめはテラ‐イリスの後方を追っていた飛行機雲が、瞬く間にテラ‐イリスを追い抜き、一直線に都市へ伸びていった。その都市の名はサルトンク、モック‐アルベジオに最も近い都市だ。


 次の瞬間、飛行機雲が直上方向へ伸びた。イヤホンにセギルタの指示が飛んだ。

『――全機、自動操縦装置オートル・コルトレーム解除。攻撃態勢をとれ』

 キラ‐ノルズを垂直上昇の姿勢に保ったまま、セギルタは散開し、一気に増速するテラ‐イリス編隊の勇姿を眺めた。機体を水平に戻すと、眼下にはすでに広大なサルトンクの町並みが広がっていた。その一角に、サン‐ベルナジオス造船所があるのだ。


 微笑みとともに、スロットルを全開にした。

 少しの時間差を置いてプロペラ回転数がぐんと撥ね上がり、燃料吸入計の針もまた上昇する。


 ガコンッ――という不快な響きと共に、過給機がその稼働率を限界値ギリギリまで上昇させるのが手に取るように判る。操縦桿を引くや、その上昇にストレスを感じさせないほど滑らかな反応をセギルタに見せながら、キラ‐ノルズは蒼穹の高みを目指す。知恵の神のような悪戯っぽい微笑が、機関砲の安全装置を解除する。


 上昇姿勢からそのまま背面に移ると、セギルタは機体を一気に下方へ突っ込ませた。瞬時に速度は一気に九百に達した。加速度により重くなった操縦桿を宥める様に引き、トリムダブを調整しながらじわりじわりと地上へ近付きつつある機体を水平へ戻す。スロットルを絞って速度を落とし、地上の様子がはっきりとわかるようになったそのときには、キラ‐ノルズはすでにサルトンクの市街地に達していた。アパート街を貫く大通りに沿って、キラ‐ノルズは光の如き速さで進んだ。


 所々で火の手が上がっている。中には尚も爆発を繰り返している建物も垣間見える。かねての計画通り地上の協力者が市内の主要施設を爆破したのだと判る。しかし舞い上がる砂礫のせいで視界が塞がれること甚だしい。侵攻に当たり最も重要な目印たる大通りの所在が掴み難くなっている。目指すはその大通りの延びる、ずっと先なのに――


 大通りの先にサン‐ベルナジオス造船所があることを、協力者の情報からセギルタは知っていた。キラ‐ノルズの主翼には、左右計六基のロケット弾が懸架されている。こいつと随伴するテラ‐イリス四機の懸架しているそれぞれ左右計二発の爆弾、計八発を目標の潜む第五ドッグにぶち込めば、全てが終わるのだ。


 セギルタの口もとが歪んだ。それは今まで部下に見せたことの無い、あまりにも残忍で、戦闘的な笑みだった。

 セギルタは叫んだ。

「全機突撃! 遅れを取るな!」




 警備兵に呼ばれ、パイロット待機所に据え付けられた電話口に出たバートランドの様子を、キニーとオービルマン両大尉は、神妙な面持ちで見つめていた。

「……ハッ、はい、そうですか。わかりました」

 受話器を下ろすと、バートランドは二人の方に向き直った。表情はいつも通りの彼とさして変わらない。

「おいでなすったぞ。サン‐ベルナジオスに向かっている途上だ」

「造船所ですか……」

 オービルマン大尉が言った。

「目標はあすこで作ってる空母なんだろうな……ドッグに火でもつける気かな」

「空母の甲板に穴を開ける気なんですよ」

 装具のバンドを占めながら、三人はジーファイターの並ぶ列線上へ急ぎ足で歩き出した。キニー大尉がジーファイターに取り付いている整備員にジェスチャーで「始動」の合図を送ると、列線を形成するジーファイターα型九機のエンジンが一斉に轟音を立てて回り出す。ジーファイターシリーズの先行量産型。エンジン出力は決して高いとは言えず、武装も貧弱なるがゆえに僅かな間を第一線部隊で過ごした後に練習機、あるいは教材として後方基地に回されたばかりの旧型機――それでも、やりようによってはレムリアンの新鋭機とも戦える。


 全機の始動を見届け、キニー大尉が待機所に控えているパイロット達に手招きした。すでに幾下のパイロット達には待機命令を出してある。パイロット達が集まるまで待ったところで、バートランドは命令を伝えた。

「これより我々はサン‐ベルナジオス造船所へ向かう。おそらく、そこで一戦あるだろう」

 バートランドは一同を一通り見回し、少し眼を細める。そして続けた。

「では、我々はこれよりモック‐アルベジオへ帰還する。途上の敵には目も呉れるな。狙いは造船所に(たか)るレムリアのハガタカどもだ」


 そこに血相を欠いた連絡士官が駆け込み、彼の口からモック‐アルベジオすら平穏を保ち得なくなったことをバートランドは知らされる。基地内部への正体不明の暴徒の乱入と一部施設の炎上――それ以上に具体的な報告を、バートランドたちは不意の通信途絶により知る術を失った。



 銃撃戦が始まっていた。南――基地正門に突入したトラックはゲートを突破し、哨所を完全に破壊した直後に炎上する。後続して来たトラックから降り立った仮面の男達は一斉に散開し、携帯対装甲ロケット弾の乱射により破壊と炎上をさらに拡大させていった。それが最初だった。


 次に襲われたのは、モック‐アルベジオから近傍の分屯基地に向けて移動中の補給車列だった。正門を潜って基地を出、暫く走ったところで列の前後を待ち構えていた重機関砲の猛射を受けたのである。列は正門哨所の眼の届く場所で炎上しつつ動きを止め、それは当然負傷者の収容と応援のための人員を基地の外に向ける運びへと繋がった。重機関砲の次には迫撃砲弾の滑空音が天を圧し、その炸裂が車列を、そして人間を弾き飛ばす。


 南と西からの攻勢――それに対峙した時点でモック‐アルベジオはそれ以外に対抗する防衛兵力を失う。その原因は朝から断続的にサルトンク市内で続発する爆弾事件だった。被害が市警察本部及び複数の市の支所に及ぶに至り、恐慌を来した市政府がモック‐アルベジオ駐屯部隊に応援を求めたのである。防衛隊指揮官の慎重論を他所に基地司令は戦力の抽出を決断し、結果として基地の方針としてごく少数の抑えを各ゲートに配し、まとまった数の主力部隊を基地中心に待機させ有機的に対処させることでお茶を濁す運びとなった――予備兵力は瞬く間に枯渇し、そこに、セギルタ‐エド‐アーリスともうひとり――エゼル‐エールラー ――の狙いがあった。



 ――再び、南。


 一度砲弾が落ちた場所に、再び砲弾が落ちることは無い――その漠然とした縁起が、マリノをして半壊した哨所に向かわせる動機となった。

 警備兵が右往左往する中を軽量地上車が疾駆する。傍若無人な疾駆から一転、哨所に程近い交通路の路肩に停車した地上車から降り立ったマリノを目の当たりにして、負傷者の救護に取り掛かる衛生兵が目を丸くする。

「M5対物ライフル……!」

 男どもの絶句を他所に、マリノは長大な獲物を肩に天井の潰れた哨所に向かって駆け出した。迫撃砲の着弾はなおも続き、その一方で防衛部隊は敵の射点を見出せずに只管(ひたすら)損害と混乱を拡大させている。増援部隊の半分がつい数ヶ月前まで銃すら持ったことの無い訓練兵であることも、劣勢に弾みを付けていた。瓦礫を払い生き埋めになった生存者を運び出す衛生兵。そこに再び迫撃砲弾が着弾し、さらに人的被害を拡大させる。銃声と怒声のみが、この場に存在を許された音であった。


 瓦礫の山を昇り、マリノは既に存在しない屋上付近に到達する。屋上こそ失われたが哨所はそれでもマリノの射撃に十分な視界を与えてくれている。対物ライフルの二脚を立てて姿勢を固定し、五発綴りの対装甲徹甲弾クリップを薬室に挿し込んで装填する。射撃の準備が済んだところでマリノは煙草に火を付けた。一服の後、煙を空に(かざ)す――風向を確認し、煙草を咥え直したところでマリノは双眼鏡で遠方を探る。

「…………」

 いた――――幹線道路から離れた岩陰、今はもう退役した形式の旧型軽量迫撃砲が二門、その周囲で蠢く人影が複数。彼らは木箱から砲弾を取り出し、次々と砲身に滑り込ませては砲撃を続けている。双眼鏡で確認した位置に向かい対物ライフルの銃身を巡らせ、照準鏡の伏角と仰角を修正する。

照星には、なおも砲火を揮い続ける迫撃砲の傍に置かれた弾薬箱――引鉄の遊びを引き切った人差し指に力が籠った。

「――――!」

 放った初弾が木箱を貫き、引火した迫撃砲弾が砲は元より周辺の敵戦闘員まで猛々しく吹き飛ばすのを目の当たりにする。それでも生き残った迫撃砲が一門、傷付いた男が最後の一弾を砲身に落とそうとするのを見る――コッキングレバーで排莢、次弾装填――追い打ちの第二射は男の首から上を、文字通りに消滅させた。

「――――!?」

 重い質量が自分に向かって空を切り、哨所の壁を抉るのを察し、マリノは反射的に身を顰める。機関砲だという直感は正しかった。射撃は自分に集中し、一弾々々が容易に壁を貫通する程の威力を有する。対物ライフルを抱きつつ瓦礫の山を滑り降りて凌ぎ、今度は門の外へと向かい走った。迫撃砲の着弾に弾かれ、横転した軍用車の陰――そこからマリノは、炎上を続けるトラック群と、それに向かいなおも弾幕を捲き続ける敵戦闘員のトラックを見出す。外に出た救出部隊は機関砲に動きを阻まれ、前進も後退も出来ない状態に陥っていた。


 醒めた眼――照準が、トラックの荷台に重なる。

「――――!」

 息を止めて初弾を放つ。初弾はエンジンに刺さって車を止め、矢継ぎ早に放たれた二弾目は銃座を占める銃手の胴を引き裂いた。血飛沫が肉片と共に散るのを照準鏡の中に見る。目標の評定を終えた自陣から迫撃砲による制圧射撃が始まり、車列の周囲に跨る全ての空間に砲弾を落とし始める。

「おせーんだよ……バカ」

 後背の味方を、隔意を込めて小声で罵る。戦闘用ベストの背中に装着した携帯無線機(ハンディートーキー)が、イヤホンを通じ更なる脅威の到来を告げたのはそのときだった。

『――こちら中央区警備隊!……敵襲……敵の襲撃を受けている……増援……増援求む!……』

「――――!」

 舌打ちし、空を仰ぐ。着弾で噴き上げられた砂塵に紛れ、ゆっくりと雲を割り此方に近付いて来る飛行船の陰――最初に抱いた不審は、それが迫り来るにつれ、新たな戦慄を喚起することとなった。

「突っ込んで来る……!」

 マリノの絶句は、彼女と同じ景色を目の当たりにした無線通信の混信に紛れ、彼女以外の誰の耳にも届かなかった。



 サイレンが凄まじい勢いで広大な飛行場を圧する。と同時に、それまで散発的だった対空砲火が勢いを増すのをカズマは耳と目に感じる。宵に差し掛かり掛けた空に向かい光のシャワーが大量に投掛けられるのが見える。シャワーの一粒々々が、蒼を失い掛けた空の高みを埋め尽くさんばかりに炸裂を連続させ、空を汚らわしい灰色に染め上げる――


「畜生! 離陸許可は未だか!」

 対空砲火により作られた曇天を見上げ、()れた飛行訓練兵が声を上げる。それは悲鳴に近かった。空に上がれば、近い将来に彼を襲う乱戦から逃れることが出来よう。彼の属する軍事組織の勝利よりも、飛行士としての彼の生存を、彼はその言葉に篭めたのかもしれなかった。それは批判できないことだと、カズマは思う。人間、生き残る道が僅かでもあればそれに傾くのが人情だ。自分の生命を蔑ろにして他を生かす途を選ぶ聖人は、そうそう出るものではない。


 銃声、そして爆発音が聞こえてくるのは何も空からのみではなかった。カズマ達の屯する飛行場の周辺からもそれは聞こえ、そして止むことなく続いている。そしてカズマは、狼狽する一同を他所にひとりベンチに腰を沈め、まるで庭の鈴虫の音でも愉しむかのようにそれに聞き入っている。当然、本当に愉しんでいるわけではなく、半ば諦観であった。

 

 戦闘の拡大により格納庫が燃え、紫電改もまた巻き込まれて潰えるのも悪い話ではない――紫電改の収まったままの格納庫を見遣りつつ、そのようなことをカズマは考えた。持ち出しこそ出来ないが、味方ではない側に紫電改が渡ることを防ぐ……という当初の目的は、レムリアンとかいう異邦人が達成してくれるのだ。


 その後はどうする? このままラジアネス軍に残って操縦士になるか……いや、守るもの無いこんな世界で、進んで命を的にすることはあるまい。生命の危険の無い場所へなり渡り、手に職を付けて何時か日本に帰る好機を待つのもいい――そこまで考えて、カズマは自嘲気味に笑った。何だ……おれ、此処で死ぬ気など微塵もないってことじゃないか。

飛行船(フネ)だ!」

 誰かが叫び、それは忽ち周囲の全員に伝播する。漠然と空を見上げたカズマの眼前で、対空砲火を掻い潜り飛行場に着陸を果たそうとする飛行船が一隻――否、突入だとカズマは直感する。


 船体を被弾の炎で紅蓮に染めつつ船首を大地へ向けるフネが一隻――カズマは反射的に腰を上げる。断末魔に瀕した推進機の立てる爆音が、空気の共鳴となってトタン造りの格納庫を震わせ、それはフネが高度を落とすにつれ反響し格納庫を振動させた――船体が格納庫の屋根を掠り、そのまま挽き潰す。

「…………!?」

 


 隘路――

「――――!」

 仮面の男たちが敵の接近に気付き、手にした短機関銃を向けた時には全てが終わっていた。彼らの背後から躍り出た影。身を屈め、地を這うように走り、マリノは敵中に滑り込み、敵に躍りかかる。

 不意を襲ったナイフの一閃で一人目の内又の筋が切られ、止めに脇を二度刺し。短刀を手に反撃を試みた二人目の顔面をバックフィストが打ち、意識の飛んだ男の首筋を、逆手に握られたナイフの刃が抉る。

「敵襲!」

 こと切れた男の躯を盾に、至近から撃ち込まれる短機関銃弾を凌ぐ。引き抜かれた拳銃は寸分違わず三人目の眉間を穿ち、弾は彼の後頭部を割って後ろへと抜けた。マリノの戦闘服と言わず靴の爪先から頬に至るまで、とっくにどす黒い朱に染まっている。拭う暇など無かった。とにかく敵を殺し、基地中心部に掛かる敵の圧力を弱めること――それが今の彼女が為すべき全てであった。

「――――!?」

 隘路を駆け抜け、階段を飛び降りる。下層に詰める三人の敵兵。着地と同時に逆手に翻ったナイフが一人目の背中を貫き、刃先を以て心臓を捉え絶命させる。咄嗟に小銃を向けようと試みた仮面の喉仏を正面から逆手の刃が抉る。再び引き抜かれたナイフは小銃を構え直す仮面の手の甲を割き、激痛に耐えかねた仮面の正面に繰り出された膝――重いダイヤモンド原石を顔面にそのままぶつけられたかのような衝撃が仮面の脳幹を揺らし、仮面が割れて鼻が折れた。

 姿勢を崩した男の背後から挽き切られる首筋――噴き出した鮮血に、交通路の白い壁が朱に染まる。


「こちら第二小隊、第五通路確保(クリア)

 携帯無線機(ハンディトーキー)に繋がった喉頭式マイクに告げ、マリノは尚も走り続けた。行く先々で築かれる死体の山――思えばそれがこれまでの自分の人生であり、これからもそうであるように思える。後続する警備部隊の気配を背中に感じる。遠くから当たりもしない銃を撃つことしか脳の無い、あほう(・・・)な男どもの気配――


 あほうな男――あいつ(・・・)は、今何をしているのだろう?


「死ねっ!」

 突き当たりからナイフを突き出した仮面の手を抑え。流れるような肘が鼻柱を折る。悲鳴を上げる間もなく、順手に翻ったナイフの刃が、胸の奥深くまで仮面の躯を貫いた。また返り血を浴びる。鮮血を撒きつつ膝を屈した仮面の背後、両刀使いの仮面がマリノに飛び掛かる。着地と同時に振り下され、縦横に廻る両刀を回避しつつ、鮮血に染まった刀に、マリノは自身の過去に通じる情景を脳裏で循環させた――まるで……謝血祭(ブロンデ)


「カズマッ……!」


 思わず口に出た名前。マリノはそれを発した自分に怒りを覚えた。フラッシュバックする過去の記憶といい、このような修羅場で考えるべきことではなかった。怒りが一歩を促し、両刀使いの懐へと突き出すナイフの刃へと通じる。短刀との克ち合いは火花を生み。気圧された仮面がもう一刀でマリノを薙ぐよりも速く、高みに延びたマリノの脚が仮面の側頭を捉えるのが速かった。短刀が仮面の手から離れ、素早く引き抜かれたマリノの拳銃が寸分違わぬ心臓の位置を貫き、仮面を昏倒させた。

「…………!」

 怒りに満ちた眼が足下で尚も息をする仮面の姿を見出す。血が滲み出る胸を踏み付けにして、マリノは仮面に顔を近付けた。

「何笑ってるんだ……オマエ」

「……俺たちの仇は少佐が討って下さる……おれたちの同志、エゼル‐エールラー少佐がな……!」

「なに……!?」

 マリノの瞳が、驚愕と狂気に染まる。一方で瀕死の仮面は、その眼差しの先に自分を倒した女を見ていなかった。

「全てが終わる!……全てがレムリアに還る……!」

「――――!?」

 仮面の断末魔を無視するように、マリノは天を仰ぐ。日の落ちた頭上を滑る様に飛ぶ飛行船が、急激に高度を下げ基地の何処かに向かって行くが建物の隙間からすら伺えた。対空砲火を掻い潜り、それに貫かれつつも飛行船が墜ちていった先――


「――飛行場!?」


 何かが潰れ、つぎには引き潰される音が、煙を舞い上げる程の衝撃波を伴って基地中に響き渡る。



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