ゾンビの出血
◆◆◆◆鮮血中◆◆◆◆
ブチィ!
繊維が切れる音が耳に届く、それと同時に溢れ出る鮮血。しかしその血はアスファルトを濡らすだけで私には届いていない。
「がぁ…くぅ……」
いきなり過ぎてその場が信じられなかった。だがヨーコのうめき声を聞いて我に帰った。
「ヨーコ!」
コートを放り投げ駆けつけると、地にうずくまるヨーコは必死に痛みに耐えていた。
「大丈夫ッスよ……左手ぐらいすぐに治るッス……」
笑ってはいるものの目尻には涙が
「そうゆう問題じゃないだろ‼アホが‼」
見ると左手は肘から先が引きちぎられている、骨が露出され見るも無残にズタズタ。
「だから大丈夫ッス……これでユーナちゃんを傷つけた分は返したッスから……」
かすかに出された言葉は私の心を貫いた。これで私と同じだと…これじゃ全く釣り合わない、私が受けた傷はほんの少しなのに、いやむしろ無いのと同意なのに、それをヨーコは自分の腕と同じ痛みだと判断した…?
「くぅ……ぅぅ」
私を想う人情深さ、そして自分の腕を引きちぎる覚悟。
どれもこれも常軌を逸している。そこには己を顧みない怖さを感じてしまった。
「ユーナちゃん……私の左手…取って来てはくれまいか…?」
「…あ、あ あぁ分かった!」
ヨーコに対し、少なからず恐怖を感じてしまった私は反応が僅かに遅れる。
指差された先にはモザイクが掛かってもおかしくないちぎれた左手。私の手袋を着用している妙にシュールな左手。
それを鷲掴みにし、ヨーコに渡す。
「ありがとッス…」
作られた笑顔、今その笑顔は私には何も入って来ない。それ以上に焦りがある。
「お?何やってんの?そんな所で止まってって……え⁉な⁉」
後ろからやって来たのは生肉食って腹を下していたタケゾー、今はかまっている余裕はない。
「うぅ…いっ……」
ヨーコは痛みに耐えながら左手を傷口につける。
すると、傍目から分かるほどに凄まじい早さで皮膚が繋がっていく。
ものの数十秒で完全に接合し、何ら遜色のない左手に元通り。
◆◆◆◆踏みつけ中◆◆◆◆
「あー、痛かったッスー、メチャ痛かったッスよー」
繋がった左手を確かめる様に動かすヨーコ、生々しくパキパキと関節部から音が聞こえる。
「よし、これで無事に元通りッス、きゃぴっ☆」
その笑顔とノリのお陰で、焦っていた私も安堵の一息。
「全く、治るのはいいが痛みはあるんだろ?なのに腕を引きちぎるな、もっと自分を大事にしろ」
「いやー、あっはっはっは〜すんません。でもこれでどっこいどっこいッスね」
いつもと変わらぬ笑顔。痛みの後にその笑顔を出せるとはさすがとしか言いようがない。
でも今は——
「この血溜まりをどうするかな」
ヨーコの下のアスファルトは血で真っ赤、それもまだ乾き切っていないため広がり続けている。
「……殺人事件の現場かよ」
「事件は現場で起きているんじゃない、会議室で起きているのよ」
いつの間にか二人並んでいるタケゾーとヨーコ。そしてヨーコは早いことに、コートを着て重装備に戻っている。
「まー、 二人共頑張って、俺先に行くから」
何気なくごく自然に言い放つと、意外にもタケゾーはその場を立ち去ろうとする。
「え?タケゾーちゃん行っちゃうの?GOするッスか?何でよー、ブー」
この “ブー” と言う単語、要注意。これは言わば予兆だ、めんどくさくなる予兆。
ヨーコがすねると本気ですねる、相手が折れるまで本気ですねる、めんどいったらありゃしない、だからそうなる前に手を打つのが私の役目。
「すねるなヨーコ、元はと言えばお前が手を引きちぎるのがいけないんだからな」
「さっきのユーナちゃんと反応が違うッスー厳しいッスー、Boo」
この “Boo” も要注意、ブーの進化系だ。
これを野放しにしとくと、無駄な時間を過ごさなくてはならなくなる。
「うるさい」
だからここは言い切る、バッサリしないとヨーコはズルズル引きずって来る。すねられるのはこちらとしてもかなりウザい所があるしな。
「ははっ、じゃあな二人共、頑張れよ」
そして意外にも軽く手を上げて踵を返すタケゾー、普段なら私の味方をしてヨーコを抑えるんだがな。まぁ、いいか。
「バイバイッスー」
無邪気なヨーコは手を元気に振る。
「また学校でな」
つつましいガールな私も軽く手を上げて応答する。
その後タケゾーはすぐに見えなくなった。
「いやー、どうしましょうかねユーナちゃん。踏みつければ消えるかな?」
「そうだな、アスファルトにこすりつければどうにかなるんじゃないか?」
すぐさま行動に移す女子二人、血をこすりつける女子二人。なかなか絵になるじゃないか。
「それにしてもッスー、タケゾーちゃん行っちゃうなんて酷いッスよー」
「確かにそうだな」
好青年たるタケゾーはこんな時は誰よりも早く助ける、それが女子ならなおさらだ。だから行くなんて考えられない訳だったんだが、
「何か用事でもあったんかねッス」
「何か用事でもあったんだろうな」
そして女子二人は血を踏み続けた。