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Powergame in The Hell   作者: 粟吹一夢
第二章
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獄界(3)

 いよいよこの世界、――地界って言ったよな――ともお別れか。

 でも、…………その前に、やっぱり俺は確認しておきたいことがあった。

「なあ、死神さんよ」

 俺は後ろを振り返りながらコスプレ女に話し掛けた。

「ちょっと! 私は『死神さん』なんていう名前じゃないわよ」

「自分で『私は死神です』って言ったじゃないか」

「名前もそうだとは言ってないじゃない。私には姓は御上、名は霊奈というちゃんとした名前があるんだからね」

「みかみ……れいな?」

「そうよ。御中の御、上、霊魂の霊に奈落の奈」

「へえ~、……って外国人じゃなかったのか? なんで漢字の名前なんだ?」

「何、外国人って?」

「えっ! …………あのさ、獄界には国というものは無いのか?」

「国って、地界にある目に見えない愚かな境界線のこと?」

「まあ、はずれてはないけど……」

「そんなものは無いわよ。それと私達の世界の言葉は漢字とひらがなで書き表すのよ」

「それって日本語ってことだよな」

「まあ確かにあんたが住んでいるこの地区で話されている言語と同一であることは確かね」

 日本語が獄界における世界共通語ということなのか。獄界ではいつ日本が世界を征服したんだろう?

 いやいや、そんなことより獄界に行く前に確認しておくことがある!

「それじゃあ、霊奈。最後に一つだけ訊きたいんだが……」

「何?」

「俺は本当に死んでしまったんだよな?」

「今更そんなこと言っているの。察しが悪いのね。それとも本当に馬鹿なの?」

 悪かったよ。察しが悪いんじゃなくて、自分が死んでいることをできればまだ認めたくないんだよ。

「あんたは確かに死んでいるわよ。横からやって来た車に追突されて、スクーターごと十メートルは吹き飛んだ。肋骨が三本折れて、内臓が破裂、それから……」

「止めてくれ! そ、そんなに自分が死んだ時の状況まで詳しく教えてくれなんて言ってない」

 俺は思わず両耳を手で塞いでしまった。頭の中に、迫って来る車のヘッドライトがフラッシュバックされた。

「あんたが訊いてきたんじゃない」

 霊奈はソウルハンターって言うくらいだから、何人もの霊魂の抜けた肉体、つまり死体を見てきているんだろう。グロいこともサラリと言いやがる。

「……でも、お前はどうしてそんなに詳しく知っているんだ? どこかで俺が死ぬところを見てたのか?」

「残念ながらあんたが死ぬシーンには間に合わなかったわ。でも、あんたがどんな風に死ぬのかは、あんたの死亡予定レポートに書いてあるわよ」

「死亡予定レポート?」

「そうよ。死亡予定レポートには、どこの誰が、いつ、どうやって死ぬかが記載されているの。私達ソウルハンターはそれに従って霊魂を回収に来ているのよ」

「それって神様が書いているのか?」

「神様じゃなくてエンマよ」

「閻魔大王が?」

「閻魔大王じゃなくてエンマ。そのうち分かるわよ」

 やっぱり俺は死んでしまって、今の俺は霊魂なんだ。まあ、霊奈以外の誰にも触れることができなかった時点で何となく分かっていたけど、自分が死んでしまったなんて、すぐに納得できる奴はそんなに多くないはずだよな。

 しかし……、霊魂すなわち幽霊っていうのは白い三角布を頭に巻いて、白装束というドレスコードじゃなかったっけ。今の俺の格好は、コンビニに行っていた時と同じグレーのパーカーとジーンズだ。それに肋骨が三本折れたっていうわりには体は何ともないし傷も無い。

 俺は再び霊奈の方に向き直って霊奈に話し掛けた。

「霊奈。俺は、これからもこの格好のままなのか?」

「それはあんたが死んだ時の姿を記憶しているからよ。肉体を失った霊魂は、その中に蓄積されている自分の記憶を逆再生させながら、徐々に生前の記憶を失っていくの。つまり、霊魂であるあんたは十年後、七歳頃のあんたの姿に変わっているはずよ」

「若返っていくということなのか?」

「そういうことね」

「服はどうなるんだ? 服も七歳の頃に来ていた服に替わるのか?」

「生きている場合、自分の肉体を変えることはできないけど、服は着替えることができるでしょう。死んで霊魂になってからも同じよ。肉体の記憶は刷り込まれていて自由に変えることはできないけれど、服装のイメージは何とでもなるわよ。他の服をイメージしてご覧なさい」

 よし! 俺は学校の制服をイメージしてみた。すると、一瞬のうちに俺の着ている服は制服に変わった。

 服を買わなくても一瞬にして自分の好きな格好ができるんだから、地獄には洋服店は無いようだな。

 しかし、自分の容姿も自由に変えることができたらなあ。もう、肉体は無いんだから、霊魂での姿くらい自分で好きな容姿に変えられるようになっても良いようなものなのに。

 例えば、もうちょっと背を高くしたいし、筋肉も付けたい。マッチョなオタクっていうのもあって良いだろ?

 俺は一瞬マッチョメンになった自分の姿を想像してみた。そう。風呂上がりに脱衣場の鏡の前でポーズを取っている俺の姿を……。

 俺は無意識のうちにボディビルダーのようなポーズを取っていた。見よ、この腹筋を! って、腹筋を確認すべく下を向いた俺の視線に飛び込んできたのは…………割れていない腹筋の下に何も履いていない下半身だった。

 ――な、なんで! 慌てて前を隠したが、目の前の霊奈は顔を真っ赤にしながら、鉄拳を俺の脳天に下しやがった。

「この変態! あんた、女の子の前で素っ裸になる趣味があったの?」

「ち、違うよ。体は変わらないって言われたから、ちょっと確認しようと思っただけだよ」

「早く服をイメージしなさいよ。この馬鹿! 露出狂!」

 二発目の鉄拳を喰らった俺は、揺れるボートの上から落ちないようにバランスを取りながら、急いで普段着のトレーナーとジーンズをイメージすると、すぐにその服が俺の体を覆った。

「まったく! 今度、服を脱いだら殺すからね!」

 いや、俺、既に死んでいるんですけど……。

「そろそろトランスポイントを通過するわよ」

 一層、無愛想になった霊奈が進行方向を向きながら言った。

 俺は再び前方に向き直った。前方がぼやけて見えていたのは霧が掛かっていたからだった。霧は次第に濃くなっていき、辺りをすっぽりと覆ってしまって何も見えなくなってしまった。

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