デュアルソウル(6)
「お父様! ……どうしてここに?」
「この支部の壁を壊した奴がいるという警報を聞いてやって来たのだ。おそらくお前達だろうと思ってな」
そう言うと龍岳さんはステッキをつく音を響かせながら部屋の中に入って来た。
「……お父様はこの人工冬眠装置の事もご存じだったんですね?」
「うむ。知っていた。何故ならそれを使ったのは儂だからだ」
「えっ! お父様が、……どうして?」
「儂がこの中で三年間眠らせていたのは……龍真の肉体だ」
霊奈は予想だにしていなかった展開にただ立ち尽くすしかなかったようだ。俺は……何故だかそんなに驚いていない。もちろん知っていたわけではない。しかし、そんな気はしていた。
「お前達を襲ったという黒ローブの男とは人工冬眠していた龍真の肉体だったのだろう」
「ど、どういう事なんですか?」
「霊奈。お前達には龍真は事故で死んだと伝えていたな」
「はい。……海岸沿いの高速道路を運転していた時に、ガードレールを突き破って海に転落したと。大破した車は見つかったけれども、お兄様の遺体は見つからなかったと……」
「そうだ。だが、それは偽装工作なのだ」
「偽装工作? いったい誰が何のために偽装なんてしたんですか?」
「龍真を殺した連中だよ」
「……お兄様を……殺した連中」
「そうだ。龍真は交通事故で死んだのではない。殺されたのだ」
霊奈の体がふらついたと思うと俺の方に倒れそうになった。
「霊奈!」
俺が霊奈の肩を抱いて支えてやると、霊奈は虚ろな目をして俺を見た。
「お兄様が……殺された」
「霊奈! しっかりしろ!」
霊奈の目線は虚空を彷徨っていたが、龍岳さんが話し出すと俺の肩にもたれ掛かりながらも龍岳さんの一言一句を聞き逃すまいとするように龍岳さんを見つめていた。
「あの日、儂は国会に急用があって、党本部に龍真を残して出掛けたが、妙に胸騒ぎがしたので、忘れ物をしたと言って党本部に戻って来た。そして副幹事長室に入ろうとした時、部屋に張られていた結界がまさに消滅しようとしていた。儂が急いで部屋に入ると、そこには体中を滅多差しにされた龍真が横たわっていた。龍真は虫の息だったが生きていた。だから結界が消失しても龍真はそのまま残ったのだ」
「…………」
「儂はすぐに龍真を『獄門の番人』の本部に連れて行き救命措置を施したが、意識は戻ることなく、そのまま植物人間状態になってしまった。その時、龍真の肉体から龍真の霊魂が出てきて、すべてを儂に話してくれた」
「お兄様は何とおっしゃったんですか? お兄様を殺した犯人は誰なんですか?」
落ち着きを取り戻した霊奈はしっかりと自分の足で立ち、まるで龍岳さんを責めるように強い口調で問い詰めた。しかし自分の娘の取り扱いを知らないはずのない龍岳さんは口調を変えることなく話を続けた。
「犯人は『闇の騎士』達だ。しかし、どのプライベートアーミーに所属する者達なのかは龍真にも分からなかったようだ」
「そんな……。それじゃ結局、誰に殺されたのか分からないということじゃないですか!」
「そういうことになるな」
「でも、……でも、どうして私達に本当の事を教えてくれなかったんですか? お父様!」
「龍真は党本部で闇の騎士に襲われたのだ。犯人は党の人間以外は考えられないだろう。党の副幹事長の息子が党本部で襲われて、しかも犯人は党の人間だとすれば、我が党にとって深刻なスキャンダルだ」
「スキャンダルを恐れるあまり、お兄様の死を曖昧にされてしまったんですか?」
「儂もそこまでお人好しではない!」
――龍岳さんの怒りの声を初めて聞いた気がする。霊奈も龍岳さんの激しい口調は初めて聞いたのか、一瞬身をすくめるようにしたが、そのまま龍岳さんを見つめ続けた。
「儂と龍真は復讐を誓ったのだ」
「復讐?」
「そうだ。そのためにまず、儂は龍真と相談して、その肉体を冷凍保存することにした」
「どうしてそんなことを?」
「損傷して植物人間状態になった龍真の肉体を修復することができるかどうか、『獄門の番人』の科学者や医療チームに問うたところ、今すぐには不可能でも研究を進めることで将来的には必ず可能になると言われた。儂はその科学者達の言葉にすがるように、違法とは知りながら龍真がよく利用していたこの支部の地下に人工冬眠装置を密かに運び入れ、龍真の肉体を冷凍保存したのだ」
「お兄様は修復された自分の肉体を使って、自ら復讐をするつもりだったんでしょうか?」
「そうだ。それから龍真の霊魂は自らの記憶を消さないためには直ちに誰かの肉体に宿る必要があった。しかし獄界でそれをすると目立ってしまう。そこで儂と龍真とで話し合って、地界で暫定的に肉体に宿って機会を待つことにした」
「…………」
「この支部で幽体離脱をした儂と龍真の霊魂はトランスポイントを通って地界に行った。……だが、そこで信じられないことが起こった」
「…………」
「真生君、君は三年前の今頃、川で溺れただろう」
「はい」
「儂と龍真の霊魂はたまたまその現場に居合わせたんだよ」
「えっ!」
「川から引き上げられた君の肉体から君の霊魂が離れて行ったが、その一瞬の間に龍真の霊魂は君の肉体に宿ってしまったのだ。もっともそれは龍真が意図して君の肉体に宿ったのではなく、龍真の霊魂が君の肉体に強制的に吸い込まれたようだった」
「俺の体に龍真さんの霊魂が……」
「そして更に驚いたのは、龍真の霊魂が宿った君の肉体に君の霊魂が再び戻った事だ」
「……俺の体に龍真さんと俺の両方の霊魂が宿ったということですか?」
「そうだ。そして目を覚ました君の肉体は君の記憶を保ったままだった。龍真の霊魂は君の肉体に閉じ込められてしまったようだ」
「そ、そんなことができるんですか?」
「実際に儂の目の前で起きたのだから信じるしかない」
「でも、どうしてそんな事に?」
「これは儂の推測なのだが、龍真の霊魂は真生君の霊魂に吸収されて一体化してしまったのではないかと考えている。龍真の霊魂と一体化して強力な霊エネルギーを得た真生君の霊魂が肉体修復能力を高めて、溺れて仮死状態だった真生君の肉体を蘇生させたのではないかとな」
「真生がお兄様の霊魂を利用したと?」
霊奈が俺を睨んだ。――ちょっと待て。そんなことは俺は知らないぞ。
「それは分からん。しかし、真生君が獄界に来てからの出来事を考えると、真生君の霊魂は龍真の霊魂と一体化して少なくとも二倍の霊エネルギーを持っていると考えざるを得ないだろう」
「一体化して二倍の力を持った霊魂! それって……」
「うむ。今までその現象が起こりうることは予想されていたが実際に確認がされた事は無い。永遠に不滅であるはずの霊魂を吸収して一つになって、より強力な霊エネルギーを発することができる霊魂……」
「デュアルソウル!」
今度は霊奈は珍獣を見るような目で俺を見た。――「デュアルソウル」ってそんなに珍しいのか?
「真生君」
龍岳さんは申し訳が無いといった表情で俺を見ていた。
「実はそれ以来、儂は地界での君を子飼いのソウルハンター達に交代で見張らせていたのだよ」
「そ、それじゃ龍岳さんは三年前から俺のことを知っていたんですか?」
「そうだ」
――俺が獄界に来てからの龍岳さんの態度は演技だったのか。政治家の度量はどれだけ腹芸ができるかによるらしいが、龍岳さんの得体の知れない底深さには俺は身震いをせざるを得なかった。




