デュアルソウル(5)
次の日。
学校から帰ると、制服を着替える時間も惜しんで、俺と霊奈は、霊奈の運転するエア・スクーターで第三百三十三支部に行った。
プレハブ造りの建物は俺が獄界に初めて来た日からどこも変わったところは無いように見えた。その後、俺はソウルハンター認定試験の時にこの支部を使用しているし、霊奈も仕事で何度も使用している所だ。
俺と霊奈は建物の外と内を見て回ったが特におかしな所は見当たらなかった。
霊魂管理庁の支部とは主にトランスポイントの近くに設置されている建物で、ソウルハンターが幽体離脱をしている間に、霊魂の抜けた肉体が襲われないように、その肉体を安全に保管しておくための施設であり、そのため、建物自体が強力な結界を張ることができるようになっている。
「つまり、霊奈の霊魂がその肉体を離れている間、この建物が結界を張って敵の侵入を防いでくれていたということなんだよな?」
「結界を通過することができるのは霊魂だけよ。地界から戻って来た私とあんたの霊魂は結界を通過してこの中に入り、そして私の霊魂が自分の肉体に戻って、内側から結界を解除するまでは、肉体を有する者は誰も支部の中に入れなかったはずよ」
「そうすると、あの黒ローブの男はどこから来たんだ? この周りには身を隠す所なんて無いぞ」
俺と霊奈がボートでこの支部にやって来た時にはこの河川敷には誰もいなかった。支部の建物の周りは堤防の下に広がる河川敷の原っぱで、辺り一面に覆い茂っている草もくるぶし辺りまでの高さしかなかったから、地面に寝転がっていても身を隠すことはできないはずだ。
俺が黒ローブの男に声を掛けられて振り返った時、黒ローブの男は支部の堤防側の扉の前に立っていた。どう考えても支部の中から出て来たと考える方が合理的だ。
「霊奈。やっぱり、あいつはこの建物の中から出て来たとしか思えないんだ」
「うん、私もそう思う」
「でも、この建物の中で隠れることができる部屋ってあるのか?」
「一階はこの部屋だけよ。二階には倉庫があるはずだけど」
俺と霊奈は一階の部屋の壁沿いにある内階段で二階に昇ってみた。階段を昇ると、もうそこは一つの大きな部屋であった。しかしその部屋は物置として使用されているみたいで、何に使うのか分からないパソコンくらいの大きさの機械が山積みされており、人が隠れるようなスペースはなかった。また、部屋の灯りを点けてじっくりと観察をしてみると、部屋全体に相当、埃が積もっており、最近、その機械を動かした形跡が無いことも分かった。どうやら二階に隠れていたということはなさそうだ。
俺と霊奈は一階に下りてきた。
「とにかく、もう一度、この部屋を詳しく調べてみよう」
俺と霊奈は手分けして部屋を事細かく調べ始めた。
――んっ?
最近、壁を塗り直したような跡がある。微妙にペンキの色が違うぞ。部屋の壁を調べていた俺は、二階に上がる階段の近くの壁に周りの色と若干色が違う箇所を見つけた。
「霊奈」
部屋の反対側の壁を調べていた霊奈が俺の側にやって来た。
「何?」
「この支部は最近、改築とか修理とかしたか?」
「いいえ、聞いたこと無いわ」
「ほら、ここを見てみろよ」
「……本当だ。真生を連れて来た時にはこんなになっていなかったはず」
俺は色の違う壁を叩いてみた。ある部分では音の反響が違った。
「向こうに空洞があるようだわ」
「どうする、霊奈?」
「壁を壊してみましょう」
「良いのか?」
「私が何とか言い訳しておくわ。真生が覗き穴を開けようとして失敗したとか」
「何だよ、それ」
「とにかく、ちょっと退いてて」
霊奈は剣を取り出して壁に向けて振り払った。剣から放たれた青白い光が壁に当たると壁は木っ端微塵に壊れた。壁の向こうには空洞があり、階段が地下に延びていた。
「こんな所に隠し階段があったなんて……」
「降りてみようぜ」
俺と霊奈は真っ暗な階段を携帯電話の光を灯りにして降りて行った。
階段を降りた先にはドアがあった。ドアを引くと鍵は掛かっておらず、スムーズにドアは開いた。部屋に足を踏み入れると自動的に部屋の電灯が点いた。
八畳くらいの広さの部屋の中には、幾つかの機械が置かれていたがどれも電源が切られているようだった。部屋の中央には人間が横になって入れるほどの大きさのカプセルが置かれていたが、その蓋は開かれていた。
「何だ、これ?」
「……これは冷凍保存をするための装置よ」
「何を冷凍保存するんだ。お刺身か?」
――舟盛りなら百人前は楽に冷凍できるぞ。
「馬鹿! 人間よ」
「人間?」
「そうよ。人間を人工冬眠状態にしておく装置よ」
そういえばSF小説で読んだことがある。人工冬眠から醒めると遙か未来になっているとか、銀河の果てに向かう宇宙船の中でパイロットが人工冬眠しているとか……。でも、どうしてそんな装置がここにあるんだ?
「人工冬眠装置の使用は法律で禁止されているはずなのに……」
「どうして?」
「人を強制的に人工冬眠させると、仮死状態になって霊魂がその肉体から出て行くけど、それを解凍させると霊魂が宿っていない健全な肉体に戻るの。そしてそんな肉体が欲しいという人達もいて、その人達の間で肉体売買がされるおそれがあるのよ」
なるほど。死んだばかりの霊魂をソウルハンターに捕まる前に冷凍保存していた肉体に宿らせれば、すぐに生き返させることができる。それを繰り返すと永遠に死なないことと同じだ。
「しかも、この装置は三か月前くらいまで使用されていたみたい」
「どうして分かる?」
「ここにタイマー装置があるでしょ。その日付が……」
俺は霊奈が指し示した数値を見た。
「エンマ暦二〇三一年四月十二日」
――紛れもない、俺が獄界に来た日だ。
「あの黒ローブの男がこの装置を操作していたのだろうか?」
「黒ローブの男はあんたの霊魂を欲しがっていた。ここで冷凍保存されていた肉体にあんたの霊魂を宿らせようとしたんじゃないかな」
「でも、この人工冬眠装置はあの日に切れているんだろう。その冷凍保存されていた肉体は何処に行ったんだ?」
「これは私の推測だけど、……あの黒ローブの男自身がここで眠っていたんじゃないかな」
「タイマーが切れて起きて来たということか? でも霊魂が宿っていない肉体がどうやって動くことができたんだ?」
「分からない。でも生命と霊魂は違うってことは真生ももう理解しているでしょ」
「ああ、そうすると解凍された黒ローブの男の肉体が霊魂が宿っていないにもかかわらず動き出して俺達を襲ってきたと……」
「そう考えるしか無いわ」
「でもさ、……何故、俺なんだ?」
「えっ?」
「いや、だから……、まだ浄化されていない俺の霊魂が宿ったらその肉体は俺の記憶を保ったままになるんだろう。実際、そうなっているわけだし。黒ローブの男が何らかの目的を持って俺の霊魂を取り込んだとしても、自分の意志が働かなくなる状況になって、自らの目的は果たせないじゃないか?」
「それもそうね」
俺と霊奈はいくつかの仮説を立ててみたが、どれも帯に短し襷に長しで結論は出なかった。
「霊奈。俺達だけで話し合っていても埒が開かない。龍岳さんに相談してみよう」
「そうね。今の時間なら多分、党本部にいると思うから今から向かってみましょう」
「その必要は無い」
突然響いた声に振り向いた俺と霊奈の視線の先、地下室の入り口に立っていたのは――龍岳さんだった。




