デュアルソウル(2)
俺が霊奈と一緒にスーツの会計を済ませていると、幽奈さんが小さな紙袋を提げて紳士服売り場にやって来た。
「真生さん。良いスーツはありましたか?」
「ええ、霊奈に選んでもらいました。幽奈さんは何を買ったんですか?」
「可愛い湯飲みがあったので思わず五人分買ってしまいました」
――五人分? ……ちゃんと俺の分もあるということだよな。今日、家に帰った後、その湯飲みで幽奈さんが入れてくれたお茶を幽奈さんにふうふうしてもらいながら飲むという至福の時が訪れることを期待しよう。
俺がそんな期待に胸を膨らませていたら、妖奈ちゃんが小走りに俺達の側まで近づいて来た。
「霊奈~」
「どうしたの、妖奈?」
「水着売り場に行こうよ。ここの水着売り場、今、新作水着がいっぱい出ているみたいだよ」
「水着か……。そうね。そう言えば最近サイズが合わなくなってきたから、ちょっと見てみようかな」
――霊奈の奴、まだ成長しているのか? 特に胸が。
妖奈ちゃんが俺達をデパート三階の水着売り場に案内してくれた。……しかし、ちょっと目の毒だぞ。あんまりキョロキョロしていると、また霊奈に変な誤解を受けてしまいそうだ。
「ねえ、幽奈も水着を買ったら。これなんかどう?」
妖奈ちゃんが手に持っていたのは、一辺が十センチくらいの正三角形の布しかないブラと四十五度の角度で切れ込んでいるパンツのビキニだった。
「私は水着はちょっと……」
幽奈さん、まずはその水着のきわどさに突っ込むべきでしょう。しかし、この水着を着た幽奈さんは…………。
そもそも、いつも着物をきちっと着ている幽奈さんの肌はほとんど見た事が無い。夜、喉が渇いてキッチンに水を飲みに行った時、風呂上がりの幽奈さんに遭遇したことが二回ほどあるが、浴衣から微かに見えた細い腕と素足の白さが今でも目に焼き付いている。
「真生。……真生。どうしたの?」
気がつくと、霊奈が俺の目の前で手を振っていた。……いかん。また妄想の世界に入り込んでいたようだ。
「なんかデレ~としちゃって……。水着売り場は真生には危険だったかな?」
「人を水着ごときで欲情する変質者みたいに言うな!」
「あんた、今の顔して市民プールで徘徊していたら、間違いなく補導されていたわよ」
――くそっ! 俺自身がどんな変態面をしていたのか分からないから反論できないじゃないかよ。でも、超マイクロビキニを着て浜辺で戯れる幽奈さんのプロモーションビデオが頭の中で流れていたから、あちこちのネジが緩んだ顔だったことは確かだろう。
お昼時になると、妖奈ちゃんが番組収録で訪れたことがあるというレストランを予約しているとのことで、大通りから一つ通りを入った裏通りに面したビルの地下にある隠れ家のような店に行った。どうやら芸能人がお忍びでよく来るちょっとリッチな店のようで、これまで俺には縁の無かった場所だ。地界で家族揃って食事したのって回転寿司くらいだったもんな。
食事はフランス料理をベースにした創作料理という感じで和食のテイストも取り入れているようだった。とりあえず隣の霊奈を見ながらナイフとフォークを間違えずに食うことはできた。幽奈さんは味付けについて興味があるようで、時々小さなメモ用紙に何かをメモしたりしていた。明日の夕食には新しいメニューが登場するかもしれないぞ。おそらくこの店の料理より美味いはずだ。
食事が終わり店から出ると、通りは初夏の日差しを和らげるような爽やかな風が通り抜けていた。賑やかな大通りから一つ通りを入っただけなのに人の姿は見えず、何だか閑散としていた。
――嫌な予感がする。
通りの角を曲がって俺達の方に歩いて来ている五人の男達が俺の視界に入ってきた。男達は黒のサングラスを掛け、黒いスーツを羽織って白のワイシャツに黒のネクタイを締めていた。反射的に振り向くと、通りの反対側からも同じ格好の男達が五人歩いて来ていた。
警戒警報が俺の中で鳴った。しかし、もう遅かった。周りの景色が突然、陽炎のように揺れた。
結界だ!
十人の黒服の男達は一斉に右手から剣を、左手からは丸い盾を出して、通りの両側から俺達を挟み込むようにゆっくりと迫って来た。
「何者?」
霊奈が一歩前に出て、右手から剣を出して叫んだが返事はなかった。黒服達は終始無言だった。
「幽奈! 妖奈! 油断しないで!」
霊奈の言っていることが俺にも理解できた。こいつら、確かに俺達を殺しに来ていた。その凄まじい殺気は、この俺にだって感じることができた。
幽奈さんは大丈夫か? 卒倒しているんじゃないかと心配して、俺の右隣にいた幽奈さんを見ると、幽奈さんはまったく怯えているようではなく、持っていた日傘を丁寧に地面に置くと、右手を勢いよく振り下ろした。幽奈さんの右手には薙刀のような武器が握られて、しかもいつの間にか赤いたすきを掛けていた。……どこまでも姫様仕様の方だ。
それじゃ妖奈ちゃんは……? 俺の左隣にいた妖奈ちゃんに視線を移すと、妖奈ちゃんの右手には既にナイフのような短剣が握られていた。
何てこった! 幽奈さんも妖奈ちゃんも「携帯武具」が使えたなんて!
「幽奈、妖奈。真生を守ってあげて!」
霊奈はそう言うと、ヒールの付いたサンダルを脱ぎ捨て裸足になって、通りの一方にいる五人の黒服達に向かって行った。
反対側にいた五人の黒服達は俺と俺の前に立ち塞がっていた幽奈さんと妖奈ちゃんを取り囲むように迫って来た。
「真生さん、私達の側から離れないでくださいね」
こんな事態でも幽奈さんの口振りは慌てている様子ではなく、いつもどおり、穏やかな気持ちにさせてくれる。家でも「私の側から離れないで」なんて言われたいぜ。
五人の黒服達は、ジワジワと包囲網を縮めてきていたが、妖奈ちゃんが一瞬の隙を見逃さずに投げたナイフが青い光を放ちながら盾をかいくぐって一番前に出て来ていた黒服の胸に突き刺さった。その黒服が前屈みになった機を逃さず、滑るように前に出た幽奈さんが薙刀を払ってそいつにとどめを刺した。
しかし、それで黒服達もこの二人の美少女達も侮れないと悟ったのか、残り四人の黒服達は盾を身体に引きつけて構えながら慎重に間合いを取ってきた。
「うっ」
幽奈さんが急に胸を押さえて苦しそうに顔を歪めた。




