デュアルソウル(1)
初夏の日差しが眩しい日曜日の午前。三姉妹と一緒に買い物に出掛ける約束をしていた日は絶好の行楽日和だった。
俺は玄関前で、霊奈と妖奈ちゃんと一緒に、まだ家の中で支度中の幽奈さんを待っていた。
「ねえねえ、どうかな、真生兄ちゃん?」
妖奈ちゃんは重ね着した原色のTシャツにジーンズのホットパンツを着て、素足にチェック柄のスニーカーを履いていた。
――しかし、キャップにサングラスにマスクの三点セットは止めた方が良い。それ、どう見てもお忍びファッションの芸能人か、怪しい変態のどちらかにしか見えない。それに本当に芸能人なのだから、周りにそれをアピールしているみたいなものだ。
「余計に目立ちそうな気がするんだが……」
「やっぱり? 真生兄ちゃんがそう言うのなら止めよ」
「もし妖奈ちゃんだってばれて、ファンの子が妖奈ちゃんに迫って来たら、俺が盾になって妖奈ちゃんを守るからさ」
「真生兄ちゃんって頼りになる~」
「ははは、任せなさい!」
「その時のどさくさに紛れて、妖奈に変なことをしないでよね!」
霊奈の奴、相変わらず俺をロリコンだという前提で話をしやがる。俺がいつ妖奈ちゃんに手を出したっていうんだ? …………出してないよな?
腕組みをしながら俺を睨みつけている霊奈は、膝丈の上品なノースリーブのワンピースにサマーストールを羽織って、足元は素足にヒールの付いたストラップサンダルを履いていた。
――くそ! 悔しいけど可愛いじゃないかよ! 黙っていたらどこぞのお嬢様にしか見えないんだから少しはしおらくしていろよな。
「な、何よ。ジロジロ見ないでよ。……何か変?」
「あ、いや。……似合っているなって思っただけだよ」
「……そんなに褒めたって何の徳にはならないわよ」
「いや、別に徳をしたいから言ったわけじゃないって……」
「…………べ、別に良いけど」
褒めているんだから素直に喜べよな、まったく。
「ごめんなさい。お待たせして」
玄関から幽奈さんが出て来た。
淡い水色の着物に藍色の帯。着物と同じ色の日傘を持っていた。
そう言えば外の光の下で幽奈さんを見るのは初めてだ。幽奈さんの白い肌が更に眩しく輝いている。
「いえいえ。幽奈さんのためなら俺は玄関でもどこでも一生待っていますよ。はははは」
「真生さんたら……」
俺よりも年上なのに少女のように初々しく照れて俯き加減の顔を赤らめる幽奈さん。……たまらん! 俺はもう幽奈さんの忠犬として仕えたいくらいだ。尻尾を振りながら幽奈さんに擦り寄って行く妄想が俺の脳内を支配しようとした時、脇腹に激痛が走った。
「ぐわっ」
「真生! ぐずぐずしてないで行くわよ!」
――霊奈の奴! 俺が妄想上映中の時を見計らって肘鉄を喰らわしてきやがる。
俺が幽奈さんに尻尾を振ったら駄目なのか? ……ひょっとして霊奈の奴、焼き餅を焼いているのかな? …………いや、霊奈に限ってはそれは無いな。大事なお姉さんである幽奈さんに下心を持って接するなということなんだろう。
俺達はタクシーに乗って都心に向かった。着いた先は二十一番街という地界でいう銀座のようなお洒落な高級商店街だった。
ウィンドウショッピングをしている三姉妹は、本当の芸能人である妖奈ちゃんはもちろん、幽奈さんや霊奈も何かキラキラ光るオーラに包まれていた。アイドルの妖奈ちゃんに気づく人もいたが、そこは上品な街だ。ドッと寄って来てサインを強請ったりするようなことはなかった。
しかし、俺ってこの三姉妹の何に見られているんだろうな? この三姉妹のうちの誰かの恋人だと思われていたり…………ってことはないだろうな。俺が両手に持った洋服店や鞄店の紙バッグは俺を付き人か荷物持ちくらいにしか見せていないだろう。
荷物持ちには慣れている。もっともそれはお袋と美咲の買い物につきあうことで、エロゲの購入資金となる臨時収入が得られるからやっていただけだ。
でも、……この三姉妹の楽しそうな笑顔を見ていると、それだけでこっちまで嬉しくなってきて、報酬なんて得られなくても荷物くらいは俺が持ってやるって格好付けて言いたくなる。だって俺は、妖奈ちゃんの頼れる兄貴であって、幽奈さんの従順な犬であって、霊奈の……下僕だからな。
色々な店を回った後、俺達は高級そうなデパートまでやって来た。
「ねえ、真生兄ちゃん。真生兄ちゃんのお祝いのプレゼントは何が良い?」
「あっ、そうだ。今日は真生のお祝いを兼ねているんだっけ」
妖奈ちゃんが振ってくれなければ、今日のそもそもの目的を忘却の彼方に置き去りにしたままだったのか。霊奈の奴は……。
「何でも良いよ」
「駄目だよ。真生兄ちゃんが本当に欲しいものを買ってあげるから。……あっ、でもお父様からもらった軍資金の範囲内でね」
そうなのだ。今日の買い物はこの日のために龍岳さんがくれたお小遣いが軍資金であって、三姉妹が金に糸目を付けずに、いわゆるセレブ買いをしているわけではなかった。妖奈ちゃんなんか、三千円のネックレスと二千八百円のイヤリングのどちらを買おうかと三十分は悩んでいたくらいだ。現役のアイドルなのに。
龍岳さんの地位や職業ならお金に不自由することは無いだろうけど、けっして娘達に贅沢をさせているわけではなく、霊奈や妖奈ちゃんが自分で稼いだお金も幽奈さんに管理をさせて龍岳さんの許可なしには自由に使えないようにしているみたいだ。それでも娘達から不満が出ないということは、父親として龍岳さんがいかに娘達に信頼されているかを如実に表していると言っていいだろう。
「そうだなあ。何にするかなあ?」
――まさかエロゲとかお宝ディスクなどと言えるわけもないしなあ。
「真生もお父様の後援会事務所にこれからも行く事があるんでしょう。だったらスーツを揃えてみれば」
「でもスーツなんて買ったことないからな」
「私が選んであげるわよ」
「えっ、霊奈が」
「何よ。私の見立てじゃ気に入らないっていうの?」
「いや、そう言う訳じゃなくて……。それじゃ、お願いするよ」
「そうそう。人にものを頼む時にはそういう態度じゃないとね」
――頼んでないから。スーツを買ったらと言い出したのはお前じゃね。
「私は欲しい物は大体買ったけど、幽奈と妖奈はまだ自分の買い物が終わっていないでしょ。私は真生の買い物につき合っているから、その間に二人は自分の買い物を済ませてくれば」
「そうね。そうしましょうか」
幽奈さんはそう言うと妖奈ちゃんと一緒に別の売り場に去って行った。
一方、俺と霊奈は紳士服売り場にやって来て、色々とスーツを見て回った。……何だかんだ言って、霊奈と二人きりで買い物をするシチュエーションになってしまった。これって知らない人が見たらデートに見えるんじゃないか?
「真生。これなんかどう?」
霊奈がストライプ柄のちょっと渋いスーツを選んだ。
「ちょっと羽織ってみて」
俺は上着を羽織って鏡の前に立ってみた。――我ながら意外とイケているんじゃない?
「う~ん。真生、ちょっとこっち向いて」
俺が霊奈の方を向くと、霊奈は俺のすぐ前まで近づいて来て、上着のボタンを閉めたり外したりしながら見立てをしていた。
俺の目の前に霊奈の髪があった。良い香りが俺の鼻をくすぐった。
――あれっ、霊奈の肩ってこんなに小さかったっけ? 一緒に住みだしてもう三か月以上経っているのに初めて気がついた。けっこうプロポーションが良いから体格も良いような気がしていたけど……。
霊奈は俺が変な事を考えるとすぐに察知する特殊能力を備えているようだ。霊奈に見とれていた俺の視線と急に上を向いた霊奈の視線とが真正面からぶつかって見つめ合うようになってしまった。
「な、何よ」
「い、いや、ごめん」
「何、謝っているのよ。謝らなければいけないような事をしていたの?」
「ち、違うよ。ちょっと……霊奈に見とれていただけだよ」
霊奈の顔が見る見る赤くなった。
「……ば、馬鹿」
「馬鹿ってことはないだろう。……それより霊奈の見立てはどうなんだよ。これ、似合っているか?」
「えっ、……うん、良いんじゃない」
「それじゃ霊奈の見立てを信じてこれにするよ」
「後で文句を言わないでね」
「言わねえよ。…………ありがとうな、霊奈」
「……う、うん」




