ソウルハンター(7)
演台の上に立ち、電源の入っていないマイクを持って、俺は何を話そうかと考えた。
「え~と」
――すると俺の頭の中に原稿用紙が浮かんできた。……これを読めというのか? 誰だか知らないが俺が読むべき原稿を準備してくれていたようだ。
「皆さん、つい先日、エンマが誤作動を起こしました。野党の連中は、これを政府の管理怠慢だと追及してきています。では、野党の連中はエンマの管理ができるんでしょうか? いいえ、できません。自分が遊び方を知らない玩具なのに、自分も遊びたいと思って、その玩具を寄越せと要求しているのにすぎないんです。しかし、エンマは玩具ではありません。自分が手に入れてから遊び方を学ぶような時間なんて無いのです」
――俺の口からは次々と言葉が飛び出してきた。自分が話している内容は理解できる内容だったが、それを俺の頭の中で論理的に組み立ててくれているのは俺じゃない誰かのような気がした。そして俺自身が演説をしているうちに熱くなってきていることに気がついた。人前でこんなに熱く語ったことなんて初めてだったが、……けっこう気持ちいいかも。
「神聖自由党が政権を失う時はこの国が滅びる時です! 絶対そんなことにはさせません!」
何故だか会場からざわめきが起こった。驚いて左右の人と顔を見合わせている人もいた。
「次回の選挙でも我々は一致団結して頑張りましょう。……以上で終わります」
一斉に拍手が起こった。みんなが立ち上がって、俺に握手を求めてきた。
「いやあ、驚いた。とても初めてとは思えない。何だか感動してしまったよ」
「そんな、大袈裟ですよ」
「いやいや、本当に。それに龍真君がよく使っていたフレーズを最後に持ってくるなんて憎いねえ」
「えっ? ……龍真さんが使っていたフレーズって?」
「最後に言った『神聖自由党が政権を失う時はこの国が滅びる時です』ってところだよ」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「龍真君のフレーズをパクッたんじゃないのかい?」
「いいえ、僕の口が勝手にしゃべったというか、台詞がすらすらと出てきたんです」
「それが本当ならびっくりだな。こりゃあ、真生君が龍真君の生まれ変わりなのかもしれないという噂は本当なのかもねえ」
その後は俺が龍真さんの生まれ変わりではないかということで話が盛り上がってしまった。
「いやあ、真生君が先生の後継者になるんだったら俺は真生君を応援するぜ」
「おう、俺もだ。先生の後を継げるのは龍真君しかいないと思っていたから、龍真君が死んで俺達のモチベーションもいまいち盛り上がらなかったけど、こりゃ、もう一度、盛り上がざるを得ないだろう」
何だか後援会幹部の人達からすっかりと龍岳さんの後継者に祭り上げられたみたいだ。時間になって後援会事務所を去る時にも握手責めにあったあげく、次の来訪日を無理矢理決められてしまった。
帰りのタクシーの中では、沙奇さんの俺を見る目が確かに違っていた。……というか、ずっと見つめられているような気がするんだが。
「あ、あの、沙奇さんも龍真さんはご存じなんですよね?」
「は、はい。私は幽奈さんと同級生だったので、……龍真さんは私の一年後輩でした」
――えっ、沙奇さんが幽奈さんと同級生! 幽奈さんもけっこう年上に見られると思うけど、沙奇さんはもっと年上に見えるぞ。やっぱりキャリアウーマンとしての見掛けがもう何年も仕事をこなしてきているという先入観を植え付けるのかもしれない。
「あの、女性に年齢のことを訊くのは失礼ですが、確か幽奈さんは二十一歳だったと思うんですけど、沙奇さんもそうなんですか?」
「はい。そうです。……老けて見えますか?」
「あっ、いえ。そういう訳ではなくて、龍岳さんの秘書をされているから既に大学を出られていると思っていたんです」
「大学は二年で卒業しました。私は高校生の頃から先生の秘書のようなことをさせていただいていましたから……」
「それじゃ、龍真さんと一緒に働かれていたんですね?」
「……はい」
龍真さんのことが話題になる時、表情の変化に乏しい沙奇さんの顔が微妙に暗くなるのは俺の気のせいではないはずだ。
その後、しばらく無言でいた沙奇さんは突然、俺の顔に自分の顔を近づけてきて、タクシーの運転手に聞こえないように小さな声で俺の耳元で囁いた。
「真生さん、……後ろの車、私達をつけているみたいですね」
「えっ!」
「振り向かないでください」
俺はさりげなくタクシーのバックミラーを見ると、一台の黒い車がついて来ているが見えた。
「どうしてつけているって分かったんですか?」
俺も沙奇さんの耳元に口を寄せて囁いた。……良い匂いが俺の鼻をくすぐった。
「後援会事務所に向かう時にもついてきていました。私達が事務所にいる間は、不審な黒いスーツを着た男が事務所の周りを彷徨いていました。そして、また同じ黒い車が私達の車の後ろを走っているということは、ずっと尾行していると考えることが合理的です」
本当に最小限の言葉で必要十分な情報を伝達することができる人だ。さすが大学を二年で卒業するだけのことはある。
俺がまたバックミラーに視線を向けると一瞬タクシーの運転手と目が合ったが、運転手はすぐに目線をそらせた。どうやら運転手は俺と沙奇さんが顔を近づけてイチャイチャしていると思ったようだ。その後、バックミラー越しの運転手の目線はあえて二人を見ないよう動いていた。
「どうします?」
「どうもしません。彼らもこんな場所では手を出すことはできませんから」
「沙奇さんも、その、……龍岳さんが狙われていることは知っているんですか?」
「私は御上先生の秘書です。そして、……『獄門の番人』のメンバーでもあります」
俺は驚いて沙奇さんの方に顔を向けると、沙奇さんも俺の方に顔を向けたため、鼻と鼻がくっつくほどに至近距離で向かい合うようになってしまった。近くで見る沙奇さんは幽奈さんに勝るとも劣らないくらいの美人だった。
一方、沙奇さんは何かに驚いているように目を大きく見開いて俺の顔を見つめていて、何だか俺は照れてしまった。
「あ、あの沙奇さん……」
沙奇さんはふと我に返ったみたいにちょっと顔を引いた。
「……も、申し訳ありません」
「……あの、俺の顔に何か付いてますか?」
「あっ、いえ、……すみません。なんだか一瞬、龍真さんに見えたものですから……」
沙奇さんは俯きながら小さな声で呟いた。
沙奇さんと龍真さんとの間には何かがあったんだろうか? でもそれは、今ここで触れてはいけないような気がした。




