ソウルハンター(4)
その週の土曜日の朝。
俺は龍岳さんがいつも出勤に使用している黒塗りの高級車に乗せてもらって、龍岳さんと一緒に神聖自由党本部に向かっていた。
霊奈が言っていたが、龍岳さんが乗っている車は暗殺防止のため、窓は防弾ガラス、ボディも特殊な装甲が施されているらしい。また、運転席と後部座席の間には透明なアクリル板のような仕切りがされていた。それだけ危険な目に遭っているということなんだろう。
いつもどおり羽織袴姿の龍岳さんは、両足の間に立てているステッキに両手を乗せて、しばらく瞑想をしているかのように目を閉じて無言でいたが、ふいに目を開けると俺に話し掛けてきた。
「真生君。政治家に必要なものは何だと思う?」
いきなり高尚な話題だな。今まで俺は政治なんてまったく興味がなかったから、さっぱり分からない。
「う~ん、…………国家の将来を見据える大局的な見方ができることとかですか?」
「それは大政治家になるためには理想的な能力だね。しかし、その前に今の民主主義の世界で政治家が政治家たり得るために必要なことがある。何だか分かるかね?」
「…………分かりません」
「選挙に勝つことだよ。政治家も落選すればその時から只の人だ」
「えらく現実的な答えなんですね」
「いくら理想論を熱く語っても、国民の支持を得られなければ、それを政治に反映させることはできない。それが民主主義なのだ」
「でも、国民の支持を得るために、先のことを考えないで目先の利益になることだけを言っていたら、将来のことが不安になりますよね」
「今の野党の連中が言っていることはそういうことなのだ。我が神聖自由党は、民主主義政権に変わる以前からずっとこの国を支えてきた。エンマを適正に管理し独裁政権を生むことなくにだ。しかし今、国民の意識は厳しくなってきている。景気もなかなか向上せず、雇用状況も好転しない。今の政治ではない新しい政治に変われば、この停滞した状況も一変するのではないかという期待が高まっている。国民は変革を求めているんだよ。それは長年政権の座にあった神聖自由党の危機なのだ」
「そんなに危ないんですか?」
「世論調査の結果も相当厳しい。このような時に身内で争っている場合ではないのだ」
そう言うと龍岳さんは目を閉じて深く考え込むように無言になった。俺の知らない所で繰り返されている闇の騎士達による派閥抗争のことなんだろうか?
そんなことを考えているうちに、車は都心にある神聖自由党本部に着いた。
車を降りると龍岳さんは、たちまち記者とカメラマンに取り囲まれてしまった。ノーネクタイのシャツにジャケットを羽織っただけの俺は、どうやら龍岳さんのお付きの人としか認識されなかったようで、記者達にもみくちゃにされることはなかった。
記者達は、龍岳さんが「私の方から特に話すことは無い」と言っているにもかかわらず、エンマの誤作動とそれの責任を党としてどう取るかについて、しつこいほど質問を繰り返していた。
しかし、本部の建物の中には記者は入れないようで、龍岳さんが玄関ドアを入る前に取り囲んでいた記者達は解散して、次のターゲットを迎えるために再度、駐車場の方に移動して行った。
党本部に入った龍岳さんを記者達に代わって待ちかまえていたのは、同僚議員や職員からの挨拶の嵐だった。龍岳さんはエントランスホールにいた人のほとんどから挨拶をされていた。やはり相当な実力者のようだ。
エレベーターで三十五階まで昇り「副幹事長室」という金ぴかの小さな看板が掛かった部屋に入ると、部屋の中にいた秘書らしき男女が一斉に立ち上がって龍岳さんを出迎えた。
「お早うございます」
「お早う」
龍岳さんは威厳を保ったまま、しかし偉ぶっている感じではなく秘書達に挨拶を返した。
龍岳さんは俺を側に呼んで秘書達に俺を紹介した。
「諸君。これは儂の親戚の子で永久真生と言う。今年度のソウルハンター試験に合格したばかりだ。これからちょくちょく儂の仕事の手伝いをやってもらおうかと思っている」
えっ? そんな事は聞いてないぞ。ちょっと党本部を見学にって言われたはずなんだが……。
しかし、そんな反論を言える状況では既になかった。秘書の方々が俺の挨拶を待っていた。
「あ、あの永久真生と言います。よろしくお願いします」
女性二人、男性二人の計四名の秘書に対して俺は頭を下げた。秘書達も深々と頭を下げた。
「ついて来たまえ」
俺は龍岳さんについて奥の部屋に入った。ふかふかの絨毯が敷かれた上には超豪華な執務机と応接セット、そして十人くらいが打ち合わせができる円卓と椅子があった。
龍岳さんが執務机に座ると同時に、一人の女性秘書が部屋に入って来た。栗色の髪をアップにして細身の眼鏡を掛けており、しわ一つ無いスーツをバリッと着こなしたキャリアウーマンを絵に描いたような女性だった。彼女が龍岳さんの執務机の近くに立つと龍岳さんは俺に近くに来るように呼んだ。
俺が近くに行くと意外とその女性は若いことが分かった。
「真生君。紹介しよう。儂の政策担当秘書の恩田沙奇君だ」
「よろしくお願いいたします。永久様」
一瞬ロボットかと思ったくらい感情が乏しい表情と声だ。
「あの、様付けは遠慮しときます。それと龍岳さんも真生と名前で呼んでいるので真生で良いです」
「分かりました。それで先生。真生さんにはこれから先生のお手伝いをしていただくということでしたが、具体的にはどのようなことを?」
「いやいや、まだ何か具体的に考えているわけではない。ソウルハンターになったとはいえ真生君はまだ高校生だから、たまに来てもらって色々なことを少しずつ経験してもらおうと思っている」
「分かりました」
「それより総理は今、ご在席かな?」
沙奇さんは手に持った手帳大の情報端末のような機器を操作して画面を確認していた。
「午前十時にはここをお発ちになる予定です。それまでは執務室にいらっしゃいます」
「そうか、それではすぐにアポを入れてくれないか?」
「ご用件は?」
「世間話とでも伝えてくれ」
――そんな用件で総理が会ってくれるのか?




