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Powergame in The Hell   作者: 粟吹一夢
第四章
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ソウルハンター(1)

 俺が獄界に来て三か月が過ぎようとしていた。その間、月曜から金曜日までは家に帰ると霊奈から借りた参考書を隅から隅まで読んだ。高校の受験勉強の時でもこんなに勉強をしたことはなかった。でも霊魂科学や時空理論といった、地界ではテレビ特番のネタでしかない分野は読んでいて面白かったし、オタク心をくすぐる内容だったから、その内容は脳内の整理棚にどんどん蓄積されていった。

 また土日は霊奈につき合ってもらって実技を練習した。幽体離脱はほぼ完璧に行えるようになった。霊魂になった時の移動方法とか普段から霊魂を見られるように裸眼の構造を変える事とかも難なくマスターできた。

 一方、自分の情熱をほとんどソウルハンター試験対策に使っていたから、学校の勉強の方はぎりぎり落第しない程度の低空飛行を続けていた。赤点を取らなかったことは奇跡に近い。

 ――そして、ソウルハンター第一次試験の日がやって来た。試験は、都心にある大学のキャンパス内で行われることになっていた。

 幽奈さんの愛情が詰まった昨日の夕食のビフテキとトンカツに若干胃がもたれながらも、筆記と実技の両方の試験結果に確かな手応えを感じることができた。地界での高校のテストでは虚脱感と失望感しか感じなかったからな。

 俺は、二週間後には一次試験の合格通知を受け取った。妖奈ちゃんが祝賀会をしようと提案してくれたが、最終的な結果が出てからにしてほしいと言って断った。

 第二次試験はソウルハンターの業務を実際に行う実技演習であった。試験官から指名された地界の霊魂を制限時間内に地獄まで送り届けることが要件であった。

 霊魂管理庁の会議室に集められた約百人の第一次試験合格者一人一人に裏返された書類が手渡された。全員に配り終えると試験官はマイクを持って話し始めた。

「スタートという合図から三時間以内に各自に配付した死亡予定レポートに記載された地界の霊魂を地獄まで案内すること。では、……スタート!」

 みんなが一斉に書類をめくった。

 ――――――嘘だろう。どうしてこんなことに? 運命の悪戯なのか? それともそういうことにも動じることなく任務を遂行できるかどうかを試されているのか?

 みんなが一斉に会議室を出て行ったが、俺はしばらく椅子から立つことができなかった。

「どうした。気分でも悪いのか?」

 試験官が心配して俺に声を掛けてくれた。俺は相当、青白い顔をしていたのだろう。実際、気分は最悪だったからな。

「いえ、…………大丈夫です」

 俺はふらつきながら会議室を出て行った。

 俺はもう一度、死亡予定レポートをじっくりと眺めた。いくら見てもそこに記載されていた文字が変わることはなかった。

 住所、氏名、年齢、家族の名前により特定されていた人物、俺が地獄に案内すべき人物は、…………俺の親父だった。

 死因欄には「脳内出血」とあった。確かに親父は血圧が高いって言っていた。もっとも親父の血圧を上げていたのは、高校二年生にもなって、まったく受験勉強もしていなかった俺かもしれなかった。

 俺はこの試験を放棄しようかと一瞬考えた。……しかし、エンマは人の死亡を決めているんじゃない。その死亡を確実に予想しているだけだ。これも動かすことのできない運命なのだ。

 親父はエンマの死亡予想レポートどおりに死ぬ。そして、俺が親父の霊魂を地獄につれて行かなくても、誰か他のソウルハンターが地獄に連れて行くだけだ。

 ――――それなら俺が親父を地獄に案内してやろう。獄界で生き返って生活していることとか、地獄に着くまでにはちょっとは話もできるだろう。

 そうだ。俺が親父の死神になってやるんだ。

 霊魂管理庁を出た俺は用意されていた霊魂搬送用の車――エア・スクーターを持たない受験生のために霊魂管理庁が用意した運転手付きの車だ――に乗って第三百三十三支部に行った。

 ――それにしても無口な運転手だ。でもそのお陰で色々と考えることができた。俺が獄界でしっかりと生きることが親父への供養になるはずだ。…………そうだ。運命に逆らうことはできない。ならばその運命に向き合って前に進むしかないんだ。

 ――第三百三十三支部に着いた俺はそこで幽体離脱をした。霊魂飛行術を修得した俺はトランスポイントまでひとっ飛びして地界に行った。……いや、やっぱり「戻った」と言いたい。

 獄界に来てまだ三か月ほどしか経っていないのに見慣れた風景が懐かしく思えてくる。

 俺は親父の死亡予定レポートの内容を思い出してみた。死亡場所は家の近くの救急病院になっていた。そう、俺も事故後に運ばれた、あの病院だ。

 俺は救急病院まで空を飛んで行った。

 救急病院に着いて救急措置室に行ってみたが誰もいなかった。

 次に病室を順番に回ってみた。

 ――――いた! 四階の病室のベッドに、人工呼吸器と心電図測定機器を付けた親父が横たわっていた。ベッドの枕元ではお袋と美咲が目を腫らしながら丸椅子に座って父親の顔を見つめていた。既に救急措置は終わって、後は天命を待つという状況なのだろう。看護師が一人いたが特に何もせず心電図の波形を注視しているだけだった。

 俺は病室でお袋と美咲の後ろに立った。お袋と美咲の顔を見るのが辛かった。

 それにしても俺が死んでからまだ三か月しか経っていないのに今度は親父も死んでしまうなんて、……お袋と美咲の気持ちを考えると胸が痛んだ。

 ちくしょう! なんとかならないのか! ………………ふっ、それができるのならやっているさ。

 心電図が刻む電子音がゆっくりになってきた。お袋と美咲が「お父さん!」と叫ぶ。看護師が呼んだ医師が駆けつけたが、一つ注射をしただけで他には何も処置をしなかった。

 どんどんと心電図の電子音の間隔が長くなってきた。そして「ピー」と最後に一回鳴った後、停止した。

 医師が脈と瞳孔を確認する。

「ご臨終です」

 泣き崩れるお袋と美咲。俺も泣いた……つもりだったが、霊魂の俺は涙を流すことはできなかった。俺は息絶えた親父の肉体から霊魂が出て来るのを待った。

 何を話してやろうか。獄界で第二の人生を始めていることを話すと親父はどんな顔をするんだろう。まさか死神に挑戦しているなんて思ってもいないだろうな。

 ――――などと考えている間も親父の霊魂は鼓動を止めた肉体から出て来なかった。

 おかしい。どうなっているんだ?

 ふと電子音が聞こえた。最初は一回だけ鳴った。また一回、……また一回、……次第にテンポが上がってきた。…………音の発信源は心電図測定機器だった。心電図に若干だが波形が蘇っていた。

 医師が慌てて聴診器を親父の胸に当てた。人工呼吸器から泡が出始めていた。心電図の電子音は確実にテンポを速めてきている。

「こ、これは? 信じられない」

 医師も事態が飲み込めないようだ。俺もそうだ。既に死亡予定時刻を経過している。

 ――――親父は死ななかった。エンマの予想が外れた。

 これで不合格ならそれでもいい。俺はソウルハンターの認定試験のことなんか忘れて、心の中で万歳三唱をした。

 お袋と美咲の祈りがきっと神様に届いたのに違いない。本当に地獄はあったんだから、どっかに天国もあって神様が願いを叶えてくれたんだろう。

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