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Powergame in The Hell   作者: 粟吹一夢
第二章
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獄界(1)

「あ~っ、やっと見つけた!」

 俺の背後で女の子の声がした。

 どうせ俺に話し掛けているんじゃないだろう。今、俺は、みんなから見えない存在みたいだからな。

「ちょっと、あんたよ、あんた。……止まりなさいよ!」

 痴話喧嘩か? 早く謝ってしまえよ。

「ちょっと待ちなさい!」

 ――俺に呼びかけているのか?

 俺は立ち止まって振り返ってみた。

 そこには黒いゴスロリ調のドレスを着た金髪の女の子が立って、両手を腰に当てながら俺を睨んでいた。秋葉原ならまだしも、こんな郊外の商店街ではどう考えても似つかわしくない格好だ。

 ちょっとイッちまっている、あぶないコスプレ女? ………………無視しよう。

 俺は再び前を向いて歩き出した。

「ちょっと待ちなさいよ。永久真生!」

 えっ、俺? ……やっぱり俺を呼んでいたのか? 

 しかし、俺は金髪のコスプレ女に知り合いはいないぞ。

 俺はもう一度振り返ってコスプレ女の顔をじっくりと見てみた。

「え~と、……どこかでお会いしましたっけ?」

「あんたとは初対面よ」

 やっぱりそうだよな。何度かコスプレ会場には行ったことはあるが、コスプレしている女の子に声なんて掛けたことはない。

 でも初対面のコスプレ女が俺に何の用だ?

「あんたはそのまま空に浮かんでいるんだと思ってずっと空を探していたのに……。あちこち探し回っちゃったじゃない」

「お、俺を捜していたって?」

「そうよ。あんたを!」

 そう言うと、コスプレ女はつかつかと俺に近寄って来た。

 近くで見るとコスプレ女はけっこう可愛かった。

 金色の髪に黒いカチューシャを付けていて、後髪は背中の中ほどまであったが、横の部分はそれぞれ両耳の横で小さく三つ編みに編んで、その先端を結んでいる小さな黒いリボンが胸の辺りで揺れていた。

 長い睫に縁取られた大きな目には緑色の瞳が輝いており、鼻は外国人にしてはこじんまりとしている感じで、薄い唇の口からは八重歯が一つ覗いていた。

 身長は俺より十センチほど低いくらいかな? 

 襟から肩口にかけてと袖口の部分はレースの装飾が施された白い布地でそれ以外は黒一色のドレスは、ウエストをキュッと絞った形で、逆にスカートはフワッとしたシルエットで、膝下辺りにある裾にも白いレースの装飾が施されていた。スカートの下にはダークグレーのタイツを履き、黒のストラップシューズはピカピカに磨き上げられていた。

 ドレスのウエストが絞られているせいかもしれないが胸はけっこう大きく見えた。

 ――あっ…………いや、自然に目に飛び込んで来たんだからな。俺が女性を見る時は常に胸を凝視している訳ではないから誤解はしないでくれよ。

「さあ、行くわよ」

 コスプレ女は右手で俺の左手を掴んで、俺が歩いてきた方向に向かって俺を引っ張って行った。あっけにとられていた俺はコスプレ女に引っ張って行かれるままについて行くしかなかった。

 ――でも、女の子の手って柔らかくて暖かいんだなあ。

 女の子と手を繋いだことのない俺はしばらくプチな幸福感に浸っていた。

 えっ、…………柔らかくて暖かい? 

 俺は何も掴めないし誰にも触ることもできなかったはずだ。しかし、このコスプレ女に手を握られている感触はしっかりと感じることができた。

 どうして…………って考えるのは後にしよう。俺が見えて俺と話すことができる人間がいたことで何となく安心できたし、もうちょっと女の子の手の感触を楽しんでいたい。

 俺とコスプレ女は商店街の中を歩いて行ったが、コスプレ女も俺と同じように誰ともぶつからずに通りを真っ直ぐ歩いていた。それにどう考えても場違いなコスプレ女と手を繋いで歩いているのに、商店街で買い物をしているおばちゃん達や八百屋のおじさんも俺達の方にはまったく視線を向けていない。どうやら俺と同じようにコスプレ女も見えていないようだ。

 コスプレ女は脇目もふらずに俺の家とは反対方向に早足で歩いて行った。この道をまっすぐ行くと川の堤防の上を走っている道路に突き当たって、そこを左に折れた先の橋を渡れば、俺が通っていた公立高校もすぐ近くだ。

 ――そういえば、どこに行くのか聞いてなかったぞ。このままホテルへゴーってことはないよな。……いや、それは俺のこだわりが許さない。やっぱり恋愛感情を究極まで高めてからじゃないと……って、まあ、何回も力説することでもないか。

「あ、あのさ……、どこに行くんだ?」

「地獄に決まっているじゃない」

 コスプレ女は立ち止まることもなく前を向いたまま言った。

「地獄…………。ああ、地獄かぁ~。そうだよな、死んで行く所というと天国か地獄しかないよな~。………………って何だよ、地獄って! 俺は地獄に堕とされるような悪い事なんて何もしてないぞ!」

 俺は握られていた左手を振り解いて立ち止まった。

 確かに人から感謝されるようなことはした覚えはない。しかし人に迷惑を掛けたつもりもない。何で俺が地獄に墜ちなきゃいけないんだ。

 立ち止まって俺の方に振り向いたコスプレ女は、一瞬怒ったような顔をしたが、すぐに物分かりの悪い子供を諭すようにやさしい笑顔を見せた。

「これから行く地獄は、たぶん、あんたが持っているイメージとは違う所だから。心配しないで良いわよ」

「心配しないで良いって言われても地獄なんだろう。鬼に虐められたり、熱湯風呂に入れられたり、串刺しにさせられたりするんだろう?」

「あんた、アニメの見過ぎよ」

「アニメじゃなくて一般的にそう言われているの」

「だから………………、そうね。……まず、今、あんたが言った天国というものは存在しないの」

「えっ?」

「死んだ人の霊魂が行く所は地獄しかないのよ。人は死んだら、みんな地獄に行くの」

「天国が無いだって? それじゃ、生前に良い事をした人はするだけ損だったってことか?」

「何、その理屈? 天国に行きたいって理由だけで良い事をするの? 馬鹿じゃないの!」

 ――くぉのやろう~。けっこう可愛いと思って下手に出てりゃ、人を馬鹿呼ばわりかよ。何様なんだ、こいつは?

「あのなあ、お前はいったい誰なんだ? いきなり俺の前に現れて、俺を地獄に連れて行くなんて言いやがって。お前は地獄から来た死神なのかよ?」

「正解。よく分かったわね」

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