三姉妹(16)
俺が家に帰り玄関に入ると、妖奈ちゃんの靴が揃えて置かれていた。
――今日は帰りが遅くなるんじゃなかったっけ?
俺が靴を脱いでいると、廊下の奥のドアから幽奈さんがタオルを入れた洗面器を持って出て来た。
「あら、真生さん。お帰りなさい」
「ただいま帰りました。幽奈さん、掃除ですか?」
「いいえ。これは妖奈の部屋に持って行くんです」
「妖奈ちゃん、帰って来ているんですか? 確か、今日は遅くなるって言っていましたけど」
「妖奈、高熱を出して倒れちゃったんです」
「えっ!」
「仕事も早引けしてお医者様に診てもらったんですけど、過労だろうということで二・三日は静養を要するみたいなんです」
昼間のキャンペーンステージでは、あんなに笑顔を振りまいて元気そうだったのに……。
「俺も妖奈ちゃんの部屋に行って良いですか?」
「どうぞ」
俺は幽奈さんと一緒に二階の妖奈ちゃんの部屋に行った。二階には、俺と霊奈の部屋が隣り合ってあり、霊奈の部屋の向かいが妖奈ちゃんの部屋だった。
そう言えば、妖奈ちゃんの部屋に入るのは初めてだ。家具も壁の色もピンクの色で統一した妖奈ちゃんらしい、ぶっ飛んだ部屋だ。
妖奈ちゃんはおでこに濡らしたタオルを乗せてベッドに横になっていた。やっぱりちょっと顔が赤くなっているような気がする。
「あっ、真生兄ちゃんも帰って来たんだ」
「あ、ああ。ただいま。妖奈ちゃん、昼のステージではあんなに元気そうだったのに」
「本当は朝もちょっと熱があったんですよ。私はお休みしたらって言ったんですけど」
幽奈さんが額のタオルを取り替えながら教えてくれた。
「真生兄ちゃんが来てくれていた午前のステージが終わったら、ほっとして力が抜けちゃったのかな。ふっと意識がなくなって、気がついたら病院のベッドで寝ていたの」
「熱があったのにステージに上がっていたのかい?」
「いっぱいお客さんが来てくれていたし、今度のキャンペーンには事務所もすごく力を入れてくれていたから、絶対、ステージに上がりたかったの」
――ちくしょう! こんな小さな女の子が熱をおして頑張っていたのに、今日、俺はいったい何をしてたんだ。
「でも食欲も出てきたし、もう大丈夫だよ。ねえ、幽奈」
「駄目です。明日もお休みしなさい。明日、お医者様に診ていただいて大丈夫なら復帰していいわよ」
「ちえ~」
「何ですか、そのお返事は」
「は~い。……もう、幽奈ったら、お母様みたいになってきた」
頬を膨らませて幽奈さんを睨んだ妖奈ちゃんは、狐林が言ったみたいに、本当に天使に見えた。モテたいとかチヤホヤされたいとか、そんな浮ついた気持ちで芸能人をやっているんじゃなくて、歌や踊りが本当に好きで、それができないことに本気で怒っているけど、自分の体をこれまた本気で心配してくれているお姉さんのことも好きで――何て言うか、本当にピュアな女の子なのだ。俺は妖奈ちゃんのために何をしてあげられるんだろうって、本当の兄貴のような気分になってきた。
夕食時、龍岳さんは今日も帰りが遅いようだったが、妖奈ちゃんもちゃんとダイニングに降りてきて三姉妹が揃って食べた。
夕食のちょっと前に帰宅した霊奈も妖奈ちゃんが心配だったようだ。
「それだけ食べられるんだったら大丈夫ね」
「うん。幽奈のご飯を食べたら直っちゃった」
「駄目ですよ、妖奈。少なくとも明日はお休みしなさい。明日もそんな調子だったら明後日からはお仕事を始めても良いわよ」
「は~い」
なんだかんだ言っても妖奈ちゃんは幽奈さんの言うことには素直に従っている。この三姉妹は本当に仲が良いな。
「ところで真生。今日はどこに行っていたの?」
「えっ、………アキバにちょっと」
「一人で?」
「狐林と一緒にな」
「ふ~ん。やっぱり類は友を呼ぶなのね」
おい、俺を狐林と一緒にするな! ……って言う資格は俺には無いな。
「狐林さんって、真生兄ちゃんの隣で鼻の下を伸ばしていた人?」
「ああ、妖奈ちゃんのファンらしいぜ」
「本当? 真生兄ちゃん、狐林さんにもステージを見に来てくれてありがとうって伝えておいてくれる?」
「あ、ああ。…………妖奈ちゃん、俺も妖奈ちゃんのファンだぜ。妖奈ちゃんの元気なステージをまた見たいから、明日はちゃんと休んで、明後日から頑張れよな」
「ありがとう、真生兄ちゃん」
「真生。妖奈のファンの子達から袋叩きに遭わないように行動には注意しなさいよね」
「だから、俺は妖奈ちゃんの本当の兄貴のような気持ちで言っているんだ。妖奈ちゃんに近づいてくる変態どもは俺が成敗してやる。はははは」
「かっこい~い。真生兄ちゃん」
「任せなさい」
「まずは自分を成敗しないとね」
霊奈! それはどういうことだよ? …………って、幽奈さんも妖奈ちゃんも腹を抱えて笑っているし。……俺も一緒に笑うしかないじゃん。
地界では夕食後、俺はすぐに自分の部屋に閉じ籠もってパソコンの前に座り自分の世界に没頭していた。しかし、この家では夕食後もしばらくは自分の部屋に戻ることなく、この三姉妹と一緒におしゃべりをすることが多かった。霊奈の言葉に時々イラつくことはあるが、霊奈や妖奈ちゃんの帰りが遅くて三姉妹が揃わない時は、何だが寂しい気持ちになってしまう。
この三姉妹といる時の居心地の良さはどこから来るんだろうか?




