三姉妹(15)
俺は狐林を無視して行こうと思ったが、こんな変態野郎を野放しにしておく方が危ない。それに学校で話してくれる狐林の話は、けっこう俺に好みにぴったんこだったりする。
「おい、狐林。それよりお前、今日は暇か?」
「えっ?」
「俺も最近この街に引っ越してきたばかりだから、ちょっと見物がてら出掛けているんだよ。どこか面白い所があれば俺を案内してくれないか?」
「お安い御用でがす、旦那」
俺から説教されると思っていたのか、狐林はそうならなかったことに安心しているようだった。
「でも旦那。旦那はどんな所に行ってみたいんでがすか?」
――そうだな。やっぱりこっちの世界でもエロゲが気になるし……いや、待て待て。そんなことを言ったら妖奈ちゃんを守るという俺の言葉がそのまま風に吹かれて飛んで行ってしまうぞ。
「そ、そうだな。コンピュータ関係の店がある所がいいな。後はゲームとか漫画とかの店もあれば見てみたいな」
「何だ~。奇遇ですね、旦那。あっしもそっち方面は相当詳しいですからお任せくだせえ」
「そうか。頼むよ」
「ここの近くの駅から電車で二十分くらいの所にあっしがよく行っているオタクの街がありますぜ。かなりコアですけど、旦那、ついてこれやすか?」
こっちにもオタクという言葉があるのか。
「大丈夫だ。問題無い。ところでそのオタクの街って何ていう所なんだ?」
「アキバって街ですがよ」
「アキバ? 秋葉原じゃなくて?」
「何でがすか、秋葉原って?」
「あっ、いや、何でも無い。それじゃそこに行ってみようぜ」
「ラジャー!」
返事は普通で良いから……。
――俺と狐林は地下鉄を乗り継いでアキバ駅で降りた。駅から地上に出ると、そこには何だか見覚えのある風景が広がっていた。もちろん、秋葉原ではない。しかし、電気店やパソコンショップ、アニメショップ、メイドカフェ……。まさに獄界の秋葉原だ。オタクは時空を超えた世界共通語だ! オタク万歳!
とりあえず俺と狐林はパソコンショップに入り、ゲームソフトコーナーを見て回った。
地界と全く変わらない。シミュレーションゲームもロールプレイイングも、もちろんエロゲもあった。さすがに「信長」とかの地界の偉人達の名前を冠したゲームはなかったけどね。
俺が色々とパッケージを見ていたら、狐林の奴、自分のお気に入りのエロゲの講釈を延々としゃべり出しやがった。……まず、周りの人の目を気にしようぜ。大きな声でエロゲのプレイ感想をしゃべられたら、みんな引くぞ。ここは一応まともなパソコンショップなんだからな。
しっかりと妹もののエロゲを買い込んだ狐林は、一緒にパソコンショップを出た俺に向かって腕時計を見ながら焦った声で言った。
「おお、旦那、もう十一時でがすよ。近くのアキバ中央公園の野外ステージに行きやしょう」
「何があるんだ?」
「妖奈ちゃんの新曲発表キャンペーンに決まっているでしょうが」
俺と狐林は歩いてすぐのアキバ中央公園にやって来た。公園というよりもビルに囲まれた広場という場所で、その中央にステージが組まれていた。ステージの前は既に立ち見の客でいっぱいだったが、男性と女性の比率は九対一というところで、なんだか、むさ苦しい空気に包まれていた。揃いの法被を着て「あやな命」の鉢巻きをした親衛隊のような連中も大勢いた。
間もなく曲のイントロが流れ出し、スキップを踏みながら妖奈ちゃんが登場した。野郎どもの図太い声援がうるさいくらいに響いている。俺と狐林も全席立ち見の客席の中間くらいでステージを見ていた。
それにしても家で見る妖奈ちゃんも可愛いけど、アイドルしている時の妖奈ちゃんは後光が差しているな。
妖奈ちゃんは歌の途中で俺に気づいたみたいで、俺の方を見ながら笑顔で手を振ってくれた。俺も思わず小さく手を振り返した。
「旦那~、見ましたか? 今、あっしの方を向いて妖奈ちゃんが手を振ってくれましたよ~。へ~へ~へ~」
鼻息荒すぎだ。それにしても、妖奈ちゃんの笑顔+手を振り振り=親衛隊のようなファンの野郎どもからの痛い目線という方程式。殺気を感じるね。狐林の野郎は良いな、鈍感で。
歌を歌い終わった妖奈ちゃんは、司会者から訊かれた新曲についての話を五分ほどしてからステージの袖に下がった。見えなくなる前にもう一度、明らかに俺に向かって手を振ってくれた。
「どうしようかな~、明日から~。旦那! 男、山里狐林はいつでも妖奈ちゃんの気持ちを受け止める覚悟があると妖奈ちゃんにお伝えくだせえ」
狐林は、最後の手振りも自分に対して振ってくれたんだと勝手に思い込んでいるようだ。お前は俺が妖奈ちゃんと一緒に暮らしている仲だという現実が見えていないのか?
「旦那。午後からの部も見ますか?」
「いや、もういいや」
「それじゃあ、これからどこに行きやすか?」
「そうだなあ」
俺と狐林は牛丼屋で大盛りを平らげた後、ゲームセンターに行って対戦ゲームに興じた。気がつくと空が夕焼けに染まる頃になっていた。




