三姉妹(11)
「霊奈。一緒に帰ろうぜ」
「仕方無いわねえ。明日からは一人で行ってよね」
授業が終わると、俺は霊奈と一緒に帰ることにした。というより、家から学校までの道程をまだ憶えていないから、霊奈について行かないと家にたどり着くことができないという情けない事情があったんだけどな。
俺は霊奈と並んで教室を出た。
――なんとなく他の男子生徒からの視線が痛いような気がする。しかし、お前達に俺は言いたい。俺も好き好んで霊奈と一緒に帰っているわけじゃないんだってな。
霊奈の奴もムスッとした表情で俺の隣を歩いていやがる。
――可愛くねえ。……でも、ひょっとして霊奈は俺と変な噂が立つことを警戒しているのかもしれないな。俺も霊奈のファンの男子にいきなり後ろから刺されることだけは願い下げだ。
高等部の校門を出た所で、背後から霊奈に声を掛けてきた奴がいた。振り返ると、ちょっと年上……そうだな大学生くらいに見える長身の男が立っていた。
霊奈と同じ金髪に青い瞳で、悔しいが俺よりも相当イケメンだ。
――必ず学校に一人はいるよな。こいつみたいに女の子にモテるために生まれてきたような男が……。だが、そいつらに俺は言いたい。俺達のような冴えない野郎どもがいるからこそ、お前らがイケメンでいられるんだってな。感謝しろよな!
しかし、この男。いかにも高そうなスーツを着てモデルのようにポーズを取って立っていることとか、香水の香りがプンプンと鼻を刺激してずっとくしゃみが出そうなこととか、金色の長髪を掻き上げる仕草とかが、いちいち癇に障る野郎だ。
「霊奈、久しぶりだな」
霊奈は一段と不機嫌そうな顔をして、その気障男を睨み返していた。
「そうね。前にいつ会ったのかなんて忘れちゃったけどね」
「それじゃあ、その記憶を呼び戻すために、今晩一緒に食事でもどうだい?」
「残念ながら今夜は忙しいの。明日も明後日もね」
「それじゃあ、いつなら会えるんだい、霊奈?」
「私の名前を呼び捨てにしないでくれる。あんたとはそんなに仲良しってわけじゃないんだからね」
「相変わらずつれないなあ」
「他に用が無いのなら私はもう行くわ。真生、行こう」
「おや、隣にいる風体の上がらない男は霊奈の恋人か?」
「ちょっと冗談は止めてくれる! こいつは私の親戚でやんごとなき事情があって、今、うちで居候をしているのよ」
「ほ~う。霊奈の家で居候か。おい、君、名前は何ていうんだ?」
人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきじゃないのか?
俺は思いっきり機嫌悪そうに答えてやった。
「俺ですか?」
「他に誰もいないじゃないか」
「俺はあんたを知らないんでね。どこの誰だか分からない奴に自分の名前を言う必要は無いでしょう」
「僕を知らない? はははは、どうやらとんだ田舎者らしいな。霊奈、ちゃんと教えてやってくれよ。僕らは父親同士が一心同体の仲で、いずれは僕らもそうなるんだってね」
「さあ、どうだか」
「やれやれ、今日はマイプリンセスはご機嫌斜めのようだ。また出直してくるよ」
「あんたの前では私の機嫌は治ることはないはずよ」
「また連絡するよ。チャオ」
気障男はウィンクをしながら手を振ると、近くに停めていたスーパーカーのようなスポーツカーに乗り爆音を響かせながら走り去って行った。
――どこまでも気障な奴だ。チャオなんて気恥ずかしいことを言う奴には初めて会ったぞ。
家に向かって歩き出すと、俺は霊奈に気障男のことを訊いた。
「霊奈。誰だ、あいつは?」
「柳が下学園大学の鬼崎我蘭。今の総理の息子よ」
「総理って……総理大臣の? 俺、総理の息子に喧嘩売っちゃったの?」
「別に気にしなくて良いわよ」
――そういや、朝のニュースで鬼崎総理大臣って言っていたよな。あの疲れたバーコード親父から、どんな遺伝子操作をすれば、あのイケメン気障野郎が生まれるんだ?
「あいつは霊奈の、……その、恋人なのか?」
「なんであんな奴が! あいつはお兄様と同級生だったから知っているだけよ」
――そうなのか。…………なんでだろう? 何となくほっとしたような気分になったのは。
「父親同士が一心同体って言っていたのはどういう事なんだ?」
「神聖自由党の十三の派閥のうち、お父様が所属している薫風会と、総理の派閥である嵐月会は主流派の中心派閥で、ここ十年はこの二つの派閥から順番に総理を出していて、薫風会と嵐月会の関係も最近はずっと蜜月状態にあるの。つまり嵐月会の代表である鬼崎総理と薫風会の有力者であるお父様は政権維持のためには一蓮托生の仲ということなのよ」
「党の副幹事長で派閥の事務局長の龍岳さんはけっこう偉いんだよな?」
「まあ、偉いって言うか、『獄門の番人』の責任者でもあるお父様は派閥の裏の事情にも詳しいから、派閥の誰しもがお父様を敵に回したくないって思っているはずよ」
「それじゃあ、龍岳さんも将来は総理の椅子も狙えるんじゃないのか?」
「お父様はそのつもりは無いみたい。お父様は『闇の騎士』上がりで『獄門の番人』の『闇の騎士』達からは絶大な信頼を得ているけど、逆に言うと叩けば埃が出る過去を持っているということなの。だからお父様は裏方に徹する覚悟をされているのよ」
「霊奈は龍岳さんが昔していた仕事がどんなことかを訊いたことはあるのか?」
「訊いても教えてくれないわ。色々とあるんでしょうけど……。でも、私はお父様を軽蔑したりはしない。むしろ尊敬しているわ。この国の、そしてエンマの平穏を守るために日々戦っておられるんだから」
「そうか。……でも、龍岳さんもそれだけ人望があるんだから一代限りにするのはもったいないよな。やっぱり龍真さんが後継者とされていたんだよな?」
「もちろん。お兄様は自他ともに認めるお父様の後継者だったわ。でもそのお兄様が亡くなられた今、私がお父様の跡を継がなきゃいけないって思っているの」
「霊奈が? まだ未成年なのに?」
「ソウルハンターになれば未成年者でも選挙権も被選挙権も与えられるのよ。私はもう政治に参加することができるという意味では成人と一緒よ」
「そうなんだ。でも生まれた順番からいうと長女の幽奈さんが後継者になるという意見はなかったのかい?」
「幽奈はあの性格だから政治の世界には向いていないと思うし、本人もその気は無いみたい。それに体調のこともあるし……」
幽奈さんは心臓が弱く、激しい運動をすることができないらしい。政治家もけっこう激務だろうからな。それに幽奈さんが国会の討論で政敵を厳しく論破する姿は想像できないし、幽奈さんのあの声の調子で演説をされていたら、みんな微笑みながらそのまま眠ってしまいそうだ。
「妖奈も小さい頃から芸能界で活躍したいって夢を抱いて頑張ってきていたから、やっぱり私がやらなきゃいけないって決めているの」
幽奈さんは仕方が無い一面もあるが自分の好きな家事に専念していて、妖奈ちゃんも夢に向かって邁進中だ。その二人のために霊奈が跡取りになると言っているが、霊奈の夢は最初からそうだったんだろうか?
「でも霊奈は龍真さんが生きていた時から龍真さんを押しのけて自分が龍岳さんの後を継ごうと思っていたわけじゃないだろう?」
「そ、そりゃそうよ」
「だったら他にやりたいこととかなかったのか?」
「えっ、…………お兄様の代わりにお父様の後を継ぐことが今の私がしたいことよ」
「だから、龍真さんが死んでしまったから、霊奈なりの使命感に燃えて自分が跡取りになるって決めているんだろうけど、龍真さんがいた時はそうは思っていなかったんだろう。何か他にやりたいことがあったんじゃないのか?」
「……うるさいわね。あんたには関係無いでしょ!」
霊奈は足を速めて歩き出した。
何だか霊奈の頬がちょっと染まっているように見えたのだが気のせいか?
でもここで霊奈とはぐれると家まで帰ることができない。
「ちょっと待ってくれよ、霊奈」
俺も足を速めて再び霊奈の隣を歩き出した。




