三姉妹(1)
満天の星で明るい夜空を、都心からちょっと離れた郊外の住宅街に霊奈の運転するエア・スクーターは飛んで行った。そこは一見して高級住宅街と分かるほど家々の敷地は広く区画されていた。エア・スクーターはその中心部付近にある一軒の家の前に降り立った。
やっぱり有力政治家の家だ。お城のような超豪邸……でもない。高級住宅街に行けばごろごろある程度の古ぼけた和風の家だ。――まあ、地界の俺の家よりは相当でかいけどな。
家の前には小さな庭と車が二台ほど置けるポーチだけの車庫があったが、車庫には車は停まっていなかった。その車庫の隅っこにエア・スクーターを置いた霊奈の後について玄関に向かった。玄関は曇りガラスがはめ込まれた木製の引き戸で、鍵穴のような部分に霊奈が手をかざすとロックが解除されたような音がして、左側の引き戸が自動で右にスライドして開いた。
霊奈が先に玄関に入って俺の方に振り向いた。
「どうぞ」
俺は霊奈に続いて玄関に身体を滑り込ませるようにして中に入った。
「お邪魔します」
家の中は掃除が行き届いているようで、お香のような良い香りも漂っていた。
「ただいま~」
霊奈が玄関から伸びている廊下の奥に向かって声を掛けると
「お帰りなさい」
と家の奥から女性の声がした。
廊下の奥にあるドアを開けて出て来たのは…………等身大の日本人形だった。
――というのは嘘だが、そう見間違ってもおかしくないほど若く美しい女性だった。
シャンプーのコマーシャルへの出演依頼が殺到してきてもおかしくないくらいに綺麗な漆黒の髪は、前は目の上で切り揃えており、後ろは背中の中程で白い紙のような髪留めで一旦まとめられており、その下は腰辺りまで伸びていた。
切れ長の目に黒く輝く瞳、すらっと通った鼻筋に口は小さくまとまっており、やや病的なほどに色白な肌で、暗闇でいきなり会ったら幽霊と勘違いしてしまいそうだ。そして、目が奪われるほどの美人なのは違いないが、その清楚な雰囲気からは少女のような可愛らしさも感じられた。
女性は霊奈と同じくらいの身長だったが、薄緑色の着物の上に、お婆ちゃんが着ているような割烹着を着ており、それがまた可愛く見えた。
「あら、霊奈。お友達?」
話す言葉も穏やかで平安貴族の姫君のような口振りだった。――もっとも平安貴族の姫君と話をしたことはないけどね。
「違うわよ。まあ話せば長くなるから、お父様が帰られたら一緒に事情を説明するわ」
霊奈は俺の方を向いて、その女性を紹介してくれた。
「姉の幽奈よ。うちは母親が早く死んでしまったんで母親代わりにずっと家事をしてもらっているの」
「あ、あの、初めまして。永久真生と言います」
俺は玄関で立ったままお辞儀をした。
幽奈と呼ばれた女性は無駄なく優雅な動きで玄関で正座をして三つ指をついた。
「御上幽奈と申します。よろしくお願いいたします」
幽奈さんは高級旅館の女将さんのようにお辞儀をした。俺は恐縮してしまって、腰を九十度に曲げて最敬礼のお辞儀をした。
幽奈さんは顔を上げると俺の顔をマジマジと見ながら微笑んだ。――やっぱりすげえ美人だ。
「真生さんとお呼びしてよろしいかしら?」
「はい、どうぞ」
「でも変わった名前なんですね。初めて聞きました」
「そ、そうですか? 俺も幽奈さんのような綺麗な人は初めて見ました。はははは――――ぐわっ!」
俺が思い切り照れていたら、何故だか霊奈の肘鉄が俺の脇腹を直撃した。
「幽奈に変な事をしたら承知しないからね!」
――不意打ちとは汚いぞ、霊奈! くそっ! せっかく生き返ったのにまた殺す気か?
「……まだ何もしていないだろうが!」
「まだ?」
「あっ、いや、……これからもずっと」
「盛りの付いた犬みたいな若い男を家に入れるのは危険だわ。幽奈も気を付けて」
「俺は犬じゃねえし、盛りも付いてない!」
「まあまあ。私は真生さんを信頼していますよ。そんなひどいことをする人ではないと目を見れば分かります」
幽奈さんは――何となく自分より年上のようだし、その所作からも「さん」付けじゃないと申し訳ないような気がする――男を見る目をお持ちのようだ。それに比べて人にいきなり肘鉄を食らわすお前は〜! …………って、霊奈の奴、俺の怒りの眼差しもスルーかよ。
「でも、真生さん。変わったお召し物ですね」
そういえば、黒ローブの男のローブを着たままだった。霊奈もすっかりと忘れていたようだ。
「あっ、真生は行き倒れみたいなもので、その服しかなかったのよ」
おい、霊奈! 何か微妙に脚色されているぞ! ……って、やっぱり俺の怒りの眼差しは無視かよ!
「それより幽奈。お父様は何時頃帰って来られるのかな?」
「秘書の方から二十分ほど前に党本部を出たと連絡があったから、もうそろそろ着く頃じゃないかしら」
「そうか。それじゃあ、真生。私はちょっと着替えてくるから、お父様が帰って来るまで応接間でくつろいでテレビでも見てて」
霊奈はそう言うと、靴を脱いで玄関に上がった後、脱いだ靴をきちんと揃えてから、玄関のすぐ近くにある階段を昇って行った。――霊奈は、その暴力的言動からは信じられないが、躾はきちんとされているようだ。
一方、躾の権化としか見えない幽奈さんは優雅に微笑みながら立ち上がり、俺を階段と反対側にある部屋に招き入れてくれた。そこは応接間のようで、アンティークな家具とソファが和風モダンの雰囲気を醸し出していた。
「それではこちらでお待ち下さい。今、お茶をお持ちしますね」
「あっ、あの、お構いなく」
「退屈でしょうからテレビでも付けましょうか?」
俺の返事を待つことなく、幽奈さんはリモコンでテレビの電源を入れた後、お辞儀をして応接間を出て行った。




